ティム・ハワード
|
||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 本名 | ティモシー・マシュー・ハワード | |||||
| ラテン文字 | Timothy Matthew Howard | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1979年3月6日(34歳) | |||||
| 出身地 | ニュージャージー州 | |||||
| 身長 | 191cm | |||||
| 体重 | 88kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | GK | |||||
| 背番号 | 24 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 1998-2003 2003-2007 2006-2007 2007- |
→ |
85 (0) 45 (0) 36 (0) 188 (1) |
||||
| 代表歴2 | ||||||
| 2002- | 85 (0) | |||||
| 1. 国内リーグ戦に限る。2012年5月13日現在。 2. 2013年2月6日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
||||||
ティム・ハワード(Tim Howard, 1979年3月6日 - )は、アメリカ出身の同国代表、プレミアリーグ・エヴァートン所属のサッカー選手。ポジションはGK。父親はアフリカ系アメリカ人で母親はハンガリー人(しかしハワードが3歳の時に離婚)。
目次 |
経歴 [編集]
1998年にNY/NJメトロスターズに入団し、2000年にはシドニーオリンピックのU-23アメリカ代表として出場。2001年には正GKとして活躍し、MLSの最優秀ゴールキーパーに選出された。
さらに2002年3月10日のエクアドル戦で代表デビューを果たすと、日韓W杯こそ出場を逃したものの、以降は代表の正GKとして活躍。この活躍がアレックス・ファーガソンの目に留まり、2003-2004シーズンにマンチェスター・ユナイテッドに移籍。シーズン序盤はファビアン・バルテズに代わって正GKとして活躍するも、チャンピオンズリーグ準々決勝のFCポルト戦での終了間際の失点を機に長いスランプに陥る。その後はロイ・キャロルとの併用となり、2005年にフラムFCからエドウィン・ファン・デル・サールが移籍して来ると控えに降格した。シーズン後のドイツW杯でも代表には選ばれたものの、ケーシー・ケラーとマーカス・ハーネマンの控えに甘んじ、チームもグループリーグで姿を消した。
2006年7月4日、エヴァートンFCにレンタル移籍。長きに渡るスランプを脱し、正GKとして完全復活を果たした。2007-08シーズンよりエヴァートンに完全移籍。正GKとしてエヴァートンの堅守を支えている。
FIFAコンフェデレーションズカップ2009ではイタリア戦・ブラジル戦で計6失点を喫するも、決勝トーナメント進出を決めたエジプト戦、準決勝のスペイン戦では好セーブを連発し、チームの完封勝利・準優勝に貢献。大会選定の最優秀ゴールキーパー(ゴールデングローブ)に選ばれた。2010 FIFAワールドカップ初戦のイングランド戦では先制点は与えたものの好セーブでその1失点のみに抑えて格上相手の引き分けに貢献。大会選定のマンオブザマッチに選ばれた。また第3戦のアルジェリア戦で後半ロスタイムに先制ゴールの起点となったスローイングをしたり、決勝トーナメント一回戦のガーナ戦で延長後半にFKの際に前線まで出て、相手GKリチャード・キングソンと競り合うなど印象に残る活躍を見せた。
エピソード [編集]
- 幼少時はバスケットボールでも将来を嘱望されていた。
- 比較的軽度であるが、トゥレット症候群の診断を受けており、同病の患者団体のための活動もしている。
- 2012年1月4日、対ボルトン・ワンダラーズ戦で自陣ペナルティエリアから蹴ったボールが相手ペナルティエリア付近で大きくバウンドし、そのまま相手ゴールに入った。ゴールキーパーによる得点はリーグ史上4人目[1]。
選手経歴 [編集]
NY/NJメトロスターズ 1998-2003
マンチェスター・ユナイテッド 2003-2006
脚注 [編集]
- ^ スポーツニッポン (2012年1月5日). “強風にあおられた!節目にプレミアリーグ4人目のGK得点”. 2012年1月8日閲覧。
|
|
|---|
|
|
|||||