泣き女

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泣き女(哭き女、なきおんな)または泣女(なきめ)または泣き屋(なきや)とは、中国朝鮮半島をはじめとして世界各地で散見される[1][2]、泣くことを職業とする女性である。台湾においては、中国国民党統治を受けた時に伝わった。ヨーロッパなどにも存在した。伝統的な職業である。

主に、葬儀の時に、遺族家族親族)の代わりに、「悲しい」「辛い」「寂しい」などを表現するために大々的(大げさ)に泣きじゃくることを以って生業とする。また悪霊ばらい魂呼ばいとしての性格も併せ持つとされる。

イギリスでは、バンシーという妖精の化身という形が取られている。身分の高い人物の死になると現れると言うことで、葬儀の際に集まってもらうということはその人物の「名誉」の証ともなっていた。ロマ人の職の1つとも言われるが、古くは旧約聖書[3]にもその存在が記されており、古代エジプト時代の壁画にも描かれている。

日本においては、神話の中でも、妻のイザナミを亡くしたイザナギの涙から泣沢女神(なきさわめのかみ)という女神が化成している。水神とされているが、神名より古代から泣き女の習慣があったものと推測されている。『魏志倭人伝』には死者が出ると、肉を食べず、喪主は哭泣するが、他の人は歌舞飲酒を行った(當時不食肉、喪主哭泣、他人就歌舞飲酒)とある。やがてこの習慣は時代とともに徐々に廃れていったが、近年までは地方で行われていたとされる。地域によっては、泣き女を「ナキテ」「ナキビト」「ナキババ」「ナキバアサン」「トムライババ」などと呼んだ。また、その謝礼のの量に応じて泣き方などを変えたとされる「五泣き[2]」「○泣き[1][2]」(「一升泣き」や「二升泣き」など)といった言葉がある。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 井之口章次他 『日本大百科全書』第17巻、相賀徹夫編、小学館1987年、476頁。ISBN 978-4-09-526017-5
  2. ^ a b c 坂本要 『民間信仰辞典』 桜井徳太郎編、東京堂出版1980年、214頁。ISBN 978-4-490-10137-9
  3. ^ エレミヤ書9章16節(新共同訳聖書)。

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