トマス・ロハス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はロハス第二姓(母方の)はゴメスです。
トマス・ロハス
基本情報
本名 トマス・ロハス・ゴメス
通称 Gusano(芋虫)
階級 フェザー級
身長 173cm
リーチ 176cm
国籍 メキシコの旗 メキシコ
誕生日 (1980-06-12) 1980年6月12日(37歳)
出身地 ベラクルス州ベラクルス
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 62
勝ち 46
KO勝ち 31
敗け 14
引き分け 1
無効試合 1
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トマス・ロハスTomas Rojas Gómez、男性、1980年6月12日 - )は、メキシコプロボクサーベラクルス州出身。第21代WBC世界スーパーフライ級王者。

来歴[編集]

1996年12月16日、ベラクルス州ベラクルスゴンザロ・ディアス・モンタルボ(メキシコ)を相手にプロデビュー戦を行い、3-0の判定勝ちを収めた。

1999年11月18日、ベラクルス州・ベラクルスでロランド・ディアス(メキシコ)と対戦し、11回KO勝ちを収めてベラクルス州バンタム級王座を獲得した。

2000年3月11日、ニカラグアマナグアのヒムナシオ・ポリデポルティーボ・エスパーニャにて元WBA世界ミニマム級王者ロセンド・アルバレス(ニカラグア)と対戦するも、0-3(92-97、94-97、94-95)の判定負け。

2001年4月8日、ジャビエル・トーレス(メキシコ)とメキシコスーパーフライ級王座決定戦を行い、3-0の判定勝ちを収めて王座を獲得した。

2004年3月12日、ドゥランゴ州ゴメスパラシオで後のWBAスーパーWBC世界スーパーフライ級王者クリスチャン・ミハレス(メキシコ)と対戦し、0-3(114-119、114-119、110-119)の大差判定負けを喫して4度目の防衛に失敗し王座から陥落した。

2004年9月17日、ニカラグア・マナグアのファラオ・カジノにてモイセス・カストロ(ニカラグア)とWBAフェデセントロスーパーバンタム級王座決定戦を行い、10回TKO勝ちを収めて王座を獲得した。

2006年7月2日、フィリピンケソンクバオ地区にあるアラネタ・コロシアムにて元WBC世界スーパーフライ級王者ジェリー・ペニャロサ(フィリピン)と対戦するも、0-3(92-98、93-98、93-97)の判定負け。

2007年6月2日、パナマパナマシティアレナ・ロベルト・デュランにて後のWBA世界バンタム級スーパー王者アンセルモ・モレノ(パナマ)と対戦するも、0-3(92-99、92-98、94-98)の判定負け。

2007年9月16日、アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスハードロック・ホテル・アンド・カジノでのちの5階級制覇王者ホルヘ・アルセ(メキシコ)とWBCラテンアメリカバンタム級王座決定戦を行うも、プロ初のKO負けとなる6回1分TKO負けを喫し王座の獲得に失敗した。

2009年1月17日、ベラクルス州ベラクルスでカルロス・ルエダ(ニカラグア)とWBCインターナショナルスーパーフライ級王座決定戦を行い、9回TKO勝ちを収めて王座を獲得した。

2009年7月18日、ハリスコ州プエルトバジャルタのセントロ・デ・コンベンシオネス・プエルトバジャルタにてWBA・WBC・IBF世界スーパーフライ級スーパー王者ビック・ダルチニアン(オーストラリア)のバンタム級王座挑戦に伴い設置されたWBC世界スーパーフライ級暫定王座決定戦に出場。ポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ)に挑戦経験のあるエベラルド・モラレス(メキシコ)と対戦し、9回終了時TKO勝ちを収めて王座の獲得に成功した[1] 。以後、1度防衛[2]

2009年12月12日、アメリカ合衆国カリフォルニア州ランチョミラージュのアグア・カリエンテ・カジノ・リゾートスパでWBA・WBC世界スーパーフライ級スーパー王者ビック・ダルチニアン(オーストラリア)と王座統一戦を行い、2回にコンビネーションでダウンを奪われ失神しレフェリーはノーカウントストップ。2回2分54秒KO負けを喫しWBA王座の獲得とWBC王座の統一に失敗、自身が保持していた暫定王座も正規王座に吸収される形で消滅した[3]。その後、2010年5月に再起戦を行い5回TKO勝ちを収めて再起に成功。

2010年6月19日、キンタナ・ロー州サン・ファン・デル・リオの闘牛場にてフェリペ・アルマンザ(コロンビア)とWBC全米スーパーフライ級王座決定戦を行い、6回終了TKO勝ちを収めて王座を獲得した。

2010年9月20日、日本のさいたまスーパーアリーナにてダルチニアンの名誉王者認定に伴い空位となったWBC世界スーパーフライ級王座を、WBC世界スーパーフライ級2位としてWBC世界スーパーフライ級1位で元OPBF東洋太平洋スーパーフライ級王者河野公平(日本)と争う。序盤からリーチ差を活かしたアウトボクシングで河野を翻弄し、最終12回にダウンを奪われたものの3-0(118-109、2者が116-111)の判定勝ちを収めて王座の獲得に成功し、約9ヶ月ぶりの王座返り咲きを果たした[4]

2011年2月5日、日本の大阪府立体育会館にて元WBA世界スーパーフライ級王者名城信男(日本)を迎えて初防衛戦を行い、3-0(116-111、116-113、114-113)の判定勝ちを収めて初防衛に成功した[5]

2011年5月21日、チアパス州トゥストラ・グティエレスにてWBC世界スーパーフライ級ユース王者でWBC世界スーパーフライ級1位の指名挑戦者ファン・ホセ・モンテス(メキシコ)を迎えて2度目の防衛戦を行い、老獪なテクニックで若い挑戦者を翻弄し11回終了TKO勝ちを収めて2度目の防衛に成功した。

2011年8月19日、タイシーサケット県のコンムアンスリ・スタジアムにてWBC世界フライ級王者ポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ)と対戦した経験もあるスリヤン・ソー・ルンヴィサイ(タイ)と対戦するが、0-3(111-117、112-116、114-115)の判定負けを喫して3度目の防衛に失敗し王座から陥落した[6]。その後、同年11月に再起戦を行い2回TKO勝ちを収めて再起に成功。

2011年12月、2007年9月16日に行われたホルヘ・アルセ(メキシコ)戦における八百長を告発。しかしロハス本人が証言を拒否したため、WBCより無期限出場停止処分を受けた。

2012年3月3日、バハ・カリフォルニア州ティフアナのアウディトリオ・ムニシパルで元WBA世界バンタム級暫定王者フリオ・サラテ(メキシコ)とスーパーバンタム級契約10回戦で対戦し、3-0(99-92、97-93、97-93)の大差判定勝ち。その後、バンタム級に転向。

2012年11月3日、日本ゼビオアリーナ仙台にて2階級制覇を懸けてWBC世界バンタム級王者山中慎介に挑戦するも、痛烈な左ストレートをもらってダウンして失神しレフェリーはカウントを途中でストップ。7回36秒KO負けを喫して王座の獲得と2階級制覇に失敗した。

2013年4月13日、ミチョアカン州シウダ・イダルゴジャデレス・パドゥア(フィリピン)とWBCラテンアメリカバンタム級王座決定戦を行い、6回KO勝ちを収めた[7]

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ WBC・S・フライに暫定王者 ロハス勝つ ボクシングニュース「Box-on!」 2009年7月19日
  2. ^ SF級暫定王者ロハス初防衛 次はダルチニヤンと ボクシングニュース「Box-on!」 2009年10月26日
  3. ^ ダルチニヤン、ブラッドリーとも暫定王者に圧勝 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年12月13日
  4. ^ 河野判定負け 最終回ダウン奪うもKOならず WBC・S・フライ級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年9月20日
  5. ^ 名城世界奪還ならず ロハスに判定負け WBC世界S・フライ級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年2月6日
  6. ^ スリヤン機動力でロハスを撃破!新王者 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年8月19日
  7. ^ トマス・ロハスがKOで再起 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年4月14日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

暫定王座決定戦 対戦者
エベラルド・モラレス
WBC世界スーパーフライ級暫定王者
2009年7月18日 - 2009年12月12日
次暫定王者
王座統一戦により消滅
空位
前タイトル保持者
ビック・ダルチニアン
WBC世界スーパーフライ級王者

2010年9月20日 - 2011年8月19日

次王者
スリヤン・ソー・ルンヴィサイ