人質対応部隊

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人質対応部隊(Hostage Rescue Team)
FBI SWAT anti-hijacking response.jpg
対ハイジャック訓練を行うFBI SWAT隊員
創設 1982年
所属政体 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
所属組織 連邦捜査局
兵種/任務/特性 特殊部隊
人員 不明
編成地 バージニア州クワンティコ
愛称 FBI-HRT
標語 Servare Vitas (To Save Lives)
主な戦歴 アラバマ州タラデガ連邦刑務所暴動事件(1991年)
ブランチ・ダビディアン事件(1993年)
ボストンマラソン爆弾テロ事件(2013年)
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人質対応部隊または人質救出部隊: Hostage Rescue Team 通称:HRT,FBI-HRT )とはアメリカの連邦捜査局に所属する特殊部隊である。以下、通称のHRTと呼称する。

設立の経緯[編集]

当時、FBIの長官だったウィリアム・H.ウェブスターが、アメリカ陸軍デルタフォースのデモンストレーションを見物していた際、装備品に手錠がないことに気がつき、その理由を聞いて、「死人に手錠はいらない(犯人は即時射殺する)」と返答されたことが設立のきっかけとされる。

1980年代初頭には、既に全米の多くの自治体警察でSWATが創設されていた。しかし、1984年にロサンゼルスオリンピックを控え、アメリカ国内で大規模な人質事件やテロが発生した際、自治体警察のSWATだけでは対処しきれないと危惧されたことから、FBI捜査官のダニー・クールソン(元指揮官、現在は危機管理専門家)によって1982年にHRTが創設された。

HRTの本部はFBIアカデミーが所在するバージニア州クワンティコである。

概要[編集]

先述の通り、主な任務はカウンターテロリズム、つまりアメリカ国内でのテロリズム警戒や制圧などを任務とし、FBI長官が直に指揮を取り、アメリカ各警察のSWATでは対処できない危険な状況の場合に投入される。そのほかにも、ヘリコプターの運行や、犯人の追跡、FBI捜査官の護衛なども含まれる。体制としては、56のFBI出張所に駐在するSWATチーム、またはより高度に訓練された14のチームが存在し、作戦時には3つのチームが招集される。このHRTはヘリコプターからのラペリング降下(ヘリボーン)にも特化しており、一部のチームはダイビングや船舶急襲能力を持つ点で一般のSWATと大きく異なる。研修に際して、デルタフォースDEVGRUSASGSG-9とも交流を行っている。

創設初期の1991年8月27日にアラバマ州タラデガ連邦刑務所で囚人による暴動が発生した。刑務官5人が人質となったため、事件発生から10日後、HRTは指揮官ディック・ロジャースの命令により突入、囚人を制圧し人質を救出した。なお、囚人制圧の際に銃の発砲は行われず、負傷者も発生しなかった[1]

1993年テキサス州ウェイコでブランチ・ダビディアンによる篭城事件が発生し、事件の捜査をATFから引き継ぐ形でFBIが担当した。HRTは、事件発生から51日目にブランチ・ダビディアンの本部に対して催涙弾を撃ち込み、信者達を建物から追い出す作戦を決行したが、作戦中に本部建物が発火し、この火災が主な原因となって81名が死亡した。事件後、FBI長官のウィリアム・セッションズは、適正手続きという点で事件の対処に問題があったとの批判を受け、辞任した。 またFBIはこの事件で他機関との調整が難航した事を教訓として、1994年にHRTや出張所SWATの統括と支援を担当する組織Critical Incident Response Group通称CIRGを創設した。

2014年現在、FBI-HRTはCIRGの下にある戦術作戦課(Tactical Operations Section)に所属する3つの特殊部隊の内の1つである[2]

装備[編集]

銃器[編集]

運用機器(銃器以外)[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ディスカバリーチャンネルで放送された再現番組「衝撃事件 アラバマ州刑務所暴動」に事件関係者のインタビューを含めた詳細が解説されている
  2. ^ FBI公式サイトTactical Operations 戦術作戦課の紹介コーナー

関連項目[編集]