体感治安

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体感治安(たいかんちあん)とは、人々が感覚的・主観的に感じている治安の情勢をいう。

定量的に統計上の客観的な数字(犯罪認知件数や検挙率など)で表される治安である「指数治安」とは異なる。

概説

1990年代後半の日本で使われ出した造語である。時の警察庁長官國松孝次らが口癖のように語っており、オウム真理教が起こした松本サリン事件地下鉄サリン事件や、神戸連続児童殺傷事件など重大少年犯罪の発生、猟奇的事件、特別指名手配者の逮捕で「安全神話の崩壊」「これは警察、国の責任」などとマスコミが喧伝、過剰報道した時期にも用いられてきた[注 1]

2000年(平成12年)の日本における10万人あたりの故意殺人事件の発生率は0.5で、71国の中では低い順に3位である[1](詳細は日本の犯罪と治安#世界の諸国との犯罪発生率の比較を参照のこと)。また、リーマンショック後の近年は、総犯罪件数はむしろ減少している。

にもかかわらず、いくつかの調査は犯罪が急増しているとの錯誤・印象を持つ日本人が、少なくないことを示唆している(後述)。このように、人々が治安状況に対して感じる印象は、法務省犯罪白書が統計・示唆するものと全く合致しない。ジャーナリストの池上彰によれば、実際には昭和30年代(1955年~1965年)の方が、犯罪の認知件数・検挙率共に高かった事が確認されている。特に、凶悪犯罪(殺人罪)については、昭和30年代は2016年現在と比べて認知件数が約2倍だった。

犯罪対策閣僚会議が2003年(平成15年)9月26日に策定した「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」(以下、政府の行動計画)においても、現下の状況を序文『「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」策定に当たって』にて、「体感治安」という言葉で表現している[2]

体感治安と犯罪不安

体感治安という語はマスメディア行政文書で多く使われるが、類似した言葉として社会学などの分野では犯罪不安という術語が使われており、両者はしばしば互換的に用いられている[3]。一般に、体感治安は日本全体や居住地域の治安を以前と比較してどう評価するかを尋ねて測定するが、犯罪不安は個人や同居家族が犯罪被害に巻き込まれる不安を感じるかどうかを尋ねて測定される。犯罪不安は自己評価によって自身と関係しそうなリスクを知覚するものだが、体感治安は自身とは無関係に外界を評価する調査であり、犯罪不安研究では両者の知覚プロセスは異なるとされている[3]

現状認識に関する議論

世論がどのように治安状況を認識していたかについては次のような調査報告がある。

  • 内閣府の「治安に関する世論調査」(2004年7月実施)[4]では、ここ10年で自分や身近な人が犯罪に遭うかもしれないと不安になることは多くなったと思うか聞いたところ、「多くなったと思う」とする者の割合が80.2%(「多くなったと思う」33.0%+「どちらかといえば多くなったと思う」47.3%)と報告している。
  • 内閣府の「社会意識に関する世論調査」(2006年2月実施)[5]では、現在の日本の状況について悪い方向に向かっていると思うのはどのような分野か聞いたところ、「治安」を挙げた者の割合が38.3%と最も高かったと報告している。
  • 体感治安なる用語に直接的に言及した調査・研究の発表例としては、野村総合研究所が発表した「性犯罪者の前歴情報を一般にも公表すべきという声が45.9% 〜治安に関する生活者の意識調査の結果、9割の体感治安は悪化〜[6]」などがある。インターネットアンケート調査によって行われたこの調査報告では回答者の9割近い人の体感治安が悪化しているとしている。

産経新聞』は体感治安の悪化とその改善の必要性を主張した[7]。一方で、

  • 犯罪科学者の浜井浩一は、体感治安が悪化しているとの主張には統計学的な根拠が乏しく、「信仰」にすぎないと批判している[8]
  • 社会学者の佐藤卓己は、体感治安の悪化はマスコミの犯罪報道の影響により、自分自身が犯罪被害者となる可能性を大きく見積もってしまうことによると指摘している[9]
  • 防犯パトロールカーなどが「空き巣狙いが増えています、外出の際は戸締りを」と広報して回る事で“事件が増えている”と住民も刷り込まれてしまっている。

日本国政府の行動計画

2003年(平成15年)、小泉改造内閣は「国民の『安全』と『安心』の確保」を基本方針の一つに掲げた[10][11]。その上で、「世界一安全な国、日本の復活を目指し、関係推進本部及び関係行政機関の緊密な連携を確保するとともに、有効適切な対策を総合的かつ積極的に推進する」ことを目的として、「犯罪対策閣僚会議」の開催を決定した[12]。また内閣総理大臣・小泉純一郎も国会の所信表明演説で、「国民の安全と安心の確保は政府の基本的な責務だ、『世界一安全な国、日本』の復活を実現します」と表明している[13]

脚注

注釈

  1. ^ 例えば、日本テレビ系列の報道番組『ザ・ワイド』に出演していたコメンテーターの有田芳生(のち参議院議員)は、何か凶悪事件が起こるたびに「体感治安」(が悪化している)という単語を使用してコメントしていた。

出典

  1. ^ 国連薬物犯罪事務所の犯罪と刑事司法に関する第7次調査(1998年(平成10年)~2000年(平成12年))
  2. ^ 犯罪対策閣僚会議. “犯罪に強い社会の実現のための行動計画”. 犯罪対策閣僚会議. 首相官邸. 2009年1月21日閲覧。
  3. ^ a b 山本功; 島田貴仁 (2016). “地域防犯事業が体感治安と犯罪不安に及ぼす効果の研究”. 犯罪社会学研究 (日本犯罪社会学会) 41: 80-97. doi:10.20621/jjscrim.41.0_80. 
  4. ^ 治安に関する世論調査”. 平成16年度世論調査. 内閣府 (2004年9月21日). 2009年1月21日閲覧。
  5. ^ 2 調査結果の概要”. 社会意識に関する世論調査. 内閣府 (2006年5月22日). 2009年1月21日閲覧。
  6. ^ "性犯罪者の前歴情報を一般にも公表すべきという声が45.9% 〜治安に関する生活者の意識調査の結果、9割の体感治安は悪化〜" (Press release). 野村総合研究所. 13 May 2005. 2009年1月21日閲覧
  7. ^ “【主張】刑事警察 「人」の地道な努力継承を”. 産経新聞. (2008年8月25日). http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080825/trd0808250244001-n1.htm 2009年1月21日閲覧。 
  8. ^ 関口威人 (2008年2月17日). “刑務所の風景から社会を見据える 浜井浩一さん (元刑務所職員・犯罪学者)”. 東京新聞. http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/doyou/CK2007031902102368.html 2009年1月21日閲覧。 
  9. ^ 佐藤卓己『メディア社会…現代を読み解く視点』岩波書店岩波新書〉(原著2006年6月)。ISBN 9784004310228 
  10. ^ 基本方針”. 小泉総理の演説・記者会見等. 首相官邸 (2003年9月22日). 2009年1月21日閲覧。
  11. ^ 第157回国会における小泉内閣総理大臣所信表明演説”. 小泉総理の演説・記者会見等. 首相官邸 (2003年9月26日). 2009年1月21日閲覧。
  12. ^ 犯罪対策閣僚会議の開催について”. 犯罪対策閣僚会議. 首相官邸 (2003年9月2日). 2009年1月21日閲覧。
  13. ^ 小泉純一郎「世界一安全な国の復活を」『小泉内閣メールマガジン』第112号、首相官邸、2003年10月、2009年11月5日閲覧 

関連項目

参考文献

外部リンク