山田大記

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Jubi4yayoyayo1 (会話 | 投稿記録) による 2012年4月22日 (日) 08:14個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎経歴)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

山田 大記
名前
カタカナ ヤマダ ヒロキ
ラテン文字 YAMADA Hiroki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-12-27) 1988年12月27日(35歳)
出身地 静岡県浜松市
身長 173cm
体重 66kg
選手情報
在籍チーム ジュビロ磐田
ポジション MF
背番号 10
利き足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2011- 日本の旗 ジュビロ磐田 029 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年12月23日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

山田 大記(やまだ ひろき、1988年12月27日 - )は、静岡県浜松市出身のプロサッカー選手Jリーグジュビロ磐田所属。ポジションはミッドフィールダー

経歴

ジュビロ磐田の下部組織でジュニアユースまでプレーし、高校は静岡の名門藤枝東高に進学。その後明治大学へ進学。大学では1年の時からリーグ戦に出場していた。大学3年の頃にはユニバーシアード代表にも選ばれ、銅メダル獲得に貢献した。

大学卒業後、ジュビロ磐田と鹿島アントラーズからオファーが有ったが[1]、ジュニアユースまで所属していたジュビロに入団。同期入団は、小林裕紀金園英学

2011年、1年目にして背番号10を任されるなどシーズン前から期待をされていた。開幕戦はベンチスタートで途中出場だったが、期待通りの活躍を見せ、第2節以降スタメンに定着する。キレのあるドリブルやパスで勝利に貢献し、モンテディオ山形戦ではプロ初ゴールを決めるなどした。中心選手として活躍していたが、シーズン終盤に左下腿の肉離れをしていまい、続けて今度は右第5中足骨を疲労骨折し、手術のため離脱し、終盤は試合に出られなかった。それでもシーズンを通して5得点を記録し、FWの選手を除けばチーム最多得点者となった。

2012年、日本代表候補トレーニングキャンプメンバーに初召集される[2]

エピソード

  • 金園と小林とはとても仲が良く、度々ブログに登場している。
  • 公式サイトのプロフィールで、好きな選手、尊敬する人にジュビロに長く在籍し、現在はコンサドーレ札幌中山雅史を挙げている[3]

所属クラブ

アマ経歴

プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯天皇杯 期間通算
2011 磐田 10 J1 29 5 5 0 2 0 36 5
2012
通算 日本 J1 29 5 5 0 2 0 36 5
総通算 29 5 5 0 2 0 36 5
  • 特別指定選手としての試合出場は無し

その他の国際公式戦

経歴

脚注

関連項目