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ネオプラン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
スカイライナー
セントロライナー
(香港・九龍バス)

ネオプランNeoplan)は、ドイツに本社を置く商用車製造企業 MAN Truck & Bus SEが生産するバスブランドである。MAN Truck & Bus AGは、欧州の総合機械企業集団 MAN SEを構成する一企業である。

概説

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歴史

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1935年、ネオプランはドイツ南部のシュトゥットガルトで、Gottlob Auwärterによりバスおよびトラックの車体製造会社として設立された。2000年に親会社のGottlob AuwärterとともにMANグループに買収された。2001年にMANグループの商用車製造企業 MAN Nutzfahrzeugは、ネオプランを基に自社のバス製造部門としてネオマン・バス英語版を設立した。「ネオプラン」は、ネオマン・バスが製造するバスのブランドの一つとして生き残った[1]。2008年に、ネオマン・バスはMAN Nutzfahrzeugeに吸収され、引き続き「ネオプラン」ブランドのバス製造は MAN Nutzfahrzeugeが継承することとなる。2011年に、MAN Nutzfahrzeugeは MAN Truck & Bus AGに社名変更された。

一方、中華人民共和国江蘇省塩城市のバスメーカー・中威客車公司が製造する「A9シリーズ」について、ネオプランの車種スターライナーのコピーであるとして北京市第1中級人民法院(地裁)に提訴していたが、2009年1月21日に訴えを認める判決が出た[2]

特徴

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ネオプラン搭載エンジンの例:メルセデス・ベンツOM441LA型エンジン(503ps)

主に自社製やメルセデス・ベンツ製のエンジン、トランスミッション、サスペンションを車体に架装している。ボディーやサスペンションは自社生産している。

日本国内向けに日産ディーゼル(現UDトラックス)製エンジン搭載のバスが製造されたことがある。主なユーザーは広交観光であった。

トロリーバスフォスロと共同で製造している。

日本における事例

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日本国内には1977年中央交通によって輸入された。

ネオプランの名前を一躍有名にしたのは、1979年に初輸入された2階建てバス「スカイライナー」である。スカイライナーは国内初の本格的な2階建て観光バスであり、このスカイライナーにより2階建てバスブームが起きた。これによりドイツやベルギーのライバル会社がこぞって日本市場に参入するきっかけを作り、日本国内の各社も2階建て観光バス市場に参入した。

その後2階部分の居住性の問題などから2階建てバス市場は急速に縮小していったが、1990年代に入り定員を多くとれることから、夜行高速バスに用いられるケースが増え、スカイライナーも再び輸入された。

最近では、2002年に全長15mのダブルデッカー、メガライナーを登場させた。しかしその後、出火事故が相次いだため、現在は除籍となっており、出火していないものも本国へ返却されている。

なお、「ネオプラン」を扱う国内総代理店は、中央交通グループの「日本ネオプラン」である。同グループは1977年に初めてネオプランを導入した。一時期、中央観光バス(当時)も「バウルC.S.B商事」を設立して、輸入代理店となっていたことがある。

2005年3月には神奈川中央交通連節バス「ツインライナー」(エンジンは自社製)を2台先行導入し、同年9月には新たに2台を追加導入した。これを最後に、本ブランドのバスの日本への輸入が中止された(事実上のネオプラン日本撤退)。輸入代理店であった中央交通も、現在は国産車(日野・セレガ三菱ふそう・エアロエース)のみ保有する[3]

導入事例

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車種

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この他、海外ではトロリーバス用のエレクトロライナーも販売されている。

代表的ユーザー

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現在のユーザー

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  • 日の丸自動車興業
    • 貸切車(スカイライナー・トランスライナー・ユーロライナー・スターライナー)
      無料循回バス「東京ベイシャトル」開業初期にレジオライナーを使用していた。
    • スカイバス東京(スカイライナーベースのオープンバス、2006年12月にスペースライナーベースも登場)
      複数台保有し、東京以外でのスカイバス運行のため他社への貸し出しを行う。
  • 道南バス
    • 1979年、N116-3シティライナーを貸切車として導入、1987年にN116-2スペースライナーを貸切車として導入。
    • 1988年には二重ガラス構造を評価し、都市間路線バス用にN116-2を9台導入。1991年に追加で床下運転台型のN117-2を7台導入。都市間路線やルスツ高原の回遊バスに使用された[4]
    • 2023年に入り、2002年に日本に10台のみ輸入のスターライナーを中古導入した[5]

過去のユーザー

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  • 中央交通・ ローレル観光
    輸入元「日本ネオプラン(1979年設立)」の親会社。1977年にはシティーライナーN116/3を、1979年には念願の2階建てバスであるスカイライナーを導入、以後多数の車種を導入した。1986年にはドイツから上海までのシルクロードを実際に自走し、上海から神戸までは船で輸送したマルコポーロ号は当時話題となった。養護学校スクールバス用にノンステップバスも1990年代に複数台導入。国産のノンステップバス市販開始前に国内主要都市で運輸局と自治体のノンステップバス体験会などにも使用された[6]。2017年より日の丸自動車グループに加わり、国産車に置き換えられ全車運行終了した。
  • 東京都交通局
    台東区の2代目の車両3台は運行終了後に日の丸自動車興業に売却されスカイバス東京に改造。江戸川区委託の車両は大阪の中央交通に引き取られた。
  • ジェイアールバス関東(JRバス関東)
    • 夜行高速バス「ドリーム号」用としてスカイライナーを使用。
    • 1990年代には、東京空港交通と共同で東京駅 - 東京ディズニーランド間の高速バス「ファンタジア号」を運行。車両は中古導入であったが、日本国内ではダブルデッカー初のワンマン運行路線であった[6]
    • つくば号の混雑緩和のためメガライナーを4台導入し、2台は共同運行の関東鉄道にリース提供。つくばエクスプレス開業後に関東鉄道は運行終了。JRバス関東も翌年には運行終了し、関東鉄道リースの2台を西日本JRバスへ譲渡し、共同で青春ドリーム号へ転用したが、2008年5月の火災事故で西日本JRバス保有の1台を、2009年3月の火災事故でJRバス関東保有の1台を焼失。2009年の事故を契機に国土交通省よりメガライナーの使用中止およびドイツへの返却を指示され、JRバス関東・西日本JRバスとも運行終了しドイツへ返却となった。
  • 成田空港交通
    成田国際空港内のターミナルビル間無料循環バスとしてN912サンライナーを導入。
  • 神戸市交通局
    ポートピア'81開催を機にスカイライナーを定期観光バス用に導入[6]1988年廃車。
  • 下津井電鉄
    中央観光バスから移籍のスカイライナーを貸切用に保有。車内には電子オルガンが装備され、クルージング中に生演奏が行われていた。
  • 広交観光
    貸切用にダブルデッカーを保有。関連会社に日産ディーラーを抱えることもあり、エンジンのメンテナンス面(特にパーツの供給体制)を重視して、日産ディーゼル製のエンジンを搭載していた。日産ディーゼル製エンジン搭載車は京福電気鉄道なども導入。
  • 琴平バス
    四国初のダブルデッカーとしてスカイライナーを貸切用に保有。
  • 九州産交バス
    • 一般路線車(セントロライナー)
  • 北都交通
    全日空のツアー専用バス「ビッグスニーカー号」としてスカイライナーを保有。その後2006年夏に日の丸自動車興業からスカイバス仕様車を借り受け、札幌市内でスカイバスを運行。
  • 常磐交通自動車
    いわき(平) - 郡山 - 会津若松間の「スワン号」にスカイライナーを投入。路線バスへの二階建てバス導入第一号だった。
  • 富山地方鉄道
    スカイライナーを貸切用に保有。2018年秋からスポット的に日の丸自動車興業よりスカイバス仕様車を借り受け、射水市や富山市でスカイバスを運行。
  • アート引越センター
    1983年にスカイライナーを導入。1階を全て荷物スペースとした上で、2階に客室スペースを設けることで、引越しの荷物と居住者を同時に輸送することを可能にした車両で、ドリームサルーン・ナイス21の愛称が付けられていた。
  • 姫路セントラルパーク
    1983年(運行開始は1984年)に後述の中央観光バスに日本初の連節ダブルデッカー車として導入されたが、車検取得が叶わなかったジャンボクルーザーを園内の巡回バスとして使用。導入当時は「リトル=ジョン」という愛称が付けられていた。
  • 中央観光バス2001年8月の経営破綻後『ジェイジェイ交通』に改名し、現在は『ZIPANG(株)』)
    当時の中央観光バス(大阪市)グループの傘下企業であったバルC.S.B商事が輸入元となり1979年にN116/3シティライナーやN122/3スカイライナーが貸切サロンバスとして1982年まで26台導入された。また、1982年後期導入の6台はモデルチェンジによりN122J/3となりデザインが一新された。
    1986年にはN117/2スペースライナーが「ジパング・ハーレーエクスプレス」として25台導入され、導入直後は白1色にZIPANGロゴが記されていたが、間もなく白地に裾周りを黒とグレーのジパングカラーに塗り替えられた。バルCSB商事独自の仕様で乗降口は中央のみで、本来なら乗降口に相当する前部ドアはドライバー用ドアとされた。1階運転席と客席とは前部に非常口として連絡口が用意されていた。2004年に最後の1台が運用を終了した。
    いずれも欧州の車内レイアウトを踏襲した中央交通と異なり、高級路線とし、特に「オリエント」と「ジパング」は従来の観光バスの常識を打ち破る豪華絢爛な内装をであった。
  • 岐阜中央観光バス(前述の中央観光バスの関連会社)
    • N208/2ジェットライナーを「ハレーエクスプレス」として2台導入。これは国内で唯一のN208/2であった。
  • 上武大学
    • 1992年頃、スクールバスとして2階建てバスを2台所有していた。
  • さやま交通
    • 貸切車(ユーロライナー・スターライナー・トランスライナー・スペースライナー・スカイライナー・ジェットライナー)
    • 一部車両は高速ツアーバス時代のWILLER EXPRESS(運行開始当初は「STAR EXPRESS」)で運行されたことがあり、「スカイライナー」が設定されていた頃は同社とニュープリンス観光バスがそれぞれ保有するスカイライナーが使用された。

脚注

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  1. ^ THE MAN GROUP History”. 2017年3月29日閲覧。
  2. ^ 「パクリ」のバスメーカー、ドイツ社に2億8千万円の賠償命じられる―中国 - Record China 2009年1月22日
  3. ^ 貸切バス紹介
  4. ^ 『バスラマインターナショナル66』ぽると出版、2001年6月、57頁。 
  5. ^ [1] 道南バスのポスト
  6. ^ a b c d 『バスラマインターナショナル70』ぽると出版、2002年2月、67-82頁。 

外部リンク

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