マリア・イサベル・デ・ブラガンサ

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マリア・イサベル

マリーア・イサベル・デ・ブラガンサ・イ・ボルボーン(María Isabel de Braganza y Borbón, 1797年5月19日 - 1818年12月26日)は、スペインフェルナンド7世の2度目の王妃。

ポルトガルジョアン6世と王妃カルロッタ・ジョアキナの次女(第3子)として、クエルズ宮殿で生まれた。弟にブラジル皇帝ペドロ1世、ポルトガル廃王ミゲル1世がある。

1816年に、母方の叔父であるフェルナンドの後添えとなり、1817年に王女マリア・ルイサ・イサベルが生まれた(翌1818年夭折)。

マリア・イサベルは1818年に再び懐妊したが、難産となった。分娩中に胎児が動かず、内科医は体内で死亡したと考えた。マリア・イサベルの呼吸がその後停止したため、医師たちは王妃が亡くなったと勘違いしてしまった。開腹手術で死んだ胎児を取り出そうとすると、彼女は突然激痛で叫び、大量出血してベッドに倒れ込んだ。

王は後継者を得られないまま王妃を亡くし、エル・エスコリアル修道院に葬った。

プラド美術館に、マリア・イサベルの彫像が所蔵されている。