カンクン

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カンクン
Cancún
Bandera de Cancún (Benito Juárez).PNG Coat of arms of Benito Juarez, Quintana Roo.svg
市旗 市章
位置
キンタナ・ロー州内でのカンクンの位置の位置図
キンタナ・ロー州内でのカンクンの位置
座標 : 北緯21度09分38秒 西経86度50分51秒 / 北緯21.16056度 西経86.84750度 / 21.16056; -86.84750
歴史
設立 1970年4月20日
行政
メキシコの旗 メキシコ
  キンタナ・ロー州
 市 カンクン
人口
人口 (2010年現在)
  市域 628,306人
その他
等時帯 中部標準時UTC-6
夏時間 中部夏時間
市外局番 998
公式ウェブサイト : http://www.cancun.gob.mx

カンクン (Cancún) は、メキシコ合衆国の南東部、カリブ海沿岸のキンタナ・ロー州にある都市の名前。マヤ語で"カン"は蛇、"クン"は巣という意味で蛇の巣という意味である。

概要[編集]

リゾート[編集]

メキシコ南東部のカリブ海沿岸、ユカタン半島の先端に位置する観光都市で、1970年代にメキシコ政府の先導でリゾート地として開発された。現在は年間で300万人を超える観光客やセレブが訪れる、世界的に知名度が高いリゾート地となった。近くに世界遺産チチェン・イッツァや、リゾート地のシカレシェルハ、遺跡のトゥルムなどがあり、これらの遺跡とセットでカンクンに来る人も多い。

市街地は珊瑚礁の周りのホテルゾーンとダウンタウンに別れており、ホテルゾーンの周りには100軒を超える高級リゾートホテルや豪華な別荘が立ち並んでいる。大規模なリゾート地ではあるが、メキシコ政府による開発規制が行われていることもあり、海水が非常にきれいで、リゾートホテルの目の前でも海水が透き通っており、泳いでいる魚を間近に見ることができる。

遺跡[編集]

カンクンの遺跡

また、ダイビングクルージング、カリブ海をクルーズする大型客船の拠点として有名なだけでなく、近くにトゥルム遺跡など、数多くのマヤ文明後古典期遺跡があることから、それらの遺跡研究・見学の拠点地としても重宝されている。

歴史[編集]

元は "Ekab" (黒い土地)の名で知られていた。コンキスタドールベルナル・ディアス・デル・カスティリョによると、スペイン人が到着した時、現在のキンタナ・ロー州北部のこの地域にはマヤ語を話す多くの人々が暮らしていた。征服から年月が経ち、多くの住民は海賊の襲撃や疫病、飢饉などで死亡したり他の場所に移住してしまい、わずかな居住地のイスラ・ムヘーレス (スペイン語: Isla Mujeres, ムヘーレス島、女の島)とコスメル (マヤ語: Cozumel, 燕の島) が残った。

1967年よりカンクンは、メキシコ中央銀行 (Banco de México) によって、観光地開発による外貨獲得の可能性の調査が行われた。カンクンは当初コンピュータによって選別され、その後の銀行の調査員により拡大調査が行われた後に、実際に開発地として選定された。メキシコ銀行は、初期のインフラ整備のために、米州開発銀行 (Inter-American Development Bank) より2700万$の融資を受けた。こうして1970年1月23日にリゾート開発が開始された。

カンクンのあるユカタン半島を直撃するハリケーン・ウィルマ

2005年ハリケーン・ウィルマが直撃し、空港・道路が水没、ホテルの窓ガラスが割れるなどの被害が出た。そのため、ハイ・シーズンの秋にはほとんどのホテルが閉鎖を余儀なくされ、経済的打撃も大きい。

交通[編集]

首都メキシコシティから空路でカンクン国際空港まで約2時間半。日本からの直行便はなく、メキシコシティ、もしくはアメリカロサンゼルスダラスヒューストンなどで乗り換えていくのが一般的である。

政治[編集]

2003年9月10日WTO第5回閣僚会議が、カンクンにおいて、ビセンテ・フォックス・ケサーダメキシコ大統領の臨席を得て開幕された[1]

スポーツ[編集]

町には、プリメーラ・ディビシオンでプレーし、メキシコサッカーのトップレベルのアトランテFCメキシカンリーグ(LMB)のタイガース・デ・キンタナ・ローが本拠を置いている。

関連事項[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 日本外務省 外交政策 経済 WTOカンクン閣僚会議

姉妹都市[編集]