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ハイカルチャー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ミケランジェロ・ブオナローティ作『アダムの創造』。宗教神話を題材とした古典美術作品はハイカルチャーの象徴的存在である。
マドレーヌ・ルメール作『画家のサロンでのアフタヌーンティー』。サロンは、ハイカルチャーの作り手である芸術家とそれを享受する上流階級が相互交流する空間として機能した。

ハイカルチャー: High culture)とは、学問文学美術音楽など人類が生んだ文化のうち、その社会において高い達成度を示していると位置づけられたもの。上位文化高級文化などと訳されることもある。または「文化」という言葉がもっぱらハイカルチャーを指すことがある。

文化人類学者の青木保によれば、ハイカルチャーは「生活文化」を背後にした上でのそこから生まれてくる物の見方、事物観であり、そこに表われる文化の成熟度である[1]。また、政治的・経済的な優位性を持つ人々によって支配された伝統的国民文化である[2]ことから社会的に高い位置づけをされているという側面もあり、現実に創造力の具現としての価値が高いかどうかは個別に判断を要する問題である。地域や時代が異なれば、価値付けが異なる可能性もある。

ハイカルチャーでは前提として一定以上の知識教養が必要とされるため、大衆文化にはない高尚難解なイメージを伴う。そしてハイカルチャーを知り嗜むことがまた教養ひいてはマナーとみなされ、社交界で重んじられる側面も大きかった。しかしハイカルチャーには、ある種の知識や教養に裏打ちされた嗜好が含まれる一方、同時に単なる知識の暗記では捉えきれない、それを感覚的あるいは直感的に理解し、価値を見出す洗練された美的感覚と感性(審美眼・鑑識眼)、思考力や洞察力もまた、ハイカルチャーを享受する上で不可欠な要素であり、これは学歴や経済力などとは切り離された先天的な素質と、後天的な環境や努力が複雑に絡み合って形成されると一般的に考えられている[注 1]。逆に言えば、知識や教養が豊富であったり、社会的地位が高かったり、金銭的余裕があったとしても、ハイカルチャーに興味を示さない者もおり、それは近年よく見られる傾向でもある。アダルティズムの衰退と若者文化の台頭という社会的背景にも関連すると考えられており、ギリシャ貴族の末裔で作家のタキ・テオドラコプロスは、「古き良き時代、新興成金たちは上流階級の作法や慣習を猿真似した。だが、今は違う。今、新興成金たちは、その比較的短い80年の歴史を通じて一度として礼儀作法など持ったことのなかったハリウッドから作法を学んでいるのだ」と述べるなど[3]、例えば品位に欠けると一般的にみなされる「成金趣味」や「ゲットー・ファビュラス英語版」は、非貴族でありながらハイカルチャーの実践に努めたかつてのジェントルマンダンディとは対極に位置している。

ハイカルチャーは(主に19世紀までの間にヨーロッパを中心に形成された)王侯貴族富裕層エリート政治的・宗教権威ブルジョワ階級、言い換えれば上流階級上位中産階級のものであり、知識・教養を持つ少数の者が享受する文化であった。しかし20世紀の大衆文化の時代になると、少数者がハイカルチャーを独占するものではなくなり、古典絵画やクラシック音楽も一般に鑑賞されるようになった[4]。ただし21世紀の現在でも、ハイカルチャーの多くは未だに閉鎖的で高尚なイメージを持たれ、現実的にも大衆に広く享受されるには教育水準の違いや金銭的な面で難しい場合もあり、社会階級の高い層が主な受け皿となっている傾向は根本的に変わっていない[注 2]。特に金銭的な面は実際問題として大きく、例えばファッションガストロノミーにおいては、それ相応の金銭的対価を支払わなければその高度な文化性や芸術性を享受することは難しく(ブランド品や高級料理など)、スポーツゴルフに至っては、戦後になりプレイすること自体への敷居は低くなっていったものの、ゴルフ場のほとんどが未だに閉鎖的な会員制を採用しており、そのゴルフ会員権には数百万から数千万円の費用がかかることも広く知られている。

フランスの社会学者ピエール・ブルデューは名著『ディスタンクシオン』のなかで、「趣味階級を刻印する」ことを理論的かつ構造的に示した[5]。1970年代のフランスの支配階級の人々は贅沢趣味や芸術趣味のような美的性向の高いテイスト、いわばハイカルチャーテイストをあらゆる場面で示しており、さらに支配階級のなかでも趣味は分化していることを明らかにした[5]。それほど高学歴ではなかったが経済資本を多く持つ実業家や経営者の層では、ハイカルチャーであるクラシックでも絵画でもわかりやすい曲や画題を好んでいた[5]。彼らは着飾って芝居見物をしたあとには高級レストランでオートキュイジーヌを楽しむといった贅沢趣味を見いだせたが、同じ支配階級とはいえ、芸術家や大学教授のように文化資本は高いが、経営者層ほどには経済資本が豊かとはいえない層では、文化資本がないと解読がしにくい難解なクラシックや絵画が好まれていた[5]

西洋におけるハイカルチャーの概念を日本に当てはめるならば、皇室公家武家豪商豪農庄屋名主などがその享受層にあたり、同様に世界各国にハイカルチャー的概念が存在している。

なお、前衛芸術アヴァンギャルド) や現代美術は20世紀以降に生まれたハイカルチャー的存在であるが、それを支持する層は旧体制の伝統的な貴族や富裕層ではなく(パトロネージュという古典的社会構造からの脱却)、あくまでも大衆の中の少数派(カルト)であった。

ハイカルチャーの例

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ここでは、ハイカルチャーの副次的な概念である「各国の伝統的な支配階級によって、一定期間閉鎖的に愛好・支持された文化」に絞って、並べることにする。

ヨーロッパ

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日本

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日本では、以下の多くを芸道と称した。

ハイカルチャーの受容と問題点

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ハイカルチャーの受容は限定的なエリート層、既得権益層、マニアなどに限られてしまう傾向があり、これら以外の層に訴求できていない点が挙げられる。従来ハイカルチャーとされたものは、古典古代 - ルネサンス期を経て正統な文化と考えられたものであったが、主としてヨーロッパ白人エリート男性が担ってきたものであるため、リベラル層などからその文化のあり方が様々な立場から批判を受ける場合もある。ハイカルチャーとそれ以外の文化との区別は、社会の支配層が自らの所属する階層・集団が持つ文化を一段高いものとし、それ以外の文化を価値の低いものとする意識が生んだものであるとも考えられる。明治以後、西欧の輸入という形で進められた日本のハイカルチャー受容は、形態にほとんど変わりはない。なお、日本古来のハイカルチャーと言える芸道に傾倒する者は数寄者と呼ばれ、西洋のハイカルチャーに傾倒する者はハイカラと呼ばれた。

ハイカルチャーを扱うメディア

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雑誌

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富裕層を読者ターゲットとした雑誌は、ハイカルチャーを多く特集している。特に高級ファッション・ライフスタイル誌を代表とする婦人向け雑誌にはハイカルチャーを扱うものが豊富に存在し、国外では『ハーパーズ バザー』や『ヴォーグ』、日本では『婦人画報』や『家庭画報』が代表的なものとして知られる。対して男性向け雑誌は、ファッション・ライフスタイル誌よりもより趣味色やビジネス色が強い専門雑誌の方が求められる傾向もあり、婦人向けに比してハイカルチャーを扱う雑誌の割合は少ないものの、国外では『エスクァイア』や『GQ』、日本では『MEN'S CLUB』や『LEON』などが代表的な高級ファッション・ライフスタイル雑誌として知られるほか、かなり趣味色が強い雑誌でも例えば自動車雑誌の『カーグラフィック』や『エンジン』、『オクタン英語版』(イギリス発)などでは、欧米の伝統的なハイカルチャー的自動車文化やライフスタイルを信奉する立場をとり、雑誌自体も上質感や芸術性を重視した作り込みとなっている。また、これらの雑誌の編集長編集者、雑誌に寄稿する評論家作家らは、ハイカルチャーに精通する洒落者や専門家として、しばしば権威性や影響力を持ち注目される存在でもある。

テレビ番組

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いわゆる「教養番組」として定義されるものが、しばしばハイカルチャーを扱うテレビ番組としてその役割を担っている。ただし、一口に教養番組といっても、タレントが名所旧跡を巡る旅番組からクイズ番組、授業のように単に学問を学ぶような教育番組まで、実に様々なものが含まれるため、前述した雑誌のような富裕層やハイカルチャーライフに結びつく系統のものとはかなり性質が異なる番組も多い。一部の情報番組にハイカルチャーを特集するものもある。NHKではその特性上、『日曜美術館』『クラシック音楽館』『古典芸能への招待』『100分de名著』など、芸術作品を扱った教養番組が多い。民放では、『美の巨人たち』(テレビ東京)が芸術作品を扱う長寿番組として、『ファッション通信』(BSテレビ東京)や『カーグラフィックTV』(BS朝日)が前述した高級雑誌の雰囲気を全面に出した趣味系の長寿番組として知られ、いずれもバラエティ色を極力排した本格的なスタイルである。また、『情熱大陸』などの一部密着ドキュメンタリー番組では、ハイカルチャーの作り手である芸術家らが密着されることも多い。そのほかにも、芸能人のハイカルチャー(およびそれに準じたジャンル)に対する審美眼・鑑識眼に焦点を当てたバラエティ番組『芸能人格付けチェック』や、近年では富裕層や芸術家のハイカルチャーライフを覗き見するゴシップ風のバラエティ番組『プラチナファミリー』などがある。

類語

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社会の支配的な文化という意味でメインカルチャーという言葉が使われることがある。対比される語としては、次のようになる。

脚注

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注釈

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  1. ^ 後天的な環境や努力といえば、こうしたセンスが育まれやすい家庭環境にあるのがハイカルチャーの主な享受層である社会的地位の高い階級であるという側面もある。
  2. ^ なおアメリカの一部学者らによれば、音楽趣味の分析から、文化テイストと社会階層の関係が1990年代に入り変化し、社会的地位の高い人々ほど、クラシック音楽もロック音楽もというように、文化的にオムニボア化(雑食化)しているという分析結果を発表している[5]。すなわち、かつてのアメリカの上流階級はハイブロウ(高尚)な文化テイストのみを示す文化的スノッブ(俗物)であったが、現代ではロック音楽のような中間的あるいは大衆的な文化を好む文化的オムニボアへと変容したとしている[5]

出典

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  1. ^ 『近代日本文化論〈3〉ハイカルチャー』岩波書店、2000年3月24日、2-3頁。 
  2. ^ 中本進一「ハイ・カルチャー/ポピュラー・カルチャーにおけるヘゲモニーの転換と領有に関する一考察」『一橋法学』第2巻第3号、一橋大学大学院法学研究科、2003年11月、925-952頁、doi:10.15057/8752ISSN 13470388NAID 110007619968 
  3. ^ タキ・テオドラコプロス (2016年8月5日). “タキ、現代のお金持ちを論ず!──スタイルは買えない”. GQ JAPAN. 2025年11月26日閲覧。
  4. ^ 香月孝史「「ハイカルチャーの大衆化」とはなにか:――歌舞伎の高尚イメージ形成と「初心者」からの眼差し――」『年報社会学論集』第2009巻第22号、関東社会学会、2009年、126-137頁、doi:10.5690/kantoh.2009.126ISSN 0919-4363NAID 130003377425 
  5. ^ a b c d e f 「文化と意識に関する全国調査」(2019年)にみる文化消費とライフスタイルの社会的特性―日本の高地位者は文化的雑食か?―”. 中央調査社. 2025年9月24日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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