フンシャル

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フンシャル
Funchal Pico da Cruz.jpg
Pt-fnc1.png FNC.png
LocalFunchal.png
所属する県 マデイラ諸島
面積 75.7 km²
人口 98,583人
人口密度 1293人/km²
所属する教区数 10
自治体首長 {{{presidente}}}
住民呼称 {{{gentílico}}}
都市の休日 8月21日

フンシャルポルトガル語: Funchal)は大西洋ポルトガルマデイラ諸島の都市。

気候[編集]

亜熱帯気候だが海上のため1年を通じ温暖で、降雨は少ない。6月から10月の最高気温は平均23℃~26℃、11月から5月は19℃~22℃である。6月から8月が乾季、9月から5月が雨季と言えるが年により降水量は変わるという。6月にフンシャル湾が雲で覆われるという現象が見られる。

由来[編集]

古い年代記によると、最初の植民者たちがフンシャルの地にやってきたとき、甘い香りを放つ野生のハーブ、フェンネル(ポルトガル語でFuncho)が生い茂っていたという。このフェンネルが語源となったとされる。

歴史[編集]

フンシャルにたつザルコ像

1424年、マデイラ島が2つのカピタニア(pt:Capitania)に分割された際、定住が始まった。フンシャルのカピタニアには、ジョアン・ゴンサルヴェス・ザルコと彼の家族が入植した。天然の良港と生産性の高い土壌があったため、当初から島の中心地となった。1452年から1454年の間に最初の特権を授けられ、町となり、県都となった。1508年には都市となった。

1566年、フランス海賊に襲撃され、15日間フンシャルが掠奪された。

17世紀にイギリスのワイン商人がフンシャルに定住した出来事は、都市の形態と経済発展、そしてライフスタイルを変えた。フンシャルを訪れた著名人の中には、健康を害して余暇を過ごしにやってきたオーストリア皇后エリーザベト、亡命した最後のオーストリア皇帝カール1世、静養にやってきたポーランドの将軍ユゼフ・ピウスツキ、余暇を過ごして絵を描いたウィンストン・チャーチル、亡命した元キューバ大統領フルヘンシオ・バティスタらがいる。

経済[編集]

貿易、観光など第三次産業が盛ん。農業では、ワイン生産、バナナなどトロピカル・フルーツ、花の生産で知られる。食用の家禽、ウサギ、ヒツジの飼育も重要である。

フンシャル港は観光の中心地で、ヨーロッパからのクルーズ船がモロッコカナリア諸島カリブ海ブラジルへ向かう途上に寄航する。クイーン・メリー2が処女航海で最初に寄航した港でもある。

建築遺産[編集]

  • サン・ロレンソ要塞宮殿 - 15世紀。マヌエル様式
  • フンシャル聖堂 - 1590年代。マヌエル様式
サン・ロレンソ要塞宮殿 
フンシャル聖堂 
市役所前広場 

著名な出身者[編集]

姉妹都市[編集]

外部リンク[編集]