毛状突起

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トマト Solanum lycopersicum の植物体を覆う毛状突起

毛状突起(もうじょうとっき、: trichome)とは、維管束植物表皮から形成される付属物の総称で、植物体のあらゆる器官にみられる[1]トライコーム[2]毛茸(もうじょう)[3]とも呼ばれる。

毛状突起には単細胞性の場合と多細胞性の場合がある[1]。形態や構造、機能は多様に分化している[1]。保護や分泌、体内の物質を外界へ出す機能などを持つ[4]

機能によって(腺毛、glandular hair[4])と非分泌性の毛状突起(非腺毛non-glandular hair[4])に区分される[1]。また、形態や発生する器官により、鱗片乳頭突起根毛と呼び分けられる[1][注釈 1]。1つの植物体に複数種の毛状突起がみられることが多いが、分類群により特徴的な形態を示すため分類形質としても用いられる[1][5]

毛状体と呼ばれることもあるが[5][6]、「毛状体」は通常、表皮以外の組織が関与する植物体表面の突起構造に対して用いられるものを指し、毛状突起とは区別される[1][注釈 2]。本項では、これについても述べる。

ロコト Capsicum pubescens の表面に生える毛

(け、hair)には単細胞性のものと多細胞性のものがある[7]。どちらのタイプでも分岐するものと分岐しないものがあり、多細胞の毛には一列の細胞列からなるものと多数の細胞列からなるものがある[7]。毛は表皮細胞の特殊な伸長成長、それに続く何度かの細胞分裂によって形成される[7]。通常表面はクチクラに覆われるが、炭酸カルシウム珪酸塩が蓄積することもある[7]

形状により、刺毛、鉤状毛、星状毛、鱗毛などが区別されるほか、生え方によって絨毛、綿毛、逆毛などが分けられ、性質や機能によって触毛、感覚毛、散布毛、浮嚢毛などに分けられる[7]

単細胞毛

単細胞性の毛は単細胞毛(たんさいぼうもう、unicellular hair)と呼ばれる[4][3]根毛も単細胞毛の一種である[8]

サクラソウ Primula sieboldiiサンシキスミレ Viola tricolor の花弁の表面やハス Nelumbo nuciferaサトイモ Colocasia esculentaカラスウリ Trichosanthes cucumeroides の葉にある円錐状の突起となった表皮細胞は絨毛(じゅうもう、papillae)または突起毛(とっきもう)と呼ばれる単細胞毛である[8]。絨毛のある葉に雨滴が落ちると、水滴は球状になって転がり、葉が濡れない[8]ロータス効果)。

ワタ Gossypium の種子の種皮表面に生えている毛は綿毛(わたげ、seed hair, wooly hair)と呼ばれる単細胞毛である。ワタの綿毛は6 cmにも及び、内容物を欠いて空気に満たされているため白く見える[8]。綿毛の基部にある形の変わった表皮細胞は副細胞(subsidary cells)と呼ばれる[8]

ラン科マキシラリア Maxillariaオンシジウム Oncidium に見られる花弁に生える毛は食毛(しょくもう、feeding hair)と呼ばれ、蛋白質脂肪を貯蔵している[8]細胞膜は基部以外大部分が薄く、昆虫の食用にされ、蜜腺のように虫を集めるのに働く[8]

細胞膜に珪酸や炭酸石灰を蓄え、硬いものを剛毛(ごうもう、bristle)と呼ぶ[9]ムクノキ Aphananthe aspera の葉に見られる剛毛は物を研ぐのに用いられていた[9]

刺毛(しもう、stinging hair)は先が鋭い構造を持ち、カナムグラ Humulus scandensイラクサ Urtica thunbergiana などがもつ剛毛の一種である[7][9]。細胞壁が特に肥厚して堅牢になっており、棘毛とも呼ばれる[10]。イラクサの刺毛は先端の細くなった大きな細胞で、基部は他の表皮細胞群が鞘状になったものに埋在している[9]。刺毛の細胞壁炭酸カルシウムを貯蓄して硬くなり(石灰化)、先端部は丸みを帯びて珪酸が溜まっている[9][10]。先端部直下には括れた部分があり、刺毛に触れるとこの括れ目で折れ、刺さって内容物が飛び出し痛みを与える[9]。内容物にはギ酸ナトリウムアセチルコリンヒスタミンが含まれる[9][10]アカネ属 Rubiaカナムグラ属 Humulus のもつも刺毛の一種である[10]

ハス Nelumbo nucifera の葉に落ちた水滴。表面の絨毛が接する表面積を小さくすることによるロータス効果で水を弾く。
キヌワタ Gossypium hirsutum の種皮を覆う綿毛。衣類などの原料として利用される。
Maxillaria tenuifolia の花弁の拡大写真。表面に多数の食毛が生える。
様々な単細胞毛

多細胞毛

複数の細胞からなる毛を多細胞毛(たさいぼうもう、multicellular hair)と呼ぶ[4][3]。多細胞毛には、ムラサキツユクサ Tradescantia ohiensis雄蕊の毛のように単に細胞が1列に並んだものや、分岐したものがある[9]

星状毛(せいじょうもう、stellate hair)は多細胞性で、何本かの細胞が広がって同一平面に並び、星状となったものを指す[7]ナス Solanum melongenaウツギ Deutzia crenataなどの葉に分布する[9]。星状毛では広がる細胞数は種ごとに異なる[7]ミズキのもつの2本のみで構成され磁針毛(じしんもう、T-shaped hair)と呼ばれる[7]グミオリーブ Olea europaeaが持つ、柄を持ち多数が傘のように並ぶ星状毛は楯状毛(たてじょうもう、peltate hair[7]または鱗毛(りんもう、scaly hair[9]勲章毛(くんしょうもう)[6]などと呼ぶ。鱗毛は魚鱗状で平らな構造を持ち、一般に短い柄がある[7]

ムラサキツユクサ Tradescantia ohiensisの雄蕊に生える多数の多細胞毛。
琥珀Baltic amber)中から発見された星状毛の化石。おそらくコナラ属のもの。)
ナス科ナランジラ Solanum quitoense の茎に生える星状毛と刺毛

鉤状毛

逆向きの鉤状毛に覆われたヤエムグラ Galium spurium の茎。

基質に引っかかり、植物体を支える毛を攀縁鉤(はんえんかぎ、climbing hook[9]または鉤状毛(こうじょうもう)と呼ぶ[10]。単細胞のものと多細胞のものがある[9]。単細胞の攀縁鉤はカラハナソウ Humulus lupulus var. cordifoliusホップ Humulus lupulusヤエムグラ Galium spurium が持ち[9]インゲンマメ Phaseolus vulgarisオオルリソウ Cynoglossum furcatum var. villosulum は多細胞性の攀縁鉤を持つ[11]。ヤエムグラやアカネ Rubia argyiなどこの鉤を持つ植物は茎や葉柄に彎曲した鉤が密生し、引っ掛かり合いながら登っていく[12][10]

大葉シダ植物の毛状突起

大葉シダ植物の毛状突起は細胞列の数により、毛と鱗片に区別される[5][13]

シダ類の毛

毛が密生しているシダのワラビ巻き状の葉の先端。
Elaphoglossum crinitumアツイタ属)毛が密生する。

大葉シダ植物は、シダの持つ毛状突起のうち細胞列が1列のものを指す[5][13]や茎、胞子嚢などに見られ、単細胞のものと多細胞性のものがある[5]

ヒメシダ科ウラボシ科(例えばヒトツバPyrrosia lingua[9]ビロードシダ Pyrrosia linearifolia[13])には単細胞性の星状毛が見られる[5]ヤマヒメワラビ Cystopteris sudetica のもつ毛状突起も星状毛と呼ばれるが、多細胞性で鱗片の一型とされる[5]

多細胞毛は細い細胞が縦に連なって形成される[13]。例えば、コバノイシカグマ Dennstaedtia scabra の毛は多細胞毛からなる[13]。多細胞毛のうち、外界に面する細胞の側壁が半透明で薄いのに対して、細胞間の隔壁となる細胞壁が厚く、毛が拉げると隔壁部分だけが節のように目立つ構造を持つものがあり有節毛 (articulate hair[14])、あるいはカツモウイノデ型の毛と呼ばれる[5][注釈 4]。有節毛はナナバケシダ科オシダ科の一部、イワデンダ科の一部にみられる[5]。イワデンダ科では属の定義の指標形質となっている[5]

イワヒメワラビ Hypolepis punctata は腺毛 (glandular hair[14])を持つ[13]

鱗片

鱗片(りんぺん、ramentum, scale)は大葉シダ植物根茎羽葉葉柄羽軸上に生じる表皮系起源の突起である[15][5]。毛状突起のうち細胞が2列以上あるものを指し、平面的な広がりを持つ[5][13]鱗毛(りんもう、scaly hair)とも呼ばれる[7][9]

鱗片は単細胞層の薄質な付属物で、色や大きさ、形、辺縁の突起の状態などがおよびの分類上重要な標徴となる[15][5]。辺縁や表面に毛の出るものもある[5]。例えば、シシラン Vittaria flexuosa の葉柄にできる鱗片は線形をしているのに対し、イノデモドキ Polystichum tagawanum の葉柄では辺縁が細裂した鱗片を持つ[13]

多くの鱗片は褐色がかっているが、キヨスミヒメワラビ(シラガシダ)Dryopteris maximowiczianaハクモウイノデ Deparia orientalisウスヒメワラビ Acystopteris japonica の鱗片は若い時期には半透明で、軸にやや密につく[5]。逆にカタイノデ Polystichum makinoiなどのイノデ属 Polystichum の鱗片では葉柄基部のものの一部が黒くなるものがあり、種の標徴となる[5]。鱗片全体が中心部で濃色となり、2色に分かれるものもある[5]。鱗片の色が1色である形質を単色性 (concolorous)というのに対し、2色からなるものを二色性 (bicolored)という[14]

通常は基部で付着するものが多いが、ウラボシ科シノブ科では楯状につくものもある[5]ナガオノキシノブ Lepisorus angustus の根茎やノキシノブ Lepisorus thunbergianus胞子嚢群の鱗片は盾状鱗片 (楯状鱗片、peltate scale[14])である[13]

表面の細胞壁があまり厚くなく、隔壁のみが厚くなって色素を沈着すると、鱗片が見かけ上格子状の構造となり、そのような鱗片を格子状鱗片 (clathrate scale[14])と呼ぶ[5]。格子状鱗片はチャセンシダ科ウラボシ科に見られる[5]

ベニシダ Dryopteris erythrosora羽軸袋状鱗片 (bullate scale[14])を持つ[13]

イノデ属 Polystichum の褐色の鱗片に覆われた葉柄
ノキシノブ Lepisorus thunbergianus の単葉の背軸側にある胞子嚢群と鱗片
チャセンシダ Asplenium trichomanes subsp. quadrivalensの格子状鱗片
オシダ属 Dryopteris の鱗片の顕微鏡写真。

植物の体表にあり、粘液や蜜を分泌する構造物を(せん、gland)と呼ぶ[11][16]。特に表皮だけに由来し、粘液や蜜を分泌する毛状の構造(毛状突起)を腺毛(せんもう、glandular hair, glandular trichome)とよぶ[11][16][17]。分泌細胞からなる単細胞性のものと多細胞性の分泌組織がある[17]。分泌物は多様で、揮発油粘液塩分糖分などのことがある[17]。単に水分を分泌する排水組織であることもある[17]。活発に分泌する腺毛の細胞は原形質と分泌物に富んでおり、分泌物質は腺毛の細胞壁とクチクラ層の孔からや破壊によって分泌される[17]

揮発油を分泌する腺毛はテンジクアオイ属 Pelargonium の葉や茎や[11]シソ科の葉などにみられる[17]カンヒザクラ Cerasus campanulata葉柄には痛みを感じさせる毒液を分泌する腺毛がみられる[11]ビールに風味付けを行うホップ Humulus lupulusにある腺毛はルプリン (lupulin) を分泌する[11]

粘性の高い物質を分泌する腺毛は粘毛(ねんもう、mucilage hair)と呼ばれ[17]モチツツジ Rhododendron macrosepalum萼片[17]カボチャ Cucurbita[11]など、被子植物の花枝に見られる[17]コケ植物葉状体の先端に生じる毛で粘液を出すものも粘毛と呼ばれる[17]

食虫植物捕虫葉に見られる蛋白質分解酵素を含む液を分泌する腺毛は消化毛(しょうかもう)と呼ばれる[17]。モウセンゴケの消化毛は内部に維管束がみられる[17]#毛状体も参照)。

蜜腺(みつせん、nectaryまたは蜜腺体[6])は被子植物のもつ、の粘度が高く粘調な「」と呼ばれる液体を分泌する分泌腺である[18]生殖器官であるに形成されることもあるとともに、栄養器官であるソラマメ Vicia faba托葉[18][11]サクラ Cerasus葉柄[18]トウゴマ Ricinus communis子葉[18]などにも見られ、後者は特に花外蜜腺(かがいみつせん、extrafloral nectary)と呼ばれる[18]

ニオイテンジクアオイ Pelargonium graveolens の葉。香気成分を含む揮発油を分泌する。
ホップ円錐花序の模式図。
ホップの花序の断面。ルプリンが分泌されている。
粘毛に覆われたモチツツジ Rhododendron macrosepalumの花。
ソラマメ Vicia faba の托葉にある花外蜜腺

毛状体

毛状体[1](もうじょうたい、emergenceまたは突起体[11][6])は表皮以外の組織も関与する植物体表面の突起構造である[1][11]モウセンゴケ Drosera rotundifolia の腺毛やバラ Rosaキイチゴ Rubusサルトリイバラ Smilax chinaサンショウ Zanthoxylum piperitumサンシキスミレ Viola tricolor托葉の腺などが毛状体に当たる[1][11]。モウセンゴケの腺毛と呼ばれる毛状体は中心に葉の維管束と連続した少数の道管細胞および仮道管からなる木部が縦走して腺の機能を持ち、刺激を感知する作用もある[6][11]

脚注

注釈

  1. ^ 「毛」は「毛状突起」と同義として扱うこともある[3]
  2. ^ 熊沢 (1979)では、trichome を毛状体、emergence を突起体と訳している。突起体には小型の毛や勲章毛を含まないとしており、その点では本項における毛状体と同義である。しかし、大型で毛状体 (trichome) と呼ばれるもの、イネ科の葉身基部にある葉耳のようなもの、サクラやトケイソウの蜜腺体、バラやサンショウの棘を突起体に含むとしており、微妙に用語の扱いにずれがある。
  3. ^ 電子顕微鏡写真(彩色したもの)
  4. ^ カツモウイノデ Ctenitis subglandulosaオシダ科オシダ亜科カツモウイノデ属

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j 巌佐ほか 2013, p. 1393.
  2. ^ 長谷部 2020, p. 163.
  3. ^ a b c d 濱 1969, p. 91.
  4. ^ a b c d e 原 1994, p. 61.
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 岩槻 1992, p. 21.
  6. ^ a b c d e 熊沢 1979, p. 334.
  7. ^ a b c d e f g h i j k l 巌佐ほか 2013, p. 384.
  8. ^ a b c d e f g 濱 1969, p. 92.
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 濱 1969, p. 93.
  10. ^ a b c d e f 巌佐ほか 2013, p. 614.
  11. ^ a b c d e f g h i j k l 濱 1969, p. 94.
  12. ^ 岩瀬・大野 2004, p. 31.
  13. ^ a b c d e f g h i j 桶川・大作 2020, p. 11.
  14. ^ a b c d e f 海老原 2016, p. 14.
  15. ^ a b 巌佐ほか 2013, p. 1479.
  16. ^ a b 巌佐ほか 2013, p. 799.
  17. ^ a b c d e f g h i j k l 巌佐ほか 2013, p. 819.
  18. ^ a b c d e 巌佐ほか 2013, p. 1358.

参考文献

  • 巌佐庸、倉谷滋、斎藤成也塚谷裕一『岩波生物学辞典 第5版』岩波書店、2013年2月26日。ISBN 9784000803144 
  • 岩瀬徹、大野啓一『野外観察ハンドブック 写真で見る植物用語』(初版)全国農村教育協会、2004年5月3日。ISBN 488137107X 
  • 岩槻邦男『日本の野生植物 シダ』平凡社、1992年2月4日。ISBN 4-582-53506-2 
  • 海老原淳、日本シダの会 企画・協力『日本産シダ植物標準図鑑1』学研プラス、2016年7月15日、450頁。ISBN 978-4-05-405356-4 
  • 桶川修(文)・大作晃一(写真)『くらべてわかるシダ』山と溪谷社、2020年4月20日。ISBN 978-4-635-06354-8 
  • 熊沢正夫『植物器官学』裳華房、1979年8月20日、408頁。ISBN 978-4785358068 
  • 長谷部光泰『陸上植物の形態と進化』裳華房、2020年7月1日。ISBN 978-4785358716 
  • 濱健夫『植物形態学』(8版)コロナ社、1969年5月10日、320頁。ISBN 978-4339075540 
  • 原襄『植物形態学』朝倉書店、1994年7月10日。ISBN 4-254-17086-6 

関連項目

  • 根毛 - 地下部である根の表皮から生える単細胞毛(毛状突起の一つ)