ギフテッド

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ギフテッド: Gifted)は先天的に平均よりも顕著に高い能力を持っている人のこと、またその能力を指す。その人物における高能力の傾向は誕生時から生涯にかけて見られる。外部に対する世間的な成功を収めることではなく、内的な学び方の素質・生まれつきの学習能力を持つことを指す。ギフテッドは、英才児、優秀児、天才児などと訳されるが、日本ではそのような子供を「飛び級できるような賢い子」という一面でしか捉えられておらず誤解が生じているため、本項では訳さずギフテッドと呼称する。

ギフテッド (gifted)は、贈り物を意味するギフト (gift) が語源で、神あるいは天から与えられた資質、つまり遺伝による生まれつきの特質と言える「ギフテッドの才能を伸ばす」という言い方はできるが、「こうすればギフテッドになる」とは言わない。

早期教育で他人よりも早く多くマスターする先取り学習によって、ギフテッドに成長するようなことはない。ギフテッドは自ら常に多様な知的刺激を切望して満たし、興味ある分野を自分の好む学習方法で極めて深く掘り下げ探求する傾向にあり、結果的に同年者より先のレベルに到達することが多い。教育熱心な保護者主導で幼児教室に通わせる、あるいは業者の教材を子供に買い与える、受動的な早期教育とは一線を画する。 タレンテッドという言葉もギフテッドと併用され、これらへの教育をギフテッド・タレンテッド教育 (GATE, Gifted and Talented Education) と呼ばれている。ギフテッドが全般的、学術的な才能を指すのに対し、タレンテッドは芸術的な才能を持つ者を意味する。

ギフテッド・クラスにて理科の授業を見学するブッシュ大統領夫人(中央)
しばしばエンリッチメント・プログラムに導入されるチェス

多重知能の概念から見たギフテッド[編集]

多重知能の概要[編集]

多重知能という概念がギフテッドに関連付けて考えられてきている[1]。この概念は、学習の技術や方法ではなく学習の姿勢として説明されている[2]。知能には8種類のもの、あるいは人が周囲の世界を学習・把握する際に8通りの形があるとする。すなわちインターパーソナル(対人関係に関するもの)、イントラパーソナル(個人の精神内界に関するもの)、身体-筋肉感覚的、言語的、論理-数学的、音楽的、環境把握、空間-視覚的把握である。

多重知能の概念が教育カリキュラムに適用されて、生徒たちが自分の得意な分野をより開発できるようなプログラム、テーマ、授業プランが提供され、同時に不得意分野における学習プロセスを促進する機会が与えられたならば、我々(アメリカ)の学校システムの中で、すべての生徒が学術において向上することが示唆されている。

Gardnerは『Frames of Mind』の中で、ギフテッドの知能は古典的な知能の分野の他にもあると述べている。多重知能理論の概念はそうした、さらなる知能の形が存在する可能性を気づかせ、多様なカリキュラムを提案するものである。Gardnerは多重知能には以下のような種類があると示唆している:言語的知能、論理数学的知能、音楽的知能、空間的知能、身体運動的知能、博物的知能、対人的知能、内省的知能。

ただし、知能がこうした様々な形で複合的に発現するとしても、それぞれが別個の知能と言えるかどうかは実証データが乏しく推論の域を出ていない。

こうした知能を持つギフテッドの生徒の選別には、単純なテスト方法はないために注意を要する。観察によって評価することが、おそらくもっとも的確だが同時にもっとも主観的な評価方法でもある。また当然、多重知能理論はギフテッドの生徒にだけ適用されるものではなく、すべての生徒をより的確に評価する指針にもなりえる。また多重知能の広範な概念は、より子供の立場に立った教育方法を導き、より多くの子供たちのニーズに応えられるものだと考えられる[1]

ギフテッドの判別法[編集]

概要[編集]

ギフテッドの生徒の指導には特別な配慮が必要だと考えられ、学校機関が重要な課題として「ギフテッド」の公式な選別方法を模索し始めた。20世紀にはしばしばIQテストを使ってギフテッドを診断していたが、近年の知能の研究は、このようなテストの妥当性や限界について大きな疑問を投げかけている。これまで北米やヨーロッパの学校は通常の学校教育では能力を引き出せない生徒たちを見つけ出そうと試み、そうした生徒の才能を伸ばすために追加教育あるいは特別な教育を提供しようしてきた。ギフテッド教育においては、こうした人々(子供、大人を含めて)を見つけ出すことが鍵となる。したがってギフテッドとは何かを知るためには「ギフテッド」という用語を用いる機関がどのように、これを定義しているか注目する必要がある。

ギフテッドの定義[編集]

かつて心理学者や精神科学者たちはLewis Termanの1906年の研究を踏襲し、長年に渡ってギフテッドは高知能指数と同意義だと考えていた。この遺物的概念は今日でもギフテッドの概念の中にいくらか残っている。ただし当初から他の研究者たち(たとえばCattellやGuilford、Thurstone)は知性とはそのような一元的な形で表せるものではなく、もっと多面的な分析が必要だと提唱していた。

1980年代と1990年代に行われた研究によって知性は複数の要素からなるという考えを支持するデータが得られた。SternbergとDavidsonによる『Conceptions of Giftedness』の中の『giftedness』の再研究において、それが特に顕著に検証されている。そこで提示された様々なギフテッドの概念は、それぞれ別個であるにも関わらず様々な面で互いに関連性がある。ほとんどの研究者はギフテッドを複数の資質(すべてが知的な要素というわけではない)として定義している。またIQ測定値だけでは、ギフテッドの選別には不適切であるとしばしば考えられている。

Joseph Renzulli (1978) の「three ring定義」は詳しい研究から得られたギフテッドの概念の1つである。これはギフテッド個人というよりギフテッドの行動の定義で、その行動は以下の3つの基本要素から成り立っている。すなわち平均以上の能力、高い目的達成意識、高い創造性という3つの特徴が互いに関連しあい、それを反映した行動がRenzulliによるギフテッドの定義である。ギフテッドの行動を実現できる者とは、こうした3つの特徴を総合的に持っている人、あるい相互的に開発できる能力のある人で、かつ何からの形で有益な活動として活かせる人である。そして、こうした人々には通常の学校のカリキュラムでは提供されない様々な形の学習の機会と支援が必要である。

Susan K. Johnsenは『ギフテッドの子供の判別法:実践ガイド』の中で、ギフテッドの生徒とはアメリカ合衆国によるギフテッドおよびタレンテッドの定義に含まれた分野において高い潜在能力を示す生徒であると説明している[3]

子供、生徒、若者に対してギフテッドおよびタレンテッドという言葉が用いられた場合、知性、創造性、芸術、リーダシップ、あるいは特定の学術分野において高い潜在能力を示し、また、そうした能力をフルに開発するには通常の学校教育にはない支援や活動を必要とする子供、生徒、若者を意味する[4]

この定義の一部あるいはすべてがアメリカ合衆国の大半の州で採用され、また大半の州が下記のテキサス州の例と似通った定義を用いている。

ギフテッド・タレンテッドの生徒とは、同じ年齢・経験・環境を持つ子供と比較して著しく高いレベルを達成する、あるいはその可能性をうかがわせる子供。知的能力、独創性や芸術の分野において高い実行能力を示す、並外れたリーダーシップ能力を持つ、あるいは特定の学術分野で秀でている[5]

これらの定義の大きな特徴として以下の事柄が挙げられる。

  • 能力を発揮するのは学業に限らず多様な分野である(知性、創造性、リーダーシップ、学問など)。
  • 他のグループとの比較に基づく(同学年の生徒たち、同年の子供たち、同じ経験や環境を持つ子供たちなど)。
  • 能力を伸ばす支援が必要である。

しかし上記3点だけでは、努力で高学力を身につけた優等生とギフテッドのふるいわけが十分にできないという懸念がある。

様々な選別方法[編集]

IQの値は同じ人でもテストを受けるたびに異なる可能性があり、毎回同じIQレベルに属していると判定されるとは限らない。 (表はKaufman 2009のKABC-II norming studyより引用)
Pupil KABC-II WISC-III WJ-III
Asher 90 95 111
Brianna 125 110 105
Colin 100 93 101
Danica 116 127 118
Elpha 93 105 93
Fritz 106 105 105
Georgi 95 100 90
Hector 112 113 103
Imelda 104 96 97
Jose 101 99 86
Keoku 81 78 75
Leo 116 124 102

アメリカの多くの学校ではギフテッドの生徒を選別するために、能力や可能性を様々な方法で判定する[3]。生徒の過去の作品集、教室での観察、達成度テストや知能検査などである。教育現場の専門家の多くは、選別の方法を何か一つ使用するだけでは正確にギフテッドを見極めることはできないと考えており、総合的な判断をする。

選別方法の一つとしてIQ(知能指数)テストの値が用いられることがある。1960年代以前、「ギフテッド」がIQによって定義されていた時代には、単純にIQの値(およそ130、標準偏差15)を基準にしてギフテッドであるか否かを判定していた。こうしたIQによる選別方法は研究者たちの間では古い考え方であるが、それにも関わらず、まったく無意味だとは言えないために、今でも他の判定基準と併用して採用している学校は少なくない。現在、ギフテッドの概念はより広範に考察されているが、確立された単一の定義・選定基準はない。ただし、IQがギフテッドを選別する尺度として支持されなくなってきているとしても、生徒が非常に高いIQを示した場合は、当然学術において高い潜在能力を持っていると推測され、そのもっとも有力な目安になる[6]。したがって非常に高いIQを持ちながら平均以下の成績しか残していない生徒がいた場合には、より注意深い観察が必要である[7]

IQの判定はテストの種類、作製者によっても基準が異なる。またIQテストは、高いIQの者同士の優劣を判定するには妥当ではない。ある人がギフテッドかどうかを判別するにはある程度有効だが、どの程度のレベルのギフテッドであるかを測定するものではない。ウェクスラー成人知能検査のIQ最高値が160であることから、ギフテッドの判別に関する著者の一部にはスタンフォード・ビネー法 L-M版を並外れたギフテッドを選別できる唯一のテストとして推奨する者もいる。しかし、スタンフォード・ビネー法 L-M版は廃れた測定方法を用いており、これまでアメリカにおいても標準的なテストとして用いられたことがない。

幼い子供のIQ測定は、さらに議論が必要となる。またIQテストは、一般的に言語能力や数学的な能力に重点を置いているため、芸術や文学の分野の才能は得点では反映されにくい。現在、欧米ではIQテスト以外で芸術性や独創性などを測る試験を行なう学校も多くある。作品や創造力、独創性、芸術性、素行言動や思考など多方面から才能を理解する必要がある。

ギフテッドの特徴[編集]

一般的にギフテッドは同年の人間より速く、深く、広く学ぶ。ギフテッドの子供は幼いうちから話したり文字を読んだりするが、必ずしもこれが全てのギフテッドの幼少期にあてはまる特徴というわけではない。ずいぶん年上の子供と同レベルで学習することもある。高い論証能力、独創性、好奇心、想像力、洞察力、芸術性、共感的理解、豊富な語彙、優れた記憶力を持つ傾向にある。わずかの反復で全体概念を修得できやすい傾向である。

ギフテッドといっても、全ての学術分野に等しく秀でていることは稀だろう。たとえば、論理問題を解くのが非常に優れているのに文字の綴りが苦手であったり、あるいは、学年平均よりずっと秀でた読み書きができる一方で数学が苦手であったりする。個人の発達の遅れに様々なケースがあるように、ギフテッドにも様々なケースが存在することが指摘されている。

肉体的、精神的に繊細で敏感であったりする。幼少から、優れた論法や推論力を示し、文章または口頭での豊富な語彙、使う語彙に対し鋭敏である。おしゃべりまたは早口であったり、並外れた集中力、幅広い興味と創造性豊かで限りない知識欲、深い分析力、優れた記憶力、知的好奇心独創性に富み、鋭い質問を聞いたり、常識外れた考えを持つ。深く速く理解し、1,2回の復習で課題を修得でき、その重要な詳細、原理概念を示せる(すぐに理解する)[8]

高知能ゆえその知性を満たすため複雑さを求めたりする。完全主義傾向であったり(女性のギフテッドに多いと謂われる)、現実的な高い自己基準を持っていたり、早い時期から内面的な統制の所在(LOC:ローカス ・オブ・コントロール)を発達させる、自己を厳しく評価または非難する傾向がみられたりする[8][9][10]

一生懸命勉強せずとも際立った学習成績を修めるという特徴が伺える。それゆえ飽きやすい傾向もしばしみられ、授業が簡単すぎて興味がわかない、興味のある事以外はやりたがらなかったり、本人にとり意味の見出せない暗唱や機械的な丸暗記を嫌がったり苦手であったり、クラスや課題に集中できなかったり白昼夢していたり、周りとうまく合わせることができない、一般的な学校の勉強に興味を示さず成績は芳しくない、学校で問題児あつかいされたり[11]、繊細さや感受性の豊かさにより過度に周囲に同化しようとするあまり、意図的に能力以下の成績を修めたり、ギフテッドの特異な才能を隠す傾向がみられることが指摘されている。ギフテッドは、一般的な教育方法では、優れた成績や才能を発揮できない傾向があり、欧米ではギフテッド用にそれぞれの才能を伸ばす英才教育が行なわれている[12]

知性、認知能力や語彙が発達していることから同級生ではなく年上や大人と話すのを好む。他のギフテッドとの交流は、心的に安定感をもたらすと報告されている。

コミュニケーション能力に優れ、道徳心、責任感、高い洞察力、共感的理解、問題解決能力などの高いリーダーシップ力を潜在能力の特徴として指摘されている[8]

芸術分野のギフテッドは、高いIQと知性を示し、早期から芸術分野で才能を現し、豊かな想像力や表現力に富み、創造性、独創性、芸術性に優れ、アイデアに溢れ、身体動作やリズム感に繊細、思慮深く、洞察力、感受性が豊かなどの潜在能力を示す[13]。これらの特徴には、個人差がある。

優秀な子供とギフテッドの比較[編集]

ギフテッドは、遺伝により生まれ持った特質な資質と環境との相互作用によるものであるが[14]、幼少期から教育熱心な親と特別な教育方法と本人の一生懸命な学習努力で優れた成績を収める優秀な生徒とは一線を画すると謂われている。ギフテッドは授業中、深さ、意味、速さ、創造性を絶え間なく必要とする。

優秀な子供(Bright Child) ギフテッド(Gifted Child)[15][16]
答えを知ってる 質問する
反復6-8回で修得する  反復1-2回で修得する
質問に答える 詳細を討論する、話をそこから展開できる / 質問に疑問をもつ
成績はトップグループ グループ枠を超えた成績
アイディアを理解できる 抽象化思考ができる
興味を示す 非常に好奇心が強い
一生懸命に努力する  遊びながら、集中力に欠けたり、でもよい成績をとる 
同学年の生徒といるのを好む  大人や年上の生徒といるのを好む
よい暗記力  よい推測力
よいアイディア  常識外れたアイディア(とっぴな、ばかげたアイディア)
簡単に学ぶ  退屈、すでに答えを知ってる
学校が好き 学ぶことが好き(でも学校は好きではない)
受容的  真剣、情熱的
自己満足する(正解した時) 厳しい自己評価(完璧主義)
精巧に真似ができる 新しいデザインを創造する
興味を持って聞く 強い情感と意見を表す
単純で順序立てたやり方を好む 複雑さを求める 
注意深い  心身ともに熱中、没頭する

二重に例外的な場合[編集]

高い才能や知能と障害を併せ持つ場合、二重に例外的な(Twice exceptional)または2Eと呼ばれる。

日本にギフテッドが浸透しない理由[編集]

[要出典]ギフテッド教育(GATEやTAG)が進んでいる欧米諸国では、現地でギフテッド教育を受けている日本人の子供が多数いる。その中にはギフテッドを誇りに思っているが、「特別」「違う」「独特」「変わっている」などと表現されることを非常に嫌がる親もいる。ギフテッド=パーフェクトな人間という意味ではない。またギフテッドという特別性、輝かしいレッテルは光栄だが、特殊教育の傘下に置かれることを嫌う者もいる。これは欧米とは異なり日本の教育では、特別支援教育障害児教育という方面のみに力を注いできた社会認識からくる思い込みや偏見である。日本では、教育機関でなく主に医師や医療関係者などからギフテッドと診断される事も病気や精神病と誤解される理由の1つである。

日本は受験システムにより、テストの採点結果のみが高く評価され、欧米社会の様な本人の持って生まれた独特な高い知性、想像力、独創性、洞察力、芸術性などの才能や資質能力を伸ばし受け入れ還元される社会システムや環境そして認識が整っていない。逆に、特異で高度な資質が排他や妬みの対象になりやすい懸念もある。

欧米では、ギフテッド=「神様が特別に選んで優秀にさせた、ギフトを授けた」という意味であり認識である。街や会社や学校など地域社会レベルで、周りの社会環境に良い影響を与えられ、それぞれの分野で社会をより良い方向へ導く未来のリーダーとなりうる高い潜在能力を備えた存在である為、ギフテッド教育がさかんである。ギフテッドを社会で育て守り、そして社会全体がその還元を受けるという認知が進んでいる。

日本国内においてギフテッドの定義が浸透しないのは、欧米の機会平等主義に対して日本が能力平等主義であること、一人一人の人間が天・神によって創られているという欧米の宗教観に対して日本では血にこだわる素朴遺伝観が強いといった差が要因にあると言われている。この相違点は「氏か育ちか論争」 (Nature VS Nurture) にも繋がる。

上智大学加藤幸次は、欧米と日本との「人間観の相違点」として次のように述べている[17]

欧米では習熟度別指導が早くから導入され、一般化しています。一般的にいわれていることですが、欧米では人間の成長・発達というものは一人ひとり違っているという前提が受け入れられているのです。それに対して、日本では“努力すれば、勤勉であれば、人間は皆同じペースで成長・発達していくものである、あるいは、いくべきである”と考えられています。実は、欧米では「習熟度別」とはいわず、はっきりと「能力別」というのです。能力というのは生まれつき、その人に備わっているものです。その能力に応じて指導しようというのです。他方、日本語の“習熟”という言葉は、くり返し学習するようにすれば、誰でも一定のレベルに達するべきである、と理解されます。

恒吉僚子の著書『人間形成の日米比較』にも同様の記述が見られる[18]

アメリカにくらべ、日本では、「児童間の学業成績の差はなぜ生じるのですか」という質問を教師や親にした場合、生来の能力差以外の理由が好まれることは、H・スチーヴンソンやW・カミンズなどの数々の研究者によって繰り返し示されてきた。学力差の原因は児童の「努力」の違いや、家族の協力的あるいは非協力的態度、教育環境の良し悪しなど、さまざまな要因に求められるわけだが、「生まれつきの能力差は存在しないか、たとえ存在しても努力や環境などの後天的なものにくらべれば問題にならない」という考えが、日本人の間では一時代前から強いとされてきた。これは、能力平等観などと呼ばれ、日本人の特徴だと言われている。これに対して、アメリカでは、日本よりも生来の能力差を肯定する傾向があることは、幾度となく指摘されてきた。「生来の能力差は直接、神からわれわれが授かるものであり、人間はその存在をなくすことは決してできない」とは、『アメリカのデモクラシー』でのA・トクヴィルの言葉であるが、"gifted"という語は、「天賦の」という意味であり、ある子どもが他にくらべ、特別な能力や才能を天から授かっているという宗教的な響きがある。

現在の日本社会にそぐわない知性論そのものを周知させることが、常に逆差別や感情論などを引き起こし議論を停滞・誤解させる危険を伴う。また「ギフテッドは生まれつき」という概念を浸透させるには、血にこだわり建前として能力平等を前提とする日本社会において遺伝子論争や優生思想を避けては通れないため、ギフテッド・プログラム導入には非常に慎重にならざるを得ない。

アメリカ教育省は、ギフテッド教育はギフテッドの子供自身だけでなく国家のためにも必要であるという見解を示した。1993年発表のギフテッド・タレンテッド教育方針書では、その序章において「国際競争力をつけ、経済的に大きく成長するために、アメリカ国家は最高レベルの学生達に頼らなければならない。この多くの学生達は数学、科学、文筆、政治、舞踏、美術、ビジネス、歴史、心と体の健康、その他の分野においても、将来リーダーシップを取る人材となるからである」と述べられている。

誤診の問題[編集]

日本の現状は、ギフテッドの社会認知がいまだ希薄である。

ギフテッド教育がさかんな諸国では、ギフテッドが、発達障害注意欠陥・多動性障害(ADHD)や自閉症強迫性障害アスペルガー気分障害気分変調性障害双極性障害などに誤診され社会問題となっており、注意が呼びかけられている。

一般的なギフテッドの社会認知は進んでいても、医療関係者や教育者のギフテッドに関する知識不足によりギフテッドが誤診されやすい傾向が指摘されている。

不必要な処方薬の摂取は、ギフテッドの才能や能力を鎮圧させてしまう。薬の摂取をやめ、教育などで知的深究心を満たさせると誤診された症状が改善するという報告もある[19]

脚注[編集]

  1. ^ a b N. Colangelo & G. A. Davis, ed. Handbook of Gifted Education (3rd Ed. ed.). Pearson Education, Inc.. 
  2. ^ Cason, K. (2001). “Evaluation of a Preschool Nutrition Education Program Based on the Theory of multiple Intelligences”. J. Nutr. Educ. 33: 161-166. doi:10.1016/S1499-4046(06)60186-3. PMID 11953232. 
  3. ^ a b Johnsen, S. K. (2004). Identifying Gifted Students: A Practical Guide." Waco, Texas: Prufrock Press, Inc.(英語版脚注)
  4. ^ (P.L. 103–382, Title XIV, p. 388)(英語版脚注)
  5. ^ (74th legislature of the State of Texas, Chapter 29, Subchapter D, Section 29.121)(英語版脚注)
  6. ^ Gross, M. U. M. (2004). Exceptionally gifted children. London: RoutledgeFalmer. ISBN 978-0415314909. 
  7. ^ GIFTED AND TALENTED STUDENTS. A Resource Guide for Teachers. Educational Services Division (Anglophone) Revised 2007, Department of Education, Government of New Brunswick, Canada.
  8. ^ a b c Clark, B. (2002). Growing up gifted (5th ed.) Columbus, OH: Charles E. Merrill.
  9. ^ Parker, W. D. & Mills, C. J. (1996). The Incidence of Perfectionism in Gifted Students. Gifted Child Quarterly
  10. ^ Renzulli, J. S., Smith, L. H., White, A. J., Callahan, C. M., Hartman, R. K., & Westberg, K. L. (2002). Scales for rating the behavioral characteristics of superior students (Rev. ed.). Mansfield Center, CT: Creative Learning Press.
  11. ^ Reis, S. M. & Renzulli, J. S. (2004). Current Research on the Social and Emotional Development of Gifted and Talented Students: Good News and Future Possibilities. Psychology in the Schools, 41, published online in Wiley Inter
  12. ^ Sankar-DeLeeuw, N., (1999). Gifted preschoolers: Parent and teacher views on identification, early admission and programming. US: Roeper School Article Review, 21 (3) 174-179
  13. ^ Haroutounian, Joanne (1995) Talent Identification and Development in the Arts: An Artistic/Educational Dialogue
  14. ^ Plomin, R., & Price, T. S. (2003). The relationship between genetics and intelligence. In N. Colangelo & G. A. Davis (3rd Ed.) Handbook of Gifted Education (pp. 113-123). Pearson Education, Inc.
  15. ^ Bright Child vs. Gifted Learner by Janice Szabos, Challenge Magazine,1989, Issue 34
  16. ^ http://www.psychologytoday.com/blog/gifted-ed-guru/201201/the-bright-child-vs-the-gifted-learner-whats-the-difference
  17. ^ アメリカにおける能力別グループ指導
  18. ^ 東京大学工学部システム創成学科 班目春樹 社会のための技術講義ノート
  19. ^ Misdiagnosis and Dual Diagnoses of Gifted Children and Adults: ADHD, Bipolar, Ocd, Asperger's, Depression, and Other Disorders by James T. Webb.Edward R. Amend, Nadia E. Webb and Jean Goerss. Great Potential Press, Inc., Jan 1, 2005 - Family & Relationships

関連項目[編集]

外部リンク[編集]