シリントーン

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シリントーン
สิรินธร
マハ―・チャクリ王女
Princess Sirindhorn 2009-12-7 Royal Thai Government House 2 (Cropped).jpg
2009年12月撮影
称号 ソムデットプラ・テープラッタナラーチャスダーサヤームボーロムラーチャクマーリー
敬称 殿下
出生 1955年4月2日(59歳)
タイ王国の旗 タイバンコク
父親 ラーマ9世
母親 シリキット
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タイ王室
Emblem of the House of Chakri.svg

ラーマ9世
シリキット王妃



シリントーン(Her Royal Highness Maha Chakri Sirindhorn, สมเด็จพระเทพรัตนราชสุดา เจ้าฟ้ามหาจักรีสิรินธร รัฐสีมาคุณากรปิยชาติ สยามบรมราชกุมารี1955年4月2日 - )は、タイ国王ラーマ9世(プーミポン・アドゥンラヤデート)とシリキット王妃の間に生まれた次女(第3子)で、王位継承者の一人。タイでは王位継承者に相当する称号の一部、「プラ・テープพระเทพ)」すなわち「テープ殿下」と呼ばれる。敬称殿下学位博士称号はソムデットプラ・テープラッタナラーチャスダーサヤームボーロムラーチャクマーリー(สมเด็จพระเทพรัตนราชสุดาสยามบรมราชกุมารี)、学習院大学名誉博士東海大学名誉博士(工学)。

タイ赤十字社の副社長、タイ王立アカデミーの歴史学部長、難民教育基金理事を務める。またユネスコ親善大使を務め、少数民族児童文化保護及び無形文化遺産保護に努める。

略歴[編集]

1973年にチュラーロンコーン大学文学部へ進学。王室初の国内大学進学者である。1977年大学を卒業後、王位継承権を与えられ、ソムデットプラ・テープラッタナラーチャスダーサヤームボーロムラーチャクマーリーสมเด็จพระเทพรัตนราชสุดาสยามบรมราชกุมารี)の称号を得た。同年、チュラーロンコーン大学、シラパコーン大学シーナカリン・ウィロート大学に進み、学業を続けた。陸軍士官学校の教師も務める。

情報技術の発展に力を入れており、農村の小学校にパソコンを寄付したり、教育機関がパソコンを導入するとそこに赴くなど、精力的である。このため「情報技術の王女」と呼ばれることもある。

彼女の興味の対象が元々文学であったことから、言語学にも興味を示し、言語学の学位も持っている。古言語としてサンスクリット語パーリ語、古代クメール語などに精通。欧米の言語としては英語フランス語に通じ、またドイツ語ラテン語などを学んだこともある。中国文化には特に興味を持っており、中国語を操ることが出来るほか、中国を頻繁に訪れ、中国文化の研究も行っている。また、開発教育の博士号も持つ。

これらのアカデミックな活動から、学術施設にはシリントーン王女の名を冠したものが多く、その数は他の兄弟王族を上回っている。

一方で1990年代以降、高齢のラーマ9世やシリキット王妃に代わって、地方視察の公務を行っている。地方視察では他の王族と違い、笑顔が多く、気さくに振る舞うことから、人気が高い。この人気は同じ王位継承者である兄・ワチラーロンコーン王子の人気を上回っていることから、次期国王(女王)にはシリントーン王女を望む声が強い。

シリントーン王女は人気は高いものの、独身であり、跡継ぎが居ないことが王位継承の問題点の一つにもなっている。しかもタイ王室典範では、女性王族は民間人と結婚すると王位継承権が剥奪されること、シリントーン王女自身も50歳を過ぎて独身であり、自身の子を得ることは現実的ではないことなどから、人気・評価と裏腹に子供の多いワチラーロンコーン王子が跡継ぎになることが、現在のところ有力視されている。

日本との関係[編集]

公式・非公式を問わず、過去6回日本を訪問している。特に、タイ王室と親交の深い秋篠宮文仁親王と親しいといわれている。

また、タイでも放映された日本のテレビドラマ「おれは男だ!」がきっかけで、同作の主演を務めた森田健作千葉県知事のファンでもある。2010年の非公式訪問時に対面した後、2012年8月に森田がタイを訪れた際には表敬訪問を受けている[1]

系譜[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 森田健作千葉県知事トップセールスでタイ王女表敬訪問 - スポーツニッポン、2012年8月21日配信、2012年8月22日閲覧

関連項目[編集]