ジェームズ・ビーティー

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ジェームズ・ビーティー Football pictogram.svg
James Beattie.jpg
名前
本名 James Scott Beattie[1]
カタカナ ジェームズ・スコット・ビーティー
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 1978年2月7日(37歳)[1]
出身地 ランカスター
身長 185cm[1]
体重 78kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1996-1998
1998-2005
2005-2007
2007-2009
2009-2010
2010-2011
2011
2011-2012
2012-2013
イングランドの旗 ブラックバーン・ローヴァーズ
イングランドの旗 サウサンプトン
イングランドの旗 エヴァートン
イングランドの旗 シェフィールド・ユナイテッド
イングランドの旗 ストーク・シティ
スコットランドの旗 レンジャーズ
イングランドの旗 ブラックプール(loan)
イングランドの旗 シェフィールド・ユナイテッド
イングランドの旗 アクリントン・スタンリー
4 (0)
204 (68)
76 (13)
62 (34)
38 (9)
7 (0)
9 (0)
18 (0)
25 (6)
代表歴2

2003
イングランドの旗 イングランドU-21
イングランドの旗 イングランド
9 (4)
5 (0)
監督歴
2013-2014
2015-
イングランドの旗 アクリントン・スタンリー
ウェールズの旗 スウォンジー・シティ(コーチ)
1. 国内リーグ戦に限る。2012年11月16日現在。
2. 2006年7月23日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ジェームズ・スコット・ビーティーJames Scott Beattie, 1978年2月27日 - )はイングランドランカスター出身の元同国代表サッカー選手、指導者。ポジションはFW

生い立ち[編集]

ビーティーは1978年にランカスターで生を受けた[1]。家庭は貧しく、父親は自分と同じ境遇にさせまいと息子ジェイムズの教育に力を注ぎ、進学校へ入学させる為に激務に汗を流した。そんな父親の気持ちを十二分に理解していたビーティは、ブラックバーンに位置するインデペンデント・スクールであるクイーン・エリザベス・グラマー・スクールに入学し、熱心に学業に取り組んだ。

学業で優秀な成績を修めると共に、スポーツの分野でも高い運動能力を見せ始め、特に熱中していた競泳では14歳の時に自由形で英国2位の成績を記録している。

幼いころからの練習のしすぎで肩の軟骨がすり減ってしまい水泳は諦めざるを得なかったが[2]、すぐさまダーウィン・ユナイテッドから「サッカーをやってみないか」と声がかかり、遊び程度で嗜んでいたサッカーを本格的に始めた。 サッカーの世界でも高い運動能力を武器に頭角を現し始め、16歳の時にブラックバーン・ローヴァーズにスカウトされた。トップクラスのクラブへの入団ということで、当時志していた医師への道に進むべきか、サッカー選手としてプロの道に進むべきかに悩み、父親と共に熟慮を重ねた上でサッカー選手としてプロになることを決断し、1995年8月に練習生契約を結んだ。

クラブ経歴[編集]

ブラックバーン・ローヴァーズ[編集]

ビーティーのプロデビューは、1996年10月26日に行われ、2-0で勝利したアーセナル戦である[3]ブラックバーンでは、トップチームでは7試合しか出場する機会がなく、得点を挙げることは出来なかった。1998年にサウサンプトンへ移籍することとなった。

サウサンプトン[編集]

ケヴィン・デイヴィスが700万ポンドでローヴァーズへ移籍したことに伴い、1998年7月に100万ポンドでセインツへ加入した。まずまずの滑り出しを見せたものの、度重なる負傷に苦しみ、思うような活躍を見せることが出来なかった。ビーティーがブレイクしたのは、2000-01シーズンであり、18ヵ月ゴールがなかったが、2001年11月から、10試合で10ゴールを挙げ、チームも上位に浮上した。しかし、その後はコンディションを落とし、公式戦で2ゴールを挙げるに止まった。

2001年3月に4年間の契約延長に合意した。

翌シーズンもなかなかゴールを決めることが出来なかったが、2001年9月29日に行われた、ミドルズブラ戦で2ゴールを挙げたことを機に復調し、2ヶ月間負傷で離脱したにも関わらず、最終的には公式戦で14ゴールを挙げた。

2002-03シーズンは、ビーティーが最も得点を挙げたシーズンであり、ファン・ニステルローイらと得点王争いを展開し、最終的には23ゴールで3位に終わったものの、イギリス人のサッカー選手としてはトップの成績を残した。また、アーセナルに敗れはしたが、FAカップでは1976年以来の決勝進出を果たした。

2002年に飲酒運転で摘発され、サウサンプトンでの経歴に傷を付けることとなってしまった[4]

2005年1月に600万ポンドの移籍金でエヴァートンへと移籍した。

エヴァートン[編集]

600万ポンドの移籍金は当時のエヴァートンのクラブ記録となる移籍金であった。

2004-05シーズンは、シーズン途中の加入であったことや度重なる負傷、チェルシー戦で相手DFウィリアム・ギャラスに頭突きをして退場、3試合の出場停止処分を受けたことなどがあり、目立った活躍をすることが出来なかった。

2005-06シーズンは、チーム内でのトップスコアラーとなり、リーグ戦で10ゴールを挙げた。また、ホームで行われたチャンピオンズリーグ予備予選のビジャレアル戦においても、1ゴールを決めている。

2006-07シーズンは、デイヴィッド・モイーズの構想から漏れ、33試合に出場したものの、内18試合が途中出場であり、2ゴールを挙げることしか出来なかった。かつての所属クラブであるブラックバーンが獲得に興味を示しているとの噂が流れたが、2007年7月に400万ポンドの移籍金で、シェフィールド・ユナイテッドへ移籍することが発表された。

シェフィールド・ユナイテッド[編集]

2007年8月4日にビーティーは、シェフィールド・ユナイテッドと正式に契約を結んだ。移籍金は400万ポンドで活躍に応じて、最大で450万ポンドに上がるというものだった[5]。この移籍金は、シェフィールドのクラブ記録となる移籍金であった[6]。ブレイズでのチャンピオンシップデビューは、8月11日に行われたコルチェスター・ユナイテッド戦であり、得点も決めている。

ビーティーは多くの得点を挙げ、10月の月間最優秀選手に選出されている[7][8]。2008年3月まで、ビーティーはプレミアリーグに復帰するのではなかという噂が流れ、アストン・ヴィラなどの複数のクラブが彼に興味を持っているとの報道がなされた[9]

2008年4月5日レスター・シティ戦では、ハットトリックを達成、また、その試合を含め、続くシェフィールド・ウェンズデイ戦、バーンリー戦と3試合連続で直接フリーキックから、ゴールを決めている。 2007-08シーズンは、最終的に22ゴールを挙げ、ケヴィン・フィリップスと並び得点ランキングで2位にランクインした(得点王はシルヴァン・イーバンクス=ブレイク)。シーズン終了後にはクラブの年間最優秀選手に選出されている[10]

2008-09シーズンは、ロブ・ハルスの移籍に伴い、背番号が9に変更された。ワトフォード戦でシーズン初ゴールを記録すると、その後もゴールを挙げ続け、ストーク・シティに移籍するまで12得点を決めている。

ストーク・シティ[編集]

2009年1月12日に2年半の契約にサインし[11]プレミアリーグ所属のストーク・シティへ350万ポンドの移籍金で加入[12]。1月27日のスパーズでストークでの初ゴールを記録すると[13]、続くマンチェスター・シティ戦でもゴールを記録し[14]、出場5試合で4得点を挙げる活躍を見せた[15]。クラブは残留争いをしていたが、ビーティーの活躍もあり残留を決め、ビーティーはアンドレイ・アルシャーヴィンマルアン・フェライニらを抑え、デイリー・メール紙が選ぶ、2008-09シーズン最高の補強選手に選ばれた[16]

監督のトニー・ピューリスは、安価な移籍金に見合わない大活躍を見せたことと併せて、明るいキャラクターがチームの雰囲気を変えてくれたと、ビーティーを称えている[17]

翌2009-10シーズンはシーズン前にケガをするなど出遅れたが復帰するとデイヴ・キットソンからポジションを奪い返し、出場機会を得ていた。しかし、2009年12月にトニー・ピューリス監督とドレッシングルームで衝突をするとその後は出場機会を得ることが難しくなった。

グラスゴー・レンジャーズ[編集]

2010-2011シーズン前にチームがケンワイン・ジョーンズサンダランドから獲得すると出場機会が更に減少することが決定的となり、2年契約(1年延長のオプション付)でスコティッシュ・プレミアリーグの強豪グラスゴー・レンジャーズへ移籍がした。なお、移籍金は180万ユーロだとみられている[18]

しかし、7試合でノーゴールと結果を残すことはできず、2011年1月にブラックプールへレンタル移籍し、2011年8月に自由契約でレンジャーズから放出された。

代表経歴[編集]

ビーティーが最も活躍したシーズンである2003年2月13日に行われたオーストラリア代表との親善試合で代表初キャップを記録。試合はオーストラリア代表が3-1で勝利し、オーストラリアのメディアはサッカー史上最大のアップセットの一つと報じた[19]

当初はマイケル・オーウェンと良いコンビネーションを発揮していると見られていたが[20]、徐々に周囲の評価は厳しくなり[21]EURO2004のメンバーに選ばれることはなかった。それ以来、ビーティーは代表に招集されなかった。

監督経歴[編集]

2013年5月13日、ビーティーはアクリントン・スタンリーの監督に就任したが[22]、2014年9月12日に双方の合意に基づき契約を解除した[23]

2015年6月16日、ビーティーはスウォンジー・シティのトップチームのコーチに就任し、フォーワードの選手の指導に当たることになった[24]。コーチ就任時の監督はサウサンプトン時代のチームメイトであるギャリー・モンクであった。

個人成績[編集]

所属クラブ シーズン 背番号 所属リーグ リーグ FAカップ リーグカップ UEFA主催 期間通算
出場数 得点 出場数 得点 出場数 得点 出場数 得点 出場数 得点
ブラックバーン 1996–97 30 プレミア 1 0 - - 1 0 - - 2 0
1997–98 34 プレミア 3 0 1 0 1 0 - - 5 0
期間通算 4 0 1 0 2 0 0 0 7 0
サウサンプトン 1998-99 16 プレミア 35 5 2 0 2 1 - - 39 6
1999-00 16 プレミア 18 0 1 0 3 0 - - 22 0
2000-01 16 プレミア 37 11 4 1 2 0 - - 43 12
2001-02 9 プレミア 28 12 - - 3 2 - - 31 14
2002-03 9 プレミア 38 23 7 1 2 0 - - 47 24
2003-04 9 プレミア 37 14 1 0 2 3 2 0 42 17
2004-05 9 プレミア 11 3 - - - - - - 11 3
期間通算 204 68 15 2 14 6 2 0 235 76
エヴァートン 2004-05 8 プレミア 11 1 2 1 - - - 13 2
2005-06 8 プレミア 32 10 3 0 1 0 2 1 38 11
2006-07 9 プレミア 33 2 - - 2 0 - - 35 2
期間通算 76 13 5 1 3 0 2 1 86 15
シェフィールド 2007-08 6 CS 39 22 2 0 - - - - 41 22
2008-09 9 CS 23 12 - - 1 0 - - 24 12
期間通算 62 34 2 0 1 0 0 0 65 34
ストーク 2008-09 20 プレミア 16 7 - - - - - - 16 7
2009-10 9 プレミア 22 3 1 0 1 0 - - 24 2
期間通算 38 10 1 0 1 0 0 0 40 9
レンジャーズ 2010-11 19 SPL 4 0 - - - - - - 4 0
期間通算 4 0 0 0 0 0 0 0 4 0
キャリア通算 388 125 23 3 21 6 4 1 436 134

脚注[編集]

  1. ^ a b c d PFA Footballers' Who's Who 2010–11. Edinburgh: Mainstream Publishing. p. 38. ISBN 978-1-84596-601-0.
  2. ^ I knew I'd be back on top, says Beattie as Stoke striker returns to Everton
  3. ^ Blackburn 0 - 2 Arsenal
  4. ^ Footballer banned from
  5. ^ Sheff Utd land Beattie and Carney
  6. ^ United records
  7. ^ Beattie is top dog
  8. ^ Top Scorers
  9. ^ James Beattie - Football Transfer Rumours
  10. ^ Supporters Club Award Winners
  11. ^ Striker Beattie signs for Potters
  12. ^ Exclusive: Beattie signs!
  13. ^ Tottenham 3-1 Stoke
  14. ^ Stoke 1-0 Man City
  15. ^ Beats Can Stand The Pressure
  16. ^ Stoke City sign Shawcross on loan
  17. ^ Pulis Salutes Strike Pair
  18. ^ レンジャーズがビーティーを獲得
  19. ^ Socceroos win 3-1 against England
  20. ^ England spellbound by wizards of Oz
  21. ^ England 1 Australia 3
  22. ^ James Beattie is Accrington Stanley's new manager
  23. ^ James Beattie: Accrington Stanley part company with boss
  24. ^ . . . former England striker appointed first-team coach

外部リンク[編集]