瀬戸石ダム

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瀬戸石ダム


2008年5月撮影

地図瀬戸石ダムの位置(青線は球磨川本流を示す)
左岸所在地 熊本県葦北郡芦北町大字海路1851[1]
右岸所在地 熊本県球磨郡球磨村神瀬[2]
位置
瀬戸石ダムの位置(日本内)
瀬戸石ダム
北緯32度21分31秒 東経130度38分26秒 / 北緯32.35861度 東経130.64056度 / 32.35861; 130.64056
河川 球磨川水系球磨川
ダム諸元
ダム型式 重力式コンクリートダム
堤高 26.50 m
堤頂長 139.35 m
堤体積 24,800
流域面積 1,629.3 km²
湛水面積 124 ha
総貯水容量 9,930,000 m³
有効貯水容量 2,230,000 m³
利用目的 発電
事業主体 電源開発
電気事業者 電源開発
発電所名
(認可出力)
瀬戸石発電所 (20,000kW)
施工業者 西松建設
着手年/竣工年 1956年/1958年
出典 [3]
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瀬戸石ダム(せといしダム)は、熊本県葦北郡芦北町球磨郡球磨村の境、一級河川球磨川水系球磨川本流に建設されたダム。高さ26.5メートル重力式コンクリートダムで、電源開発 (J-POWER) の発電用ダムである。同社の水力発電所瀬戸石発電所に送水し、最大2万キロワット電力を発生する。

歴史[編集]

銚子笠に端を発し、人吉盆地八代平野を経て八代海(不知火海)へと注ぐ球磨川は[4]流域全体で約20か所の水力発電所が立地し、合計最大60万キロワット以上の電力を発生することが可能となっている[5][注 1]。急峻な地形にして降水量が豊富であり[4]日本三大急流の一つにも数えられている[6]

1949年昭和24年)、当時の日本発送電が瀬戸石ほか数地点の調査・測量に着手[7][注 2]1952年(昭和27年)9月、人吉盆地より下流の球磨川中流域が、発足間もない電源開発株式会社[注 3]の調査河川に指定され、1953年(昭和28年)2月に調査所を人吉に設置し、同年12月の第13回電源開発調整審議会(電調審)を経て、瀬戸石地点が正式に着工する運びとなった。水力発電に有利な条件を持ちながらも、当時の球磨川では流域全体でも約13万キロワットの開発に留まっていたのは、鉄道漁業流筏といったものに対する補償に多額の費用を必要としていたことによる[6]1955年(昭和30年)2月17日に水利使用許可が下り[9]1956年(昭和31年)9月29日に本工事を着工した[10]。施工は西松建設が担当[11]。工事中6回の洪水襲来を乗り越え[注 4]1958年(昭和33年)9月10日に瀬戸石発電所が運転を開始[12][注 5]。総工事費は36億6,500万であった[13]

瀬戸石ダムは堤高26.50メートル、堤頂長139.35メートルの重力式コンクリートダム[14]。球磨川を挟んで左岸の芦北町と右岸の球磨村にまたがっており、芦北町(左岸)側に事務所および発電所を設けている[13]。発電所建屋は半地下式・多床式で、発電用水車として立軸カプラン水車を採用した水車発電機を1台設置。最大134立方メートル毎秒の水を取り入れ、有効落差17.15メートルを活用し、最大2万キロワット(常時3,000キロワット)の電力を発生する[14]。そのカプラン水車は、当時としては記録的な巨大さであった[6]。発生した電力は8.6キロメートルの瀬戸石線を通じて九州電力神瀬支線へと送電する[12]魚道2001年(平成13年)年度に設置されたもので、型式はアイスハーバー型、全長は約430メートルであり、そのうち約300メートルがトンネルおよび暗渠となっている[11]。トンネル式魚道としては日本最大級であり、併設された「川のとっとっと館」では魚道内の生物を観察できる[15]

なお、熊本県は球磨川総合開発事業の一環として、1954年(昭和29年)12月に藤本発電所(荒瀬ダムを参照)を、1960年(昭和35年)3月には市房第一・第二発電所(市房ダムを参照)をそれぞれ運転開始した[16][注 6]。藤本発電所は瀬戸石ダムの下流に位置し、戦後の電力不足を背景として熊本県企業局が最初に完成させた水力発電所であったが[17]2010年(平成22年)3月に運転停止し、取水元の荒瀬ダムは2018年(平成30年)3月に撤去を完了した[18]。ダム撤去による球磨川の河川環境改善に向けた動きの中で、瀬戸石ダムの存在は未だ課題として残されている[19][20]

諸問題[編集]

洪水[編集]

令和2年7月豪雨直後の瀬戸石ダム空撮(国土地理院、2020年7月4日15時31分撮影)
2020年7月3日から4日にかけての雨雲の動き(下が球磨川流域)

瀬戸石ダムは放流設備として高さ14メートル、幅15メートルの水門(ローラーゲート)を5門を設置し、6,000立方メートル毎秒の洪水に耐える設計である[6]。1956年に設定された基本高水のピーク流量は人吉で4,500立方メートル毎秒、八代市萩原で5,500立方メートル毎秒であり[21]、当時としては裕度のある設計であった。1960年に完成した市房ダムは、洪水調節を行い計画高水流量を人吉で4,000立方メートル毎秒、萩原で5,000立方メートル毎秒とすることを目的の一つとしている。しかし、1965年(昭和40年)7月に計画高水流量を上回る大洪水が発生[21]梅雨の後期に見られる前線の停滞豪雨に見舞われ、人吉市では市街地が浸水し、20戸余りが流される被害を受けた[22]。これを受け、基本高水のピーク流量が人吉で7,000立方メートル毎秒、萩原で9,000立方メートル毎秒へと引き上げられた[21]治水対策として流域内の施設で洪水調節を行い、人吉で4,000立方メートル毎秒に抑える計画があったが[23]川辺川ダム建設事業は2009年(平成21年)9月に中止となった[24][注 7]

2020年令和2年)7月、豪雨により人吉は過去最大級の水害に見舞われた(令和2年7月豪雨[26]。瀬戸石ダムでは7月2日に発電を停止し[27]、7月4日早朝時点でゲートを全開状態とした[28]。放流量は過去最大を更新する見通しだという[29]2019年(令和元年)の台風19号(令和元年東日本台風)を機に、球磨川水系では新たに5基の利水ダムが治水に協力することとなっていたが[注 8]、今回の豪雨は突発的なものであったため、各利水ダムでの事前放流が実施できなかった[31]。後日、現地を訪れた報道機関によって、瀬戸石ダム周辺に流木や土砂が堆積していること、天端の道路が冠水しズレが生じていること[32][33]、管理棟や予備発電施設、さらにバックアップを担う移動式発電装置なども浸水し、危機的状況となったことが報じられた[32]。ダムが決壊危機との報道に関して、電源開発は7月18日にプレス発表を行い、管理用道路のズレはダム本体に影響を及ぼすものではないと説明。道路を通行止めとしたこと、浸水したサイレンが未復旧であることなどについて注意を呼びかけるとともに、公表の遅延を陳謝した[28]

2021年(令和3年)2月19日、電源開発は令和2年7月豪雨時のピーク流入量が推定約1万立方メートル毎秒であり、そうした中でも放流操作は適切に実施したと発表した。河川水位の上昇はダム下流狭窄部に起因するもので、ダムの影響による大幅な水位上昇は認められないとした。洪水吐ゲート全開・発電所停止状態は継続。浸水で故障したダム下流放流警報設備は2021年5月末までの復旧を予定しているとした[34]。一方、ダムの影響による水位上昇があったとする市民団体の主張もあり、熊本県は電源開発に対し引き続き説明責任を果たすよう要請した[35]。電源開発は人吉市内の拠点からダムを遠隔操作できるよう改修するなど洪水対策を講じたとして、2022年(令和4年)5月6日より瀬戸石ダムの貯水を開始[36]。市民団体の抗議が行われる中[37][38]、瀬戸石発電所は5月17日から試運転を行い、5月29日に運転を再開した[39]

堆砂[編集]

2002年国土交通省の定期検査で、堆砂の進行により「安全性及び機能への影響が認められ、直ちに措置を講じる必要がある」とされるA判定を受けた[40]。熊本県は2014年(平成26年)の水利権更新時にその点に触れ、迅速かつ的確な対応を求めていた[41][42]。しかし、その後も2017年までのべ8回連続して、定期検査で同じA判定が示された[40]

電源開発は瀬戸石ダムの堆砂に対し、毎年1回以上起こりうる2,000立方メートル毎秒以上の出水時においてダムの水位を低下させ、土砂を下流へと流す「通砂/排砂運用」[注 9]や、河川流量が減少する冬に土砂の掘削・搬出(浚渫)を行うといった対策を講じているとしている[43]。搬出した土砂は土木工事に用いられるなどされているが、地元ではダム下流の河床低下に対する懸念から、土砂を河川に還元すべきだとの声が上がっている[20]

交通アクセス[編集]

公共交通機関
最寄りのJR肥薩線瀬戸石駅から直線距離で約1.5キロメートル[2]
自家用自動車
国道219号沿い。九州自動車道八代インターチェンジから自動車で30分間。ダムカードは電源開発南九州電力所(熊本県人吉市願成寺町860-13、瀬戸石ダムから自動車で約50分間)にて配布している[44]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 水力発電所データベース」に登録されている球磨川水系の水力発電所は19か所で、それらの最大出力の合計は64万460キロワット。うち50万キロワットは九州電力の揚水発電所・大平発電所である(2020年7月18日閲覧)。
  2. ^ かつては葉木に高さ72メートルのダムを建設し、葉木・下代瀬・古田の3か所においてそれぞれ8万5,600キロワット、9,640キロワット、5,700キロワットの水力発電所を建設する構想があった[7]
  3. ^ 電源開発株式会社の設立は1952年9月16日[8]
  4. ^ ダム建設中の洪水として特に被害が大きかったのが1957年(昭和32年)6月の洪水で、3,000立方メートル毎秒級の流量により、仮締切部分が大きく掘り返される被害を受けた[6]
  5. ^ 瀬戸石発電所の稼働日について、『角川日本地名大辞典』は9月22日運転開始としている[13]
  6. ^ 『角川日本地名大辞典』は瀬戸石ダムの建設についても球磨川総合開発の一環によるものとしている[13]
  7. ^ 電源開発は1973年(昭和48年)11月、最大1万6,500キロワットの水力発電を行うとして川辺川ダム建設に参画した(相良計画)。しかし、反対運動により着工見通しが立たず[25]、2007年(平成19年)6月になって参画継続は困難と表明している[24]
  8. ^ 「既存ダムの洪⽔調節機能の強化に向けた基本⽅針」を受け、球磨川水系では瀬戸石ダム、油谷ダム内谷ダム清願寺ダム幸野ダム、市房ダムの6基を対象に、2020年度の出水期から事前放流などの新しい運用を始めることになっていた[30]
  9. ^ 平常時および2,000立方メートル毎秒に満たない小規模な出水時はダム水位を高いままとする[43]

出典[編集]

  1. ^ Mapion電話帳 瀬戸石発電所”. Mapion. 2020年7月18日閲覧。
  2. ^ a b Mapion電話帳 瀬戸石ダム”. Mapion. 2020年7月18日閲覧。
  3. ^ 左岸・右岸所在地は「Mapion電話帳」(左岸所在地は左岸にある瀬戸石発電所のもの)、堤高・堤頂長・堤体積・総貯水容量・有効貯水容量・電気事業者・発電所名は「水力発電所データベース」、その他は「ダム便覧」による(2020年7月18日閲覧)。
  4. ^ a b 国土交通省 2007, p. 1.
  5. ^ 国土交通省 2007, p. 4.
  6. ^ a b c d e 30年史編纂委員会 1984, p. 165.
  7. ^ a b 日本発送電株式会社解散記念事業委員会 1954, pp. 111–112.
  8. ^ 企業データ”. 電源開発. 2020年7月18日閲覧。
  9. ^ 30年史編纂委員会 1984, p. 524.
  10. ^ 30年史編纂委員会 1984, p. 525.
  11. ^ a b ダム便覧 瀬戸石ダム”. 日本ダム協会. 2020年7月18日閲覧。
  12. ^ a b 30年史編纂委員会 1984, p. 527.
  13. ^ a b c d 「角川日本地名大辞典」編纂委員会、竹内理三 1987, p. 647.
  14. ^ a b 水力発電所データベース 瀬戸石”. 電力土木技術協会 (2008年3月31日). 2020年7月18日閲覧。
  15. ^ 土木遺産in九州 瀬戸石ダム”. 九州地域づくり協会. 2020年7月18日閲覧。
  16. ^ 九州電力 2007, pp. 479–480.
  17. ^ 熊本県企業局 2019, p. 3.
  18. ^ 熊本県企業局 2019, p. 42.
  19. ^ “「待ち遠しかった」ダム撤去で清流が戻った川 今シーズン初の川下り ガイドが再生へ決意 熊本”. 西日本新聞 (西日本新聞社). (2018年3月28日). https://www.nishinippon.co.jp/item/n/404222/ 2020年7月18日閲覧。 
  20. ^ a b “荒瀬ダム撤去清流着々 球磨川、3月工事完了 変化富む流れ復活 流域全体の改善課題”. 西日本新聞 (西日本新聞社). (2018年4月1日). https://www.nishinippon.co.jp/item/n/405240/ 2020年7月18日閲覧。 
  21. ^ a b c 国土交通省 2007, p. 3.
  22. ^ 過去の洪水”. 国土交通省九州地方整備局八代河川国道事務所. 2020年7月18日閲覧。
  23. ^ 国土交通省 2007, p. 10.
  24. ^ a b 川辺川ダム建設事業の経緯”. 国土交通省九州地方整備局川辺川ダム砂防事務所. 2020年7月25日閲覧。
  25. ^ 30年史編纂委員会 1984, p. 430.
  26. ^ “熊本・人吉の水害「過去最大級」 55年前の浸水高超え”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2020年7月7日). https://www.asahi.com/articles/ASN775606N76ULBJ015.html 2020年7月18日閲覧。 
  27. ^ 瀬戸石ダムの現況について(続報)”. 電源開発 (2020年7月22日). 2020年7月22日閲覧。
  28. ^ a b 瀬戸石ダムの現況及び7月17日の一部報道について”. 電源開発 (2020年7月18日). 2020年7月22日閲覧。
  29. ^ 村上伸一 (2020年7月23日). “熊本)瀬戸石ダムの放流、過去最大になる見通し”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). https://www.asahi.com/articles/ASN7Q6T5CN7PTLVB00J.html 2020年7月23日閲覧。 
  30. ^ 令和2年2⽉7⽇ 第6回球磨川⽔系⽔防災意識社会再構築会議 資料 球磨川における国土交通省の取組”. 国⼟交通省九州地⽅整備局 ⼋代河川国道事務所. 2020年7月22日閲覧。
  31. ^ “球磨川水系の利水ダム5基、事前放流実施されず…突発的な豪雨は対象外”. 読売新聞オンライン (読売新聞社). (2020年7月4日). https://www.yomiuri.co.jp/national/20200704-OYT1T50211/ 2020年7月22日閲覧。 
  32. ^ a b “熊本豪雨で球磨川「瀬戸石ダム」が決壊危機 現場証拠写真”. デイリー新潮 (新潮社). (2020年7月17日). https://www.dailyshincho.jp/article/2020/07171831/?all=1 2020年7月18日閲覧。 
  33. ^ “瀬戸石ダム、周辺には流木と砂 熊本豪雨、爪痕すさまじく”. 熊本日日新聞 (熊本日日新聞社). (2020年7月20日). https://web.archive.org/web/20200720104100/https://this.kiji.is/657718941061235809?c=92619697908483575 2020年7月22日閲覧。 
  34. ^ 瀬戸石ダム・発電所の状況について(2021年2月付)”. 電源開発 (2021年2月19日). 2021年3月14日閲覧。
  35. ^ >伊藤秀樹、村上伸一 (2021年2月23日). “水位の大幅上昇「瀬戸石ダムの影響なし」 電源開発”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). https://www.asahi.com/articles/ASP2Q6WRZP2NTLVB002.html 2021年3月14日閲覧。 
  36. ^ “瀬戸石ダム貯水を再開 遠隔操作で洪水対策”. 読売新聞オンライン (読売新聞社). (2022年5月7日). https://www.yomiuri.co.jp/local/kumamoto/news/20220506-OYTNT50129/ 2022年5月31日閲覧。 
  37. ^ “瀬戸石ダム再稼働に地域住民ら抗議集会 八代市”. 熊本日日新聞 (熊本日日新聞社). (2022年4月3日). https://kumanichi.com/articles/612377 2022年5月31日閲覧。 
  38. ^ “瀬戸石ダムの貯水開始に抗議 市民団体”. 熊本日日新聞 (熊本日日新聞社). (2022年5月7日). https://kumanichi.com/articles/648726 2022年5月31日閲覧。 
  39. ^ 瀬戸石ダム・発電所の状況について(瀬戸石発電所の運転再開)”. 電源開発 (2022年5月29日). 2022年5月31日閲覧。
  40. ^ a b 瀬戸石ダム 洪水被害の恐れ 国交省定期検査、8回連続A判定 /熊本”. 毎日新聞 (2017年11月8日). 2020年7月17日閲覧。
  41. ^ 瀬戸石ダム水利権更新許可見直しの要望”. 熊本県 (2014年9月1日). 2020年7月18日閲覧。
  42. ^ 蒲島郁夫 (2014年2月12日). “平成26年 2月12日 知事臨時記者会見”. 熊本県. 2020年7月18日閲覧。
  43. ^ a b 瀬戸石ダム通砂/排砂運用について”. 電源開発. 2020年7月18日閲覧。
  44. ^ ダムカード配布案内 瀬戸石ダム”. 電源開発. 2020年7月18日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

関連文献[編集]

  • 竹原健、高田敏夫「電源開発 瀬戸石発電所21,500kWカプラン水車および発電機」『東芝レビュー』第13巻第6号、東芝、1958年、NAID 40018137273