フランシスコ・デ・アシース・デ・ボルボーン
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フランシスコ・デ・アシス・マリーア・フェルナンド・デ・ボルボン・イ・ボルボン=ドス・シシリアス(Francisco de Asís María Fernando de Borbón y Borbón-Dos Sicilias, 1822年3月13日 - 1902年4月17日)は、スペイン女王イサベル2世の王配。カディス公。カディス公フランシスコ・デ・パウラ(カルロス4世の末子、フェルナンド7世とモリナ伯カルロスの弟)とルイサ・カルロータ(両シチリア王フランチェスコ1世の娘)の次男。ただし、兄フランシスコは生後1年半で夭逝しているので、実質的には長男である。
名前の「フランシスコ・デ・アシス」はスペイン語で聖人アッシジのフランチェスコを意味する(父の名はパオラのフランチェスコにちなむ)。
1846年に父方でも母方でも従妹である女王イサベル2世の配偶者(王配)となり、「国王フランシスコ1世」の称号を得た。
2人の間には12人の子供が生まれたが、成人したのは4人である。
- イサベル(1851年 - 1931年) 両シチリア王子ガエターノと結婚。
- アルフォンソ12世(1857年 - 1885年)
- マリア・デ・ラ・パス(1862年 - 1946年) 従兄のバイエルン王子ルートヴィヒ・フェルディナントと結婚 。
- エウラリア・デ・アシス・デ・ラ・ピエダ(1864年 - 1958年) 従弟のガリエラ公アントニオと結婚。
ただし、フランシスコ・デ・アシスは同性愛者もしくは性機能障害だったとの説があり、これらの子がいずれも実子であったかは疑問視されている。また父フランシスコ・デ・パウラもカルロス4世の実子でない可能性があり、どちらかが子供の実父でなかった場合、スペイン・ブルボン家は男系では血統が入れ替わっていることになる。