ティム・ハワード

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ティム・ハワード Football pictogram.svg
20131119 AT-USA Howard IP2O2977.JPG
ティム・ハワード(2013年)
名前
本名 ティモシー・マシュー・ハワード
ラテン文字 Timothy Matthew Howard
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 1979年3月6日(35歳)
出身地 ニュージャージー州
身長 191cm
体重 88kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 エヴァートン
ポジション GK
背番号 24
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2003
2003-2007
2006-2007
2007-
アメリカ合衆国の旗 NY/NJメトロスターズ
イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド
イングランドの旗 エヴァートン(loan)
イングランドの旗 エヴァートン
85 (0)
45 (0)
36 (0)
224 (1)
代表歴2
2002- アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 93 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年5月19日現在。
2. 2013年9月10日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj


ティム・ハワードTim Howard, 1979年3月6日 - )は、アメリカ出身の同国代表、プレミアリーグエヴァートン所属のサッカー選手。ポジションはGK。父親はアフリカ系アメリカ人で母親はハンガリー[1](しかしハワードが3歳の時に離婚)。

経歴[編集]

1998年NY/NJメトロスターズに入団し、2000年にはシドニーオリンピックのU-23アメリカ代表として出場[1]2001年には正GKとして活躍し、MLSの最優秀ゴールキーパーに選出された。

さらに2002年3月10日エクアドル戦で代表デビューを果たすと、日韓W杯こそ出場を逃したものの、以降は代表の正GKとして活躍。この活躍がアレックス・ファーガソンの目に留まり、2003-2004シーズンにマンチェスター・ユナイテッドに移籍。シーズン序盤はファビアン・バルテズに代わって正GKとして活躍するも、チャンピオンズリーグ準々決勝のFCポルト戦での終了間際の失点を機に長いスランプに陥る。その後はロイ・キャロルとの併用となり、2005年フラムFCからエドウィン・ファン・デル・サールが移籍してきた後は控えとなった。シーズン後のドイツW杯でも代表には選ばれたものの、ケーシー・ケラーマーカス・ハーネマンの控えに甘んじ、チームもグループリーグで姿を消した。

2006年7月4日エヴァートンFCレンタル移籍。長きに渡るスランプを脱し、正GKとして完全復活を果たした。2007-08シーズンよりエヴァートンに完全移籍。正GKとしてエヴァートンの堅守を支えている。

FIFAコンフェデレーションズカップ2009ではイタリア戦・ブラジル戦で計6失点を喫するも、決勝トーナメント進出を決めたエジプト戦、準決勝のスペイン戦では好セーブを連発し、チームの完封勝利・準優勝に貢献。大会選定の最優秀ゴールキーパー(ゴールデングローブ)に選ばれた。2010 FIFAワールドカップ初戦のイングランド戦では先制点は与えたものの好セーブでその1失点のみに抑え、格上相手の引き分けに貢献。大会選定のマンオブザマッチに選ばれた。また第3戦のアルジェリア戦で後半ロスタイムに先制ゴールの起点となったスローイングをしたり、決勝トーナメント一回戦のガーナ戦で延長後半にFKの際に前線まで出て、相手GKリチャード・キングソンと競り合うなど印象に残る活躍を見せた。

エピソード[編集]

  • 幼少時はバスケットボールでも将来を嘱望されていた。
  • 比較的軽度であるが、トゥレット症候群の診断を受けており、同病の患者団体のための活動もしている。
  • 2012年1月4日、対ボルトン・ワンダラーズ戦で自陣ペナルティエリアから蹴ったボールが相手ペナルティエリア付近で大きくバウンドし、そのまま相手ゴールに入った。ゴールキーパーによる得点はリーグ史上4人目[2]

選手経歴[編集]

イングランドの旗 エヴァートンレンタル移籍) 2006-2007
  • イングランドの旗 エヴァートン 2007-

脚注[編集]

  1. ^ a b Sports” (英語). The American Hungarian Federation. 2014年5月30日閲覧。
  2. ^ スポーツニッポン (2012年1月5日). “強風にあおられた!節目にプレミアリーグ4人目のGK得点”. 2012年1月8日閲覧。

外部リンク[編集]