名誉毀損

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名誉毀損(めいよきそん)とは、他人の名誉を傷つける行為。損害賠償責任等を根拠づける不法行為となったり、犯罪として刑事罰の対象となったりする。日本新聞協会同音の漢字による書きかえにより「名誉損」と表記されることもある。

民事法上の責任原因としての名誉毀損

コモンロー、大陸法、いずれの法体系においても、名誉毀損に基づく損害賠償責任が認められている。

コモンローにおける名誉毀損

コモンロー法体系において、名誉毀損は、不法行為とされている。アメリカ合衆国連邦裁判所によれば、他人の評判について虚偽の名声を公表することにより、その評価を低下させる行為が、名誉毀損であるとされる[1]

コモンローの法体系における名誉毀損は、口頭による場合のように、一時的な形態での名誉毀損(slander)と、書面による場合のように固定的な媒体を通して行われる名誉毀損(libel)とに分けて把握されている。

大陸法における名誉毀損

ドイツ日本など、大陸法系の国々において、名誉毀損は、不法行為を構成するとされている。

ドイツ

ドイツ民法(BGB)においては、一般不法行為を定めた823条とは別に、名誉毀損及び信用毀損について規定した824条が設けられている。

日本

日本の民法上、名誉毀損は不法行為となり得る。日本の民法は、不法行為(民法709条)の一類型として、名誉毀損を予定した規定がある(民法710条723条参照)。

不法行為としての名誉毀損は、人が、品性、徳行、名声、信用その他の人格的価値について社会から受ける客観的評価(社会的評価)を低下させる行為をいう[2]

日本の不法行為法上、ドイツや韓国と異なり、死者に対する名誉毀損は成立しないとされている。ただし、虚偽の事実を摘示して死者の名誉を毀損した場合には、遺族の当該死者に対する敬愛追慕の情等の人格的利益を,受忍限度を超えて侵害したとして、損害賠償責任が肯定される[3]

名誉感情(自己の人格的価値について各人が有している主観的な評価)を害されただけでは、名誉毀損とはならない[4]。例えば、ある表現について本人が憤っているとの事情のみでは、名誉毀損とはならない。ただし、名誉感情を害するような行為が人格権の侵害に該当する行為であるとして、不法行為が成立する場合はあり得る。

民事上の損害の回復は手段は、金銭による賠償が原則である(民法417条、金銭賠償の原則)。しかし、名誉毀損については、民法723条により、「名誉を回復するのに適当な処分」を裁判所が命じうるとされている。この措置により、名誉毀損によって低下した社会的評価の回復が図られる。この措置の具体例としては、謝罪広告がある。

日本における名誉毀損の賠償金額はこれまで100万円程度とされてきたが、近年(2009年現在)では400 - 500万円程度の賠償額が定着しつつある[5]

韓国

韓国には死者に対する名誉毀損があり、名誉を損ねる発言を行えば直系子孫などの関係者から訴訟を起こされることがあり民事裁判においても名誉毀損が認定されることとなっている[6]

犯罪としての名誉毀損

ドイツ

ドイツ刑法185条以下において、名誉毀損の罪が定められている。

日本

日本の刑法上、具体的事実を摘示することにより、ある人の社会的評価を低下させた場合、名誉毀損罪(刑法230条1項)となる。不法行為としての名誉毀損と異なり、具体的事実を摘示しない場合には、名誉毀損罪とはならず(同じ「名誉毀損」でも、刑法上のそれの方がより限定された概念である。)、侮辱罪の成否が問題となる。詳しくは名誉毀損罪を参照。

表現の自由との緊張関係

ある表現行為が名誉毀損に該当するとして、損害賠償責任が肯定され、又は刑事罰が科される場合、その表現行為をする自由(表現の自由)が制約されることになる。名誉毀損が成立する範囲を広く認めるならば、犯罪不祥事など社会に対して大きな被害をもたらしかねない不正行為についての報道内部告発までもが名誉毀損とされてしまう可能性がある。そうなれば、名誉毀損を認めることによって被害者(国民)を保護するつもりが、思想の自由市場の機能を低下させ、あるいは国民知る権利を害する結果を招き、結局、国民に不利益が生じることとなってしまう。そこで、名誉毀損の成立する範囲を適切に制限するための理論が模索されてきた。以下、その一例を示す。

現実的悪意の法理

アメリカ合衆国連邦最高裁判所の判例においては、現実的悪意の法理が採用されている。つまり、公人に言及する表現行為は、現実的悪意をもってなされた場合でなければ、名誉毀損にはならない、とする考え方である。

現実的悪意の法理を採用した場合、公人に関する表現行為について名誉毀損が成立する範囲は狭くなる。長谷部恭男は、このような法理が認められた背景に、巨額の損害賠償が認められることによる表現行為への萎縮効果を抑制する必要性があることを示唆している[7]

調査義務と正当な利益擁護のための主張

ドイツにおいては、調査義務(Nachforschungpflight)を尽くしたものの、誤った主張が行われてしまった場合、それが正当な利益を擁護するためになされたものであるならば、不法行為とはならないとされている(ドイツ民法)。[8]

真実性の抗弁・相当性の抗弁

日本においては、真実性の抗弁・相当性の抗弁が、判例により又は条文上認められている[9]

真実性の抗弁とは、問題とされている表現行為が、たとえあるの社会的評価を低下させるものであるとしても、公共の利害に関する事実を摘示するものであって(公共性)、その目的が専ら公益を図ることにある場合に(公益性)、摘示した事実が真実に合致するならば(真実性)、名誉毀損の成立を認めない、とする考え方である。

  1. 摘示した事実が公共の利害に関する事実であること(公共性)
  2. その事実を摘示した目的が公益を図ることにあること(公益性)
  3. 摘示した事実が真実に合致すること(真実性)

相当性の抗弁とは、問題とされている表現行為が、たとえある人の社会的評価を低下させ、真実にも合致しない場合であっても、公共の利害に関する事実を摘示するものであって(公共性)、その目的が専ら公益を図ることにあるときに(公益性)、摘示した事実が真実であると信じるに足りる相当な理由があるならば(相当の理由)、名誉毀損の成立を認めない、とする考え方である。

  1. 摘示した事実が公共の利害に関する事実であること(公共性)
  2. その事実を摘示した目的が公益を図ることにあること(公益性)
  3. 摘示した事実が真実に合致すると信じるに足りることが相当といえるだけの理由があること(相当の理由)

真実性の抗弁・相当性の抗弁は、不法行為についても、名誉毀損罪についても、これを主張立証することによって、名誉毀損の成立を否定することができる。不法行為上の両抗弁は判例[10]において認められており、犯罪としての名誉毀損については、刑法が明文上、これらの抗弁を認めている(刑法230条の2第1項)。

これらの抗弁によって名誉毀損の成立が否定されることそれ自体に争いはないが、当該抗弁が認められ、名誉毀損の成立が否定される意味について、諸説ある。不法行為としての名誉毀損について、判例は、真実性の抗弁が認められる場合には違法性が否定されるために、相当性の抗弁が認められる場合には故意・過失がないために、不法行為は成立しないとする[11]

意見の表明による名誉毀損

意見の表明によっても、名誉毀損として、不法行為責任が生じうる[12]。ただし、意見には意見をもって対抗すべきであるとの関係から、意見の前提となる事実が言明されている場合に、その部分についてのみ名誉毀損による不法行為責任を問うべきとの見解もある[13]

脚注

  1. ^ 平野晋『アメリカ不法行為法』198頁以下
  2. ^ 最高裁判所昭和39年1月28日判決・民集18巻1号136頁所収参照
  3. ^ 東京地判昭和52年7月19日判例時報857号65頁、東京高判昭和54年3月14日判例時報918号21頁など参照。
  4. ^ 最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁参照。
  5. ^ 升田純「名誉毀損と名誉の値段の近時の動向」『NBL』第914号、2009年10月、p.p.1、ISSN 0287-9670 
  6. ^ 親日作家が敗訴 9600万ウォン賠償命令(朝鮮日報 2005年9月2日)
  7. ^ 長谷部恭男『憲法(第3版)』164頁
  8. ^ E.ドイチュ、 H.J.アーレンス 著, 浦川 道太郎訳『ドイツ不法行為法』181頁以下、特に183頁以下
  9. ^ 以下、不法行為責任に関する部分については、潮見佳男『不法行為法』70頁以下を参照。
  10. ^ 最判昭和41年6月23日民集20巻5号1118頁参照。
  11. ^ 最判昭和41年6月23日民集20巻5号1118頁
  12. ^ 潮見佳男『不法行為法』72頁以下を参照。
  13. ^ 松井茂記「意見による名誉毀損と表現の自由」民商法雑誌113巻3号327頁

関連項目