ルバシカ

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ルバシカ、またはルバーシカルパシカ (Rubashka、露:Рубашка) は、ロシアの民族衣装。日本では「ルパシカ」と呼ばれる事が多い。

概要[編集]

ルパシカを着用したトルストイ(1908年)。トルストイは晩年、農民の衣装であるルパシカを愛用した。

ブラウスないしスモック風のプルオーバータイプのシャツ上着で、もとはウクライナの農民の衣装でルバーハ(Rubakha)と呼ばれた。19世紀末から20世紀初頭にかけて、襟部や袖口にカラーカフスがつくようになった。名称もルバーハが愛称、通称化してルバシカに変化した。

ルバシカは男女両用であり、身頃がゆったりとしていて、詰襟、前開きは左脇または右脇寄りになっている。前開きは、途中までボタンで留る。襟や袖口などにロシア風の刺繍が施してある。着用時には裾はズボンの外に出してベルトを締める。

晩年のレフ・トルストイがルバシカを着用していたため、インテリゲンツィアを中心にロシア社会に広まった。日本でも戦前、戦後を通じ、トルストイ主義者を中心に着用する者が見られた。

現在でも、民芸品として日本でも入手可能である。

ロシア語のРубашкаはシャツ全般を指し、民族衣装のルバシカに限らない。

軍服[編集]

ルバシカは民族衣装としてでなく、近代帝政ロシア時代から軍服としても使われていた。

ロシア革命下のロシア内戦時、労農赤軍側は旧体制である白衛軍(帝政ロシア)を打破するという名目から、軍服は帝政時代のルバシカを捨て一新されており、革命以降のソビエト連邦時代には、ルバシカ時代に使われていた階級章肩章は階級表示方法も一切異なる襟章に変わり、襟の形状も折襟に変更された。しかし、第二次世界大戦下の1943年には再び帝政時代と代わり映えしないルバシカが肩章とともに事実上復古する様になり、ソビエト連邦軍となった戦後しばらくまで採用され続けた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]