アーベル圏

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アーベル圏(アーベルけん、英語: Abelian category)とは、ホモロジー代数を展開することができる圏である。具体的には、有限積をもつ正合(exact)かつ加法的(additive)なのことである[1]ソーンダース・マックレーンにより考案され[2]、Buchsbaum及びアレクサンドル・グロタンディークによってカルタン、アイレンバーグのホモロジー代数が展開可能な形に理論付けられた。

概要[編集]

アーベル圏(abelian category)はソーンダース・マックレーンDuality for groups[3]に始まる。

定義[編集]

C加法的(additive)かつ正合(exact)であるとき Cアーベル的(abelian)またはアーベル圏(abelian category)と呼ぶ。

なお、付加的に

  • 任意の単射 u: AB はある射 s: BC の ker u となる。

などの公理を追加することもある。

加法的(additive)
正合(exact)

共通定義
ゼロ対象(zero objects)
始対象かつ終対象である圏の対象をゼロ対象(zero objects)と呼ぶ。今後ゼロ対象をZで表すこととする。
ゼロ射(zero morphism)
圏の任意の対象 A から B への射でゼロ対象 Z を経由する射(同値であるが、左ゼロ射[4]かつ右ゼロ射[5]である射)をゼロ射(zero morphism)と呼ぶ[6]
ゼロ系列(zero sequence)
合成可能な射列 f : A → B 、g : B → C がゼロ系列(zero sequence)であるとは g・f = 0AC である射列を言う。

正合圏のエピ-モニック分解(epi-monic factorization in exact category)[編集]

圏がゼロ対象を持ち

グロタンディークのアーベル圏第一公理

圏の任意の射について核、余核が存在する

を満たすとする。

定義:核、余核、像、余像[編集]

核(kernel)
射 f : A → B の核(kernel)とは核対象 Ker(f) と核射 ker(f) : Ker(f) → A の組 <Ker(f) ; ker(f)> のことであり、以下の条件を満たすものである。
f・ker(f) = 0
f・u = 0 ならば、u = ker(f)・β を満たす射 β が唯一つ存在する
余核(cokernel)
射 f : A → B の余核(cokernel)とは余核対象 Coker(f) と余核射 coker(f) : B → Coker(f) の組 <coker(f) | Coker(f)> のことであり、以下の条件を満たすものである。
coker(f)・f = 0
v・f = 0 ならば、v = α・coker(f) を満たす射 α が唯一つ存在する

任意の射について核と余核が存在する場合、核と余核から像と余像を定義することができる。

像(image)
射 f : A → B の像(image)とは、f の余核射 coker(f) の核のことである。像は組 <Im(f) ; im(f)> と表記し、像対象 Im(f) 、像射 im(f) : Im(f) → B は以下を満たす
Im(f) = Ker(coker(f))
im(f) = ker(coker(f)) : Im(f) → B
余像(coimage)
射 f : A → B の余像(coimage)とは、f の核射 ker(f) の余核のことである。余像は組 <coim(f) | Coim(f)> と表記し、余像対象 Coim(f) 、余像射 coim(f) : A → Coim(f) は以下を満たす
Coim(f) = Coker(ker(f))
coim(f) = coker(ker(f)) : A → Coim(f)

射の像経由分解[編集]

核、余核、像、余像の定義から、

coker(f)・im(f) = coker(f)・ker(coker(f)) = 0
coker(f)・f = 0

であり、ker 射の定義から

f = ker(coker(f))・γ = im(f)・γ を満たす射 γ が唯一つ存在する

このような、像を経由する射の一意的分解

f = im(f)・γ

を射 f の像経由分解(factors through the image of f)と呼ぶ。

射の余像経由分解[編集]

像経由分解同様に、核、余核、像、余像の定義から、

coim(f)・ker(f) = coker(ker(f))・ker(f) = 0
f・ker(f) = 0

であり、coker 射の定義から

f = δ・coker(ker(f)) = δ・coim(f) を満たす射 δ が唯一つ存在する

このような、余像を経由する射の一意的分解

f = δ・coim(f)

を射 f の余像経由分解(factors through the coimage of f)と呼ぶ。

像経由分解と余像経由分解の同一視:エピ-モニック分解[編集]

ここで、

グロタンディークのアーベル圏第二公理

余像対象 Coim(f) から像対象 Im(f) への同型射 cif : Coim(f) → Im(f) がカノニカルに定まる[7]

を仮定した場合、像経由分解と余像経由分解は同一視される[8]

エピ-モニック分解(epi-monic factorization)

射 f : A → B に対して
f = im(f)・cif・coim(f)[9]
というエピ射 coim(f) とモニック射 im(f)[10] への一意的分解[11]が常に可能である。
なお、エピ射 e : A → X とモニック射 m : X → B について同様に f = m・e と分解可能であれば、X \cong Coim(f) \cong Im(f) と射の経由分解の経由対象はすべて同型となる。この任意の射のエピ射とモニック射による一意的分解をエピ-モニック分解(epi-monic factorization)と呼ぶ[12]

射に対して一意的なエピ-モニック分解が可能であることから、射の列 f, g が正合(exact)であればそれは一意的であることが保証される。


脚注[編集]

  1. ^ Mitchell(1965) p.33
  2. ^ MacLane(1950)
  3. ^ MacLane(1950)
  4. ^ A から Z への射を 0A : A → Z とする。このとき、A への任意の射 f , g : X → A について
    0A・f = 0A・g
    が成り立つとき射 0A を左ゼロ射(left zero morphism)と呼ぶ。Pareigis(1970) p.22 定義より終対象への射は左ゼロ射である。
  5. ^ Z から B への射を 0B : Z → B とする。このとき、B からの任意の射 h , k : B → Y について
    h・0B = k・0B
    が成り立つとき射 0B を右ゼロ射(right zero morphism)と呼ぶ。Pareigis(1970) p.22 定義より始対象からの射は右ゼロ射である。
  6. ^ ゼロ射は加法圏において以下に示す性質を持つ
    (加法圏における特徴)
    加法圏においては射の合成演算 + が定義されるが、ゼロ射はこの + 演算について単位元の役割を果たす。すなわち、任意の f ∈ hom(A,B) について
    f + 0BA = f
    が成り立つ。
  7. ^ 体 F を係数とする線型代数の圏 VectF においては、cif は体 F の元の係数を掛け合わせる操作(係数倍の操作)に当たる。
  8. ^ この第二公理がなければ同一視はできない。なぜならば、f の分解として
    f = m1・e1 = m2・e2
    であり、m1 ≠ m2 であるモニック射、e1 ≠ e2 であるエピ射であるとする。このとき明らかに像経由分解と余像経由分解は同一視できない。すなわち、e1 が coim(f) であるかどうかなどが一意的に定まらない。
  9. ^ 以降、簡単のため同型射 cif を省略して f = im(f)・coim(f) と表すこととする。
  10. ^ 一般に核射はモニック射、余核射はエピ射となるため。
  11. ^ ただし、経由する対象は同型を除いて一意的にしか定まらない。
  12. ^ なお、アーベル圏第二公理によるエピーモニック分解が可能であれば、圏は均整(balanced)となる。なぜならば、圏の射 f : A → B が全単射(bijection、双射)であるとき、Ker(f) と Coker(f) はゼロ対象と同型となることから coim(f) = 1A、im(f) = 1B となり、
    f = im(f)・cif・coim(f) = 1B・cif・1A = cif
    すなわち f は同型射となる。

関連項目[編集]

参考文献[編集]