中村直志
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| 中村 直志 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | ナオシ | |
| カタカナ | ナカムラ ナオシ | |
| ラテン文字 | NAKAMURA Naoshi | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1979年1月27日(30歳) | |
| 出身地 | 千葉県 | |
| 身長 | 176cm | |
| 体重 | 72kg | |
| 血液型 | A型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | 名古屋グランパス | |
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 7 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2001-現 在 | 名古屋グランパス | 215 (15) |
| 代表歴2 | ||
| 2006 | 1 (0) | |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月31日現在。 2. 2008年12月31日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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中村 直志(なかむら なおし、1979年1月27日 - )は、名古屋グランパスエイト所属のサッカー選手。ポジションはMF。船橋市立船橋高等学校、日本大学卒業。
目次 |
[編集] 来歴
小学校3年生のとき、地元船橋市立芝山東小学校のサッカー部に入部する[1]。5年生から船橋市の選抜チーム(船橋FC)に選ばれ、6年生で全国少年サッカー大会に出場した[1]。中学校進学にあたり、ジェフユナイテッド市原ジュニアユースのセレクションに合格[1]。1つ下の世代に酒井友之や村井慎二らがいた[1]。
中学卒業間近にコーチからユース昇格は厳しいと宣告され一時はサッカー自体を諦めかけたが、船橋FC時代の恩師の計らいにより船橋市立船橋高等学校へ進学、サッカー部へ入部した[1]。高校3年時には高校選手権で優勝。決勝戦の相手は中村俊輔率いる桐光学園であった[2]。なお、この試合で対戦した両校イレブンからは中村直志と中村俊輔を含め、中村直志の同級生であった北嶋秀朗・吉川京輔・佐藤陽彦など多数の選手がプロ入りしている[1]。
セレクションで合格した日本大学へ進学したが、当初は環境の酷さに戸惑ったという[1]。関東選抜や大学選抜に選ばれ、大学選抜の日韓戦を見た当時グランパスでコーチを務めていた三浦哲郎から練習参加の誘いを受ける[1]。同時に地元の柏レイソルからも誘いを受けていたが、設備や雰囲気、ストイコビッチが在籍していたこと[3]などから名古屋グランパスへの入団を決める[1]。
- 2001年シーズン
- 入団間もなくサイドハーフとして起用され、鋭いドリブルやミドルシュートを見せた[2]。そのプレーにより「ピクシーの後継者」の1人として名前が挙げられていた[4]。
- 初出場は1stステージ第2節ジェフユナイテッド市原戦[5]、初得点は同2ndステージ第1節ガンバ大阪戦[5]。
- 2002年シーズン
- 攻撃的MFで起用される[2]。
- 2003年シーズン
- 守備の強化のために、守備的MFにコンバートされる[2]。
- 2004年シーズン
- 攻撃的MFに戻される[2]。
- 2005年シーズン
- チームの基本システムが4-4-2に切り替えられたことにより、右サイドハーフとしての出場が増える[6]。その後、シーズン中の入退団も多かった事情からフォワードを務める試合もあった。
- 2006年シーズン
- 日本代表候補に選出され、4月21日から23日の強化合宿に参加[7]。8月9日のキリンチャレンジカップのトリニダード・トバゴ戦に向け、追加メンバーとして日本代表に初招集される[8]。続いてのアジア杯イエメン戦でも代表入りを果たす。
- 2007年シーズン
- 右ウィングバックなど守備的なポジションでの起用が多く[4]、プロ7年目で初めての無得点のシーズンであった[9]。
- 2008年シーズン
- 就任したストイコビッチ監督にボランチの適正を見出され、コンバートされる[10]。
- 2009年シーズン
[編集] プレースタイル
豊富な運動量と献身的なプレーにより[11]、攻守の要として必要不可欠な存在[5]。本職は攻撃的なMF[10]だがフォワードやサイドハーフや守備的なポジションでも能力を発揮できるユーティリティー性を持ち[2]、ストイコビッチ監督が就任した2008年以降はボランチでレギュラーを獲得している[4]。
入団直後からドリブルやミドルシュートは評価が高かった[2]。攻撃的MFとしてはゲームメイクだけではなく、シャドーストライカーとしての相手ディフェンスライン裏への飛び出しも得意である[2]。近年では高いパス成功率(2008年5月実績で80%台[10])を誇り、長短のパスで中盤の底からグランパスの攻撃を支えている。守備面でも献身的な動きで貢献し、カウンターのキーマンとなっている[10]。
早くから名古屋のサポーターの間では「代表に直志を」の声が上がっていたが[要出典]、当時の代表クラスの中盤選手は中田英寿や小野伸二をはじめとしてタレント揃いであったため、ジーコジャパンでは代表に呼ばれることはなかった。ジーコ曰く「名古屋の7番がいい選手であるのは知っている。しかし代表の中盤には外せない選手が揃っている」[要出典]。
[編集] エピソード
- 好きな言葉は「謙虚」。
- 元チームメイトのマルケスを尊敬していると、様々なインタビュー等で公言している。
[編集] 所属クラブ
- ユース経歴
- ジェフユナイテッド市原ジュニアユース
- 船橋市立船橋高等学校
- 日本大学
- プロ経歴
- 2001年 - 現 在 : 名古屋グランパスエイト
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2001 | 名古屋 | 25 | J1 | 11 | 1 | 4 | 2 | 0 | 0 | 15 | 3 |
| 2002 | 名古屋 | 14 | J1 | 29 | 4 | 5 | 0 | 0 | 0 | 34 | 4 |
| 2003 | 名古屋 | 7 | J1 | 22 | 3 | 5 | 0 | 2 | 0 | 29 | 3 |
| 2004 | 名古屋 | 7 | J1 | 29 | 5 | 8 | 1 | 2 | 1 | 39 | 7 |
| 2005 | 名古屋 | 7 | J1 | 34 | 7 | 6 | 0 | 2 | 1 | 42 | 8 |
| 2006 | 名古屋 | 7 | J1 | 33 | 5 | 4 | 0 | 2 | 0 | 39 | 5 |
| 2007 | 名古屋 | 7 | J1 | 26 | 0 | 4 | 0 | 2 | 0 | 32 | 0 |
| 2008 | 名古屋 | 7 | J1 | 31 | 0 | 6 | 0 | 3 | 0 | 40 | 0 |
| 通算 | 日本 | J1 | 215 | 25 | 42 | 3 | 13 | 2 | 270 | 30 | |
| 総通算 | 215 | 25 | 42 | 3 | 13 | 2 | 270 | 30 | |||
[編集] 代表歴
[編集] 試合数
- 国際Aマッチ 1試合 0得点(2006)
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2006 | 1 | 0 |
| 通算 | 1 | 0 |
[編集] 脚注
- ^ a b c d e f g h i JPFA. "PLAYER'S HISTORY FILE035 名古屋グランパスエイト 中村直志". 2009年7月2日 閲覧。
- ^ a b c d e f g h @ぴあ. "21世紀の骨のあるヤツ 第223回 中村直志". 2009年7月2日 閲覧。
- ^ J's GOAL (2005年9月14日). "【スペシャルインタビュー Vol.16】名古屋グランパスエイト:中村直志選手「憧れていたピクシーと一緒にプレーできたのは良かった」". 2009年7月2日 閲覧。
- ^ a b c 中日スポーツ (2009年6月3日). "<2年目のPIXY>7 MF中村直志、戻りつつある攻撃力". 2009年7月2日 閲覧。
- ^ a b c 名古屋グランパス. "選手データ 中村直志". 2009年7月2日 閲覧。
- ^ J's GOAL (2005年2月27日). "「赤鯱魂」のスローガンの下、よりアグレッシブなサッカーでリーグ上位を目指す". 2009年7月2日 閲覧。
- ^ 日刊スポーツ (2008年4月18日). "名古屋MF中村ら3人が日本代表候補選出". 2009年7月2日 閲覧。
- ^ Yahoo!スポーツ (2006年8月6日). "オシム日本 ドタバタ5人追加招集". 2009年7月2日 閲覧。
- ^ 中日スポーツ (2007年12月18日). "中村、納得の初ダウン ピクシー新体制で「一から出直し」". 2009年7月2日 閲覧。
- ^ a b c d J's GOAL (2008年6月12日). "J1 5月度 J'sGOAL月間MIP". 2009年7月2日 閲覧。
- ^ 日刊スポーツ (2008年4月18日). "名古屋MF中村ら3人が日本代表候補選出". 2009年7月2日 閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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