カウフボイレン

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カウフボイレン
Kaufbeuren

紋章
カウフボイレンの位置(ドイツ内)
カウフボイレン
カウフボイレン
座標: 北緯47度52分48秒 東経10度37分21秒 / 北緯47.88000度 東経10.62250度 / 47.88000; 10.62250
ドイツの旗 ドイツ
バイエルン州
行政管区 シュヴァーベン行政管区
郡独立市
行政区域 5 市区
行政
 - 市長 シュテファン・ボッセ
面積
 - 計 40.02km2 (15.5mi2)
標高 681 - 860m (-2,141ft)
人口 (2012年12月31日)[1]
 - 計 41,570人
 - 人口密度 1,039人/km² (2,691人/mi²)
郵便番号 87600
市外局番 08341
ナンバープレート KF
自治体コード 09 7 62 000
ウェブサイト www.kaufbeuren.de
カウフボイレン旧市街

カウフボイレン(標準ドイツ語:Kaufbeuren, アレマン語:Kaufbeire)は、ドイツ連邦共和国バイエルン州シュヴァーベン行政管区に属す郡独立市である。この都市はオストアルゴイ郡に完全に囲まれている。

地理[編集]

カウフボイレンはアルゴイ地方東部のヴェルタハ川沿いに位置する。

市区[編集]

  • カウフボイレン(旧市街)
  • ヒルシュツェル
  • ケムナート(クラインケムナート、グロースケムナート)
  • ノイガブロンツ
  • オーバーガブロンツ

歴史[編集]

カウフボイレン(ケムナート)の城(1802年)

カウフボイレンは740年頃に、初めはバイエルン族との国境に近い行政拠点および軍事上の背後拠点として、フランク朝の王領に建設された。ヴェルフェン家の遺領を継いだボイレン家は11世紀末にこの地を本拠地に定めた。最初の文献上の記録は1126年になされている。12世紀末にシュタウフェン家の下で都市に昇格した。1286年2月3日にルドルフ1世により帝国自由都市特権を与えられて以降、1803年までこの地位にあった。カウフボイレンは1377年テック公フリードリヒに、1388年バイエルン公に包囲されたが陥落しなかった。この街は1802年にバイエルン領となった。

1939年から、カウフボイレン北東の森にダイナマイト・ノーベルAG(旧アルフレート・ノーベル & Co.)が建設され、弾薬などでドイツの戦時経済を支えた。マウアーシュテッテンのシュタインホルツ地区にダッハウ強制収容所の外部収容所として設けられたリーダーローエ収容所の収容者がこの工場で強制労働に従事した。第二次世界大戦後、ズデーテン地方ガブロンツ・アン・デア・ナイセからの移住者によって、現在のノイ・ガブロンツ地区が創設された。

1944年5月から1945年4月までの間、旧綿糸紡績工場跡地にダッハウ収容所の外部施設としてアルラハ強制収容所が設けられていた。ここには300人から600人が収容され、BMWで軍需品製造の強制労働に従事した。

現在の行政管区立精神・神経病院は、ナチス専制時代にはファーレンティン・ファルトルハウザーの管理下に約2000人の精神病患者が集められていた。彼らは、安楽死による殺害活動「T4作戦」により、ハダマール、グラーフェネック、ハルトハイムの絶滅収容所に輸送された。これらの犠牲者を偲んで1989年に修道院教会の裏に記念碑が建立された[2]

住民[編集]

人口構成[編集]

年齢別の人口構成は以下の通りである。

15 歳未満 15.4%
15–18 歳 3.3%
18–25 歳 7.9%
25–35 歳 12.2%
35–60 歳 33.6%
60 歳以上 27.5%

東欧からの遅れてきた移住者は約12%と比較的多い。ズデーテン地方からのドイツ系ズデーテン人とならんでドイツ系ロシア人もカウフボイレンに根付いている。外国人全体では人口の20%以上を占めている。

宗教[編集]

カウフボイレン住民は現在、ローマ・カトリック教会に属すものが多い。だが、宗教改革の時代、カウフボイレンはプロテスタントの帝国自由都市であった。かなりの数のプロテスタント信者がいることに、その痕跡を見ることができる。

これらに加えて、自由教会やキリスト教系新興宗教も存在している。キリスト再臨派復古カトリック教会、福音派自由教会、自由福音派教会、ロシア語話者のためのバプテスト教会末日聖徒イエス・キリスト教会などである。

イスラム教少数派のトルコ人クルド人は、カウフボイレンのスンニ派モスクを訪れている。

カウフボイレンの旧市街にはクレセンティア修道院(フランシスコ会)がある。

行政[編集]

市議会[編集]

カウフボイレン市庁舎

市議会は40議席からなる。2014年3月16日の選挙結果に基づく政党別議席数は以下の通りである[3]

政党・政治団体 議席数
CSU 15
Freie Wähler Bayern 7
Kaufbeurer Initiative e.V. 6
SPD 5
B90/G 4
FDP 3

姉妹都市・庇護協力関係[編集]

文化と見所[編集]

フュンフクノプフ塔

カウフボイレンには多くの、特に歴史的な古い見所がある。ゲオルク・フォン・ハウバーリッサーの設計に基づき1879年から1881年にかけて建設された市庁舎がその一つである。1150年に創設されたカウフボイレン修道院(別名: クレセンティア修道院)は聖人マリア・クレセンティア・ヘス(農場の聖アンナ)で有名である。また、多くの見所の中でも

  • フュンフクノプフ塔
  • ヘクセン塔(魔女塔)
  • ゲルバー塔(革なめし塔)
  • プルファー塔(火薬塔)
  • ミュンツ塔
  • ジヴォレン塔
  • ツォルホイシェン(税関小屋)

といった建物は、旧市壁と一体化して造られており、市壁の歩哨路沿いに見て回ることもできる。カウフボイレン市立劇場や芸術の家は訪れるべき文化スポットである。

教会[編集]

聖ドミニクス教会
  • 聖ドミニクス教会はカウフボイレンで最も古い教会である。1182年に建造された後、ゴシック様式に改築され、さらにバロック様式に改造された[4]
  • ローマ・カトリックの聖ブラジウス教会
  • ローマ・カトリックの聖マルティン都市教区教会の歴史は13世紀の先代の建物に遡る。1438年から1443年にゴシック様式に改築された[5]
  • プロテスタントの聖三位一体教会の歴史は1504年に皇帝マクシミリアンが設けた営舎に遡る。これが1604年に教会に改築された[6]

博物館、美術館[編集]

  • 市立博物館
  • 消防博物館
  • 人形劇場博物館
  • ノイガブロンツ・イゼール山地博物館
  • カウフボイレン芸術の家
  • ガブロンツの産業の体験展示会[7]

ネプチューンの泉[編集]

ネプチューンの泉

カウフボイレンの都市活動の中心であるカイザー=マックス通りの真ん中に1753年に建てられたネプチューンの泉がある。特にテンツェルフェスト(ダンス祭)の時期にはカイザー=マックス通りは、ほとんど中世のトーナメント場を思わせるような美しい通りに変貌する。

世界最大の真正なアドヴェンツクランツ[編集]

カウフボイレンのアドヴェンツクランツ(待降節の飾り、アドヴェント・リース)は直径が 8m ある。カウフボイレンの主張によれば、モミの枝で作られた真正なアドヴェンツクランツとしては世界最大のものである。アドヴェントの初日から主の公現の祝日東方三博士が来訪したとされる日で、1月6日)まで、カウフボイレンのネプチューンの泉に飾られる。このクランツの蜜蝋製のロウソクの高さは約150cm、重さは約150kgある。クランツは布製のリボンでネプチューンの三叉の矛に掛けられる。アドヴェント初日にプロテスタントの牧師とカトリックの主任司祭の祝福とともに最初のロウソクに火がともされる。プロテスタント信者らは夕方になるとアドヴェンツクランツで歌を歌い、歴史を語り、甘い菓子を配る。これは「Betthupferl」(ベットフプフェルト、寝る前につまむ菓子や寝酒を意味する)と呼ばれる。

スポーツ[編集]

カウフボイレンはアイスホッケークラブの ESVカウフボイレンで知られている。このクラブは1994年のドイツ・アイスホッケー・リーガの創設メンバーであった。

サッカークラブの SpVggカウフボイレンは、フランツ・ロート、カール・ボルッタ、ペーター・クプファーシュミットといった有名選手を輩出している。このクラブは2009年に100年祭を祝った。この他に、FSGカウフボイレンやアルト・シュッツェン・カウフボイレンといったクラブがある。

余暇[編集]

  • ヨルダン・バーデパルク: 屋外・屋内プールがある。
  • ノイガブロンツ屋外プール
  • コロナ=キノプレックス: シネマコンプレックス
  • オール・カート: 屋内カート場
テンツェルフェスト

年中行事[編集]

テンツェルフェストは毎年夏休み前の7月に開催される。これはバイエルンで最も古い子供祭である。伝統的な古代、中世、近世初期の衣装を身につけてのパレードやステージが開催されるが、これは15世紀の皇帝マクシミリアン1世の来訪を記念したものである。

経済と社会資本[編集]

アクティエンブラウエライのロゴ

繊維手工業、繊維売買が発展した後、クリストフ・フリードリヒ・ハインツェルマンと地元商人の家族らは1939年に紡績・織布工場モムを創設した(2005年に倒産)。この他に伝統的なビール醸造業もカウフボイレンの経済的ファクターの一つである。最盛時には16あったブルワリーのうちアクティエンブラウエライだけが現在も存在している。1933年から1935年に建設され、冷戦終結まで存続していたオーバーボイレン地区の空軍基地も重要な経済因子の一つであった。1980年代以降、この施設は空軍の訓練センターとして利用されている。オリンピアに買収されたかつての印刷機メーカー、アルピナ社に関連して、1970年代から1980年代にオートメーション技術、計測技術、制御技術に関わる中小企業主体の電子技術産業が発展した。この他の大口雇用主には公共サービスや建設業がある。

交通[編集]

道路交通[編集]

カウフボイレンには2つの連邦道が通っている。B12号線はカウフボイレンに直接接続し、B16号線はカウフボイレンを通過している。最寄りのアウトバーンはA96号線で、カウフボイレンの北約15kmを走っている。アクセスには拡幅されたB12号線を利用する。チロル州ロイテに通じるA7号線(フレンスブルク - フュッセン)へは、車で30分ほどの距離である。まず、B16号線でマルクトオーバードルフへ至り、ここから州道2008号線でネッセルヴァング・インターチェンジを利用する。

鉄道交通[編集]

カウフボイレンはアルゴイ鉄道沿線のミュンヘンリンダウとの間に位置している。この路線は電化されていない。ドイツ鉄道の廃止されたインターレギオの代替としてミュンヘン - オベルストドルフ間で運行されているアリファ=レンダーバーン=エクスプレス(略して「アレックス」と呼ばれる)がカウフボイレンに停車する。

ミュンヘンやアウクスブルクの拡大市場範囲という位置にあることから多くの通勤者がいる。

1927年までカウフボイレンでアルゴイ鉄道から分岐してショーンガウに至る支線カウフボイレン - ショーンガウ線があった。この路線は廃止され、一部が自転車道として利用されている。

航空交通[編集]

カウフボイレンの南には旧軍用飛行場が存在している。この施設には現在も空軍が駐留しているが、地元のスポーツ飛行クラブが利用している[8]

メディア[編集]

アルゴイアー・ツァイトゥングは、カウフボイレン地方版を作成している。ラジオ・オストアルゴイを対象エリアとするローカル番組を提供している。

教育[編集]

基礎課程・本課程学校[編集]

  • アーダルベルト・シュティフター国民学校(基礎課程学校)
  • ベートーヴェン国民学校(基礎課程・本課程学校)
  • グスタフ・ロイテルト国民学校(基礎課程・本課程学校)
  • イェルク・レーデラー国民学校(本課程学校)
  • 国民学校ヒルシュツェル(基礎課程学校)
  • 国民学校オーバーボイレン(基礎課程・本課程学校)
  • コンラーディン国民学校(基礎課程学校)
  • シュラーダー国民学校(基礎課程・本課程学校)

養護学校[編集]

  • ヨーゼフ・ランデス・シューレ
  • ルートヴィヒ・ラインハルト・シューレ

上級学校[編集]

  • ゾフィー・ラ・ロシュ実科学校
  • マエリエン女子実科学校
  • ヤーコプ・ブルッカー・ギムナジウム
  • マリエン女子ギムナジウム
  • 州立専門上級学校 (FOS)
  • 州立職業上級学校 (BOS)
  • 私立経済学校フレンツェルe.V.

職業学校、職業専門学校[編集]

  • 州立職業学校(経済および経営、電子技術、木材加工技術、金属加工技術、色彩技術)
  • 州立家政職業専門学校
  • 州立幼児保育職業専門学校
  • 州立ガラスと装飾の職業専門学校
  • 看護職業専門学校
  • シュヴァーベン行政管区立病院の看護職業専門学校
  • 老人介護専門学校
  • 州立農業経済技術学校

その他の学校[編集]

官庁[編集]

  • カウフボイレン職業安定所
  • カウフボイレン税務署
  • カウフボイレン農業局
  • カウフボイレン警察監査部・刑事警察
  • 空軍技術学校
  • 技術救援機関
  • ケンプテン州立建設局
  • カウフボイレン区裁判所

人物[編集]

出身者[編集]

ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー

ゆかりの人物[編集]

引用[編集]

参考文献[編集]

  • Jürgen Kraus, Stefan Fischer: Die Stadt Kaufbeuren. Band I: Geschichte und Gegenwart. Thalhofen: Bauer, ISBN 978-3-930888-60-3.
  • Jürgen Kraus, Stefan Dieter (Hrsgg.): Die Stadt Kaufbeuren. Band II: Kunstgeschichte, Bürgerkultur und religiöses Leben. Thalhofen: Bauer, ISBN 978-3-930888-79-5.
  • Jürgen Kraus, Stefan Dieter, Jörg Westerburg (Hrsgg.): Die Stadt Kaufbeuren. Band III: Wirtschaftsentwicklung, Sozialgeschichte und Bevölkerungsstruktur. Thalhofen: Bauer, ISBN 978-3-930888-99-3.
  • Helmut Lausser: Kompendium der Quellen zur Geschichte Kaufbeurens im Mittelalter. Thalhofen: Bauer (mehrbändige Reihe)

テレビ[編集]

  • 絵本「ドイツ」 — カウフボイレン、バイエルン放送、初回放送日: 2008年4月6日

外部リンク[編集]