ジョン・エヴァレット・ミレー
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サー・ジョン・エヴァレット・ミレー(Sir John Everett Millais, 1829年6月8日 - 1896年8月13日)は、19世紀のイギリスの画家。ラファエル前派の一員に数えられる。ミレイと表記されることも多い。
[編集] 生涯
1829年、イングランド南部のサザンプトンに生まれる。ミレー家はジャージー島の名家だった。幼少時から絵の才能に恵まれ、ロンドンのロイヤル・アカデミー美術学校には最年少で入学を許可された。
1848年、ロイヤル・アカデミーの学生であったウィリアム・ホルマン・ハント(1827年 - 1910年)、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(1828年 - 1882年)らとともに「ラファエル前派」(Pre-Raphaelite Brotherhood)を結成した。「ラファエル」とはイタリア・ルネサンスの巨匠であり、西洋古典絵画の代名詞とも言える画家ラファエロのことを指す。「ラファエロ以前」という言葉には、19世紀当時のアカデミーにおける古典偏重の美術教育に異を唱える意味があった。ラファエル前派に思想的な面で影響を与えたのは、同時代の思想家であり美術批評家であったジョン・ラスキンであった。ラスキンの美術に対する考えは、一言で言えば「自然をありのままに再現すべきだ」ということであった。この思想の根幹には、神の創造物である自然に完全さを見出すというラスキンの信仰がある。しかし、明確な理論をもった芸術運動ではなかったラファエル前派は長続きせず、1853年にミレーがロイヤル・アカデミーの準会員になったことなどをきっかけとして、数年後にはグループは解散した。
ミレーはその後ロイヤル・アカデミーの総裁に上り詰め、「サー」の称号を得ている。
晩年は、スコットランドのパースシャーで家を借り、「グレン・バーナム」などの作品を残した。(1890年には借用期限が切れ、帰ることとなった。)
[編集] 代表作
- オフィーリア
ミレー自身及びヴィクトリア朝の最高傑作と名高いこの作品は、1862年のロイヤル・アカデミー展に出品したもので、言うまでもなくシェイクスピアの『ハムレット』のヒロインを題材にしたものである。川の流れに仰向けに浮かぶ少女のモデルは、後にロセッティの妻となるエリザベス・シダルである。
オフィーリアは多くの画家がモチーフにしているが、中でもミレーのこの絵は、物語中の描写を忠実に表現している事で知られる。
日本でも非常に有名な絵画の一つであり、夏目漱石の小説『草枕』にこの絵に言及した箇所があることはよく知られる。 また、日本画家の山本丘人がこの絵画の影響を受けた『水の上のオフェリア』(原題:『美しき屍』)を描いている。
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箱舟への鳩の帰還(1851年・アシュモレアン博物館収蔵) |
秋の落ち葉(1855年 - 1856年・マンチェスター市立美術館収蔵) |
盲目の少女(1856年・バーミンガム市立美術館収蔵) |
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過ぎ去りし夢―浅瀬のイサンブラス卿(1857年・レディ・リーヴァー美術館収蔵) |
塔の中の王子たち(1878年・ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校収蔵) |
他多数。
[編集] その他
- 『落穂拾い』などで知られるフランスの画家ジャン=フランソワ・ミレーとは全くの別人である。

