フンシャル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
![]() |
|
| 所属する県 | マデイラ諸島 |
| 面積 | 75.7 km² |
| 人口 | 98,583人 |
| 人口密度 | 1293人/km² |
| 所属する教区数 | 10 |
| 自治体首長 | {{{presidente}}} |
| 住民呼称 | {{{gentílico}}} |
| 都市の休日 | 8月21日 |
フンシャル(ポルトガル語でFunchal)は大西洋のポルトガル領マデイラ諸島の都市。
目次 |
[編集] 由来
古い年代記によると、最初の植民者たちがフンシャルの地にやってきたとき、甘い香りを放つ野生のハーブ、フェンネル(ポルトガル語でFuncho)が生い茂っていたという。このフェンネルが語源となったとされる。
[編集] 歴史
1424年、マデイラ島が2つのカピタニア(pt:Capitania)に分割された際、定住が始まった。フンシャルのカピタニアには、ジョアン・ゴンサルヴェス・ザルコと彼の家族が入植した。天然の良港と生産性の高い土壌があったため、当初から島の中心地となった。1452年から1454年の間に最初の特権を授けられ、町となり、県都となった。1508年には都市となった。
1566年、フランス海賊に襲撃され、15日間フンシャルが掠奪された。
17世紀にイギリスのワイン商人がフンシャルに定住した出来事は、都市の形態と経済発展、そしてライフスタイルを変えた。フンシャルを訪れた著名人の中には、健康を害して余暇を過ごしにやってきたオーストリア皇后エリーザベト、亡命した最後のオーストリア皇帝カール1世、静養にやってきたポーランドの将軍ユゼフ・ピウスツキ、余暇を過ごして絵を描いたウィンストン・チャーチル、亡命した元キューバ大統領フルヘンシオ・バティスタらがいる。
[編集] 経済
貿易、観光など第三次産業が盛ん。農業では、ワイン生産、バナナなどトロピカル・フルーツ、花の生産で知られる。食用の家禽、ウサギ、ヒツジの飼育も重要である。
フンシャル港は観光の中心地で、ヨーロッパからのクルーズ船がモロッコ、カナリア諸島、カリブ海、ブラジルへ向かう途上に寄航する。クイーン・メリー2が処女航海で最初に寄航した港でもある。
[編集] 建築遺産
- サン・ロレンソ要塞宮殿 - 15世紀。マヌエル様式
- フンシャル聖堂 - 1590年代。マヌエル様式
|
[編集] 著名な出身者
- クリスティアーノ・ロナウド - プロサッカー選手
- ファティマ・ロペス - ファッションデザイナー
- ヴァニア・フェルナンデス - 歌手
[編集] 姉妹都市
オークランド (カリフォルニア州)、アメリカ合衆国
ホノルル、アメリカ合衆国
リヴィングストン、ザンビア
ニュー・ベッドフォード、アメリカ合衆国
マウイ、アメリカ合衆国
ケープ・タウン、南アフリカ共和国
サントス市、ブラジル
ヘルツリーヤ、イスラエル
フリーマントル、オーストラリア
ライヒリンゲン、ドイツ
プライア、カーボベルデ
ジブラルタル
