バックラッシュ (社会学)

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バックラッシュ: backlash)は、元来はある流れにたいする「反動」「揺り戻し」の意味であるが[1]、また政治的思想に対する反発、反感の意味で用いられる[2]。人種平等、LGBTの権利、社会福祉などの人権活動に対する反動についても用いられるが、特に男女平等男女共同参画、ジェンダー運動などの流れに反対する運動・勢力が「バックラッシュ」と呼ばれている[1][3][4][5][6][7][8]。これはジェンダーフリーに対してジェンダー・バックラッシュともいう[9]

以下では、ジェンダー問題に関するバックラッシュについて説明する。

米国

アメリカでは1970年代にはERA(Equal Rights Amendment)と呼ばれる男女平等憲法修正条項案に対して批准反対運動が起きている[10]

『バックラッシュ』の著者であるスーザン・ファルーディによるとジェンダー・バックラッシュと呼ばれる動きはアメリカにおいては1980年代から顕著にみられるようになったという[9]。1980年代末に一部の聖職者や伝導師たちが先導した反フェミニズム運動がもとになっているとされる[9]

アメリカ議会でのバックラッシュ派の活動としてファミリー・プロテクション・アクト法案の提出などがあり、男女の教育の平等を奨励する連邦法の改正やスポーツや課外活動での男女共学の禁止などがその中身となっている[9]

日本

歴史

山口智美らによると、日本では1990年代頃から2000年代前半にかけて、日本会議神道政治連盟などの団体が、ジェンダーフリーや「過激な性教育」及び選択的夫婦別姓制度導入などに対する反対運動を行うようになった[4][8][11]。2005年には、七生養護学校事件を奇貨として、安倍晋三が座長、山谷えり子が事務局長を務めた「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」が発足し、夫婦別姓、男女共同参画条例、性教育、男女混合名簿などに異議を唱えた[12]山口智美は、新生佛教教団の関連メディアである日本時事評論社が「フェミニズムへのバックラッシュのいわばリーダー的な役割をはたしている」と指摘した[13]

一方、男女共同参画などに反対している八木秀次らは、ジェンダーフリー運動を左翼活動とみなし、「ジェンダーフリーは連合赤軍の思想そのもの」などと主張している[14]。『産経新聞』『正論』などの保守メディアや統一教会系の『世界日報』は、反共、反フェミニズムの流れからジェンダーフリーや「過激な性教育」を批判した[15]。これらについて日本女性学会は「ジェンダーフリーと共産主義は仮に支持する人が重なっていたとしても偶然であって、基本的には別の思想である」としている[16]。また、山口智美らは「バックラッシュ側が主張する「過激な性教育」の多くが事実に基づかない誇張である」としている[4][13]

関連裁判

2004年3月、大阪府豊中市が、男女共同参画推進センター『すてっぷ』の非常勤の館長・三井マリ子を雇止めした。2004年12月、三井は、男女平等に反対する勢力の圧力に屈した不当な雇止めとして同市と施設の管理財団を提訴し、この裁判を「バックラッシュ裁判」と呼んだ[3]

2007年9月、一審の大阪地裁はこの訴えを棄却したため、三井側は大阪高裁に控訴した。三井側は、雇止めが「人格権の侵害」にあたることを新たに主張した。2010年3月、三井側が逆転勝訴。大阪高裁は1審判決を破棄。「豊中市が三井の行動に反対する勢力の組織的な攻撃に屈した」「説明をせずに常勤化・非常勤雇止めを行ったのは人格権の侵害にあたる」と認定し、市に150万円の賠償を命じた[17]

ジェンダー研究との関係

ジェンダー研究」そのものが「バックラッシュ」だという見解がある。これは「ジェンダー研究」が生得的な「女性」「男性」という性の概念を相対化して個の無限のグラデーションとしてしまい、フェミニズムそのものの存立を危うくする言説だ、との見方によるものである。性が社会的かつ後天的に成立するものならば、もはやフェミニズムが地位を向上させるべき「女性」なる主体が存在しない、ということになってしまうからである。したがってフェミニズムには、「ジェンダー研究」のことをバックラッシュだとみなす考えがある[18]

脚注

  1. ^ a b 『大辞林』 三省堂。
  2. ^ バックラッシュとは - コトバンク
  3. ^ a b 三井マリ子浅倉むつ子 編『バックラッシュの生贄』、旬報社、2012年
  4. ^ a b c 山口智美; 斉藤正美; 荻上チキ (2012). 社会運動の戸惑い フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動. 勁草書房.
  5. ^ Laurie A. Rudman and Peter Glick, "The Social Psychology of Gender: How Power and Intimacy Shape Gender Relations", 2012.
  6. ^ 細谷実「男女共同参画に対する最近のバックラッシュについて」、We learn 2003年8月号
  7. ^ Laurie A. Rudman and Peter Glick, "Prescriptive Gender Stereotypes and Backlash Toward Agentic Women", J. Social Issues, 57(4), 2001, pp.743-762, doi:10.1111/0022-4537.00239.
  8. ^ a b 鈴木彩加、「主婦たちのジェンダーフリー・バックラッシュ」『ソシオロジ』 56巻 1号 2011年 p.21-37,95, 社会学研究会, doi:10.14959/soshioroji.56.1_21
  9. ^ a b c d 若桑みどり 編『「ジェンダー」の危機を超える!』2006年、84頁。 
  10. ^ 若桑みどり 編『「ジェンダー」の危機を超える!』2006年、86頁。 
  11. ^ 三井マリ子 (2012). 浅倉むつ子; 三井マリ子. ed. バックラッシュの生贄 フェミニスト館長解雇事件. 旬報社.
  12. ^ [「婚活パーティーで「海ゆかば」、家庭守るためDVも我慢? 増加する“右派女性”のホンネは」 https://dot.asahi.com/aera/2017042600020.html]、AERA 2017年5月1-8日合併号
  13. ^ a b 上野千鶴子宮台真司斉藤環小谷真理鈴木謙介後藤和智山本貴光吉川浩満澁谷知美ジェーン・マーティンバーバラ・ヒューストン・山口智美・小山エミ瀬口典子長谷川美子荻上チキ『バックラッシュ! なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?』双風舎、2006年、265-267頁。ISBN 4902465094 
  14. ^ 『新・国民の油断』PHP研究所
  15. ^ 上野千鶴子「バックラッシュ!: なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?」、双風舎、2006年。
  16. ^ 『Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング―バックラッシュへの徹底反論』明石書店
  17. ^ 雇い止め、150万円賠償命令 大阪高裁、豊中市などに”. 日本経済新聞 (2010年3月31日). 2016年7月31日閲覧。
  18. ^ 『フェミニズム理論辞典』明石書店

参考文献

関連項目