山本益博
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やまもと ますひろ
山本 益博 |
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| 生誕 | 1948年4月11日(63歳) |
| 出身校 | 早稲田大学 |
| 職業 | 料理評論家 |
山本 益博(やまもと ますひろ、1948年〈昭和23年〉4月11日 - )は、日本の落語評論家、料理評論家である。株式会社マスヒロジャパン代表取締役社長。
目次 |
[編集] 人物
東京都出身。東京都立紅葉川高等学校、北海道札幌東高等学校を経て、早稲田大学第二文学部演劇学科卒。
[編集] 生い立ち
東京・浅草に育つが、高校時代に北海道に転居、大学進学のため1968年(昭和43年)3月に再び東京に戻った。
東京に戻った山本は、たまたま国立劇場小劇場の第五次落語研究会第一回[1]に入場し、そこで初めて桂文楽 (8代目)(黒門町)の落語を体験した。感動に打ち震えた山本は、黒門町の追っかけにかけることとなった。
[編集] 落語研究
山本は大学の卒業論文のテーマも黒門町としたが、その論文はあまりの出来の良さから、そのまま『桂文楽の世界』として商業出版されることになった。この論文は、現在でも桂文楽研究の最高峰である[要出典]。
大学卒業後は、落語界に知己の多い小沢昭一が主宰し、芸能研究雑誌の季刊『藝能東西』を刊行していた「新しい芸能研究室」に入社し、主に落語の評論を行った。朝日新聞夕刊と週刊朝日の演芸評を担当。
黒門町死後に、『さよなら名人芸』(1974年)と、『笑いのアンコール 落語評論家宣言』(1980年)を出版、自身を落語評論家だと宣言した。KTVの演芸番組「花王名人劇場」ではプロデューサーを務めていた。テレビ朝日「ザ・テレビ演芸」の「飛び出せ!笑いのニュースター」コーナーでは審査員としてダウンタウン(当時・ライト兄弟)らを審査。
[編集] 料理研究
山本には料理評論の著書もあり、関連して多くのメディアにも出演している。1980年代にはグルメブームの先駆け的存在として知られた。料理人の料理への技巧を『仕事』と表現した先駆者でもある。フランス政府より農事功労勲章シュヴァリエを授与された。
[編集] TV出演
[編集] 主な著書
- 桂文楽の世界
- さよなら名人芸
- 笑いのアンコール 落語評論家宣言
- ガストン
- ダイブル
- 東京1000円味のグランプリ
- エル・ブリ 想像もつかない味
- マスヒロの365日食べ歩き手帳
- 至福のすし─すきやばし次郎の職人芸術
- 東京1000円味のグランプリ おかわり!
[編集] 脚注
- ^ 昭和43年3月14日