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投資家対国家の紛争解決

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投資家対国家の紛争解決 (Investor State Dispute Settlement、ISDS) 条項(以下「ISDS条項」という。)とは、当該条項により保護される投資家[1]に対し、外国政府に協定に違反する行為があった場合の問題解決手段として[2]国際法上の自らの権利として外国政府を相手方とする紛争解決の手続を開始する権利を与えるために、国際取引に関する条約に置かれる条項である。ISD条項と略される場合もある。

歴史

投資協定が結ばれ始めた1960年代に既に協定に盛り込まれていたが、1990年代後半から仲裁の利用が著しく増加した[3]。 1996年にNAFTA仲裁のEthyl事件においてカナダ政府が米国企業に和解金を支払ったことが注目を集めたこと、1995年からのOECD多国間投資協定交渉において問題としてとりあげられたこと等により、仲裁への関心が高まり、1990年代後半から付託件数が急増した[2]

ISDS条項の性質

NAFTAのロゴ

伝統的に、国際法上の紛争解決手続は国家間の紛争との関連で問題になるものだった。慣習国際法の下では、外国投資家は、紛争が生じた場合、問題となっている国の国内裁定機関や裁判所においてその解決を図る必要がある[4][5]。だが、現時点で2000を超える二国間投資協定英語版(BIT)が存在しているところ、このような投資協定や、経済連携協定により、外国投資家は当該協定違反を理由とした国家に対する請求を直接的に行うことが可能とされている[6]。重要な例として、北米自由貿易協定(NAFTA)第11章がある。NAFTA第11章は、NAFTAの一当事国(カナダアメリカ合衆国メキシコ)の投資家に対して、他のNAFTA当事国を相手方とする請求を国際的な仲裁廷に直接持ち込むことを認めている。

NAFTA第1121条は、国内の救済規定に基づく権利の放棄について定めており、この規定に従うと、国際仲裁に請求を付託するためには、投資家(及びその関連会社)は、国内救済手続による救済を受ける権利を放棄しなければならない[7]。翻っていえば、投資家としては、第11章に基づく請求を行う前提として、国内裁判所における裁判手続を経ることを要しないのである[8]。投資家は、NAFTA当事国を相手方として、国際連合国際商取引法委員会(UNICITRAL)仲裁規則又は投資紛争解決国際センター(ICSID)に係る追加的な制度についての規則に基づき、仲裁を申し立てることができる。

William S. Dodge.は、先進国間で締結される投資協定について考えるにあたっては、先進国・途上国間の場合とは異なる考慮が必要としている[9]。NAFTA第11章は、先進国間において上記のような請求を認めた初のISDS条項であったため、アメリカ合衆国とカナダ双方にとって混乱を引き起こす原因となっている[10]

ISDS条項に基づく請求の例

投資協定により投資家に与えられる実体的保護として、内国民待遇最恵国待遇公正かつ衡平な待遇収用の制限といったものがある[11][12]。投資家の国家に対する請求は、これらの保護が受けられなかったことを根拠とするものである。

  • カナダの製薬会社アポテックス社は、NAFTA第11章に基づき、アメリカ合衆国裁判所の連邦法解釈の誤りによって、NAFTA第1102条(内国民待遇)及び第1105条(国際法に沿った待遇の最低基準[13])違反が生じていると主張して争った。アポテックス社はまた、ファイザー社勝訴とした問題の合衆国裁判所判決は、抗うつ剤「ゾロフト」の後発品へのアポテックス社の投資に対するNAFTA第1110条の収用に当たるものであって、明らかに不当であると主張した[14]。アポテックス社は、国内における明らかに不当な法的判断は、実質的には正義の否定(denial of justice)と同視でき、国際法違反となり得るとの信条に依拠している[15][16]。同社は、プラバコールの簡略化された新薬承認申請と、ブリストル・マイヤーズスクイブ社が有するとされている特許に関連した合衆国の規制条項をめぐり、同様の請求を行なっている。アポテックス社は、異なるジェネリック品をめぐり、2つの訴えを起こしている。もっとも、2011年8月20日時点で、仲裁裁判所はその管轄の所在に関して決定を下していない。アポテックス社は、管轄に関する問題が解決された場合に再度申立てを行う権利を侵害・放棄するものではないとの留保を付した上で、2番目に行った仲裁通知に係る申立てを取り下げた[14]。合衆国政府は、上記の請求に対し、積極的に争うとしている。
  • 合衆国国民であるメルヴィン・ハワードは、センチュリオン健康事業団及びハワード家の家族信託を代理して、カナダに対し、1億6000万米ドルを請求する旨の通知を行った。同氏は、リージェントヒルズ医療センターに係るプロジェクトがカナダの負うNAFTA第11章の義務に違反するやり方で進められていると主張している[17]。主張の内容として、まず、カナダ政府は、合衆国の投資家に対してカナダ政府を通じた明確な案内を実施しておらず、外科医療サービスといった独占的な医療サービス市場における合衆国の競業者に対して与えられるべき最善の待遇を提供していないことから、カナダの市町村や州を通じて直接的にNAFTA第1102条の義務に違反しているとする。加えて、原告に対して与えられている待遇よりも良い待遇をカナダの投資家に与えていることに照らして、投資家や企業に対するカナダの最恵国待遇違反があるといえ、NAFTA第1103条に定められた義務に反するとしている[17]。この請求は、カナダ保健法により、誰もが自由に利用できる保険適用の対象となる医療サービスを備えていることといった要件が各地方自治体において満たされるようカナダ連邦政府が保障するとされていることに対し、特に異議を呈している。これを受けて、カナダ連邦政府は、同法を通じて、NAFTA第1502条及び第1503条に沿った「国営企業」及び「政府による独占事業」の二つを置くこととなった[17]
  • 合衆国の農薬製品メーカーであるケムチュラ社は、カナダ政府が、カナダ保健省(PMRA)を通じて、不当にリンデン含有製品(ノミハムシの発生を抑えるため、なたね、からし種子、あぶらなといった作物に使用したり、ハリガネムシ予防のため穀物に使用する)に係る農薬ビジネスを終了させたと訴えている。ケムチュラ社は、NAFTA第1105条(待遇の最低基準)及び第1110条(収用)違反を主張している[18]
  • 2008年8月25日、米企業ダウ・アグロサイエンス社は、2,4-D成分を含む除草剤の販売と一定目的の使用を禁じたケベック州の措置により生じたとされる損害について、NAFTA第11章に基づき、仲裁を求める旨の通知を行った[19]
  • 多国籍たばこ企業は、オーストラリア香港間の二国間投資協定中の条項に基づいて、オーストラリアが行った、禁煙を目的とするたばこパッケージ規制法案に対する補償を求めた。当該法案は、差別的なものではなく、重要な公衆衛生問題への対処を目的としたものであった[20]

ISDS条項に係る議論

ISDS条項には、以下のような利点があるとされている。

  • 恣意的な政治介入や司法制度が未確立な国の裁判を避け、公正な手続で第三国において仲裁を進めることが可能となる[21]
  • 投資家とその本国は、投資活動に対して実効的な保護手段を確保できる[22]
  • 保護に対する期待から外国からの投資が促されるので投資受入国にとって望ましい[23]
  • 紛争が投資家と投資受入国の間で直接的に処理されるので、国家間の外交関係が損なわれない[23]
  • 投資家の本国にとっては投資家の代わりに外交的保護を行使して相手国に請求を行う必要がないのでコストを削減できる[24]

清水剛東京大学大学院総合文化研究科准教授は、仲裁廷が適用する国際法の中立性は自明ではないが、投資受入国法と比較して相対的に中立的であると見なしうるとしている[25]

他方で、以下のような議論もある。

仲裁コスト

2009年の調査によると、ISDS関連の事件のうち、訴額が10億ドルを超える請求は33件、最も高いものでは500億ドルに上り、そのほかの100件については100ドルから9億ドルが請求されているという[26]。 経済産業省は、相当のコストや期間や現地政府との関係悪化や報道による悪影響を考慮して付託に二の足を踏む企業が多く、結果的に付託事例はインフラ・資源開発など巨額投資が絡むケースが多いとしている[2]。 そのため、投資協定違反に対する問題解決手段は、必ずしも投資仲裁に限定されるわけではなく、弁護士を通じた事前交渉等を行なう場合が多い[2]。 また、投資協定に「ビジネス環境整備小委員会」を設置する例が増えており、これは紛争になる前にビジネス環境を改善する枠組みで、1社だけではない業界全体の問題をまとめて提起できるなどのメリットがある[2]

仲裁のコストは、金銭的コストとして、まず仲裁機関に支払うべき費用がある。具体的には、仲裁の申立てに2万5000ドル、仲裁判断の解釈、修正、取消しに1万ドル、管理費用として年2万ドル、仲裁人のための日当(1日あたり3000ドル)や事案の複雑性等を考慮して適切と考えられる費用、その他諸々の支払いが必要となる[27]。加えて、多額の弁護士費用の問題もある。ICSID仲裁に比べ、UNCITRAL仲裁ルール等に基づくアドホック仲裁は時間や費用がかさむ傾向があると言われる[2]。仲裁に要した費用は、当事者が特別の合意をしなければ仲裁廷が決定することになっており、敗訴者に全額負担させた例もある[2]。Dr. Kyla Tienhaaraは、原則として負けた当事者が負担することとされているが、事案の性質等を考慮した上で、ICSCDは、弁護士費用も含めて、これらの費用を当事者双方に分担して支払わせることも可能としている[27][28]。2005年のUNCTAD発表によると、投資家・国家間紛争において、投資家にあたる会社が支払った仲裁費用・弁護士費用は400万ドル、政府側にかかった費用は、平均して仲裁費用に40万ドル、弁護士費用として100万~200万ドルであった[27]。 また、時間的なコストについても併せて考える必要がある。紛争解決までに要する時間は、平均3~4年、比較的単純な例でも2~3年はかかり、最長事例になると、申立てから仲裁判断がなされ、その最終的な取消決定まで13年を要している[29][30]

政府規制

民主主義的な選挙により成立した政府が有する公衆衛生環境問題及び人権に関連した改革や立法・政策方針を実施するための能力にISDS条項が及ぼす影響について、多くの議論が巻き起こった[31]。 NAFTA加盟国でみると、政府を相手方とした係属中の案件は、現時点で60を超えており、その中には、公衆衛生、環境規制に関わる一連の請求も含まれている[32]。 政府を相手方としたこれらの請求は、そのほとんどが認められずに終わっている[32]

Dr Patricia Renaldは、高いコストを伴う投資家からの請求を恐れて規制の立法化がなされなかった例は、カナダにおけるたばこパッケージ法案が提出されなかったケースをはじめ、いくつもあるとしている[32]。Gus van Hartenは、投資家の国家に対する請求(のおそれ)は、国内政府の公衆衛生や環境保護法案の通過に係る能力を顕著に抑制する可能性があり、そうであるにもかかわらず、これらの請求は、公衆に対して責任を負わず、広い憲法的・国際的な人権規範というものを考慮に入れて行動する必要がなく、紛争当事者から報酬を得ているビジネス・ロイヤーによって、秘密裡に行われているとしている[33]

一方で、適切な環境保護措置を制限しないか、あるいは、環境問題と自由貿易を両立する規定が設けられている協定もある[34]。例えば、NAFTAには、生命や健康の保護において国際標準より厳しい基準を採用することを認め、また、投資促進を目的として健康、安全及び環境の規制を緩和することは不適当とする規定がある[34]。 NAFTAのS.D.Myers事件における仲裁判断では、当事国は高い環境保護レベルを設定する権利を有し、環境保護に偽装した規制を行なってはならず、環境保護と経済発展は相互補完関係にあるべきと判示した[34]

手続的議論

UNCITRAL、ICSIDといった仲裁廷における手続には、以下のような議論がある。

  • 透明性:UNCITRALが扱った紛争の履歴を保存している組織は現状存在していないため、具体的な紛争に関して公表されている情報はほとんどない[32]。ICSIDは、ウェブサイトを持っており、過去に出された判断を公開している。しかし、Dr Patricia Ranaldは、これは紛争の当事者双方が公開に同意した場合に限り可能とされており、国内裁判所における訴訟手続とその結果が基本的に公開されていることと比べると対照的であるとしている[32]。一方で、経済産業省は、ICSID仲裁では、当事者が合意した場合のみ非公開であるために、完全非公開を望む場合には適当でないとしている[2]。清水剛東京大学大学院総合文化研究科准教授は、ICSID仲裁では仲裁付託の申立は必ず公開され、仲裁判断の公開は当事者の合意によるが、法的判断の要約は必ず公開され、仲裁判断もかなりの数が実際に公開されているとしている[25]
  • 仲裁廷の構成:ICSIDでは、仲裁廷は当事者の合意により1人または奇数の仲裁人で構成される[35]。当事者が仲裁人の選定方法等に合意しない場合、各当事者によって任命された各1人の仲裁人と当事者の合意によって任命した議長の3名で構成される[35]。当事者が仲裁人を選定しない場合は候補者名簿からICSIDのChairmanが当事者の国籍以外の仲裁人を選ぶ[35][2]。当事者の合意により任命された場合を除き、仲裁人の過半数は当事者の国籍以外の者でなければならない[35]。当事者の合意により任命する場合は、仲裁人は候補者名簿以外から選んでも良い[35]。Dr Patricia Ranaldは、当事者によって選ばれた仲裁人は、「仲裁人」であるとともに、当事者の代理人としての側面を持っているとして、訴訟における裁判官のような独立性は望めず、公衆衛生問題等に配慮した判断は期待できないとしている[32]。一方で、清水剛東京大学大学院総合文化研究科准教授は、中立性条項(UNCITRAL仲裁規則6条4項)、国籍条項(ICSID条約3条、同仲裁規則1条3項、UNCITRAL仲裁規則6条4項、7条3項)、忌避手続(ICSID条約57条,58条,同仲裁規則9条、UNCITRAL仲裁規則10条-12条)等の中立性保証のための様々な手続きが設けられており、仲裁人は中立の義務があり、当事者に十分な機会を与えなくてはならないとしている[25]。また、ICSID条約51条では仲裁人のcorruption(腐敗、汚職)があった場合の再審を認めている[1]
  • 先例拘束性:仲裁廷の判断は紛争当事者のみを拘束するものであって、仲裁廷は以前になされた判断に拘束されない[32]。ただし、上智大学の横島路子は、その判断において先例を参照する仲裁裁判例は多いとしている[36]
  • 上訴制度:Dr Patricia Ranaldは、仲裁廷の判断に対する上訴制度は用意されておらず、仲裁廷の判断の統一性を図るための手続的な手当てがなされているとはいい難いとしている[32]。一方で、条約文の細かい差異による判断の非一貫性は想定の範囲である、条約の個別性と多様性を重視すると一貫した解釈は望ましくない、適用法規の解釈が異ならなくても事件の事実評価によっても判断が食い違う、仲裁判断の非一貫性は通常の成長苦であって特筆すべき問題ではない、上訴により訴訟コストや時間が膨大になり簡便な仲裁手段の意義が失われる、上訴により濫訴が増える等の理由で反対意見もあり、OECDの多数国は上訴機関の設置が望ましいとしながらも慎重であり緊急課題とはみなしていない[37]。清水剛東京大学大学院総合文化研究科准教授は、必ずしも投資受入国裁判所に比べて判断の安定性が高いとは限らないが、途上国の裁判所に比べれば判断の安定性は格段に高いと予想されるとしている[25]。また、手続の重大な瑕疵、仲裁合意に従っていない場合、権限を越えた仲裁判断等において仲裁判断の取消を求めることができるとしている[25]

ISDS条項に対する各国の対応

オーストラリア

オーストラリア・アメリカ合衆国間の自由貿易協定(AUSFTA)交渉は、オーストラリア自由党ハワード政府によって2003年から進められた[32]。このとき、アメリカは、オーストラリアにおける医薬品給付制度に基づく薬剤価格調整、検疫法、遺伝子組換え食品へのラベリング等の、商品の流通や農業を超えた公共衛生、社会政策等に関わる点を問題とし、その上で法令や政策によって投資財産が害された場合に投資家に政府を相手方として訴える手段としてISDS条項を規定するよう求めたことから、オーストラリアではすさまじいばかりの国民論議が巻き起こった[32]。結果、AUSFTA施行のための法案は医療及びメディア関連箇所の修正を経た上でやっと承認され、ISDS条項は協定の最終合意から除かれた[32]。AUSFTAは、アメリカが締結した二国間投資協定のうちISDS条項を含まない唯一の協定である[32]

その後も、オーストラリア国内においてISDS条項に関する議論は継続してなされた。2007年に成立したオーストラリア労働党政府の指示により、オーストラリア生産性委員会は、2009年から国民の意見募集や調査を行い、2010年12月に最終レポートを作成、公表した[32][26]。このレポートは、「二国間投資協定や経済連携協定におけるISDS条項はオーストラリアの投資家より実体的・手続的に大きな保護を外国投資家に与えるものであり、オーストラリア政府はこれを協定に含めないよう努めるべきである」としている[32]

2011年、オーストラリアのギラード政権は、途上国との間で締結する貿易協定に、投資家・国家間の紛争解決条項を入れる運用は今後行わないと発表した。発表の内容は次のとおりである。「法の下において外国企業と国内企業は同等に取り扱われるべきであるとの内国民待遇の原則は支持する。しかしながら、我々政府は、外国企業に対して国内企業が有する権利と比べてより手厚い法的権利を付与するような条項は支持しない。また、我々政府は、それが国内企業と外国企業を差別するようなものでない限り、社会、環境、経済分野に係る法規を定立するオーストラリア政府の権限を制限するような条項も支持しない。政府は、たばこ製品に、健康に関わる警告文を付す、あるいは無地のパッケージにする等の要件を課すことが可能であり、また、医薬品給付制度を継続していく権限も有している。これらに対して制約を課すような条項は認めていないし、今後認めることもない。過去において、オーストラリア政府は、オーストラリア産業界の要請を受けて、貿易協定を途上国との間で締結するにあたり、投資家と国家間の紛争解決手続条項を規定しようとしてきた。ギラード政府は、かかる運用を今後行わない。オーストラリアの企業が取引相手国のソブリンリスクを懸念するのであれば、それを踏まえて、企業において当該国への投資を行うべきか否かを自ら評価し判断する必要があるだろう。オーストラリアに投資する外国企業は、国内企業と同等の法的保護を受ける権利を有している。しかし、ギラード政府は、投資家-国家間紛争解決条項を通じて、外国企業により大きな権利を与えることはない[38]

オーストラリアの貿易大臣であったサイモン・クリーンは、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)にISDS条項を含めるべきかという点について、否定的な見方を示している[39]

もっとも、この点についてはアメリカから強い圧力がかかることも予想され、オーストラリアが投資協定にISDS条項を含めないとする立場をTPP交渉においても維持することは困難ではないかともいわれている[40]

韓国

韓国で米韓FTAに毒素条項があるとして問題が採り上げられ、米国の要求で米韓FTAにこの条項を入れたと野党が反発した。 これに対して、韓国政府は盧武鉉政権時代の草案にも含まれている、野党が反対する名目とするこの条項は当時の与党が制度の必要性に共感して入れたと反論した[41]。 週刊ダイヤモンド編集部の河野拓郎は、この条項を除き、韓国では毒素条項は解釈ミスとして騒動はほぼ収束したとしている[2]

日本

中野剛志らは、この条項が危険だと指摘している。これら危険性の指摘に対して、金子洋一議員(民主党)や河野太郎議員(自民党)は政府側が敗訴した事例において政府が外国企業を不当に差別した事実や日本政府が1978年の日本エジプト投資協定以降に締結した25本の投資協定の内で日比EPAを除く24本の投資協定で、海外に投資している日本企業の利益を守ることを目的に投資家対国家の紛争手続規定を入っている事実を説明しないミスリーディング[3]都市伝説と同じような誤解[4]であるとしている。経済産業省は、この条項により「恣意的な政治介入を受ける可能性の高い国や、司法制度が未確立な国の裁判所ではなく、公正な手続にもとづき第三国において仲裁を進めることが可能」[21]としている。2011年11月11日に開かれた参議院予算委員会において、自由民主党佐藤ゆかり議員がISDS条項への対応を政府に質した際、野田佳彦内閣総理大臣は「余り寡聞にしてそこ(ISDS条項)を詳しく知らなかった」と答弁している[42]

脚注

  1. ^ どの程度具体的な投資にコミットすれば「投資家」として保護されるかという点については検討を要する。伊藤一頼. “投資財産および投資家の定義に関する論点の検討” (PDF). 2011年11月11日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i 2011年不公正貿易報告書第5章投資経済産業省
  3. ^ 投資協定仲裁の新たな展開とその意義経済産業研究所
  4. ^ Arbitrating foreign investment disputes, Norbert Horn (ed.); Stefan Kröll (assistant editor)
  5. ^ Dugan, Wallace, Rubins, Investor State Arbitration (Oxford/Oceana 2006)
  6. ^ 道垣内正人. “投資紛争仲裁へのニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)の適用可能性” (PDF). 2011年11月11日閲覧。
  7. ^ 阿部克則. “二国間投資条約/経済連携協定における投資仲裁と国内救済手続との関係” (PDF). 2011年11月11日閲覧。
  8. ^ 国際仲裁への付託前に投資受入国の裁判所における国内救済手続を尽くすことを要するとする仲裁条項も存在する。阿部克則. “二国間投資条約/経済連携協定における投資仲裁と国内救済手続との関係”. 2011年11月11日閲覧。
  9. ^ William S. Dodge. “Investor-State Dispute Settlement between developed countries: Reflections on the Australia-United States Free Trade Agreement” (PDF). 2011年11月12日閲覧。途上国とは異なる側面として、先進国間で直接的な請求を認めれば不可避的に相手国に対する請求が発生してくる、また、先進国においては国際投資紛争を迅速かつ偏見なく処理できる成熟した司法制度が整っているといった点が挙げられている。
  10. ^ US Department of State. “NAFTA Investor-State Arbitrations”. 2010年4月12日閲覧。
  11. ^ William S. Dodge. “Investor-State Dispute Settlement between developed countries: Reflections on the Australia-United States Free Trade Agreement” (PDF). 2011年11月12日閲覧。
  12. ^ ロバート・T. グレイグ、クローディア・アナカー. “二国間投資協定はいかにして日本の投資家を保護できるか” (PDF). 2011年11月12日閲覧。
  13. ^ 国際慣習法上、国家は、外国人に「最低基準」の待遇を供与する義務を負うとされている。小寺彰. “投資協定における「公正かつ衡平な待遇」-投資協定上の一般的条項の機能”. 2011年11月12日閲覧。
  14. ^ a b US Department of State. “Apotex Inc v USA”. 2010年4月12日閲覧。
  15. ^ McFadden M. Provincialism in US Courts Cornell Law Review 1995; 81: 31 at 32.
  16. ^ 「Denial of Justice」は古くから存在する国際法上の概念である。これに該当する行為は、公正かつ衡平な待遇を与える義務の違反となると考えられている。A. A. Cancado Trindade. “Denial of Justice and its relationship to exhaustion of local remedies in international law”. 2011年11月12日閲覧。, Pinsent Masons. “国際仲裁” (PDF). 2011年11月12日閲覧。
  17. ^ a b c US Department of State. “Centurion Health Corporation v Government of Canada”. 2010年4月12日閲覧。
  18. ^ US Department of State. “Chemtura Corp. v. Government of Canada”. 2010年4月12日閲覧。
  19. ^ US Department of State. “Dow AgroSciences LLC v. Government of Canada”. 2010年4月12日閲覧。
  20. ^ Klya Tienhaara and Thomas Faunce, Canberra Times (2011年6月28日). “Gillard Must Repel Big Tobacco's Latest Attack”. 2011年11月6日閲覧。
  21. ^ a b 投資協定の概要と日本の取組み (PDF) 経済産業省
  22. ^ ICSCDに基づく解決を選択すれば、その仲裁判断は自動的に承認・執行され、執行に対する抗弁や、相手国内の執行裁判所における検討も不要。 岩月直樹. “国際投資仲裁における管轄権に対する抗弁とその処理” (PDF). 2011年11月12日閲覧。,ロバート・T. グレイグ、クローディア・アナカー. “二国間投資協定はいかにして日本の投資家を保護できるか”. 2011年11月12日閲覧。
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  27. ^ a b c Dr. Kyla Tienhaara. “Investor-State Dispute Settlement in the Trans-Pacific Partnership Agreement” (PDF). 2011年11月12日閲覧。
  28. ^ 請求による補償額よりもこういった弁護士費用も含めた費用の方が多額になる場合もある。PSEG社対トルコの事件では、弁護士費用も合わせた費用の総額は約2100万ドルに上った。トルコに命じられた補償額は910万ドルであったが、それに加えてトルコが負担すべきとされた費用は、総コストの65%にあたる1350万ドルであった。ICSID. “Award (January 19, 2007): PSEG Global Inc. and Konya Ilgin Elektrik Üretim ve Ticaret Limited Sirketi v. Republic of Turkey (ICSID Case No. ARB/02/5)”. 2011年11月12日閲覧。
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関連項目