ワイヤレス電力伝送

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スマートフォンへの非接触電力伝送

非接触電力伝送(ひせっしょくでんりょくでんそう、: contactless power transmission: wireless energy transfer)は、コードレス電話電気シェーバー電動歯ブラシなどに使用されており、金属接点やコネクタなどを介さずに電力を伝送すること、およびその技術である。ワイヤレス給電や非接触電力伝達、ワイヤレス電力伝送などとも呼ばれる。二次電池を内蔵した機器に電力を送る場合、非接触充電inductive charging)などと呼ばれる。

この技術は、19世紀電磁気学として集大成された中の相互誘導作用を利用している。

歴史

構想は20世紀初頭にニコラ・テスラが考案した。世界システムと呼ばれる電力を送る構想があったが、電離層の反射を利用するというものであり、今で言うならばシューマン共鳴を利用しようとしたものであると考えられるがその理論は不完全であった。その後、いろいろな研究が進められ、現在では放射エネルギー(マイクロ波)を利用した発電衛星の研究が行なわれている。

一方、非放射のエネルギーである磁場を利用したものは、現在はモバイルFeliCaを筆頭に、いろいろな方式が実現されている。いずれも伝送エネルギーは低いものである。

2010年7月にはWireless Power Consortium (WPC) によって国際標準規格『Qi』が策定された。5W以下のモバイル端末向けの規格ではあるが国際規格の策定により2011年以降の普及が見込まれており[1]、今後ノートパソコン等を対象とした最大120Wまでの規格策定も行われる[1]

原理

非接触での電力供給を可能にする技術としては2009年現在で3つの方式が主流であり、2つの隣接するコイルの片方に電流を流すと発生する磁束を媒介して隣接したもう片方に起電力が発生する電磁誘導を用いた「電磁誘導方式」、電磁界の共鳴現象を利用した「電磁界共鳴方式」[2]、 電力を電磁波に変換しアンテナを介して送受信する技術である「電波方式」がある。

電磁誘導方式は、原理としては電磁誘導そのものであり、磁束を媒体として受信側コイルに送電する。このとき結合係数kが小さいと効率が低下する。kは相互インダクタンスに依存し、これが距離に依存するため、結局は距離によって依存するパラメータとなっていて、離れたコイル間では相互インダクタンスが小さくなり、コイルのほとんどが漏れインダクタンスになってしまうため、この漏れインダクタンスが無効電流を増やして銅損を増加させ、効率を低下させる。そのため、小さなコイルを用いた場合は非接触といえないくらいほど近い距離での送電しかできず、主に携帯電話の充電をはじめとして、従来から行われているSuicaiDなどに用いられるFeliCaや調理器として用いられるIHなどの近距離送電の用途に用いられるのがせいぜいであった。

また、送受信デバイスの位置ずれや、受信デバイスの磁性体が近づくことによる表皮効果に良く似た現象による損失で、効率が劣化する場合がある。

電磁界共鳴技術については2006年11月マサチューセッツ工科大学 (MIT) が実用化の可能性を発表した[3]。二組のコイルとコンデンサによる共振器同士が共鳴(共振)して結合されることから、「磁界共振方式」や「共振結合方式」とも呼ばれる。開発者であるマリン・ソーリャチッチ(Marin Soljačić)はこの技術を無線 (wireless) と電気 (electricity) を合わせた造語である「WiTricity」と名付けた[3]。この結合は電磁界結合と呼ばれることがあるが、正確には電界磁界は別物であり、電界結合と磁界結合は別々の考えである。しかも、電界と磁界が共存する場合は互いに悪影響を及ぼすケースもあるためこの呼称は不合理である。さらに、「電磁界共鳴」という表現もあいまいである。

電磁界共鳴の原理は遠く離れた音叉が同じ共振周波数によって共鳴する性質を利用したものとされており、コイルとコンデンサで共振する二つの共振器の間には共鳴場エバネッセント・テールの結合というものが存在し、この共鳴場の結合を通じて電力をやりとりすると、結合係数kが0.1あるいはそれ以下という相当な疎結合の状態であっても高効率で送電できるため、電磁誘導よりも長い距離を伝送できるとして注目されている。これは、コイルとコンデンサによって構成される共振回路のQ値を高めることにより実現される。Q値は高ければ高いほどよいとされるが、Q値を高め過ぎると高い周波数精度が必要になり、伝送系の設計が困難になる。伝送系の理論効率はkとQとの積kQ積に依存すると言われている。電磁界共鳴方式では二組の共振コイルとは別に電力供給用のコイルと電力取り出し用のコイルをそれぞれの共振器に近づけて配置することが一般的である。

MITのマリン・ソーリャチッチは当初この共鳴場エバネッセント・テールの結合を伝送路と仮定していたために理論最大効率は50%であると考えていた。そしてこの理論のもとに2m先の電球を25%の効率で点灯し電力伝送に成功したと発表した。ところがその後、この理論の誤りに気づいて理論が修正され、理論最大効率がkQ積に依存するという新たな理論のもとでギャップ1mで約90%、2mで約45%程度の効率を実現した。MITの方式は送受信デバイスの位置ずれに敏感であり、複数のデバイスに対しての送電が不可能である反面、高効率かつ大ギャップでの無線電力伝送が実現できることが評価され、IEEEにより「世界を変える7つの技術」に選定され[4]、またその完成後の市場規模は青色発光ダイオードを大きく超えると言われている。なお効率を犠牲にすることにより、送受信デバイスの位置ずれの許容度を高めたり、複数のデバイスに同時に電力を供給することは可能である。また、送電にレーザー光を用いる方法[5]や、太陽電池と組み合わせたデバイスも開発中である。

将来的には、電力とデータを同時に伝送できる技術として、サーフェイスLANの実現を目指している[6]

問題点

一般に、電磁誘導方式、電磁界共鳴方式はともに非放射のエネルギーを利用するべく近傍界で電力のやり取りが行われるため、近傍界で定められた距離以上の伝送は困難である。また、コイルの大きさや結合係数kと共振回路のQ値が伝送距離を大きく左右するため、小さなコイルやコンデンサでは長距離伝送が困難である。

また、いずれの方式も送受信デバイス間の位置ずれに弱く、損失も大きく、損失のうち支配的なものは銅損であり、表皮効果による損失もあるので近距離であっても100%近い効率で伝送できるわけではない。

電磁誘導方式では給電システムを考える際、受信デバイスを検出する必要があるため、大きなコイルを一つ使うよりも小さなコイルを複数用いた装置が実用化されている[7]

電磁界共鳴方式では、送受信デバイスの共振周波数を正確に合わせる必要があり、さらにインピーダンスマッチングをとらなくてはならないこと、およびコイル間の位置ずれによって共振周波数が変化する問題をどうやって解決するかなどの問題が山積みであり、それらを解決するための設計が容易に行えないことが難点である。

これらの問題、即ち位置ずれに関する自由度はロバスト性と呼ばれているが、ロバスト性を高めるには効率を犠牲にすることにより解決できることは既に確認されている一方、効率とロバスト性の双方を同時に解決することができるか否かが大きな課題になっている。

大電力用途への実用化に向けた動き

ワイヤレス給電は、小電力分野については当初、特に防水性が求められる為に端子の露出が好まれない電動歯ブラシや電動シェーバーといった分野で採用されて来たが、その他の分野でも非接触型ICカードや[8]や、コードレス電話[9]などで、少なくとも2006年 - 2007年ごろには広く使われる様になっている。

AGVやRGV(構内搬送機)の分野では1990年代半ばから現在この分野でトップシェアであるDAIFUKU[4]などを中心に実用化が始まった。これは電磁誘導の二次側だけに共振コンデンサを組み合わせたものではあるが、共振のQ値は低く共振というよりも力率補正という意味合いでの使用法であった。また電力の伝送距離は数センチメートル以下であって動力への給電に摺動電極を用いないことによるメリットが主であった。現在では共振のQ値を高くすることによって伝送距離を大きく伸ばす試みが行われている。

超電導リニアにおいては誘導集電[10]において、前記AGVやRGVから発展した方式で電磁誘導方式とも電磁界共鳴方式とも異なる独自方式により、精密な周波数制御を行うことによって長距離(10cm以上)かつ高効率の走行中給電を行う技術が確立され[11]2027年(平成39年)の営業運転までに実用化されることが決まっている。

2009年(平成21年)5月25日、日本総務省ワイヤレス電源の実用化の検討として、ほかの家電製品や人体への影響などの調査を経た上で電波の周波数帯割り当て、電波の干渉などの実用化に向けた課題への検討に入ると共に、7月に発表される電波政策懇談会の報告書内容に盛り込み、2015年の実用化を目指している[12][13]

実用例

1984年4月、株式会社ビー・アンド・プラス(旧:日本バルーフ株式会社)は電磁誘導(共振回路方式)を用いて、非接触給電および、信号伝送を同時に行うことを可能にしたセンサーの開発に成功し、製品化した[14]

2006年12月4日東京大学大学院工学系研究科東京大学国際・産学共同研究センター合同記者発表会にて、東京大学大学院工学系研究科助教授染谷隆夫と東京大学国際・産学共同研究センター教授の桜井貴康を中心とした研究チームがトランジスタなどを組み合わせたシート型のワイヤレス電力伝送システムの実現に成功した[15]

2007年サンワサプライはワイヤレス給電を利用したワイヤレスマウスを発売した。これは、USBで接続したマウスパッドに磁界を発生させることで、マウス内部の回路に電力を供給する構造をとっている[16]

2008年2月6日、国土交通省は路面等に埋め込んだ給電装置から電磁誘導により、非接触で車両側のバッテリーに急速に大量充電し駆動力の一部とするハイブリッドバスを、羽田空港のターミナル間の無料連絡バスとして実際に運行する事を発表した[17]

セイコーエプソン村田製作所は、携帯機器を非接触で給電する「携帯型充電器」を試作、2008年11月19日 - 21日パシフィコ横浜で開催された「Embedded Technology 2008」で出展した[18]

2008年8月21日、インテルは2006年に発表されたMITの物理学者の理論を元に、電磁場共鳴技術によるワイヤレス共振エネルギー・リンク (Wireless Resonant Energy Link: WREL) の研究を行っており[19]サンフランシスコで開催された2008年Intelデペロッパー・フォーラムで研究成果を発表、ワイヤレスで60ワットの電力を発生させることに成功した[20]。インテル最高技術責任者 (CTO) のジャスティン・ラトナーがこの講演時に実際に発生させた60ワットの電力で電球を点灯させているムービーも公開されている[21]

ソニーは2009年10月2日、電源コードを使わなくても薄型テレビなどのデジタル家電に離れた場所から電力を供給できる「ワイヤレス給電システム」を開発したと発表した[22]

2010年昭和飛行機工業は充電スポットに停止するだけでEVに充電できるワイヤレス給電技術をEVバスで実用化に成功した。これは電磁誘導方式を用いており、循環線で1周約5km余りとなるこのバスの走行に必要な電力は、充電スポットに計7分停車することでまかなえる[23]

韓国では、オンライン電気自動車 (Online Electric Vehicle, OLEV) の開発により、非接触電力伝送を利用したバスが実用化されている。

脚注

  1. ^ a b EE Times Japan (2011年2月11日). “「Qi」規格に集うワイヤレス給電、5W以下のモバイルから普及へ”. 2011年7月5日閲覧。
  2. ^ ワイヤレス電力伝送技術 - Tech-On
  3. ^ a b ワイヤレス電源 日経BP、2009年5月21日付
  4. ^ [1]
  5. ^ レーザー送電
  6. ^ [2]
  7. ^ [3]
  8. ^ 岡田大助・@IT編集部『5分で絶対に分かる非接触ICカード』@IT, 2006年5月18日(2011年4月20日閲覧)。
  9. ^ ついに電源もワイヤレス 日経エレクトロニクス2007年3月26日号
  10. ^ 誘導集電方式による車上電源について
  11. ^ 誘導集電による車上電源に関する超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価 - 超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価委員会 2009年7月28日
  12. ^ 家電:電源ワイヤレス化、総務省が検討に本腰 毎日新聞、2009年5月25日付
  13. ^ 「電波新産業創出戦略 〜電波政策懇談会報告書〜」の公表及び意見募集の結果について 平成21年7月13日
  14. ^ いよいよ本格化ワイヤレス給電- Tech-On SPECIAL
  15. ^ 世界初、ワイヤレス電力伝送シート (PDF)
  16. ^ http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0523/sanwa.htm
  17. ^ 羽田空港で非接触給電ハイブリッドバスが運行します 国土交通省 2008年(平成20年)2月6日
  18. ^ 【ET2008】セイコーエプソンと村田製作所、非接触で給電する「携帯型充電器」を試作 日経エレクトロニクス 2008/11/25
  19. ^ インテル プレスルーム 2008年8月22日付
  20. ^ インテルが電源コード不要の「ワイヤレス電力」を開発、実演ムービーを公開 - GIGAZINE, 2008年08月23日 15時52分00秒
  21. ^ Intel CTO: No more power cords - YouTube
  22. ^ ソニー、電源コード使わず電力供給 デジタル家電向けシステム
  23. ^ http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001677

関連項目