スイス銀行

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スイス銀行(スイスぎんこう、英語: Swiss bank)とは、スイス金融市場監査局(FINMA)が管轄し、スイス銀行法(1934年銀行法で知られ、中世以来銀行秘密を認めていたが[1]、2009年のUBS脱税により修正された)に基づいて運営されているスイスを拠点とした銀行の総称、もしくは通称である。

2011年に、スイス金融部門の59.4%、GDP6.2%に相当する350億スイスフランに達した。[2] UBSクレディ・スイスの2大銀行は、資産管理額で19位の約1.375兆US$、25位の約1.090兆US$に位置し、[3] 国内の預金の半分以上を管理している。2008年時点で327の銀行及び証券業者が営業している。

概要[編集]

スイスは、一人当たりの国内総生産は西ヨーロッパ諸国上位であり、スイス・フランも他国通貨よりも比較的安定している[4]

2009年時点では、金融部門は国内GDPの11.6%を構成し、約195,000人(労働人口の約5.6%に相当、内約136000人が銀行部門)の雇用元である。また、海外では推定103,000人を採用している。[5]

ヴェストファーレン体制中立国(世界大戦欧州連合など。後者は2002年加盟[6][7])の特徴から、安定的な繁栄環境であると諸外国から認識されていた。世界の中央銀行をまとめる国際決済銀行(BIS)が1930年に設立以来バーゼルに拠点をおいており、第一次世界大戦では重要な役割を担った。[8]

世界的資金の推定3分の1はスイスに預金されており、2001年には2.6兆USドル、2007年に記録的な2.7兆USドルに達した。[9]

スイス国内の外資系銀行は、銀行秘密法の改悪により2012年から2013年5月の終わりまでにスイスでの外資系個人銀行数が145から129に減少したと発表した。それ以前の5年間で、外資系銀行の管理資産は、納税や引き出しにより870.7億スイスフラン($921億ドル)と25%減少した。

「スイス銀行」という単一の銀行は存在せず、スイス連邦の中央銀行であるスイス国立銀行とも別である。一般には、匿名性や守秘性の高さで知られる。プライベート・バンキングとその他に分けて説明する。

プライベートバンク[編集]

いまのところ、記事作成済のスイスプライベートバンクはロンバー・オディエピクテ銀行しかない。

スイスプライベートバンクとは、ナンバーズアカウントを開設できるという意味でのスイス銀行である。口座名義までが契約者の任意の番号で管理され、名義人が表示されない匿名口座は守秘性が非常に高い。スイスのプライベートバンクは、無限責任をもつ個人銀行家=プライベートバンカーがパートナーとして経営している銀行であり[10]、世界の富豪に愛用されてきた長い伝統と実績、および先述の高い守秘義務の規定がある。口座の顧客の身元を知っているのは担当者とごく一部の上層部だけで、口座番号が漏れてもそこから身元を割り出すことはできない。口座番号さえわかれば誰でも振り込みはできるが、口座番号を間違えると、守秘義務により、振り込んだ金は返ってこない[11]

プライベートバンクにおいて、他の顧客や自分の口座の担当以外の従業員との接触を避けるため、顧客は来訪の前に申請し、必ず決められた時間に来訪しなければならない。エレベーターは担当者が待つ階にしか停まらないようになっており、鍵も備えられている。したがって、秘密口座では有価証券を除けば預金の引き出しの6週間前に申請しなくてはならない。口座維持費が必要なので、最低でも常に1,000万円以上の残高を要する(為替相場にもよる)。

公共料金の支払いや給与の振り込みは取り扱っていない。

なお、匿名口座と呼ばれるものは、プライベートバンクでなくてもクリアストリームのような国際決済機関に開設できる。

その他[編集]

著名なUBSクレディ・スイスは、「プライベート・バンキング・サービスも提供しているスイスの大手商業銀行」である。法人形態としては「有限責任株式会社」であるため、無限責任のプライベートバンクではない。また、一般の個人や法人も顧客としている。事業領域は顧客の資産の保全と運用に特化しているわけではなく、通常のリテールバンキング業務、融資株式債券等の自己売買(自社リスクでの売買)など・の業務も行っている。収益が顧客資産の増減と連動しておらず、収益構造やビジネスモデルは顧客から預かった資産の保全・管理・運用の手数料のみではなく、金融商品の販売手数料を大きな収益源としているなど、プライベートバンクであるための条件を1つも満たしていない。

スイス銀行法第47条B項には、「銀行職員が職務上知り得た情報に関して、守秘義務に違反した場合は刑事罰の対象となり、罰金刑および最高6か月の禁錮刑の双方に処せられる」とされている。銀行はそれぞれ高い水準の守秘義務規定を設けており、たとえ退職しても自分が担当した顧客の情報は終生にわたり守らなくてはならない。警察司法当局、公務員、その他どのような権力もスイス銀行の顧客情報の開示を求めたり強制的に閲覧することは禁じられている。ただし犯罪に関わる金と判明した場合は、スイス国内のマネーロンダリング条項により当局への通知が義務付けられており、銀行はそれを遵守している。

よく知られている特徴[編集]

ゴルゴ13』『ルパン三世』『ブラック・ジャック』のような犯罪者や非合法な活動をテーマとした作品にスイス銀行が登場する理由として、スイス銀行法の匿名性・守秘性の高さ、およびそれによってもたらされる負の側面が挙げられる[12]。ゲーム『トロピコ』はスイス銀行の口座にプレイヤーの私的財産を溜められる。小説『聖獣配列』・『霧の会議』は送金の描写が具体的である。

プライベートバンクの主な顧客層は世界の王侯貴族や、大企業の社長といった富裕層とされる一方で、スイス銀行法に基づく顧客情報の厳格な秘匿・守秘性(高度なプライバシー保護)と番号口座(ナンバーズアカウント)により口座所有者の名前や住所を含む情報が一切開示されないという特徴は、非合法活動や犯罪を含む不法・不正な報酬の受け取りやその蓄財・脱税にも最適であり、世界各国の独裁者や犯罪者が利用していると言われ、「独裁者の金庫番」「犯罪者の金庫番」とも呼ばれる。

北朝鮮金正日などがスイスの銀行に巨額の財産を隠しているとの噂は多々あるものの、スイス銀行は法的に犯罪が立証されない限り情報を開示できないため、実際に判明した事例は少なかったが、フィリピンマルコス元大統領の不正蓄財の発覚と返還をきっかけに、退任したり逝去した国家指導者や独裁者の不正な蓄財が明らかになるケースが増える傾向にある。これはアメリカ同時多発テロ以降、世界中の国々や金融機関が資金洗浄に厳しく対処するようになり、ますます拍車がかかっている。ただし、全額が返還されるわけではなく、スイスの法律により約半額が返還されるのが一般的であり、かつ、返還先が不正を証明できずに時間切れで凍結解除となるケースが散見されがちである。

2011年、スイス政府(財務省)はわずか1か月の期間に、国内銀行に対しコートジボワールチュニジアエジプトリビアなど外国の指導者(ローラン・バグボ大統領、ザイン・アル=アービディーン・ベン=アリー元大統領、ホスニー・ムバーラク元大統領、ムアンマル・アル=カッザーフィー大佐)の資産を封鎖するよう命令を出した[13]

悪用が明らかとなった事例[編集]

ナチ・ホロコースト[編集]

1995年5月、スイス大統領はホロコースト期間中にスイスがユダヤ人難民の入国を拒絶したことを公式に謝罪した。これとほぼ同時に、次の問題が浮上した。スイス銀行がホロコースト期のユダヤ人口座数十億ドル相当を保持したままであることが明らかになったというものである[14]。同年12月、世界ユダヤ人会議アルフォンソ・ダマト上院議員と手を組んだ。ホワイトウォーター疑惑の公聴会が進行中だったビル・クリントン大統領がダマトと和解して支持を与え始め、上は連邦政府の11機関と上下両院から、下は全米各州の州政府や自治体まで、超党派の圧力がスイスへ向けられた[15]

1996年4月、休眠口座に関する上院公聴会が開かれた。調査員6人[16]、委員長にFRBポール・ボルカーを据えた「有識者による独立委員会」は、5月の「理解覚書」で正式に任命された。12月にはスイス政府が「専門家による独立委員会」を任命し、金取引の調査にあたらせた。しかし、両委員会が動き出す前に世界ユダヤ人会議は金銭による和解へ向けてスイスに圧力をかけ始めた。10月初めにエドワード・フェイガンらが200億ドルを求める訴えを起こした。数週間後に協力者を集めてもう一度集団訴訟を起こした。翌年1月には正統派ユダヤ人コミュニティー世界会議が訴訟を先導した。3つの訴状はすべてブルックリン地方裁判所に提出、コーマン判事に統合整理された。こうした法的手段による攻撃にとどまらず、世界ユダヤ人会議はニューヨーク州とニューヨーク市の会計監査員に接触して、1996年2月にスイスの銀行へ経済制裁措置を警告する書簡を両人に送らせた[17]。1998年6月、スイス銀行は最終和解案として6億ドルを提示したが、昨年末に世界ユダヤ人会議のブロンフマンは30億ドル以上を要求していた。1998年7月に先の会計監査人らが制裁強化を持ち出して脅迫すると、8月になってコーマン判事の調停に臨み、スイスは12億5000万ドルの支払いに同意した[18]

1999年12月、ボルカーの「有識者による独立委員会」が、『スイスの銀行におけるナチ迫害犠牲者の休眠口座に関する報告』を出した[19]。この報告は次のように述べる。1933-1945年の銀行記録すべてを調べることはできなかったが、60%という口座記録の回復率は、特にスイス法が10年以上の記録保管を義務づけていない状況では驚異的だった[20]。報告によると、54000の口座が「ナチ迫害の犠牲者と関係する」多少の可能性がある。口座名義の公表に値するものはその約半数で、このうち1万口座は1億7000万から2億6000万ドルに相当する。残る口座は時価の算定ができなかった[21]。この値に比して、ブロンフマンの要求した30億ドルは高すぎたと言わなければならない。

この報告には重要な付録が存在し、当時のユダヤ人が資産を避難させる「望ましい行き先」がリスト化されている。アメリカとスイスが3位以下に大差をつける候補であった[22]。そこで、アメリカの銀行ではホロコースト期の休眠口座がどうなっていたのかが問題になる。この点、Seymour J. Rubin[23]は次のように結論した。合衆国は、国内にある相続者のない資産を認定するためにごく限られた施策しかとらず、支出可能としたのは(中略)わずか50万ドルである。スイスの銀行がボルカー委員会の調査以前の段階ですでに3200万ドル分を認定していたのとは対照的だった[24]。要するに、アメリカの記録はスイスよりも格段に悪いということである。しかし、この事実は国内メディアに悉く無視された。

2015年2月から、HSBC資金洗浄疑惑(スイスリークス事件)で、スイスのプライベートバンクが捜査されている。アメリカの捜査が無視され、あるいは手薄になり、それを良いことに証拠や資産がスイスからアメリカへ移されるなどという失態は許されない。

脚注[編集]

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  1. ^ Gumbel, Peter (2002年9月8日). “Silence Is Golden”. Time Magazine. http://www.time.com/time/search/article/0,8599,348968,00.html 2006年6月16日閲覧。 
  2. ^ The Economic Significance of the Swiss Financial Centre”. Swiss Banking. 2013年9月4日閲覧。
  3. ^ Top Banks Tracker: The World's Top Banks by Country”. BankersAccuity. 2013年9月4日閲覧。
  4. ^ The World Factbook – Switzerland – Economy”. Central Intelligence Agency. 2006年7月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年6月16日閲覧。
  5. ^ The Economic Significance of the Swiss Financial Centre” (2009年11月). 2010年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年5月10日閲覧。
  6. ^ The World Factbook – Switzerland – Introduction”. Central Intelligence Agency (2006年6月13日). 2010年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年6月2日閲覧。
  7. ^ “Country profile: Switzerland”. BBC News. (2006年3月26日). オリジナル2006年7月14日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20060714050123/http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/europe/country_profiles/1035212.stm 2006年6月17日閲覧。 
  8. ^ Origins: Why Basel?”. Bank of International Settlements. 2006年6月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年6月16日閲覧。
  9. ^ Thomasson, Emma (2012年3月20日). “Analysis: Swiss banks still draw rich despite secrecy blows”. Reuters. http://www.reuters.com/article/2012/03/20/us-banks-switzerland-idUSBRE82J0DT20120320 2014年1月10日閲覧。 
  10. ^ スイスでプライベートバンカーを名乗るにはこれが法的な絶対条件とされている
  11. ^ 一般には可能な「組み戻し手続き」さえできない
  12. ^ ちなみにゴルゴ13は口座番号が「F5R6I5D1A3XY」と設定されている
  13. ^ スイス、カダフィ大佐一族の資産を封鎖 ウォール・ストリート・ジャーナル
  14. ^ Levin Last Dposit, chaps6-7. 左の著書をイスラエルのジャーナリストがレヴィンの名を明らかにせず引用したのをきっかけに議論がわきおこった。このジャーナリストはレヴィンの著書を誤読して引用を誤った。詳細は下の文献を参照されたい。
    Hans J. Halbheer, "To Our American Friends," in American Swiss Foundation Occasional Papers(n.d.)
  15. ^ ノーマン・フィンケルスタイン 『ホロコースト産業――同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』 三交社, 2004年 p.94.
  16. ^ 世界ユダヤ人損害賠償組織とスイス銀行協会からそれぞれ3人ずつ。
  17. ^ その後の数ヶ月間にニューヨーク、ニュージャージー、ロードアイランド、イリノイの各州政府および自治体で、ボイコットが決議された。翌年5月、ロサンゼルス市がスイス銀行から年金基金を引き出したことで、最初の経済制裁が行われた。ニューヨークでも、カリフォルニア・マサチューセッツ・イリノイの各州も後に続いた。
  18. ^ 前掲書『ホロコースト産業』 pp.102-106.
    1995年当時、合衆国ではスイスの6銀行13支店が営業していた。スイスの銀行は1994年の時点で380億ドルをアメリカ企業に貸付け、顧客のために、数千億ドルに上るアメリカ株式および銀行への投資を管理していた。制裁のダメージが想像される。p.93. p.270.
    和解金の配分をめぐっては、ユダヤ人組織と生還者らの間で紛争になっている。pp.108-109.
    1997年2月に設立された2億ドル足らずの「困窮するホロコースト犠牲者のための特別基金」は、1999年12月現在で実際の犠牲者に分配されている。しかし和解金は弁護士費用に充当された後、ユダヤ人組織の金庫に流れてゆく。
    Philip Lentz, "Reparation Woes," in Crain's (15-12 November 1999). Michael Shapiro, "Lawyers in Swiss Bank Settlement Bill, Outraging Jewish Groups," in Jewish Telegraphic Agency (23 November 1999). Rebecca Spence, "Hearings on Legal Fees in Swiss Bank Case", in Forward (26 November 1999). James Bones, "Holocaust Survivors Protest Over Legal Fee", in The Times (London) (1 December 1999). Devlin Barrett, "Holocaust Assets", in New York Post (2 December 1999). Stewart Ain, "Religious Strife Erupts In Money Fight", in Jewish Week (14 January 2000) ("angle"). Adam Dickter, "Discord in the Court", Jewish Week (21 January 2000). Swiss Fund for Needy Victims of the Holocoust/Shoa, "Overview on Finances, Payments and Pending Applications", (30 November 1999).
    なお、イスラエル国内の生還者は、この基金で彼らに割り当てられた分を全く受け取っていない。
    Yair Sheleg, "Surviving Israeli Bureaucracy", in Haaretz (6 February 2000).
  19. ^ Independent Committee of Eminent Persons, Report on Dormant Accounts of Victims of Nazi Percecutions in Swiss Banks (Bern: 1999).
  20. ^ Report, Part I, p.6, paragraph 22 ("no evidence"); paragraph 23 (banking laws and percentage); Annex 4, p.58, paragraph 5 ("truly extraordinary") and Annex 5, p.81, paragraph 3 ("truly remarkable") (cf. Part I, p.15, paragraph 47, PartI, p.17, paragraph 58, Annex 7, p.107 paragraphs 3, 9).
  21. ^ Report, p.10, paragraph 30 ("possible or probable"); p.20, paragraphs 73-5 (significant probability for 25,000 accounts). Annex 4, pp.65-7, paragraphs 20-6, and p.72, paragraphs 40-3 (current values).
  22. ^ Report, p.2, paragraph 8 (cf p.23, paragraph 92). Appendix S, p. A-134.
  23. ^ 第二次大戦後の対スイス交渉で米代表団の副団長を務め、後にアメリカン大学の教授となった。
  24. ^ Hearings before the Committee on Banking and Financial Services, House of Representatives, 25 June 1997 (quoted from Rubin's prepared testimony).

関連項目[編集]

外部リンク[編集]