天才

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天才の1人として挙げられることの多い物理学者アルベルト・アインシュタイン

天才(てんさい)とは、から与えられたような、努力では至らないレベルの才能・その人を指し、主にきわめて独自性の高い能力的業績を示した人を評価したり、年若いのにあまりに高い才能を示した人への賛辞的形容に使われる。

一般に天才といえば革命的な発想からの業績を上げた人を指し、それが歴史社会に影響を残すに至ったレベルの人物を指すことが多いが、「○○の天才」といったように芸術スポーツ等様々な分野に一見限定した用法もある。

類似表現として、ギフテッド神童に愛された人などがある。

概要[編集]

能力の多寡によって、天才と一般人とを分類することは非常に困難である。折角素晴らしい能力を持ちながらも、それを発揮する機会もほとんどなく「偏屈人間」として生涯を閉じる者や、病気事故などの不幸により能力を失う、能力を発揮する前に亡くなる者、たとえ才能を存分に発揮しても時流に受け入れられず、生前に評価されずに不遇の人生を閉じるゴッホシューベルトのような天才もたくさんいる。画家のみならず、あらゆる分野においてその時代では考えられない知識理論を唱えて万能人と評されるレオナルド・ダ・ヴィンチも天才と語られる事が多い。

有名な言葉として「神に愛された人は夭折する」と言うレトリックがある(ただし元々のこの言葉は「耄碌したり才能が枯渇したりしないうちに死ねる」という意図である。渡部昇一「ローマ人の知恵」より)。これはその才能が惜しまれながらも早期に失われたことによる評価も含む。

その非常識な感性のため一旦夢中になると常軌を逸して猛突突進してしまい健康を省みないで容易に病死、或いは実質的自殺行為に至ってしまう、といった一部破滅型天才の宿命という事情も絡む。幼少時に周囲からは変人扱いされる問題児で、しかも一般に感受性が豊かであるが故に傷付き易い。家庭人としては様々なケースがあり、型破りな奇人であるにもかかわらず理解ある配偶者に恵まれ家庭人として平穏な生活を送る者、婚姻を繰り返して子孫を沢山残す者、私生活では犯罪的性行為に異常な情熱を注ぐ反面ロマン主義音楽に傑出した才能を発揮し、一方で理想社会探究の志に燃え共産主義と近代教育思想の嚆矢となったジャン=ジャック・ルソーのような偏執病の天才、大学生時代に一目ぼれした女性を生涯、想い続けて死んだウィリアム・ローワン・ハミルトンも一例として挙げられる。要するに、天才とは、非常識で型破りな変人で、本人や周囲の者は不幸ではあるが、人類にとっては幸運にも、たまたま彼等の秀でた才能が社会に発揮された人物といえる。もちろん、必ずしも天才の全てが奇人・変人で夭折するというわけではなく、ゲーテのように天才でありながらバランスのとれた良識に恵まれたために晩年まで活躍し傑出した業績を残す者もいる。

また、近年の脳科学研究では、天才と一般人とで、トータルすれば能力量に差は無いが、天才の場合「一般人であれば誰でも出来ることが出来ない反面、一般人には困難なことをた易くこなしてしまう」という、アンバランスに偏った才能の持ち主であるという説が有力となっている。好きな小説などに関しては一字一句間違えず暗唱できたフォン・ノイマンは、何十年も居住している家の食器の位置すら覚えられなかった。電気工学で傑出した業績を残したエジソンは、微分積分などの高等数学を知らなかった(このため、交流の原理を理解できず電流戦争に敗北したといわれている)史実は有名である。

子孫を残した天才につき、後年子孫の動向を追跡調査したところ、一定の確率にて、やはり型破りな人物が産れることが多い。しかし、彼等の多くは犯罪者や精神病院で生涯を過ごす等、単なる奇人・変人としての不遇な生涯を過ごすことが多い。そのようなことから、天才は、たまたま秀でた才能と、時代の要請や与えられた環境とが、幸運にも合致した者であり、遺伝学的にはむしろ劣性であるとする説すらある(遺伝学的劣性とは非顕在性を指し、社会的「劣等」とは異なるものである)。

そのようなアンバランスに偏った才能のため、天才は、特定分野や一定範囲内に限って優れた才覚を発揮し、芸術音楽美術文学)やスポーツ政治科学数学哲学ほか、様々な分野毎に天才と称される人が見られる。ただし、スポーツなどでの「天才」には「(努力というよりも)持って生まれた才能で成功した人物」というニュアンスもあるため、横綱大鵬のように「私は天才でなく努力家」と天才と言われるのを強く嫌う者も存在する。また、将棋界で「神武以来の天才」といわれながらも盤上の勝負ではついに17歳年長の大山康晴を越えられなかった将棋棋士加藤一二三のように、秀才タイプに勝てずに終わる天才も存在する。

心理学[編集]

多くの天才は、精神障害に苦しむ, 例えば フィンセント・ファン・ゴッホ,[1] トルクァート・タッソ,[2]ヴァージニア・ウルフ, ジョナサン・スウィフト,[3] ジョン・ナッシュ,[4] アーネスト・ヘミングウェイ[5], クルト・ゲーデル, ゲオルク・カントール, アイザック・ニュートン, フリードリヒ・ニーチェ, フリードリヒ・ヘルダーリン

ドイツの病跡学者のヴィルヘルム・ランゲ=アイヒバウムは天才300人から400人を選び、そのうち一生に一度でも精神病を患った人は12~13%であるという数字を発表した。さらに、そのなかから「特に有名な」天才中の天才というべき78人を選ぶと、精神病の人は37%、精神病的な人は83%以上に及ぶとした。健康な人は6.5%にすぎなかった[6][7]

2012年10月9日、創造性と狂気は紙一重とする研究結果が発表された[8]

天才の成り立ち[編集]

天才とは一般に、天性の素質に恵まれて才能を発揮する者とされる。知的活動分野における天才の成り立ちを伝記などから紐解く限りでは、多くが幼少時から才能の示すものが多いものの、必ずしも彼らが幼時から天才として認知されているとは限らない。

逆に「神童(総合的な学業成績に秀でた子供)も、大人になればただの人」などという警句にみられるように、幼い頃に学業成績に秀でたからといっても、それが大人になっても続くとは限らない。

一般に見られる天才のステレオタイプとして規律と型にはまった知識を身に付けることを要求される学校教育では、単に学業成績に秀でた秀才と、斬新な着眼力や独創性を発揮する天才とは、皮肉にも相反する傾向があるというものがあるが、寧ろ例外であることが多い。ただし学問的分野での天才肌の児童は、深い理解に伴う疑問や批判精神が湧き出ることから、扱い難い生徒として教師に敬遠されることもある。だが多くは義務教育課程の成績は優秀で著名な大学に入学し、飛び級する者も多く、幼少時からの学校教育の秀才かつ学者として大成した天才が多い。

天才は、同じ事項をマスターしたときの理解の深さでは、秀才タイプを圧倒的に凌駕する才能を発揮する。しかし、その特異性ゆえに周囲からのいじめも受けやすく、自らの才能を恥じて潰してしまうケースもある。

一方、周囲のサポート等により、子供の頃から問題行動を含めて特異性の見られた人が、挫折せずに努力を続けることにより後年になって高く評価されるケースも多く、そのような特異性を持つ子供を幼い頃から専門的に養育することで、その才能を伸ばそうとする取り組みも古くから行われている。ノーバート・ウィーナーはハーバード大学講師の父に特別な英才教育を授けられ、11歳で大学に入学している。ガウスは小学校に入学した時、彼に数学を教えられる人物がいなかったため、校長がハンブルクから数学の本を取り寄せ自習させた。米国などではギフテッド(意訳すれば「神に祝福された者」)と呼ばれる、専門の教育で才能を開花する余地のある子供らが見出されている。アメリカ教育省は1993年に定義を発表、これに合致する児童に特別な教育(特別支援教育の一種)を与え、その才能を育てようという模索が続けられている。これらでは従来、いわゆる学習障害とみなされていた者も部分的に含まれる場合もある。欠点に着目してそこをカバーするのか、長所を見出してそこを集中的に伸ばすかという問題も絡む。同様に扱われる存在として芸術性を発揮するタレンテッドがある。なお詳しくはギフテッドを参照。

天才的素養を持つ児童の思考特性例[編集]

幼いエジソンは、1+1=1と主張した。2つの泥団子に、片方をもう片方の団子と混ぜれば1である、という考えで、教師を悩ませた。教師は「お前の脳ミソは腐っている」とエジソン少年に発言し、理解出来ないエジソン少年は教師に向かって石版を投げつけた。その他の逸話として、リトマス紙は、一体なぜでは赤色を呈しアルカリでは青色を呈するのか、と、大学の専門課程レベルの疑問或いは、プラスとマイナスの電気量からなるクーロン力、S極とN極とからなる磁力、ではいずれも引力の他に斥力(反発力)を有するのに、なぜ万有引力には斥力が無いのか、そもそも一体全体なぜ全ての物体には引力というものが存在するのかと言う。

天才と凡人(常識)[編集]

天才といえば聞こえが良いが、上述のように、アンバランスに偏った才能の持ち主であるため、芸術スポーツ学問いずれの分野でも、価値観も非常識であるケースが多い。天才芸術家による薬物中毒汚染や金銭感覚の逸脱は余りにも有名であるが、道徳的にも法的にも非常識で、故に善悪の価値観すら欠如している者も多く、結果として、天才による、周囲からの物笑いとなるような「奇行」は、数多い。

良く知られている「天才の奇行」の逸話には、ゴッホが、自画像を描く際に「自分の耳が邪魔だ」と言って自ら耳を切り落とした、といったものがある。但し、ゴッホはてんかんもしくは統合失調症を発症しており、「天才の奇行」が「天才」故の奇行ではなく、精神病や薬物への逃行など環境からのストレスによって引き起こされるものも多い。

しかし「天才の奇行」の逸話が広まるにつれ、わざと意味不明な行為や言動で“天才”と自称する者も少なからず見受けられる。 また、天才は義務教育課程において劣等生であるといった作られたイメージを利用する者もいる。

定義と評価[編集]

エルンスト・クレッチマーは天才の定義を「積極的な価値感情を広い範囲の人々に永続的に、しかも稀に見るほど強く呼び起こすことの出来る人物」とした。チェーザレ・ロンブローゾは「天才は狂気だ」といった。アルトゥル・ショーペンハウアーは「天才は平均的な知性よりは、むしろ狂気に近い」と言った。[9]トーマス・エジソンは「天才とは1%の霊感(ないし閃き)と99%の努力」と述べている。ただしこの言葉は現在一般で言われている意味とは別の意味があることは余り知られていない(後述)。

中には生前には狂人扱いされながらも、後年になってその功績が評価され、天才扱いされるに至った人すら見られる(→ゴッホ)。この辺りは、「天才と狂人は紙一重」という慣用句が如実に物語っている。

知能指数(IQ)で、ある程度の区分をもうける向きもあり、知能指数が130(標準偏差15の場合、またその中央値は100)ないし所定の値を上げ、これを超える辺りから知能面での天才という風潮もかつては見られたが、近年では知能指数の高低は必ずしも客観的に人の知力のすべての側面を包含し数値化できないという見方も出ており、同指標による分類には限界がある。これには、同値が、検査年齢や状況・出題傾向やIQテストに対する慣れなどによっても大きく差が出る点も含まれる。

なお、知能指数の高さは必ずしも天才性(創造性など)とは結びつかない。日本で有名な人物では山下清のように、知的障害があっても芸術面で高い評価を得ている人物も存在する。彼のように特異な一分野でのみ異常ともいえる才能を発揮する人たちも見られる。(→サヴァン症候群

天才の努力とひらめき[編集]

エジソンの言葉として知られている「天才とは1%の霊感(ないし閃き)と99%の努力」だが、この霊感とも呼べる「ひらめき(閃き:inspiration)」が一般に軽視される傾向もままある。99%までもの弛まぬ努力(原文ではperspiration-「流汗」)も確かに必須なのではあるが、1%のひらめきを大切にし、これを生かす事が出来なければ天才ではなく、エジソンは自身を指して自然界のメッセージを受け取る受信機に例えるほどひらめきを重視していた[10]

架空の天才[編集]

天才は古くより、人類の歴史において文明の発展に大きく寄与してきた。このため尊敬と羨望を集める存在としても扱われ、架空の作品中でもしばしば登場する。身近な例では漫画などの大衆娯楽にもしばしばストックキャラクターの類型として登場する。もっとも、作中で「天才少年」などといわれていても、上記の天才の特徴には必ずしも当てはまらない例や、正確には秀才ではないかと思われる例も多い。また、デウス・エクス・マキナ的に「最終的には彼のアイデアで解決」というパターンになることもよくある(たとえば「ひょっこりひょうたん島」の博士)。

このデウス・エクス・マキナ的な舞台装置としての天才は、場合によってはマッドサイエンティストのように、滑稽ないし異常な性格を持つ役柄として登場する事もある。また「自称天才」のようなキャラクターも登場するが、自称の場合では本物の天才に及ばない劣等感から、悲惨な事件を起こすなど歪んだ性格のキャラクターであることも多い。

その一方で天才を人為的に作り出そうというアプローチを取り上げたSF作品も多い。代表的なところとしては『アルジャーノンに花束を』が挙げられるが、この作品では脳への薬理的な働きかけと外科的手法とにより次第に知能が向上して一時的な天才となった者が、愚かだが状況に不満も抱かずに過ごしていた頃から、知能があがるにつれて猜疑心を抱いたり孤独に悩まされたりといった状況を経て、やがて己の知能が失われることに気付いて思い悩み、やがて最初の無垢な愚か者になっていく様子が描かれている。

脚注[編集]

  1. ^ 心身の健康のフィンセント・ファン・ゴッホ
  2. ^ トルクァート・タッソ (1544–1595) - バイオグラフィー、重要なレセプション
  3. ^ ジョナサン・スウィフト
  4. ^ ジョン・ナッシュ - 伝記の
  5. ^ アーネスト・ヘミングウェイ
  6. ^ 『天才 創造のパトグラフィー』福島章 p.78 講談社現代新書 ISBN 4061457217
  7. ^ 『天才―創造性の秘密』 (みすずライブラリー) W. ランゲ=アイヒバウム p.117  ISBN 978-4622050629
  8. ^ http://blog.livedoor.jp/science_q/archives/1680042.html
  9. ^ 『天才の心理学』p.28 エルンスト・クレッチマー 岩波文庫 ISBN 978-4003365816
  10. ^ トーマス・エジソン#ひらめき・『快人エジソン - 奇才は21世紀に甦る』ISBN 4-532-19020-7

関連文献[編集]

関連項目[編集]