概型

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

数学における概型スキームと呼ばれる)(scheme)とは、可換環に対して双対的に構成される局所環付き空間である。二十世紀半ばにアレクサンドル・グロタンディークによって導入され、以降の代数幾何学において任意標数代数多様体を包摂し、係数の拡大や図形の「連続的」な変形を統一的に取り扱えるような図形の概念として取り扱われている。さらに、今まで純代数的な対象として研究されてきた環についてもそのアフィンスキームを考えることである種の幾何的対象として、多様体との類推にもとづく研究手法を持ち込むことが可能になる。このため特に数論の分野ではスキームが強力な枠組みとして定着している。

スキームを通じて圏論的に定義される様々な概念は大きな威力を発揮するが、その一方で、古典的な代数幾何においては点とみなされなかった既約部分多様体のようなものまでがスペクトルの「点」になってしまう。このためヴェイユザリスキ流の代数幾何学(これ自体大幅な形式化によって前の世代の牧歌的なイタリア流代数幾何に引導を渡すものだったのだが)を習得して研究していた同時代の学者たちからは戸惑いのこもった反発を受けた。

定義[編集]

環のスペクトル[編集]

可換環 A に対して、 A素イデアルの全体の集合 Spec(A) は Aスペクトルとよばれる。A の部分集合 M に対し

V(M) = \{\mathfrak{p} \in \mathrm{Spec}(A)\colon M \subset \mathfrak{p}\}

とおくと、{V(M): MA } は Spec(A) 上の閉集合系の公理を満たす。これによって定まる位相はザリスキー位相とよばれる。A の元 f に対して

D(f) = \{\mathfrak{p} \in \mathrm{Spec}(A)\colon f \notin \mathfrak{p}\}

とおくと、{D(f): fA} は Spec(A) の開集合の生成基となる。fの形式的逆を付け加えて局所化した環 A[1/f] のスペクトルは D(f) と同相になる。

アフィンスキーム[編集]

AのスペクトルSpec(A) は以下のようにして局所環付き空間の構造を持ち、その構造も込めてアフィンスキームまたはアフィン概型とよばれる。Spec(A) の開集合 U に対し、

S_U = \bigcap_{\mathfrak{p} \in U}\mathfrak{p}^c

A の空でない積閉集合である。開集合 U に対してSUに関するAの局所化 SU−1A を与える対応は Spec(A) 上の局所環の層になり、OSpec A と書かれる。この構造層OSpec A は、スペクトルの開集合の生成基 D(f) (fA) に対し A[1/f] を与える層として特徴づけられる。

A の素イデアル p に対して OSpec(A)p におけるを考えることができるが、これはp における A局所化 Ap と同型である。また、A の元 f に対して、環 OSpec(A)(D(f)) は Af についての局所化 A[1/f] と同型になっている。

環の準同型f: A → Bが与えられたとき、局所環付き空間の射 Spec B → Spec A が次のようにして自然に定まる。底空間の間の連続写像は Spec B ∋ p → f-1p ∈ Spec Aによって与えられ、「構造層の間の射」 OA → f*OBSU−1A → f(SU)−1B によって与えられる。

逆に、アフィン概型間の射 g: X → Y が与えられると、環の準同型 Γ(g): Γ(OY) = OY(Y) → Γ(OX) が導かれ、この対応 A → Spec(A) と XΓ(OX) によって、環の圏と、アフィン概型の圏は圏同値となる。

スキーム[編集]

アフィンスキームの張り合わせとしてえられるような局所環付き空間は前スキームまたは概型スキーム)とよばれる。グロタンディークのEGAやマンフォードの「Red Book」など初期の文献には概型/スキームという用語で前スキームのうちで特に点の分離性を満たすものをさしているものもある。

スキームについての諸概念[編集]

スキーム間の射の中で、位相空間に対応するものとして、分離射と固有射の二つがある。スキーム間の射については、構造層や加群の層を考える必要がある。スキームの内在的な幾何については因子の概念が重要な役割を果たす。スキームから射影空間への射では、可逆層やその大域切断で特徴付けられる。

古典的な代数幾何学との対応[編集]

古典的代数幾何学における主要な研究対象であった、多項式の零点集合として定義されるような図形(アフィン多様体)は次のようにして(アフィン)スキームの文脈に再現される。 例として複素二次元空間 C2 上で定義される

f(x,y)=x^2+y^2-1

という多項式関数の零点集合 S を考える。複素係数の2変数多項式環 C[x, y] は C2 上の多項式関数の代数系を表しており、この多項式環を f(x, y) で割ってできる剰余環 A = C[x, y]/(f) の元は C2 上の関数について S 上で区別できない差を無視したものと見なすことができる。したがって、この商環は S 上の関数全体の代数系をあらわすと考えられる。

一方で A の極大イデアルは f(x, y) = 0 の点と一対一に対応している。たとえば、上で定義した A の極大イデアル m = (x − 1, y) は S 上の点 (1, 0) という点に対応している。そこで A の極大イデアルの集合を Spm A と定義すれば、これを今まで我々が考えてきた S と同一視することができる。これが、古典的な意味での点集合としての代数多様体である。

しかし、数論への応用を視野に入れた圏論的な定式化のためには、既約部分多様体をも点と見なした方が都合が良いことが知られている。つまり、任意の環の準同型 B → C に対し必ずアフィンスキームの射 Spec C → Spec B が存在する。一方、Spm C と Spm Bの間には対応が存在することを前提とはしない。このように、スキーム論では多様体上の点は部分多様体と捉え、逆に(既約)部分多様体も点のようにみなされる。

また、各点 p における構造層の茎は p の近傍でのみ定義されているような正則関数を考えることに対応している。

アフィン多様体の張り合わせで得られる射影空間などがスキームとして表現される。

歴史と動機[編集]

イタリア学派英語版(Italian school)の代数幾何学は、代数多様体についてのステートメントを証明するときにはしばしば「生成点英語版(generic point)というようないくらか曖昧が概念を使った。「生成点で正しい」意味は少数の特別の点を除き全ての点で成り立つという意味である。1920年代のエミー・ネーターは最初にこの概念を評価する方法を示唆した。多様体の座標環から始めて(多様体上に定義された全ての多項式函数の環)、座標環の極大イデアル英語版(maximal ideal)が、(適当な条件下で)多様体の点の座標に対応することとなり、非極大な素イデアルは様々な部分多様体の生成点に対応することとなることになる。従って、全ての素イデアルを取ることにより、通常の点と生成点の全体を得る。ネターはこのアプローチをこれ以上追及しなかった。

1930年代、ヴォルフガング・クルル英語版(Wolfgang Krull)は見方を変えるような根底的な考え方を提出した。任意の可換環から始め、素イデアルの集合を考え、ザリスキー位相導入することで素イデアルの集合を位相空間とし、これらの一般的な対象の代数幾何学を研究した。この一般性を持つ点が見いせないとして、クルルは研究を打ち切ってしまった。

アンドレ・ヴェイユ(André Weil)は、有限体上やそのほかの環上の代数幾何学に特に興味を持った。1940年代に彼は素イデアルによるアプローチへ戻り、基礎的な理由により彼の必要としたものは(射影空間以外の)抽象多様体であり、特にヤコビ多様体の代数的設定での存在であった。ヴェイユの主要な基本的な書籍(1946)では、生成点は普遍領域(universal domain)と呼ばれる非常に大きな代数的閉体の中に点を取ることで構成された。

1944年、オスカー・ザリスキー(Oscar Zariski)は、双有理幾何学の必要のために、抽象的ザリスキー・リーマン空間英語版(Zariski–Riemann space)を代数多様体の函数体から定義した。この定義は、(ブローアップの下での)通常の多様体の帰納極限のように、構成はロケール理論英語版(locale theory)の類似で、点としては付値環を使った。

1950年代に、ジャン=ピエール・セール(Jean-Pierre Serre)、クロード・シュヴァレー(Claude Chevalley)や永田雅宜(Masayoshi Nagata)は、数論代数幾何学に関連するヴェイユ予想に大きく動機付けられ、同じように点としての素イデアルをいうアプローチを追及した。ピエール・カルティエ(Pierre Cartier)に従うと、用語であるスキーム(scheme)は、シュヴァレーの1958年のセミナーで最初に使われ、そこでシュヴァレーはザリスキーのアイデアを追及し、アンドレ・マルチヌー英語版(André Martineau)がセールに当時の環のスペクトルへ移行しようと示唆した。

代数幾何学の対象の現代的定義[編集]

アレクサンドル・グロタンディーク(Alexander Grothendieck)は、決定的な定義を提唱し、実験的示唆と部分的な発展の出発点をもたらした。[要出典] 彼は可換環のスペクトルをザキルキー位相での素イデアルの空間として定義したが、スペクトルを環のとともに議論している。全てのザリスキー開集合へ可換環を対応させ、その集合の上に定義された「多項式函数」の環を考えた。これらの対象は「アフィンスキーム」であり、次に一般的なスキームはいくつかのアフィンスキームを互いに「はり合わせる」ことにより得られる。一般的な多様体はアフィン多様体を貼り合わせることにより得られるという事実の類似である。

スキームの概念の一般性は、最初は批判された。幾何学的な解釈を直接持たないので除かれたスキームもあり、これらがスキームの概念の把握を困難にしていた。しかしながら、任意のスキームを持つことはスキームの圏全体をより良い振る舞いをもつようになる。さらに、例えばモジュライ空間のように、自然な見方、考え方が「非古典的」なスキームへと導いていった。多様体ではないこれらスキーム(単純に多様体から構成することができないスキーム)の出現は、古典的なことばで提出可能であった問題に対しても、この問題の新しい基礎付けが緩やかに受け入れられていった。

ピエール・デリーニュ(Pierre Deligne)やデヴィッド・マンフォード(David Mumford)やミハイル・アルティン英語版(Michael Artin)による、本来はモジュライ問題英語版(moduli problem)である代数的空間英語版(algebraic space)や代数的スタック英語版(algebraic stack)でのその後の仕事により、さらに現代代数幾何学の幾何学的柔軟性を拡大していった。グロタンディークは、スキームの一般化として、環付きトポス(ringed topos)のあるタイプを提唱し、環付きトポスの次に彼が提唱した相対スキーム英語版(relative scheme)は、M.ハキム(M. Hakim)により開発された。最近の高次代数スタック英語版(higher algebraic stack)やホモトピックな導来代数幾何学英語版(derived algebraic geometry)は、さらに幾何学的直感の到達範囲を拡大する必要があり、ホモトピー理論(homotopy theory)に近い精神を代数幾何学へもたらす。

スキームのカテゴリ[編集]

局所環付き空間の射を射とすると、スキームはをなす。

スキームからアフィンスキームへの射は、次の反変な随伴ペア(adjoint pair)により、環準同型のことばで完全に理解される。全てのスキーム X と全ての可換環 A に対して、自然な同値関係

\operatorname{Hom}_{\rm Schemes}(X, \operatorname{Spec}(A)) \cong \operatorname{Hom}_{\rm CRing}(A, {\mathcal O}_X(X))

が成り立つ。

Z環の圏英語版(category of rings)の始対象英語版(initial object)であり、スキームの圏は Spec(Z) を終対象英語版(final object)として持っている。

スキームの圏は有限の英語版(products)を持っているが、注意して扱わねばならない。(X, OX) と (Y, OY) の積スキームの基礎となる位相空間は、位相空間 X と Y の英語版(product)にいつも等しいとは言えない。実際、積スキームの基礎となる位相空間は、位相空間の積よりも多くの点を持っている。例えば、K を 9つの元からなる体とすると、Spec K × Spec K ≈ Spec (K ⊗Z K) ≈ Spec (K ⊗Z/3Z K) ≈ Spec (K × K) であり、K はたった一つの要素しか持っていないが、Spec K × Spec K は 2つの要素を持っている。

スキーム S に対し、S 上のスキームの圏もファイバー積英語版(fibre product)の構造を持ち、ファイバー積は終対象 S を持つので、このことから有限な極限(limit)を持つ。

OX 加群[編集]

可換環 R を研究するとき、まさに R-加群可換代数(commutative algebra)の中心となるので、構造層 \mathcal{O}_X を持つスキーム X の研究では \mathcal{O}_X-加群が中心となる。(\mathcal{O}_X-加群の定義については局所環付き空間を参照。)\mathcal{O}_X-加群の圏は、アーベル圏である。特に重要なこととして、X のアフィン部分の上の有限生成な(通常の)加群から X 上の連接層がでてくることである。X 上の連接層の圏もまたアーベル的である。

スキーム X の構造層 \mathcal{O}_X の切断を正則函数(regular function)と呼ぶ。つまり、開集合 U 上の切断を U 上の正則函数という。乗法について可逆な正則関数の芽のなす \mathcal{O}_X の部分層を \mathcal{O}_X^* と書く。多くの場合、層 K_XX のアフィン開集合 Spec(A) 上で A全商環 Q(A) を対応させることで得られる。(しかし、定義がより込み入っている場合もある。)[1] K_X の切断を X の有理函数(rational function)と呼ぶ。その可逆な部分層を K_X^* と書く。この可逆層の同型類全体 Pic(X) は、テンソル積によりアーベル群となり、ピカール群と呼ばれ、H^1(X,\mathbb{O}_X^*) に同型である。射影スキームの場合、大域切断が定数しかないが、この場合も X を覆う各々の開集合上の断面を正則函数と言う。

一般化[編集]

共通に使われているスキームの一般化は、代数的スタック英語版(algebraic stack)である。全てのスキームは代数的スタックであるが、代数的スタックの圏は、スキームとして構成することのできない多くの商対象やモジュライ空間を含んでいるので、より豊富である。スタックは、負の次元を持つことができる。エタール・コホモロジーのようなスキーム理論の標準的構成は、代数的スタックへ拡張することができる。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ Kleiman, Misconceptions about KX, L'Enseignement Mathematique.