マルカセンリョウ

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マルカセンリョウ
品種 サラブレッド
性別
毛色 栃栗毛
生誕 1998年5月10日
ラムタラ
マルカアイリス
母の父 ブレイヴエストローマン
生国 日本の旗 日本
生産 杵臼牧場
馬主 河長産業(株)
大西和子
調教師 瀬戸口勉栗東
瀬戸口悟(愛知
競走成績
生涯成績 56戦21勝
獲得賞金 1億2371万円
勝ち鞍 名古屋大賞典(2003年)
かきつばた記念(2004年)
梅見月杯(2003年・2004年)
東海桜花賞(2003年・2004年)
東海菊花賞(2003年)
名古屋記念(2003年)
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マルカセンリョウ1998年5月10日 - )は日本中央競馬会愛知県競馬組合に所属していた競走馬

経歴[編集]

父のラムタラ1995年英ダービーキングジョージ凱旋門賞を無敗のまま制し、1971年ミルリーフ以来、史上2頭目の欧州三大競走完全制覇を達成。母のマルカアイリスは1992年小倉2歳ステークス優勝馬で、阪神3歳牝馬ステークスでは1番人気に推されたが、12位入線で16位降着と散々な結果に終わる。

戦績[編集]

2001年(3歳)1月6日京都でデビュー。2戦目の新馬で人気に応えて初勝利を挙げ、3戦目は初めて芝のレースに挑戦。福永祐一から横山賀一に乗り替えた小倉・あすなろ賞で9着と大敗し、再びダートに戻すも2戦連続で出走取消。復帰後も平地では苦戦が続き、2002年(4歳)には障害競走へ転向するが、4戦連続2桁着順という散々な結果に終わる。同年に栗東瀬戸口勉厩舎から弟の愛知・瀬戸口悟厩舎へ移籍すると[1]、転入初戦から4連勝を飾る。その後は2着、1着、3着、2着を経て、2002年から2003年(5歳)にかけて重賞初挑戦・初制覇となった梅見月杯を含む6連勝を達成。初の交流重賞となった名古屋大賞典では直線で猛追するマイネルブライアンをアタマ差退け、7連勝で初のダートグレード競走制覇を飾る。地元馬同士での対決となった東海桜花賞では2着馬を5馬身離して圧勝し、人気に応えた。かきつばた記念は5着に敗れ、連勝が8でストップする。その後は初めて他地区へ遠征したが、帝王賞13着、マーキュリーカップ6着と見せ場なく惨敗。地元に戻ってサファイヤオープンを圧勝した後、再び遠征してさくらんぼ記念に挑むも12頭中11着と大敗。東海菊花賞を勝った後はゴールド争覇3着、名古屋グランプリは9着だった。大晦日の名古屋記念を圧勝し、1年を締めくくった。2004年(6歳)は初戦のガーネットオープンを勝ち、梅見月杯で2連覇を達成。同じく2連覇を狙った名古屋大賞典では1番人気に推されるも、クーリンガーの2着に惜敗。連勝は3でストップ。続く東海桜花賞で連覇を達成し、かきつばた記念ではノボトゥルービワシンセイキら中央勢の追撃を凌ぎ切り、ダートグレード競走2勝目を飾る。2連勝の勢いで挑んだかしわ記念は4着に敗れたが、人気に推されていたスターキングマンには先着。その後は長期休養を経て、2005年(7歳)のマイル争覇(3着)で復帰。3度目の挑戦となった名古屋大賞典では2年ぶりの制覇を狙うも、12頭中11着と大敗。再び休養に入ると、2006年(8歳)に再びマイル争覇で復帰。全盛期の輝きは取り戻せず、ターコイズ特別4着を最後に引退。

引退後[編集]

現在は岐阜県各務原市の乗馬クラブ「ホースファーム・カトー」で繁用されており、誘導馬として活躍。

競走成績[編集]

  • 2001年(10戦1勝)
  • 2002年(15戦8勝)
    • 1着 - はまゆう特別、ビラカンサ特別、クリスマス特別
    • 2着 - サルビア特別
  • 2003年(14戦8勝)
  • 2004年(6戦4勝)
    • 1着 - かきつばた記念、梅見月杯、東海桜花賞、ガーネットオープン
    • 2着 - 名古屋大賞典
  • 2005年(2戦0勝)
  • 2006年(9戦0勝)
    • 2着 - 紅梅特別、アクアマリンオープン

脚注[編集]

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  1. ^ 母・マルカアイリスも1995年に中央から名古屋へ移籍し、僅か2戦で引退している。