テリー・ギッブス

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テリー・ギッブス
プロフィール
リングネーム テリー・ギッブス
本名 マニュエル・セイン
身長 186cm[1]
体重 105kg[1]
誕生日 (1953-02-20) 1953年2月20日(65歳)[2]
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ペンシルベニア州の旗 ペンシルベニア州
アレゲニー郡ピッツバーグ[2]
トレーナー ボブ・ループ[2]
引退 1989年[2]
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テリー・ギッブスTerry Gibbs、本名:Manuel "Manny" Saine1953年2月20日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラーペンシルベニア州ピッツバーグ出身[2]。生まれはアラバマ州、育ちはフロリダ州タンパともされる[1]

中西部や中南部のローカル・テリトリーで活動後、1980年代中盤よりWWFジョバーを務めていた。1981年7月、国際プロレスの最終シリーズに来日し、最終戦のメインイベント(すなわち国際プロレス最後の試合)に出場した選手でもある[3]

来歴[編集]

デビュー後の1970年代後半は、ジョージアアラバマフロリダなど、NWA南部テリトリーで若手のベビーフェイスとして活動[4]1979年ランディ・サベージの父親のアンジェロ・ポッフォが主宰し、ボブ・ループボブ・オートン・ジュニアも参画していたケンタッキー州レキシントンの独立団体ICW(インターナショナル・チャンピオンシップ・レスリング)に参戦。ループやロニー・ガービンのパートナーとなってICW認定のサウスイースタン・タッグ王座を2度獲得した[5]

1980年オクラホマのNWAトライステート地区に入り、9月7日にタルサで行われた復活版トライステート・ヘビー級王座の争奪トーナメントに出場。ワフー・マクダニエルザ・スポイラーキラー・カール・コックスも参加したトーナメントにおいて、準決勝でエド・ウィスコスキー、決勝でミスター・ポーゴを破って優勝を果たし[6]1950年代より空位となっていた同王座の新チャンピオンに認定された[7]1981年6月18日にはNWAセントラル・ステーツ地区にて、ボブ・スウィータンと組んでマイケル・ヘイズ&テリー・ゴディファビュラス・フリーバーズを下し、同地区認定のタッグ王座にも戴冠している[8]

その翌月の1981年7月、ジプシー・ジョージ・エンフォーサーが同時参加した国際プロレスの『ビッグ・サマー・シリーズ』に初来日。7月30日に新潟県柏崎にてラッシャー木村金網デスマッチで対戦し、8月8日には北海道根室にて、ジェリー・オーツと組んでマイティ井上&阿修羅・原IWA世界タッグ王座に挑戦[9]。シリーズ最終戦である翌8月9日の羅臼町大会では、メインイベントにて鶴見五郎との金網デスマッチが行われた(結果は両者カウントアウト)[9]。この興行を最後に国際プロレスは活動を停止したため、国際プロレスの最後の試合において、団体の象徴でもあった金網デスマッチに出場した最後の外国人選手となった[3]

その後、太平洋岸北西部のパシフィック・ノースウエスト・レスリングなどを経て、1983年よりカルロス・コロンの主宰するプエルトリコWWCに参戦。ヒールに転向してICW時代の後輩バディ・ランデルとのタッグなどで活動し、1984年5月12日にはキング・トンガからプエルトリコ・ヘビー級王座を奪取した[10]

アメリカ本土に戻ると、ビンス・マクマホン・ジュニアの新体制下で全米侵攻を開始させていたWWFに、ヒール陣営のジョバーとして登場。以降1988年にかけて[4]ハルク・ホーガンをはじめ[11]ジミー・スヌーカペドロ・モラレストニー・アトラスイワン・プトスキーリッキー・スティムボートバリー・ウインダムマイク・ロトンドジャンクヤード・ドッグブリティッシュ・ブルドッグスブレット・ハートジェイク・ロバーツジム・ドゥガンバンバン・ビガロリック・マーテルティト・サンタナビリー・ジャック・ヘインズアルティメット・ウォリアーなど、ベビーフェイスのスーパースターのジョバーを務めた(ベビーフェイス陣営のジョバーだったS・D・ジョーンズにも白星を献上している)[12]

キャリア晩年の1989年には末期のAWAが東部地区で開催していた興行に出場し、ケン・パテラのパートナーとなってパット・タナカ&ポール・ダイヤモンドのバッド・カンパニーが保持していたAWA世界タッグ王座に挑戦した[12]

獲得タイトル[編集]

インターナショナル・チャンピオンシップ・レスリング
NWAトライステート
  • NWAトライステート・ヘビー級王座:1回[7]
セントラル・ステーツ・レスリング
ワールド・レスリング・カウンシル
  • WWCプエルトリコ・ヘビー級王座:1回[10]
  • WWCカリビアン・タッグ王座:1回(w / バディ・ランデル[13]
  • WWC北米タッグ王座:1回(w / バディ・ランデル)[14]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『国際プロレス クロニクル 下巻』特典付録CD-ROM 国際プロレス全パンフレット / '81ビッグ・サマー・シリーズ(2011年、クエスト)
  2. ^ a b c d e Terry Gibbs”. Cagematch.net. 2014年7月13日閲覧。
  3. ^ a b 『忘れじの国際プロレス』P64-65(2014年、ベースボール・マガジン社ISBN 4583620802
  4. ^ a b Terry Gibbs”. Wrestlingdata.com. 2014年7月13日閲覧。
  5. ^ a b ICW Southeastern Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2014年7月13日閲覧。
  6. ^ NWA Tri-State Heavyweight Title Tournament”. Wrestlingdata.com. 2014年7月13日閲覧。
  7. ^ a b NWA Tri-State Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2014年7月13日閲覧。
  8. ^ a b NWA Central States Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2014年7月13日閲覧。
  9. ^ a b IWE 1981 Big Summer Series”. Puroresu.com. 2015年11月7日閲覧。
  10. ^ a b WWC Puerto Rico Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2014年7月13日閲覧。
  11. ^ WWF All-Star Wrestling”. Cagematch.net. 2014年7月13日閲覧。
  12. ^ a b Terry Gibbs”. Cagematch.net. 2014年7月13日閲覧。
  13. ^ WWC Caribbean Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2014年7月13日閲覧。
  14. ^ WWC North American Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2014年7月13日閲覧。

外部リンク[編集]