古谷拓哉

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古谷 拓哉
千葉ロッテマリーンズ #27
2011marines furuya.jpg
2011年
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道北見市
生年月日 1981年7月14日(31歳)
身長
体重
180 cm
74 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 大学生・社会人ドラフト5巡目
初出場 2006年8月30日
年俸 1,400万円(2013年)
経歴(括弧内は在籍年)

古谷 拓哉(ふるや たくや、1981年7月14日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手投手)。

目次

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

北海道北見市出身。駒澤大学附属岩見沢高校時代、1998年第80回全国高等学校野球選手権大会と翌年春の第81回選抜高等学校野球大会にエースとして出場。駒澤大学進学後は軟式に転じたが、3年の時硬式に復帰。東都大学1部リーグ通算20試合登板し1勝7敗。

卒業後日本通運を経て、2005年オフの大学・社会人ドラフト5巡目で千葉ロッテマリーンズに入団。

プロ入り後[編集]

2006年は入団当初から即戦力左腕として大きく期待され、8月30日ソフトバンク戦で初先発初登板を果たしたが、2回3失点で結果は敗戦投手。一軍での登板はその1試合のみだった。しかし二軍では防御率2.51、10勝5敗の好成績で、ルーキーながらイースタン・リーグ最多勝・最優秀防御率・最多奪三振の三冠を獲得した。

2007年は二軍で防御率5点台、3勝6敗と不調で、一軍登板なし。2008年も、2年連続で一軍登板なしに終わった。

2009年は、2年振りの一軍登板を果たしたが、防御率11.81に終わった。

古谷の投球フォーム

2010年も2軍スタートとなるが、4月後半に1軍に昇格、5月3日日本ハム戦に2番手として登板し初勝利を挙げるなど、58試合に登板し3勝0敗、防御率2.91の好成績でレギュラーシーズンを終えた。日本シリーズにも4試合に登板し、1ホールドをマークした。

2011年は開幕一軍入りするものの、序盤は不調に苦しみ5月に二軍落ち。だが、9月下旬に一軍に復帰すると、一時は10点台にまで低迷していた防御率も5点台にまで持ち直した。

2013年5月30日のイースタン・リーグの対横浜DeNAベイスターズ戦(平塚球場)でノーヒットノーランを達成[1]

プレースタイル[編集]

MAX145km/hのストレートスライダーを武器に、コーナーを巧みに突くピッチングが持ち味。頻度は少ないが、チェンジアップシュートも投げる。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2006 ロッテ 1 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 13 2.0 6 1 1 0 0 1 0 0 3 3 13.50 3.50
2009 4 0 0 0 0 0 0 0 0 --- 29 5.1 8 0 4 1 2 3 1 0 7 7 11.81 2.25
2010 58 0 0 0 0 3 0 0 11 1.000 245 55.2 48 4 30 0 2 52 3 0 19 18 2.91 1.40
2011 21 0 0 0 0 1 0 0 3 1.000 91 19.0 25 0 9 0 1 14 1 0 16 12 5.68 1.79
2012 10 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 48 9.1 15 2 6 0 0 2 0 0 6 6 5.79 2.31
通算:5年 94 1 0 0 0 4 1 0 14 .800 426 91.1 102 7 50 1 5 72 5 0 51 46 4.54 1.67
  • 2012年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 27 (2006年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “ロッテの古谷 2軍のDeNA戦でノーヒットノーラン!”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年5月30日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/05/30/kiji/K20130530005911610.html 2013年5月30日閲覧。 

関連項目[編集]