モルグ街の殺人

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モルグ街の殺人
The Murders in the Rue Morgue
A・ビアズリーによる挿絵、1895年
A・ビアズリーによる挿絵、1895年
著者 エドガー・アラン・ポー
ジャンル 推理小説短編小説
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
次作 マリー・ロジェの謎
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モルグ街の殺人」(モルグがいのさつじん、The Murders in the Rue Morgue)は、1841年に発表されたエドガー・アラン・ポーの短編推理小説。ポー自身が編集主筆を務めていた『グレアムズ・マガジン』4月号に掲載された。史上初の推理小説とされており[1]、天才的な探偵と平凡な語り手、結末近くでの推理の披露、意外な犯人像など、以後連綿と続く推理小説のジャンルにおける原型を作り出した[2][3]。また密室殺人を扱った最初の推理小説とも言われている[4]

ある日、パリの架空の土地モルグ街で猟奇殺人事件が起きる。犠牲者の母娘は著しくむごたらしい殺され方をされており、しかも事件現場となった部屋は密室になっていた。建物から漏れ聞こえていた犯人とおぼしき人物の声を複数の者が聞いていたが、証言者はこぞって自分の母国語以外の言語を喋っていたと話す。これらの謎を素人探偵C・オーギュスト・デュパンが解明する。

デュパンが登場する続編としては「マリー・ロジェの謎」(1842年-1843年)、「盗まれた手紙」(1845年)がある。

あらすじ[編集]

パリに長期滞在している、名前が登場しない語り手は、ある日モンマルトルの図書館でC・オーギュスト・デュパンという人物と知り合う。デュパンは没落した名家の出であり、唯一書物だけを贅沢品として愛好する生活を送り、莫大な読書量とともに卓抜な想像力を持っていた。彼にほれ込んだ語り手はすぐに交友を求め、やがてサン・ジェルマンの一角に建つデュパンの屋敷に滞在することになる。デュパンはまた抜群の観察力と分析力を併せ持っており、ある晩二人で街路を散策しているときには、15分ほどの間に起こった出来事や語り手の視線の動きなどを元にして、語り手がそのとき考えていたことをずばり当ててしまった。

それから間もなく、ある猟奇殺人についての新聞記事が二人の目に止まった。それは「モルグ街」の一角にある屋敷の4階で起こった事件であり、そこで二人暮らしをしていた母娘が惨殺されていたのだった。娘は首を絞められ、人間業とは思えないような仕方で暖炉の煙突に逆立ちの状態で詰め込まれていた。母親は裏庭で見つかり、首を完全にかき切られて胴から頭が取れかかっていた。部屋の中はひどく荒らされていたが、金品には(4000フランもの大金の入ったバッグや金貨が放り出されていたにも拘らず)手は付けられていないようだった。そして奇妙なことに、部屋の出入り口には鍵がかかっており、また窓には釘が打ち付けられたままで、犯行現場は完全な密室となっていた。

さらに新聞は事件当時の様々な証言を集めていた。多数の証言者は事件のあった時刻に犯人と思しき二人の人物の声を聞いており、一方のしわがれ声のほうはフランス語であったという点は概ね一致していたが、もう一方の甲高いほうの声が何語でしゃべっていたかは証言者によってばらばらであり、ある者はスペイン語だったと言い、ある者はイタリア語だったと言い、ある者はフランス語だったと証言していた。そして警察はすでにアドルフ・ル・ボンという人物を容疑者として逮捕しているが、決定的な証拠は見つかっていないという。

船乗りに殺害者のことについて聞きただすデュパン。バイアム・ショウによる挿絵、1909年

この事件に興味を抱いたデュパンは、警視総監のG...の伝手で自分と語り手を犯行現場に入れてもらい、独自に調査を行なった。語り手はこの調査で何も変わったところを見つけられないが、デュパンはすでに真相を見抜き、解決のための手はずを整えていた。まず、密室と見えた犯行現場は、実は窓の一つの釘が中で折れており、力を込めれば空けることができる上、ばね仕掛けで元に戻るようになっていた。警察はばね仕掛けの力を釘で打ち付けられているせいと誤認したのである。犯人は上階の避雷針に掴まって壁を伝い、この窓から侵入、逃走の際も同じ経路を使ったのだった。そして互いに食い違っている犯人の声の証言について、デュパンはそれがいずれも証言者たちの母国語以外の言語であったことを指摘する。続いてデュパンは現場に落ちていた毛の房、絞殺死体に残った手の跡を示し、それが明らかに人間のものではないことを示す。犯人はとある船乗りがボルネオで捕獲し、うっかり逃してしまったオランウータンであった。

文学史上の功績[編集]

分析推理を主題とした小説はポー以前にも存在し、例えばE.T.A.ホフマンの『スキュデリ嬢』(1819年)はときにポー以前の推理小説と言われることがあるが[5]、ジャンルとしての推理小説・探偵小説(ポー自身は「推理物語(The tales of ratiocination)」と呼んでいた)の原型を創造し、現代までに至るこのジャンルの基礎を築きあげたのは「モルグ街の殺人」に続くポーの探偵作品の功績である。その筆名をポーから借りている江戸川乱歩は、もしポーが探偵小説を発明していなければ「恐らくドイルは生まれなかったであろう。随ってチェスタトンもなく、その後の優れた作家たちも探偵小説を書かなかったか、あるいは書いたとしても、例えばディケンズなどの系統のまったく形の違ったものになっていたであろう」と述べている[6]

「モルグ街の殺人」は、名探偵の人物像を初めとして推理小説における様々な約束事を作り出した。まずポーの創造した「天才的な探偵」という役柄は、以後の推理小説で必ずと言っていいほど用いられており、クロフツが「平凡探偵」を打ち出して例外を作るまでに80年の時を要した[7]。また名探偵とその活躍を語る平凡な人物という組み合わせは、コナン・ドイルシャーロック・ホームズワトソンの形で踏襲したのをはじめ、天才的な探偵が登場する作品には欠かせないものとなった[7]。名探偵の引き立て役として警察が愚鈍なものとして描かれる、という約束事もこの作品にすでに現れている[8]。そして「出発点の怪奇性」と「結末の意外性」という法則や、謎の解決のためのデータを真相までの間に読者に提示しておく「挑戦」の原則、密室を初めとする不可能犯罪とそれを可能とする「トリック」、推理を最終場面で一括して披露する形式、また作品全体に通呈する衒学趣味など、いずれも「モルグ街の殺人」で確立され、現代に至るまで推理小説というジャンルにおいて連綿と繰り替えされ受け継がれている手法である[9]。読者が合理的に「真犯人」を容疑者のリストに入れることができるようになっていないことや、「密室」の状況確認の不十分さなどが、現代の推理小説の読者からはアンフェアなものと映るという評もあるが[10][11]、これはポーが現代の推理小説のルールを意識してなかった以上、本末転倒の理解というものであろう。

「モルグ街の殺人」は発表当時、その新奇性から多くの賞賛を受けた[12]ペンシルベニアの『インクワイア』誌は当時「この作品はポー氏の才能を証し立てるものだ...その独創的な筆力と技術には並ぶところがない」と記している[4]。しかし、ポー自身はフィリップ・ペンドルトン・クックへの書簡の中で、自分自身の達成を低く見積もっている。

これらの推理物語は、その人気の大半をそれが目新しい形式であるということに負っています。私はこれらに巧妙さがないと言いたいのではありません―しかし、読者はこれらの作品が実際にそうである以上に巧妙だと考えているのです―これらの作品の取っている手法と、その手法の見せかけのために。例えば「モルグ街の殺人」ですが、いったいこの中で絡み合った糸を解きほぐす手つきのどこに巧妙さがあるでしょうか...この糸は明白に、解きほぐされることを意識して絡み合わされているというのに?[13]

執筆背景[編集]

ポーが「モルグ街の殺人」を書いた当時は、近代的な都市の発達に従い、犯罪が人々の興味の中心に据えられるようになった時期であった。ロンドンはこの時期に最初の専門的な警官隊の体制を整えていたし、アメリカ合衆国の諸都市では警察の科学的な捜査が注目され、殺人事件と犯罪者の裁判の記事が各紙で読者をひきつけるようになっていた[1]。ポーはおそらくフィラデルフィアにおける生活の中で都市をテーマとすることを着想し、このテーマは「モルグ街の殺人」確立された後、「群集の人」など以後の作品にも繰り返し使われることになった[14]。また「モルグ街の殺人」以前にも、ポーはエッセイ「メルツェルの将棋指し」や、短編「週に三度の日曜日」など、分析を主要なモチーフとした作品を書いており、「モルグ街」はこれらの要素をさらに推し進めて書かれたのだと考えられる[4]

作中の「真犯人」については、1839年7月にフィラデルフィアのマソニック・ホールで行なわれたオランウータンの展示における人々の反応から着想を得たものらしく[5]、1839年の「飛び蛙」では再びオランウータンと殺人の要素が組み合わされて描かれている。また探偵役の「デュパン」の名は、1828年に「バートン・ジェントルマンズ・マガジン」に掲載された「フランスの警察庁長官ヴィドックの人生から、いまだ出版されざる一事件」という作品に登場する「デュパン」という人物から取られたものと考えられる[15]。この作品は「モルグ街」と内容の共通点は少ないものの、やはり分析を得意とする人物を扱っており、また殺人の犠牲者が首を刈られて胴体から取れかかっている、という細部の一致点もある[16]。なお「モルグ街の殺人」ではデュパンがヴィドックを名指しし「洞察力もあるし忍耐力もある男なんだが、思考訓練をきちんと受けていないがために、調査を厳密に行なえば行なうほど間違った結論に達してしまう」[17]と述べる場面がある。

出版史[編集]

「モルグ街の殺人」草稿

ポーはもともとこの作品に「トリアノン街の殺人」というタイトルを予定していたが、より「死」のイメージに近づけるために死体安置所の意味がある「モルグ」に改称した[18]。「モルグ街の殺人」は、ポー自身が編集を行なっていた『グレアムズ・マガジン』1841年4月号に初めて掲載された。この作品に対する原稿料は56ドルであり、これはポーの代表詩「大鴉」の稿料が9ドルだったことを考えると破格の値段である[19]。のち1843年に、ポーは自作を小冊子のシリーズにして出版することを思いついた。しかしポーが印刷したのは結局「モルグ街の殺人」一冊のみであり、この小冊子ではどういうわけか風刺的な作品「使いきった男」と抱き合わせで印刷され、12セント半の値段で売り出された[20]。この版では"too cunning to be acute"(鋭くあろうとするにはあまりに賢しすぎる)という語句が"The Prefect is somewhat too cunning to be profound"(警視総監は深遠であろうとするには少々賢しすぎるところがある) という語句に変えられているなど、『グレアムズ・マガジン』掲載のものから52箇所の変更が施されている[21]。「モルグ街の殺人」はまたワイリー・アンド・パトナムズ社から発行されたポーの作品集『物語集』にも収録されたが、ポーはこの作品集での作品の選択には関わっていない[22]

「モルグ街の殺人」の続編「マリー・ロジェの謎」は1842年から1843年にかけて発表された。しかしこの作品は「続・モルグ街の殺人」というサブタイトルを持っていたものの、デュパンが探偵役として登場すること、またパリが舞台であるということ以外には前作とほとんど共通点はない[23]。その後デュパンは「盗まれた手紙」で再登場しており、この作品をポーは1844年のジェイムズ・ラッセル・ローウェル宛ての書簡において「おそらく私の推理物語のうちで最高の作」と述べている[24]

『グレアムズマガジン』掲載時に使われた「モルグ街の殺人」の草稿は使用済みとしてゴミ箱に捨てられたが、事務所の徒弟であったJ.M.ジョンストンが拾って持ち帰り、安全を期して父親のもとに預けていた。この草稿は音楽の本の間に挟まれて保存されており、3度の火災を切り抜けてジョージ・ウィリアム・チャイルズにより購入され、1891年にチャイルズによりドレクセル大学に寄贈された[25]。なおチャイルズは1875年に、ボルティモアでポーの新しい墓碑が設立された際にも650ドルの寄付を行なっている[26]

「モルグ街の殺人」はポーの最も早い時期にフランス語に翻訳された作品のうちの一つである。最初に1846年6月11日から13日にかけて、「裁判所の記録にも前例がない殺人事件」と題した翻案作品がパリの新聞『ラ・コティディエーヌ』に掲載されたが、原作者ポーの名は紹介されておらず、街の名も主要人物の名も変えられている(例えば「デュパン」は「ベルニエ」になっている)[27]。1846年10月12日にはやはりポーの名を出さずに「血腥い事件」のタイトルで『ル・コメルス』に掲載された。『ル・コメルス』は『ラ・コティディエーヌ』からの盗用として非難されて裁判沙汰になり、このとき世論によってようやく原作者ポーの名が明らかになった[27]

日本語訳[編集]

日本では1887年明治20年)に、饗庭篁村によって「ルーモルグの人殺し」として初めて翻訳(翻案)された(『読売新聞』12月14日、23日、27日)。篁村は同年11月に「黒猫」の翻訳も発表しており、これが日本におけるポー作品の初の翻訳紹介となった。ただし、これは外国語が苦手であった篁村が友人の口訳をもとにして書いたもので原文に必ずしも忠実ではない[28]。その後長田秋濤による、フランス語訳を参照したらしい意訳「猩々怪」(『文藝倶楽部』1899年10月)や、深沢由次郎の未完の訳「凍絶愴絶 モルグ町の惨殺事件」(『英語青年』1909年1月)など不完全な訳が続き、大正に入ってからは森鴎外が「病院横町の殺人犯」としてドイツ語からの重訳を行なっている(『新小説』1913年2月)[29]

2010年現在は以下に収録のものが入手しやすい。

  • 丸谷才一訳 『ポー名作集』 中公文庫、1973年/2010年改版
  • 中野好夫訳 『黒猫・モルグ街の殺人事件 他5編』 岩波文庫、1978年
  • 小川高義訳 『黒猫・モルグ街の殺人』 光文社古典新訳文庫、2006年
  • 巽孝之訳 『モルグ街の殺人・黄金虫』 新潮文庫、2010年

翻案[編集]

映画化作品[編集]

その他[編集]

  • イギリスのヘヴィメタルバンドアイアン・メイデンのアルバム『キラーズ』(1981年)に「モルグ街の殺人」と題する曲がある。
  • 2013年、設定を現代の日本に置き換えた舞台作品『Moonlight Rambler 〜月夜の散歩人〜』(主演:本郷奏多)が日本で制作・上演された[30]

出典[編集]

  1. ^ a b Silverman, p.171.
  2. ^ 江戸川、421-424頁。
  3. ^ Meyers, Jeffrey (1992). Edgar Allan Poe: His Life and Legacy. New York: Cooper Square Press, p.123. ISBN 0815410387
  4. ^ a b c Silverman, p.174.
  5. ^ a b Booker, Christopher (2004). The Seven Basic Plots. Continuum, 507. p. 507.
  6. ^ 江戸川、421頁。
  7. ^ a b 江戸川、422頁。
  8. ^ Van Leer, David (1993). "Detecting Truth: The World of the Dupin Tales" The American Novel: New Essays on Poe's Major Tales, Kenneth Silverman, editor, Cambridge University Press, p.65. ISBN 0521422434
  9. ^ 江戸川、423頁-424頁。
  10. ^ Rosenheim, Shawn James (1997). The Cryptographic Imagination: Secret Writing from Edgar Poe to the Internet. Johns Hopkins University Press, p.68. ISBN 9780801853326
  11. ^ 江戸川、423頁。
  12. ^ Silverman, p.173.
  13. ^ Quinn, p.354.
  14. ^ Silverman, p.172.
  15. ^ Cornelius, p.31.
  16. ^ Ousby, Ian V. K. (December 1972). "'The Murders in the Rue Morgue' and 'Doctor D'Arsac': A Poe Source", Poe Studies, vol. V, no. 2, p.52.
  17. ^ 巽孝之訳 『モルグ街の殺人・黄金虫』 新潮文庫、2010年、37頁。
  18. ^ Sova, p.162.
  19. ^ Ostram, pp.39-40.
  20. ^ Ostram, p.40.
  21. ^ Quinn, p.399.
  22. ^ Quinn, pp.465–466.
  23. ^ Sova, p.165.
  24. ^ Quinn, p.430.
  25. ^ Boll, Ernest (May 1943). "The Manuscript of 'The Murders in the Rue Morgue' and Poe's Revisions", Modern Philology, vol. 40, no. 4, p.302.
  26. ^ Miller, John C. (December 1974)“The Exhumations and Reburials of Edgar and Virginia Poe and Mrs. Clemm”. Poe Studies vii (2), pp.46–47.
  27. ^ a b Quinn, p.517.
  28. ^ 宮永、98-99頁。
  29. ^ 宮永、150-155頁。
  30. ^ “今後増える? 海外の名作小説でプラスアルファを求める“平成の翻訳”(2/2)”. 日経トレンディネット. (2013年6月17日). http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20130614/1050058/?P=2&rt=nocnt 2013年12月2日閲覧。 

参考文献[編集]

  • Silverman, Kenneth (1991). Edgar A. Poe: Mournful and Never-ending Remembrance (Paperback ed.). New York: Harper Perennial. ISBN 0060923318
  • Quinn, Arthur Hobson (1998). Edgar Allan Poe: A Critical Biography. Baltimore: The Johns Hopkins University Press. ISBN 0801857309
  • Sova, Dawn B. (2001) .Edgar Allan Poe: A to Z. New York: Checkmark Books. ISBN 081604161X
  • Cornelius, Kay (2001). "Biography of Edgar Allan Poe" in Bloom's BioCritiques: Edgar Allan Poe, Harold Bloom, ed. Philadelphia: Chelsea House Publishers. ISBN 0791061736
  • Ostram, John Ward (1987). "Poe's Literary Labors and Rewards", Myths and Reality: The Mysterious Mr. Poe. Baltimore: The Edgar Allan Poe Society.
  • 江戸川乱歩 「探偵作家としてのエドガー・ポオ」創元推理文庫『ポオ小説全集4』所収、1974年(初出は『宝石』1949年11月号)
  • 宮永孝 『ポーと日本 その受容の歴史』 彩流社、2000年
  • エドガー・アラン・ポー 『モルグ街の殺人・黄金虫』 巽孝之訳、新潮文庫、2010年
  • エドガー・アラン・ポー 「モルグ街の殺人」 丸谷才一訳、創元推理文庫『ポオ小説全集3 』所収、1974年

外部リンク[編集]