女子王座決定戦競走

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女子王座決定戦競走(じょしおうざけっていせんきょうそう)とは、女性競艇選手を対象とした、日本競艇GI競走である。

なお、本稿では最後に、女子競艇選手の歴史や競艇の女子戦(女子リーグ・オール女子一般戦)についても記述を付した。

目次

[編集] 概要

女子リーグ戦の他、一般競走にも女子選手だけで行われる競走はあるが、女子選手に対する人気の高まりを受けて、女子選手の新たな目標として創設。当初は一般競走だったが、1988年4月1日から競艇にグレード制が導入され、第2回から第12回まではGII2000年の第13回よりGIとして施行している。

女子選手限定の競走としては最高峰に位置づけられ、当該年度における女子競艇選手の頂点を決定する。優勝者には当該年度の総理大臣杯競走への優先出場権が与えられる。

JAL(日本航空)の協賛により「'87 JAL クィーンズカップ争奪 第1回女子王座決定戦」が1987年昭和62年)12月3日から12月8日まで浜名湖競艇場で初開催された。その後も2009年度までJALが冠スポンサーとして「JAL女子王座決定戦」の名称で定着していたが、JALが経営破たんしたため2009年度限りで冠スポンサーから撤退した。

1989年平成元年)の第2回から、概ね3月第一週(2月末ごろから始まる場合もある)に6日間開催するのが恒例となっている。なお、2012年(平成24年)度は開催時期を8月に変更する予定で年によると7月との月跨ぎ開催が実現する予定。これは、同年度から年末に賞金女王決定戦競走が新設される為で、その日程のバランス調整を図る為としている。実現すれば「夏の女子王座、冬の賞金女王」の「女子競艇2大ビッグレース」が確立する事になる。更にこの2大レースにもう1つ、大きなレースが来たら晴れて'女性競艇・三冠競走が完成する。

[編集] 出場資格

2009年の出場資格改定で事故率の要件が追加された[1]ほか、2012年も条件を変更した。

  • 優先出場
    • 前年度優勝選手
    • 本年度、登録16年未満の女子選手で競われた「女子リーグ戦」各戦の優勝選手
  • 選考期間(前年1月1日から12月31日)内に出走回数が100回以上あり、かつ勝率が上位の選手(勝率が並んだ場合は着順点上位者から順に選出)
    • ※女子選手であれば、女子戦(女子リーグ戦、オール女子一般戦など)の出場有無や級別、年数等を問わず出場できる。
  • 選出除外
    • 選考期間内の出走回数100回未満の選手(優先出場選手は免除)
    • 選考期間内の事故率0.40以上の選手(2012年からは優先出場選手も免除されない事項になった)
    • GI・GII競走、全ての女子戦[2]における斡旋停止期間が開催期間と重なる場合
    • 負傷・病気・出産等により出場を辞退した選手。
    • SG競走と同様、選考期間から女子王座前検日までに出場停止処分を受けた選手[3](一部を除く)※たとえ出場決定後であっても取消対象となる。

[編集]

本競走の優勝者には、次年度の本競走および当該年度の総理大臣杯競走への優先出場権が与えられる。

2009年度までは冠スポンサーだったJAL(日本航空)から世界の好きな都市へのエグゼクティブクラス往復航空券も贈られていた。

[編集] 歴代優勝者など

[編集] 第1回~第10回

開催年 開催月日 開催場 優勝者
(選手登録番号)
賞金
(万円)
売上
目標
(億円)
売上金総額(円) 入場者数
(人)
1 1987年
昭和62年)
12月3日 -
12月8日
浜名湖 鈴木弓子(2945)[4] 400 ? 1,948,273,900 50,235
2 1989年
平成元年)
3月2日 -
3月7日
多摩川 日高逸子3188 ? ? 4,978,903,800 81,748
3 1990年
(平成2年)
3月1日 -
3月6日
多摩川 鵜飼菜穂子2983 ? ? 5,806,686,200 85,201
4 1991年
(平成3年)
3月2日 -
3月7日
蒲郡 鵜飼菜穂子(2983) 600 ? 3,625,299,900 72,596
5 1992年
(平成4年)
2月29日 -
3月5日
戸田 鵜飼菜穂子(2983) ? ? 7,071,612,300 119,402
6 1993年
(平成5年)
3月3日 -
3月8日
多摩川 佐藤正子(3154)[5] ? ? 4,805,929,300 90,590
7 1994年
(平成6年)
3月3日 -
3月8日
浜名湖 谷川里江3302 600 ? 3,054,054,200 88,396
8 1995年
(平成7年)
3月4日 -
3月10日[6]
多摩川 谷川里江(3302) ? ? 4,051,033,200 96,037
9 1996年
(平成8年)
3月8日 -
3月13日
戸田 山川美由紀3232 ? ? 4,806,506,200 120,646
10 1997年
(平成9年)
2月28日 -
3月5日
蒲郡 渡邊博子3114 600 ? 3,313,423,100 136,820

[編集] 第11回~第20回

開催年 開催月日 開催場 優勝者
(選手登録番号)
賞金
(万円)
売上
目標
(億円)
売上金総額(円) 入場者数
(人)
11 1998年
(平成10年)
3月3日 -
3月8日
三国 西村めぐみ3704 ? ? 2,501,818,800 116,057
12 1999年
(平成11年)
2月28日 -
3月5日
尼崎 横西奏恵3774 ? ? 4,565,846,500 190,453
13 2000年
(平成12年)
2月29日 -
3月5日
丸亀 柳澤千春3254 ? ? [7]3,643,007,200 301,448
14 2001年
(平成13年)
2月27日 -
3月4日
多摩川 山川美由紀(3232) 1,000 110 [8]9,188,831,300 635,892
15 2002年
(平成14年)
2月26日 -
3月3日
徳山 岩崎芳美3611 1,000 ? 8,745,672,400 702,478
16 2003年
(平成15年)
3月4日 -
3月9日
芦屋 西村めぐみ(3704) ? ? 10,156,735,300 814,515
17 2004年
(平成16年)
3月2日 -
3月7日
多摩川 海野ゆかり3618 1,000 ? 9,678,633,600 793,565
18 2005年
(平成17年)
3月1日 -
3月6日
大村[9] 日高逸子(3188) 1,000 当初100
修正85
9,597,957,500 ?
19 2006年
(平成18年)
2月28日 -
3月5日
浜名湖 横西奏恵(3774) 1,000 ? 10,762,555,400 ?
20 2007年
(平成19年)
2月27日 -
3月4日
徳山 寺田千恵3435 750 95 9,512,440,700 ?

[編集] 第21回~

開催年 開催月日 開催場 優勝者
(選手登録番号)
賞金
(万円)
売上
目標
(億円)
売上金総額(円) 入場者数
(人)
21 2008年
(平成20年)
3月4日 -
3月9日
横西奏恵(3774) 750 90 ? ?
22 2009年
(平成21年)
3月3日 -
3月8日
尼崎 新田芳美3470 750 90 10,045,510,200
23 2010年
(平成22年)
3月2日 -
3月7日
下関 寺田千恵(3435) 750 ? ? ?
24 2011年
(平成23年)
3月1日 -
3月6日
三国 田口節子4050 750 85 ? ?
25 2012年
(平成24年)春
2月28日 -
3月5日
多摩川 田口節子4050 1,000[10] ? ? ?

※GI時代の賞金は、副賞金100万円含む

[編集] 連覇達成者

次に紹介するのは同大会・連覇一覧表。その名の通り前回王者として参加してディフェンディングチャンピオンの意地で続けて取る事。
達成者 連続詳細 競艇場
1 鵜飼菜穂子 第3回大会>>>第5回記念大会 多摩川⇒蒲郡⇒戸田
2 谷川里江 第7回大会>>>第8回大会 多摩川⇒戸田
3 田口節子 第24回大会>>>第25回記念大会 三国⇒多摩川

[編集] 開催予定

  • 第26回大会 2012年(平成24年)7月31日~8月5日 若松競艇場
    • 女子王座・創設以来、史上初のナイター開催。
    • 総理大臣杯競走の選手選考が一般のGIと同様に変更される。
    • 開催時期変更で選考期間の扱いは現在不明。

[編集] ビデオグラムソフト

[編集] 競艇女子選手の歴史

競艇競艇選手の歴史をも概括しつつ、競艇女子選手の歴史をまとめた。
選手について、敬称は省略。選手級別審査決定基準について、詳細な点数規定の変更は省略。
最新の状況については、競艇選手などを参照のこと。
  • 1951年昭和26年)8月  独自の選手養成所として「琵琶湖国際モーターボート選手審判員養成所」「大村選手養成所」が開設
  • 1952年(昭和27年)3月  社団法人全国モーターボート競走会連合会(以下、「連合会」)が選手登録試験を実施、最初の競艇選手が選手登録
  • 1952年(昭和27年)4月6日  大村競艇場にて全国初の競艇が開催
    • 最初の競艇女子選手は、則次千恵子(選手登録番号78、1952年5月1日付けで登録。1932年12月15日生まれ)
  • 1953年(昭和28年)11月 第1回全日本選手権競走に、則次千恵子、渕崎栄子、中村弘子の3選手が出場。
  • 1953年(昭和28年)12月 全日本モーターボート選手会連合会(事務局・大阪)結成
  • 1954年(昭和29年)7月1日 選手級別決定基準実施(A級・B級・C級)
  • 1954年(昭和29年)3月2日 芦屋競艇場にて競艇初のオール女子レース開催
  • 1954年(昭和29年)8月21日 大村競艇場にて全国初の「オール女子ダービー戦」が開催
  • 1955年(昭和30年) 下関競艇場で行われた周年記念競走で戸板君子(1133)が優勝
  • 1956年(昭和31年)4月  全日本モーターボート選手会連合会(事務局・大阪)解散
  • 1956年(昭和31年)10月 琵琶湖国際モーターボート選手審判員養成所閉鎖
  • 1957年(昭和32年)1月  選手養成年齢制限が「16歳以上26歳未満」となる
  • 1957年(昭和32年)1月  全日本モーターボート選手会連合会(事務局・東京)再結成
  • 1957年(昭和32年)2月  連合会、選手養成を多摩川競艇場で開始。1期間2ヶ月間。
  • 1957年(昭和32年)11月 選手級別審査に勝率制度(着順点制度)を採用実施
  • 1959年(昭和34年)2月  選手養成年齢制限が「17歳以上25歳未満」となる(従来は、16歳以上26歳未満)
  • 1960年(昭和35年)10月 社団法人日本モーターボート選手会、設立認可・発足
  • 1960年(昭和35年)11月 第7回全日本選手権競走で、佐竹文子(1288)が準優勝戦進出。
  • 1962年(昭和37年)12月 選手養成年齢制限が「16歳以上25歳未満」となる(従来は、17歳以上25歳未満)
  • 1965年(昭和40年)4月  選手養成期間が5ヶ月間となる(従来は、2ヶ月間)
  • 1966年(昭和41年)4月  選手養成年齢制限が「18歳以上25歳未満」となる(従来は、16歳以上25歳未満)
  • 1966年(昭和41年)11月 連合会、選手・審判員・検査員などの養成や各種訓練を行なう常設の専用施設として、「本栖厚生施設水上スポーツセンター(本栖研修所)」開設(山梨県本栖湖畔)。
  • 1967年(昭和42年)8月  「紅の水会」発足(現役女子選手・引退女子選手の相互親睦)
  • 1970年(昭和45年)4月  選手の養成期間が1年間となる(従来は、5ヶ月間)
  • 1973年(昭和48年)9月  本栖研修所にて、初の養成訓練修了記念競走実施(第36期) ⇒ 本栖チャンプ
  • 1979年(昭和54年)4月  第46期選手養成員として田中弓子(2945、後に鈴木姓)が、本栖研修所に入所。女子の選手養成員は、9年ぶりであった。
  • 1980年(昭和55年)4月  女子選手の定期養成が再開。第48期選手養成員として女子15名(男子20名)が本栖研修所に入所、女子選手が大量に養成される始まりとなる。
  • 1981年(昭和56年)6月 4日 住之江競艇場にて、「ささゆり賞」開催。21年ぶりのクイーン決定戦となった(男子28名・女子14名による男女別レース・ダブル優勝戦)。
  • 1982年(昭和57年)5月  選手級別決定基準の変更を実施。A級・B級は定員制とする、など。
  • 1983年(昭和58年)3月  第52期選手養成訓練修了記念競走にて、石原加絵(3098)[11][12]が女子初の優勝 ⇒ 本栖チャンプ
  • 1983年(昭和58年)8月12日 住之江競艇場にて「全日本女子選手権大阪大会」(レディスカップ)を開催。優勝は服部恭子(3093)。競艇での女子選手だけの競走は、23年ぶりであった。
  • 1983年(昭和58年)9月  外国人女子選手の募集を開始
  • 1983年(昭和58年)10月 選手養成年齢制限が「18歳以上23歳未満」となる(従来は、18歳以上25歳未満)
  • 1987年(昭和62年)12月3日 浜名湖競艇場にて、'87 JAL クィーンズカップ争奪 第1回女子王座決定戦開催
  • 1988年(昭和63年)9月  選手養成員の体重制限が、男子・47kg以上55kg以下、女子・42kg以上50kg以下、となる(第66期から)。
  • 1988年(昭和63年)5月  選手級別決定基準の変更を実施。A級・B級の選手数を定率制(従来は、定員制)とする、など。
  • 1988年(昭和63年)11月 選手の最低体重規定を新設実施(男子50kg、女子45kg)
  • 1991年平成3年)9月  選手養成訓練を1年2ヶ月間に延長(従来は、1年)。選手養成員の体格制限について、身長170cm以下(従来165cm以下)、女子の体重が42kg以上50kg以下(従来42kg以上55kg以下)、視力0.8以上(従来1.0以上)となる(第72期選手養成訓練から実施)。
  • 1995年(平成7年)1月1日 選手級別決定基準の変更を実施。A1級・A2級・B1級・B2級の4区分体制となる。
  • 1996年(平成8年)7月20日 「競艇オフィシャルWeb」オープン。インターネットWebサイト開設は、公営競技としては初めて。
  • 1996年(平成8年)8月  選手養成年齢制限が「17歳以上21歳未満」となる(従来は、17歳以上23歳未満)(第82期から)
  • 1997年(平成9年)7月 競艇選手のヘルメットについて、「フルフェイス」形となり同時に選手個人の管理に任されることとなる(それまでは「ジェット」形であり各競艇場が管理)[13]
  • 1997年(平成9年)9月28日 鵜飼菜穂子(2983)が福岡競艇場第10レースにて通算1,000勝を達成
  • 1999年(平成11年)2月21日 鳴門競艇場で開催された、第42回四国地区選手権において、山川美由紀(3232)が優勝。女子選手のGI競走優勝は、42年ぶり。
  • 2000年(平成12年)2月29日 第13回JAL女子王座決定戦競走が開催。この回から、GIでの競走となる。
  • 2000年(平成12年)4月15日 山川美由紀(3232)が通算1,000勝を達成
  • 2001年(平成13年)4月  「やまと競艇学校」開設(福岡県大和町
  • 2001年(平成13年)6月24日 唐津競艇場で開催された、第11回グランドチャンピオン決定戦競走において、寺田千恵(3435)が優勝戦へ進出。女子選手のSG競走での優出は、史上初。
  • 2002年(平成14年)2月  本栖研修所閉鎖
  • 2002年(平成14年)3月28日 安藤大将(3145)が、自身の性同一性障害男性への性別変更を記者会見で公表。引き続き競艇男子選手として活動(2005年9月8日選手登録削除、引退)。
  • 2002年(平成14年)10月5日 日高逸子(3188)が唐津競艇場第8レースにて通算1,000勝を達成
  • 2003年(平成15年)5月  選手の最低体重規定を変更実施。女子選手の最低体重が47kgとなる(従来は、女子45kg)。
  • 2003年(平成15年)5月24日 木村厚子(3196)が津競艇場にて事故死[14] [15] [16]
  • 2005年(平成17年)10月29日 谷川里江(3302)が蒲郡競艇場第3レースにて通算1,000勝を達成
  • 2006年(平成18年)3月21日 第41回総理大臣杯競走(平和島競艇場)において、横西奏恵(3774)が女子選手2回目のSG優出。
  • 2007年(平成19年)3月27日 佐藤幸子(3140)が下関競艇場第8レースにて通算1,000勝を達成
  • 2007年(平成19年)4月26日 山川美由紀(3232)が丸亀競艇場第12レースにて通算1,500勝を達成
  • 2007年(平成19年)6月14日 角ひとみ3334)が三国競艇場第12レースにて通算1,000勝を達成
  • 2008年(平成20年)3月8日 寺田千恵(3435)が津競艇場第11レースにて通算1,000勝を達成
  • 2008年(平成20年)第9回競艇名人戦競走に女子選手(鵜飼菜穂子(2983)名人戦1年目)が初めて出場。
  • 2009年(平成21年)12月14日 鵜飼菜穂子(2983)が丸亀競艇場第3レースにて通算1500勝達成。
  • 2010年(平成22年)1月16日 海野ゆかり(3618)が若松競艇場第11レースにて通算1000勝達成。
  • 2010年(平成22年)4月18日 第11回競艇名人戦競走(徳山競艇場)で女子選手(日高逸子(3188)名人戦1年目)が初めて優出。
  • 2011年(平成23年)3月10日 第38回笹川賞競走尼崎競艇場)の選手発表で、女子選手がSG競走の女性参加人数として史上最多となる9人が選出された。また、横西奏恵(3774)が、ファン投票4位(20,934票)で女性で初のSGドリーム戦の出場(夫と共に)が決まった。[17]、5月24日にドリーム戦が実施され1着を取り、[18]5月29日自身2度目、女子3度目のSG優出(6着)。また、 永井聖美3993)、魚谷香織4347)、平山智加4387)、平高奈菜4450)が水神祭をあげるなど女子選手の健闘が目立つ大会となった。
  • 2012年(平成24年)3月2日 谷川里江(3302)が多摩川競艇場(女子王座決定戦)第8レースにて通算1500勝達成[19]


  • 2012年(平成24年)4月27日 選手持ちのプロペラからモーター備え付けの2種のプロペラに変更される予定(2012年名人戦は旧ルール適用)[20]

[編集] 競艇女子戦

  • 女子戦は女子王座決定戦のほかに以下の4つの女子戦がある。

[編集] 賞金女王決定戦競走

2012年(平成24年)度より開催予定の女子戦

詳細は「賞金女王決定戦競走」を参照

[編集] 女子リーグ戦競走

女子リーグ戦競走(じょしリーグせんきょうそう)とは、女子選手のみで概ね4月から12月にかけて争われる競艇リーグ戦である。グレードGIII。毎年全国各地の競艇場(一部開催しない競艇場もある)で年間十数回開催される。

出場資格は、選手登録16年未満の女子選手。優勝者は翌年3月に開催される女子王座決定戦競走の優先出場権利が与えられるため、女子王座決定戦競走の予選として位置づけられる。

2011年からは、準優勝戦以上でスタート事故を起こすと一定期間すべての女子戦の斡旋が停止される。

[編集] オール女子一般戦

オール女子一般戦(おーるじょしいっぱんせん)は女性選手だけで競走を行い、女子王座決定戦の優先出場権が得られないが、登録16年過ぎても斡旋できる。 常滑競艇場の「レディース笹川杯」(女子リーグで開催の年もある)や住之江競艇場の「アクアクイーンカップ」などのタイトル競走がある。近年では女子リーグ戦よりも多く開催されている。

準優勝戦以上でスタート事故を起こすと一定期間すべての女子戦の斡旋が停止される。

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] W優勝戦女子の部のレース

ダブル優勝戦(だぶるゆうしょうせん)は本文では女子の部で記載する。 1日の半分のレースを女子戦を行い、1節間は完全分離でレースを行う。代表例では多摩川競艇場のダブル優勝「TVKカップ」などがある。登録16年超えても出場可能である。

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] 参考文献

[編集] 脚註

  1. ^ 2009年出場資格改定(BOAT RACE オフィシャルWeb 2009年4月7日)
  2. ^ 正式では「GIII競走開催要項第9条第1項に基づく出場資格の喪失期間」である。
  3. ^ 正式には「選手、審判員及び検査員褒賞懲戒規程に基づき出場停止処分を受けたため」である
  4. ^ 引退。旧姓は、田中。
  5. ^ 1984年、第54期生としてデビュー。引退後、現在は日本レジャーチャンネル(JLC)競艇解説者として活動中。
  6. ^ 第8回は、降雪で3月4日のレースを中止、以降日程は順延。
  7. ^ 第13回の場外発売は、
    全日程
    蒲郡・ボートピアまるがめ・ボートピア朝倉
    3月4日 - 3月5日
    桐生常滑児島下関若松唐津大村・ボートピア大郷
  8. ^ 前年に場間・場外発売に関する規制が廃止されたのを受けて、第14回から場間・場外発売の規模が拡大。
  9. ^ 大村競艇で開催するレースとしては、初めての全国発売。
  10. ^ グレードレースの見直し及び平成23年度優勝賞金額(SG競走等)について(BOAT RACE オフィシャルWeb 2011年1月31日)
  11. ^ 1963年昭和38年)1月15日、岡山県岡山市生まれ。就実女子大学(現在の就実大学)を中退して、競艇選手となった。
  12. ^ 石原加絵・著 『青春の水しぶき -- モーターボートに賭けた私』 山手書房(東京) 1984年11月
  13. ^ 競艇選手のヘルメットが「フルフェース形」に 個人所有になりカラーリングも自由化(競艇オフィシャルWeb 1997年6月13日)
  14. ^ おくやみ 木村厚子選手(競艇選手)が頚椎損傷および脳挫傷のため死去日刊スポーツ 2003年5月25日)
  15. ^ 人身事故について(訃報) 
  16. ^ 故木村厚子選手(埼玉)の告別式(競艇オフィシャルWeb 2003年5月28日)
  17. ^ 第38回 笹川賞(尼崎) 出場選手発表!(BOAT RACE オフィシャルWeb 2011年3月10日)
  18. ^ 3774横西奏恵選手の笹川賞ドリーム戦の結果
  19. ^ 谷川里江選手が女子王座決定戦3日目に通算1,500勝達成BOAT RACEオフシャルWEB 2012年3月2日
  20. ^ 新プロペラ制度について

[編集] 外部リンク

[編集] BOAT RACE オフィシャルWebへのリンク

[編集] その他

  • 競艇ヒロイン・ストーリー http://www.kyotei.or.jp/dik/who/heroin/index.html
  • オッズ・出走表・結果情報 http://www.kyotei.or.jp/dik/RACE/main.html(「モーターボートファン手帳」データ 2001年後期版 - 2005年前期版)
  • 選手期別成績ダウンロード(「モーターボートファン手帳」データ 2002年前期 - )
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