柳田将利
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| 基本情報 | |
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| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府藤井寺市 |
| 生年月日 | 1987年9月2日(21歳) |
| 身長 体重 |
176cm 93kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| 守備位置 | 投手、一塁手 |
| プロ入り | 2005年 高校生ドラフト1巡目 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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柳田 将利(やなぎだ まさとし、1987年9月2日 - )は、大阪府出身の元プロ野球選手(投手、内野手)。
目次 |
[編集] 経歴
2003年、藤井寺市立道明寺中学校卒業後に青森山田高等学校に入学。高校野球甲子園大会には、2004年の夏と、2005年の春と夏に、合計3回ともエースナンバーで出場を果たした。又、柳田が打席に立つ時には、応援側から清原和博のテーマ音楽が流れた事でも知られる(清原と同じ大阪府出身)。
高校通算本塁打は36本、ストレートのMAXは149キロ。重度の花粉症を患っており、高校時代は甲子園で花粉症が原因で滅多打ちにあったことがある。
2005年の高校生ドラフト1巡目指名で、千葉ロッテマリーンズに入団。投手としてだけでなく、打撃も優秀なため、二刀流も期待されていた。
2008年は4月4日のヤクルトとの二軍戦が初出場となったが、投手としての出場ではなく代打での起用だった。前述のように高校通算36本塁打を放ち、打撃にも自信があったため、9月4日に野手(一塁手)への転向が球団から発表され、9月16日には野手転向後初出場(代打)で二塁打を放つ。
しかし右膝を3度手術するなどケガの影響などで、野手としての出場はこの1試合にとどまり、同年10月1日に戦力外通告を受けた。
2008年12月4日、格闘技・K-1へ転身すると報道された[1]が、柳田本人はこれを否定し、今後は投手一本で球界復帰を目指すと語った。今後は2009年秋の12球団合同トライアウトを受験する予定[2]。
[編集] 人物
ぽっちゃりとした、いわゆる「あんこ体型」が特徴。そのため、園川一美コーチより「どすこい」とあだ名をつけられる。その体に見合わずバック転も出来る(体型に似合わない身のこなしの軽さは中村剛也にも通じるものがある)。
しかしコーチ陣の薦めでダイエットを行い、10kg以上の減量に成功。2006年のファン感謝デーでは、アゴのラインもシャープな激ヤセした姿を見せた。
[編集] 高校時代の戦績・記録
- 2004年夏(2年生) - 全国高等学校野球選手権大会
- 1回戦(開幕試合)対天理高戦、3対4で敗退(延長12回)。
- 2005年春(3年生) - 選抜高等学校野球選手権大会
- 1回戦対沖縄尚学高戦、3対16で敗退。
- 2005年夏(3年生) - 全国高等学校野球選手権大会
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
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