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== 概要 ==
== 概要 ==
BCGは、実験室で長期間培養を繰り返すうちに、[[ヒト]]に対する毒性が失われて[[抗原性]]だけが残った結核菌であり、BCGワクチンはBCGを人為的にヒトに接種して感染させることで、[[結核]]に罹患することなく、結核菌に対する[[免疫]]を獲得させることを目的としたものである。
BCGは、実験室で長期間培養を繰り返すうちに、[[ヒト]]に対する毒性が失われて[[抗原性]]だけが残った結核菌であり、BCGワクチンはBCGを人為的にヒトに接種して感染させることで、[[結核]]に罹患することなく、結核菌に対する[[免疫]]を獲得させる(メモリーT細胞に記憶<ref>辻村邦夫, 小出幸夫, 「結核菌抗原認識とT細胞免疫」『結核』 85巻 6号 p.509-514, 2010-06-15, {{naid|10030262954}}<!--2020/4/2 時点電子化されていない--></ref>)ことを目的としたものである。


BCGワクチンは、2015年現在実用化されている唯一の、結核の予防に有効なワクチンである。乳幼児結核の予防や重症化の予防の効果が広く認められている(80%程度の有効性<ref name="WHO1999">Fine PE ''et al.'' "Issues relating to the use of BCG in immunization programmes." [http://www.who.int/vaccines-documents/DoxGen/H5-DCO.htm ''WHO documentation''] (1999)</ref>)が、成人結核に対する効果は調査地域などによるばらつきが大きいため(0 - 80%<ref name="WHO1999"/>、総合すると50%程度<ref>Colditz GA ''et al.'' "Efficacy of BCG vaccine in the prevention of tuberculosis. Meta-analysis of the published literature." '' [[ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション|JAMA]]'' 271, 698-702 (1994) PMID 8309034</ref>)、BCGワクチン接種を実施するかどうかについては、国ごとに判断が分かれている。
BCGワクチンは、2015年現在実用化されている唯一の、結核の予防に有効なワクチンである。乳幼児結核の予防や重症化の予防の効果が広く認められている(80%程度の有効性<ref name="WHO1999">Fine PE ''et al.'' "Issues relating to the use of BCG in immunization programmes." [http://www.who.int/vaccines-documents/DoxGen/H5-DCO.htm ''WHO documentation''] (1999)</ref>)が、成人結核に対する効果は調査地域などによるばらつきが大きいため(0 - 80%<ref name="WHO1999"/>、総合すると50%程度<ref>Colditz GA ''et al.'' "Efficacy of BCG vaccine in the prevention of tuberculosis. Meta-analysis of the published literature." '' [[ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション|JAMA]]'' 271, 698-702 (1994) PMID 8309034</ref>)、BCGワクチン接種を実施するかどうかについては、国ごとに判断が分かれている。


また[[ハンセン病]]など、他の[[抗酸菌]]感染症に対する予防効果も認められている。極めて希ではあるが、偶然結核菌が皮膚に感染し、BCGワクチンと同様の効果を発揮することがある。これを'''[[結核#真性(真正)皮膚結核|皮膚初感染病巣]]'''と呼び[[結核#皮膚結核|皮膚結核]]の一つに挙げられる。
また[[ハンセン病]]など、他の[[抗酸菌]]感染症に対する予防効果も認められている。極めて希ではあるが、偶然結核菌が皮膚に感染し、BCGワクチンと同様の効果を発揮することがある。これを'''[[結核#真性(真正)皮膚結核|皮膚初感染病巣]]'''と呼び[[結核#皮膚結核|皮膚結核]]の一つに挙げられる。
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[[1881年]]には[[ルイ・パスツール]]が実験室での培養によって弱毒化[[炭疽菌]]株を作り出すことに成功し、これを用いた世界初の弱毒生ワクチンが作成された。弱毒菌株を人工的に作り出すことで、弱毒菌株が自然界に存在しない感染症でもワクチンの開発が可能であることを示したものであった。
[[1881年]]には[[ルイ・パスツール]]が実験室での培養によって弱毒化[[炭疽菌]]株を作り出すことに成功し、これを用いた世界初の弱毒生ワクチンが作成された。弱毒菌株を人工的に作り出すことで、弱毒菌株が自然界に存在しない感染症でもワクチンの開発が可能であることを示したものであった。


[[20世紀]]初頭、[[フランス]]の[[パスツール研究所]]の研究者であった[[アルベール・カルメット]](Albert Calmette)と[[:en:Camille Guérin|カミーユ・ゲラン]](Camille Guérin)が、ウシ型菌の強毒株の一つであるNocard株を継代培養してBCGの元になる菌株を作製した。病原細菌では実験室で人工的に培養を繰り返す(継代培養)うちに毒性が弱くなる現象がよく観察されるが、ウシ型菌は増殖の遅い[[抗酸菌]]の一種であったため、作製には13年間、230代にわたる、ウシ胆汁加バレイショ培地による継代培養が行われた。その結果作り出された菌株は元のウシ型菌より遥かに弱毒性で、ヒトに対してほとんど病原性を示さないほぼ無害なものに変化した。
[[20世紀]]初頭、[[フランス]]の[[パスツール研究所]]の研究者であった[[アルベール・カルメット]](Albert Calmette)と[[:en:Camille Guérin|カミーユ・ゲラン]](Camille Guérin)が、ヒトに対し病原性を有しないウシ型結核(''Mycobacterium bovis'')の強毒株の一つであるNocard株を13年間(231代)継代培養<ref name=faruawpsj.49.3_206>瀧井猛将, 林大介, 山本三郎, 「[https://doi.org/10.14894/faruawpsj.49.3_206 結核ワクチンの新しい展開]」『ファルマシア』 2013年 49巻 3号 p.206-210, {{doi|10.14894/faruawpsj.49.3_206}}。</ref>してBCGの元になる菌株を作製した<ref name=kekkaku1923.57.329>橋本達一郎, 「[https://doi.org/10.11400/kekkaku1923.57.329 BCGによる結核予防接種]」『結核』 1982年 57巻 6号 p.329-334, 日本結核病学会, {{doi|10.11400/kekkaku1923.57.329}}。</ref>。病原細菌では実験室で人工的に培養を繰り返す(継代培養)うちに毒性が弱くなる現象がよく観察されるが、ウシ胆汁加バレイショ培地による継代培養が行われた<ref name="TOIDA"/>。その結果作り出された菌株は元のウシ型菌より遥かに弱毒性で、ヒトに対してほとんど病原性を示さないほぼ無害なものに変化した。


[[1921年]]に[[パリ]]において、母乳に混ぜて乳児に経口的に投与され、乳児結核症に対して著明な予防効果を示したことから世界的に注目され、各国に配布されて結核予防のための弱毒生菌ワクチンとして利用されるようになった。以後、国ごとに継代培養されていった結果、現存するBCGには国ごとに遺伝的な違いが生じている。
[[1921年]]に[[パリ]]において、母乳に混ぜて乳児に経口的に投与され、乳児結核症に対して著明な予防効果を示した<ref name="TOIDA"/>ことから世界的に注目され、各国に配布されて結核予防のための弱毒生菌ワクチンとして利用されるようになった。以後、国ごとに継代培養されていった結果、現存するBCGには国ごとに遺伝的な違いが生じている。


[[1926年]]に[[ノルウェー]]の[[:no:Johannes Heimbeck|ヨハネス・ハイムバック]]が皮下接種法を考案したが、皮膚に膿瘍や難治性潰瘍を形成するなど問題が多かった。
[[1926年]]に[[ノルウェー]]の[[:no:Johannes Heimbeck|ヨハネス・ハイムバック]]が皮下接種法を考案したが、皮膚に膿瘍や難治性潰瘍を形成するなど問題が多かった<ref name="TOIDA"/>。[[1928年]]に[[スゥエーデン]]の小児科医[[:sv:Arvid Wallgren|アルビッド・ヴァルグレン]]が皮内接種法を開発して成功し、接種普及に努めた。さらに安全な方法として、1930年代から経皮接種法が研究された。接種器具については各国で様々なものが使用されているが、日本の9本管針を用いる乱刺器具は、[[1961年]]朽木五郎作の考案による
[[1928年]]に[[スゥエーデン]]の小児科医[[:sv:Arvid Wallgren|アルビッド・ヴァルグレン]]が皮内接種法を開発して成功し、接種普及に努めた。
さらに安全な方法として、1930年代から経皮接種法が研究された。接種器具については各国で様々なものが使用されているが、日本の9本管針を用いる乱刺器具は、[[1961年]]朽木五郎作の考案による。


[[第二次世界大戦]]の後、その被害を大きく受けた東欧諸国を中心に、結核の世界的蔓延が危惧された。そこで[[デンマーク]][[赤十字社]]は[[1947年]]、[[ポーランド]]や[[ドイツ]]などに医療チームを派遣してBCGワクチン接種を積極的に行った。その翌年には[[スウェーデン]]赤十字社と[[ノルウェー]]のヨーロッパ救済機構が同調し、[[国際連合児童基金]](UNICEF)がこれに基金の提供を行った。この活動に[[世界保健機関]](WHO)と被支援国側の衛生当局が加わり、国際結核キャンペーン(ITC, International Tuberculosis Campaign)が行われ、BCGワクチン接種が世界中に広まるきっかけになった。ITCの活動は[[1951年]]にWHOに移管され、[[1974年]]には、WHOが推進する予防接種拡大計画(EPI, Expanded Programme on Immunization)のプログラムの中に、[[急性灰白髄炎|ポリオ]]、[[麻疹]]、[[破傷風]]、[[百日咳]]、[[ジフテリア]]に対するそれぞれのワクチンとともに、結核用予防ワクチンとしてBCGが加えられ、特に小児疾患の予防という観点から世界中に普及することになった。
[[第二次世界大戦]]の後、その被害を大きく受けた東欧諸国を中心に、結核の世界的蔓延が危惧された。そこで[[デンマーク]][[赤十字社]]は[[1947年]]、[[ポーランド]]や[[ドイツ]]などに医療チームを派遣してBCGワクチン接種を積極的に行った。その翌年には[[スウェーデン]]赤十字社と[[ノルウェー]]のヨーロッパ救済機構が同調し、[[国際連合児童基金]](UNICEF)がこれに基金の提供を行った。この活動に[[世界保健機関]](WHO)と被支援国側の衛生当局が加わり、国際結核キャンペーン(ITC, International Tuberculosis Campaign)が行われ、BCGワクチン接種が世界中に広まるきっかけになった。ITCの活動は[[1951年]]にWHOに移管され、[[1974年]]には、WHOが推進する予防接種拡大計画(EPI, Expanded Programme on Immunization)のプログラムの中に、[[急性灰白髄炎|ポリオ]]、[[麻疹]]、[[破傷風]]、[[百日咳]]、[[ジフテリア]]に対するそれぞれのワクチンとともに、結核用予防ワクチンとしてBCGが加えられ、特に小児疾患の予防という観点から世界中に普及することになった。


'''日本とBCG'''<ref name="TOIDA">戸井田一郎, {{PDFlink|[http://www.jata.or.jp/rit/rj/tenbo/48toida.pdf BCGの歴史:過去の研究から何を学ぶべきか]}}『呼吸器疾患 結核資料と展望No.48 p.15-40. 2004年, {{naid|10029298336}}, ([http://www.jata.or.jp/ 財団法人結核予防会結核研究所])202042日閲覧</ref><ref name="JapanBCG">日本ビーシージー製造株式会社 Japan BCG Laboratory [https://www.bcg.gr.jp/general/cat1/post_6.html 結核とBCGの歩み] 2020年3月30日閲覧</ref>

'''[[日本]]とBCG'''<ref name="TOIDA">戸井田一郎「BCGの歴史:過去の研究から何を学ぶべきか」資料と展望No.48 p15-40. 2004年 [http://www.jata.or.jp/rit/rj/tenbo/48toida.pdf PDFファイル]([http://www.jata.or.jp/ 財団法人結核予防会結核研究所])20161115日閲覧</ref><ref name="JapanBCG">日本ビーシージー製造株式会社 Japan BCG Laboratory [https://www.bcg.gr.jp/general/cat1/post_6.html 結核とBCGの歩み] 2020年3月30日閲覧</ref>
* [[1924年]]:[[志賀潔]]が直接カルメットから分与された菌株(日本株)に由来する、BCG Tokyo172株が導入された。
* [[1924年]]:[[志賀潔]]が直接カルメットから分与された菌株(日本株)に由来する、BCG Tokyo172株が導入された。
* [[1936年]]:大阪帝国大学医学部附属医院で看護婦、生徒に対するBCG接種試験実施。
* [[1936年]]:大阪帝国大学医学部附属医院で看護婦、生徒に対するBCG接種試験実施。
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* [[1951年]]:近代的な「結核予防法」施行。法律による接種(皮内)小学校就学前の乳幼児を対象、毎年ツベルクリン反応陽性以外なら接種。
* [[1951年]]:近代的な「結核予防法」施行。法律による接種(皮内)小学校就学前の乳幼児を対象、毎年ツベルクリン反応陽性以外なら接種。
* [[1967年]]:皮内接種法から管針を用いて行う現在の経皮接種法に変更。
* [[1967年]]:皮内接種法から管針を用いて行う現在の経皮接種法に変更。
* [[1974年]]:BCG接種の定期化。乳幼児(4歳未満)、小学校1年生、中学校2年生の3回に定期化。
* 1974年:BCG接種の定期化。乳幼児(4歳未満)、小学校1年生、中学校2年生の3回に定期化。
* [[2005年]]:接種対象者が生後6ヵ月までに変更され、事前のツベルクリン反応検査を省略する直接接種となる。
* [[2005年]]:接種対象者が生後6ヵ月までに変更され、事前のツベルクリン反応検査を省略する直接接種となる。
* [[2007年]]:結核予防法が感染症法に併合される。
* [[2007年]]:結核予防法が感染症法に併合される。
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== 適応 ==
== 適応 ==
* 結核予防、結核菌と類縁の[[らい菌]]が原因となる[[ハンセン病]]に対しても、20-80%の予防効果を示す<ref name="WHO1999"/>。この他の抗酸菌感染症の予防にも有効な場合がある。
* 結核予防、結核菌と類縁の[[らい菌]]が原因となる[[ハンセン病]]に対しても、20-80%の予防効果を示す<ref name="WHO1999"/>。この他の抗酸菌感染症の予防にも有効な場合がある。
* [[膀胱癌]] - BCG療法(生理的食塩水で希釈して尿道カテーテルで膀胱内に注入)<ref>内田豊昭、小林健一、本田直康 ほか、[https://hdl.handle.net/2433/118639 膀胱腫瘍に対するBCG注入療法] 泌尿器科紀要 31巻 10号 (1985), {{hdl|433/118639}}</ref>
* [[膀胱癌]] - BCG療法(生理的食塩水で希釈して尿道カテーテルで膀胱内に注入)<ref>内田豊昭、小林健一、本田直康 ほか、[https://hdl.handle.net/2433/118639 膀胱腫瘍に対するBCG注入療法]」『泌尿器科紀要 31巻 10号 1985, {{hdl|433/118639}}</ref>


== 結核予防効果 ==
== 結核予防効果 ==
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という特徴がある。このため、
という特徴がある。このため、
# 効果が半永久的に持続する
# 効果が半永久的に持続する
# 死菌ワクチンでは誘導できない[[細胞性免疫]]([[マクロファージ]]や[[細胞傷害性T細胞]]などによる免疫。細胞内感染の排除に必要)が誘導可能である
# 死菌ワクチンでは誘導できない[[細胞性免疫]]([[マクロファージ]]や[[細胞傷害性T細胞]]などによる免疫。細胞内感染の排除に必要)が誘導可能である、という利点がある。[[結核菌]]は細胞内寄生体であり、特に活性化マクロファージによる細胞性免疫が感染防御に重要であることから、死菌ワクチンや成分ワクチンでは十分な[[免疫]]が得られないため、弱毒生菌ワクチンが必要である。
# 使用菌株の差違、凍結乾燥に対する耐性の差は、最終的に獲得する免疫能の差となって現れる<ref name=kekkaku1923.57.329 />。なお、日本株は耐高温多湿環境能力に優れている<ref name=kekkaku1923.57.329 />。
という利点がある。[[結核菌]]は細胞内寄生体であり、特に活性化マクロファージによる細胞性免疫が感染防御に重要であることから、死菌ワクチンや成分ワクチンでは十分な[[免疫]]が得られないため、弱毒生菌ワクチンが必要である。

ワクチンによる感染防止効果は接種から約10年から15年程度で減弱する<ref name=faruawpsj.49.3_206 />が、このメモリーT細胞による免疫記憶が薄れてしまった状態から、追加免疫を記憶させるためにブーストワクチンを開発する研究が行われている<ref name=faruawpsj.49.3_206 />。


BCGワクチンの接種体制は、国ごとに異なる。
BCGワクチンの接種体制は、国ごとに異なる。
* 定期予防接種:フランス、[[インド]]、[[ロシア]]、[[日本]]、[[大韓民国]]など
* 定期予防接種:フランス、[[インド]]、[[ロシア]]、日本、[[大韓民国]]など
* ハイリスク群にのみ予防接種:[[ドイツ]]、[[オランダ]]、[[スウェーデン]]など
* ハイリスク群にのみ予防接種:[[ドイツ]]、[[オランダ]]、[[スウェーデン]]など
* 定期予防接種としては実施せず(任意接種):[[アメリカ合衆国]]など
* 定期予防接種としては実施せず(任意接種):[[アメリカ合衆国]]など


BCGワクチンの有効性については開発当初から多くの試験が行われてきたが、調査ごとに結果のばらつきが大きく、その予防効果を疑問視する声も聞かれる。少なくとも、乳幼児結核と、結核性髄膜炎など血行性に広まる結核病変については阻止する効果があることは認められているが、成人に経気道感染した肺結核に対する予防効果について意見が分かれている。代表的な大規模野外調査の結果としては、[[イギリス]]での調査報告で20年間で77%の予防効果が見られるというもの([[1977年]])、インドの{{仮リンク|チングルプット|en|Chengalpattu}}での15年間の追跡調査報告で成人結核には全く予防効果が見られなかったというもの([[1980年]])が挙げられる。このほか比較的小規模な調査結果まで合わせると、[[カナダ]]、イギリス、[[ハイチ]]などでは有効性を支持する結果が、インド、アメリカでは有効性が低い結果がそれぞれ得られている。日本では初期に行われた小規模な調査結果からその有用性が支持されている<ref name="TOIDA">戸井田一郎「BCGの歴史:過去の研究から何を学ぶべきか」「資料と展望」No.48 p15-40. 2004年 [http://www.jata.or.jp/rit/rj/tenbo/48toida.pdf PDFファイル]([http://www.jata.or.jp/ 財団法人結核予防会結核研究所])2016年11月15日閲覧</ref>。アメリカで1935-1938年にかけて約2800名の結核未感染者を対象とした大規模な前向き研究では、ワクチンの効力は52%と推定された<ref name="TOIDA"/>。この臨床研究ではワクチンの効果は経年的な低減が認められず、統計的に1回のワクチン接種で50-60年間の有効性が持続することが示唆された(ワクチンの効果は女性より男性の方が維持される傾向にあった)<ref name="TOIDA"/>。ワクチン接種の時期や種族、接種回数、既往歴、INH投与履歴などはワクチンの効果には影響を及ぼさなかった<ref name="TOIDA"/>。
BCGワクチンの有効性については開発当初から多くの試験が行われてきたが、調査ごとに結果のばらつきが大きく、その予防効果を疑問視する声も聞かれる。少なくとも、乳幼児結核と、結核性髄膜炎など血行性に広まる結核病変については阻止する効果があることは認められているが、成人に経気道感染した肺結核に対する予防効果について意見が分かれている。代表的な大規模野外調査の結果としては、[[イギリス]]での調査報告で20年間で77%の予防効果が見られるというもの([[1977年]])、インドの{{仮リンク|チングルプット|en|Chengalpattu}}での15年間の追跡調査報告で成人結核には全く予防効果が見られなかったというもの([[1980年]])が挙げられる。このほか比較的小規模な調査結果まで合わせると、[[カナダ]]、イギリス、[[ハイチ]]などでは有効性を支持する結果が、インド、アメリカでは有効性が低い結果がそれぞれ得られている。日本では初期に行われた小規模な調査結果からその有用性が支持されている<ref name="TOIDA"/>。アメリカで1935-1938年にかけて約2800名の結核未感染者を対象とした大規模な前向き研究では、ワクチンの効力は52%と推定された<ref name="TOIDA"/>。この臨床研究ではワクチンの効果は経年的な低減が認められず、統計的に1回のワクチン接種で50-60年間の有効性が持続することが示唆された(ワクチンの効果は女性より男性の方が維持される傾向にあった)<ref name="TOIDA"/>。ワクチン接種の時期や種族、接種回数、既往歴、INH投与履歴などはワクチンの効果には影響を及ぼさなかった<ref name="TOIDA"/>。


ばらつきが大きい理由については、いくつかの理由が指摘されている<ref name="WHO1999"/>。まず第一に、ワクチンに使用しているBCG株の違いが挙げられる。BCG株が各国で培養を繰り返されているうちに変異して、有効性を失った株が使用されていた可能性が指摘されており、近年では、より元のパスツール株に近く、予防効果があるという結果を示しているBCG株を、WHOが選択収集して各国に配布している。第二に、調査を行った地域で結核がどの程度流行しているかも、調査結果に大きく影響している。例えば、チングルプットは結核の頻度が極めて高い地域であったため、ほとんどの乳幼児がワクチン接種前に結核菌と接触してしまっていたことが、BCGワクチンの効果が見られなかった理由の一つとして考えられている。このほか、環境中に生育している抗酸菌の量や、流行している結核菌の菌株の違い、ヒトの遺伝的素因など、さまざまな理由がその候補として挙げられている。
ばらつきが大きい理由については、いくつかの理由が指摘されている<ref name="WHO1999"/>。まず第一に、ワクチンに使用しているBCG株の違いが挙げられる。BCG株が各国で培養を繰り返されているうちに変異して、有効性を失った株が使用されていた可能性が指摘されており、近年では、より元のパスツール株に近く、予防効果があるという結果を示しているBCG株を、WHOが選択収集して各国に配布している。第二に、調査を行った地域で結核がどの程度流行しているかも、調査結果に大きく影響している。例えば、チングルプットは結核の頻度が極めて高い地域であったため、ほとんどの乳幼児がワクチン接種前に結核菌と接触してしまっていたことが、BCGワクチンの効果が見られなかった理由の一つとして考えられている。このほか、環境中に生育している抗酸菌の量や、流行している結核菌の菌株の違い、ヒトの遺伝的素因など、さまざまな理由がその候補として挙げられている。
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当初は経口投与されていたが、[[1923年]]には効果の増大を目的として皮下注射法が行われるようになって以降、この皮下注射での副反応が問題視されてきた。これを軽減するために皮内注射法が採用され、さらに国によっては経皮接種法(皮膚に針などで小さな傷をつけ、そこから吸収させる方法)へと、投与方法は移行している。
当初は経口投与されていたが、[[1923年]]には効果の増大を目的として皮下注射法が行われるようになって以降、この皮下注射での副反応が問題視されてきた。これを軽減するために皮内注射法が採用され、さらに国によっては経皮接種法(皮膚に針などで小さな傷をつけ、そこから吸収させる方法)へと、投与方法は移行している。


日本では、1951年の結核予防法大改正によって凍結乾燥BCGワクチンの接種が法制化された<ref name=kekkaku1923.82.809>戸井田一郎、中田志津子、[https://doi.org/10.11400/kekkaku1923.82.809 日本におけるBCG接種による重大な有害事象] 結核 82巻 (2007) 11号 p.809-824, {{doi|10.11400/kekkaku1923.82.809}}</ref>。
日本では、1951年の結核予防法大改正によって凍結乾燥BCGワクチンの接種が法制化された<ref name=kekkaku1923.82.809>戸井田一郎、中田志津子、[https://doi.org/10.11400/kekkaku1923.82.809 日本におけるBCG接種による重大な有害事象]」『結核 82巻 11号 2007年 p.809-824, {{doi|10.11400/kekkaku1923.82.809}}</ref>。


== 副反応 ==
== 副反応 ==
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: 局所的な炎症や発熱
: 局所的な炎症や発熱
; 重篤な例<ref name=kekkaku1923.82.809 /><ref name=jspid />
; 重篤な例<ref name=kekkaku1923.82.809 /><ref name=jspid />
: リンパ節炎、骨髄炎<ref>川谷圭司、笠井正志, 樋口司、{{PDFlink|[http://s-igaku.umin.jp/DATA/62_03/63_03_05.pdf 骨掻爬術後,無投薬経過観察中に再燃したBCG 骨髄炎の1例]}} 信州医学会 信州医学雑誌(第62巻3号)p.173-</ref>、結核性膿瘍、結核性潰瘍
: リンパ節炎、骨髄炎<ref>川谷圭司、笠井正志, 樋口司、[https://doi.org/10.11441/shinshumedj.62.173 骨掻爬術後,無投薬経過観察中に再燃したBCG 骨髄炎の1例]」『信州医学会 信州医学雑誌62巻 3号p.173-178, 2014年, {{doi|10.11441/shinshumedj.62.173}}</ref>、結核性膿瘍、結核性潰瘍
; 免疫抑制状態にある者
; 免疫抑制状態にある者
: [[後天性免疫不全症候群|エイズ]]患者では、ワクチンとして接種されたBCGによる全身感染の例が報告されている。健常者には希に[[結核#皮膚結核|皮膚結核]]の一つである[[結核#結核疹|腺病様苔癬]]という結核アレルギー性皮膚疾患が発症することがある。
: [[後天性免疫不全症候群|エイズ]]患者では、ワクチンとして接種されたBCGによる全身感染の例が報告されている。健常者には希に[[結核#皮膚結核|皮膚結核]]の一つである[[結核#結核疹|腺病様苔癬]]という結核アレルギー性皮膚疾患が発症することがある。
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== 2019新型コロナウイルスへの適用 ==
== 2019新型コロナウイルスへの適用 ==
{{Main|2019新型コロナウイルスによる急性呼吸器疾患#BCGワクチン}}
{{Main|2019新型コロナウイルスによる急性呼吸器疾患#BCGワクチン}}
2020年3月27日、[[オーストラリア]]の研究機関、マードック・チルドレンズ研究所は、[[2019新型コロナウイルス|新型コロナウイルス]]に有効かどうかを確認するため、結核予防に使われるBCGワクチンの臨床試験を行うと発表した<ref>[https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200327/k10012354671000.html 豪 BCGワクチン 新型コロナウイルスに有効か臨床試験へ ] NHKオンライン 2020年3月27日 22時56分</ref>。
2020年3月27日、[[オーストラリア]]の研究機関、マードック・チルドレンズ研究所は、[[2019新型コロナウイルス|新型コロナウイルス]]感染症の重症化抑制に有効かどうかを確認するため、結核予防に使われるBCGワクチンの臨床試験を行うと発表した<ref>[https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200327/k10012354671000.html 豪 BCGワクチン 新型コロナウイルスに有効か臨床試験へ] NHKオンライン 2020年3月27日 22時56分</ref>。


== 出典 ==
== 出典 ==
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== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
* [https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/398-tuberculosis-intro.html 感染症の話・結核] - [[国立感染症研究所]]
* [https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/398-tuberculosis-intro.html 感染症の話・結核] - [[国立感染症研究所]]

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[[カテゴリ:ワクチン]]
[[カテゴリ:ワクチン]]

2020年4月2日 (木) 01:31時点における版

BCGの顕微鏡写真(チールニールセン染色

BCG: Bacille de Calmette et Guérin の略、カルメット・ゲラン桿菌)とは、ウシ型結核菌Mycobacterium bovis)の実験室培養を繰り返して作製された細菌、および、それを利用した結核に対する生ワクチンBCGワクチン)のこと[1]。本来は前者にあたる細菌そのものを指す語であったが、一般社会や医学分野では後者を単に「BCG」と呼ぶことが多い。以下、本項では前者を「BCG」、後者を「BCGワクチン」と表記する。

概要

BCGは、実験室で長期間培養を繰り返すうちに、ヒトに対する毒性が失われて抗原性だけが残った結核菌であり、BCGワクチンはBCGを人為的にヒトに接種して感染させることで、結核に罹患することなく、結核菌に対する免疫を獲得させる(メモリーT細胞に記憶[2])ことを目的としたものである。

BCGワクチンは、2015年現在実用化されている唯一の、結核の予防に有効なワクチンである。乳幼児結核の予防や重症化の予防の効果が広く認められている(80%程度の有効性[3])が、成人結核に対する効果は調査地域などによるばらつきが大きいため(0 - 80%[3]、総合すると50%程度[4])、BCGワクチン接種を実施するかどうかについては、国ごとに判断が分かれている。

またハンセン病など、他の抗酸菌感染症に対する予防効果も認められている。極めて希ではあるが、偶然結核菌が皮膚に感染し、BCGワクチンと同様の効果を発揮することがある。これを皮膚初感染病巣と呼び皮膚結核の一つに挙げられる。

歴史

1796年エドワード・ジェンナーは、世界初のワクチンとなる牛痘接種を行い、ワクチンによる感染症予防の有用性が知られるようになった。この成功は、自然界に存在する牛痘ウイルスが痘瘡ウイルスに似ているが毒性の低い、一種の弱毒株であることによるものであった。効果はあったが「接種するとウシになる」など、根拠のないが流れ、普及に時間がかかった。

1881年にはルイ・パスツールが実験室での培養によって弱毒化炭疽菌株を作り出すことに成功し、これを用いた世界初の弱毒生ワクチンが作成された。弱毒菌株を人工的に作り出すことで、弱毒菌株が自然界に存在しない感染症でもワクチンの開発が可能であることを示したものであった。

20世紀初頭、フランスパスツール研究所の研究者であったアルベール・カルメット(Albert Calmette)とカミーユ・ゲラン(Camille Guérin)が、ヒトに対し病原性を有しないウシ型結核菌(Mycobacterium bovis)の強毒株の一つであるNocard株を13年間(231代)継代培養[5]してBCGの元になる菌株を作製した[6]。病原細菌では実験室で人工的に培養を繰り返す(継代培養)うちに毒性が弱くなる現象がよく観察されるが、ウシ胆汁加バレイショ培地による継代培養が行われた[7]。その結果作り出された菌株は元のウシ型菌より遥かに弱毒性で、ヒトに対してほとんど病原性を示さないほぼ無害なものに変化した。

1921年パリにおいて、母乳に混ぜて乳児に経口的に投与され、乳児結核症に対して著明な予防効果を示した[7]ことから世界的に注目され、各国に配布されて結核予防のための弱毒生菌ワクチンとして利用されるようになった。以後、国ごとに継代培養されていった結果、現存するBCGには国ごとに遺伝的な違いが生じている。

1926年ノルウェーヨハネス・ハイムバックが皮下接種法を考案したが、皮膚に膿瘍や難治性潰瘍を形成するなど問題が多かった[7]1928年スゥエーデンの小児科医アルビッド・ヴァルグレンが皮内接種法を開発して成功し、接種普及に努めた。さらに安全な方法として、1930年代から経皮接種法が研究された。接種器具については各国で様々なものが使用されているが、日本の9本管針を用いる乱刺器具は、1961年朽木五郎作の考案による。

第二次世界大戦の後、その被害を大きく受けた東欧諸国を中心に、結核の世界的蔓延が危惧された。そこでデンマーク赤十字社1947年ポーランドドイツなどに医療チームを派遣してBCGワクチン接種を積極的に行った。その翌年にはスウェーデン赤十字社とノルウェーのヨーロッパ救済機構が同調し、国際連合児童基金(UNICEF)がこれに基金の提供を行った。この活動に世界保健機関(WHO)と被支援国側の衛生当局が加わり、国際結核キャンペーン(ITC, International Tuberculosis Campaign)が行われ、BCGワクチン接種が世界中に広まるきっかけになった。ITCの活動は1951年にWHOに移管され、1974年には、WHOが推進する予防接種拡大計画(EPI, Expanded Programme on Immunization)のプログラムの中に、ポリオ麻疹破傷風百日咳ジフテリアに対するそれぞれのワクチンとともに、結核用予防ワクチンとしてBCGが加えられ、特に小児疾患の予防という観点から世界中に普及することになった。

日本とBCG[7][8]

  • 1924年志賀潔が直接カルメットから分与された菌株(日本株)に由来する、BCG Tokyo172株が導入された。
  • 1936年:大阪帝国大学医学部附属医院で看護婦、生徒に対するBCG接種試験実施。
  • 1937年:日本学術振興会結核委員会がBCG予防接種を実施。日本陸海軍の軍医らも参加。
  • 1942年:大政翼賛会がBCG予防接種は結核予防に大きな効果があると報告。
  • 1943年:厚生省がBCG予防接種後の結核発病率の大きな減少について報告。
  • 1944年:農村から都市部へ出ようとする青少年、工場などの集団生活においてツベルクリン反応で陰性の者はBCG接種の対象となる。
  • 1945年:結核の最大流行を記録するがその後減少。
  • 1948年:占領軍当局の指令によってすべての予防接種が全国的に禁止された。BCGも12月から接種が中止された。
  • 1949年:BCGによる結核予防接種が法制化。30歳未満の人に毎年ツベルクリン反応検査を行い、BCGによる免疫が確認されなかった場合は繰り返し接種を行う。
  • 1951年:近代的な「結核予防法」施行。法律による接種(皮内)小学校就学前の乳幼児を対象、毎年ツベルクリン反応陽性以外なら接種。
  • 1967年:皮内接種法から管針を用いて行う現在の経皮接種法に変更。
  • 1974年:BCG接種の定期化。乳幼児(4歳未満)、小学校1年生、中学校2年生の3回に定期化。
  • 2005年:接種対象者が生後6ヵ月までに変更され、事前のツベルクリン反応検査を省略する直接接種となる。
  • 2007年:結核予防法が感染症法に併合される。
  • 2013年:接種対象者が今の生後1歳に達するまでに変更。

適応

  • 結核予防、結核菌と類縁のらい菌が原因となるハンセン病に対しても、20-80%の予防効果を示す[3]。この他の抗酸菌感染症の予防にも有効な場合がある。
  • 膀胱癌 - BCG療法(生理的食塩水で希釈して尿道カテーテルで膀胱内に注入)[9]

結核予防効果

BCGのワクチン包装

弱毒生菌ワクチン(生ワクチン)には、他のタイプのワクチン(死菌ワクチンや成分ワクチン)とは異なり、

  1. 弱毒性の微生物が体内に定着しうる
  2. ウイルスや細胞内寄生体が実際に細胞内に感染を起こしうる

という特徴がある。このため、

  1. 効果が半永久的に持続する
  2. 死菌ワクチンでは誘導できない細胞性免疫マクロファージ細胞傷害性T細胞などによる免疫。細胞内感染の排除に必要)が誘導可能である、という利点がある。結核菌は細胞内寄生体であり、特に活性化マクロファージによる細胞性免疫が感染防御に重要であることから、死菌ワクチンや成分ワクチンでは十分な免疫が得られないため、弱毒生菌ワクチンが必要である。
  3. 使用菌株の差違、凍結乾燥に対する耐性の差は、最終的に獲得する免疫能の差となって現れる[6]。なお、日本株は耐高温多湿環境能力に優れている[6]

ワクチンによる感染防止効果は接種から約10年から15年程度で減弱する[5]が、このメモリーT細胞による免疫記憶が薄れてしまった状態から、追加免疫を記憶させるためにブーストワクチンを開発する研究が行われている[5]

BCGワクチンの接種体制は、国ごとに異なる。

BCGワクチンの有効性については開発当初から多くの試験が行われてきたが、調査ごとに結果のばらつきが大きく、その予防効果を疑問視する声も聞かれる。少なくとも、乳幼児結核と、結核性髄膜炎など血行性に広まる結核病変については阻止する効果があることは認められているが、成人に経気道感染した肺結核に対する予防効果について意見が分かれている。代表的な大規模野外調査の結果としては、イギリスでの調査報告で20年間で77%の予防効果が見られるというもの(1977年)、インドのチングルプット英語版での15年間の追跡調査報告で成人結核には全く予防効果が見られなかったというもの(1980年)が挙げられる。このほか比較的小規模な調査結果まで合わせると、カナダ、イギリス、ハイチなどでは有効性を支持する結果が、インド、アメリカでは有効性が低い結果がそれぞれ得られている。日本では初期に行われた小規模な調査結果からその有用性が支持されている[7]。アメリカで1935-1938年にかけて約2800名の結核未感染者を対象とした大規模な前向き研究では、ワクチンの効力は52%と推定された[7]。この臨床研究ではワクチンの効果は経年的な低減が認められず、統計的に1回のワクチン接種で50-60年間の有効性が持続することが示唆された(ワクチンの効果は女性より男性の方が維持される傾向にあった)[7]。ワクチン接種の時期や種族、接種回数、既往歴、INH投与履歴などはワクチンの効果には影響を及ぼさなかった[7]

ばらつきが大きい理由については、いくつかの理由が指摘されている[3]。まず第一に、ワクチンに使用しているBCG株の違いが挙げられる。BCG株が各国で培養を繰り返されているうちに変異して、有効性を失った株が使用されていた可能性が指摘されており、近年では、より元のパスツール株に近く、予防効果があるという結果を示しているBCG株を、WHOが選択収集して各国に配布している。第二に、調査を行った地域で結核がどの程度流行しているかも、調査結果に大きく影響している。例えば、チングルプットは結核の頻度が極めて高い地域であったため、ほとんどの乳幼児がワクチン接種前に結核菌と接触してしまっていたことが、BCGワクチンの効果が見られなかった理由の一つとして考えられている。このほか、環境中に生育している抗酸菌の量や、流行している結核菌の菌株の違い、ヒトの遺伝的素因など、さまざまな理由がその候補として挙げられている。

接種

当初は経口投与されていたが、1923年には効果の増大を目的として皮下注射法が行われるようになって以降、この皮下注射での副反応が問題視されてきた。これを軽減するために皮内注射法が採用され、さらに国によっては経皮接種法(皮膚に針などで小さな傷をつけ、そこから吸収させる方法)へと、投与方法は移行している。

日本では、1951年の結核予防法大改正によって凍結乾燥BCGワクチンの接種が法制化された[10]

副反応

BCG弱毒生ワクチンによる予防接種には上述したようなワクチンとしての利点があるが、まれに副反応が表れることもある。この副反応は、播種性BCG感染症と呼ばれる事がある[11]

軽微な例
局所的な炎症や発熱
重篤な例[10][11]
リンパ節炎、骨髄炎[12]、結核性膿瘍、結核性潰瘍
免疫抑制状態にある者
エイズ患者では、ワクチンとして接種されたBCGによる全身感染の例が報告されている。健常者には希に皮膚結核の一つである腺病様苔癬という結核アレルギー性皮膚疾患が発症することがある。

日本におけるBCGワクチン接種

BCG接種用の管針

1951年、結核予防法が施行となり、法律による経皮接種が開始された。ツベルクリン反応検査の皮内注射を行い、陽性以外の(陰性や疑陽性の)反応の場合、経皮接種が行われた。接種時期は、幼児期、小学生、中学生の3回であった。

2005年平成17年)の結核予防法改正により、接種時期は生後6ヶ月未満(生後3ヶ月以降を推奨)の1回となり、ツベルクリン反応検査なしで接種することとなった。

2014年(平成26年)の法改正により、接種時期が生後1年未満(生後5ヶ月以降8ヶ月未満を推奨)に変更された。予防接種法に基づいて接種される「定期予防接種(公費助成)」である。

方法としては1960年代から管針法(直径2センチくらいの円の中に針が9本あるスタンプ状の管針と呼ばれる接種器を上腕部に2回押し付けて行う方法)が採用されている。接種後は接種部位が赤く腫れた状態になり、徐々に痂疲化し、やがて瘢痕化する(経過や変化する刺入部の数や程度には個人差がある)。

この瘢痕は、時間の経過とともに退縮するが、完全に消えることはなく、瘢痕が一生残ることになる。類似のデバイスを使用したBCGワクチンの皮内接種は、日本やイギリス、アメリカなどでも普及しており、局所の炎症や潰瘍を軽減する効果があるとされる。接種器の形・接種の仕方から、俗に「はんこ注射」や「スタンプ注射」などと呼ばれている。

「結核発症の予防」という本来の目的とは異なるが、乳幼児に罹患する川崎病では、このBCG接種跡が発赤することが多く、確定診断の一助とされている。

関連事件

  • ドイツリューベック市で、1929-1930年においてBCGワクチンを経口接種された乳児のうち251人が結核を発症し、72人が死亡する事件があった(リューベック予防接種事故ドイツ語版[7]。調査の結果、リューベック市総合病院のBCG培養設備で、BCGワクチンが強毒性ヒト型結核菌Kiehl株と同じインキュベーターに置かれており、誤って強毒性ヒト型結核菌Kiehl株を乳児に投与してしまったことが判明した[7]。BCGの毒力復帰による事故が疑われ、一時BCGワクチン接種が差し控えられる事態になったが、原因究明により再びBCGワクチンは広く接種されるようになった。[7]責任者のDeyke教授は裁判で有罪判決を下され、後に自殺した[要検証]

2019新型コロナウイルスへの適用

2020年3月27日、オーストラリアの研究機関、マードック・チルドレンズ研究所は、新型コロナウイルス感染症の重症化抑制に有効かどうかを確認するため、結核予防に使われるBCGワクチンの臨床試験を行うと発表した[13]

出典

  1. ^ 吉田眞一、柳雄介編『戸田新細菌学』改訂32版、南山堂、2004年 ISBN 4-525-16012-8
  2. ^ 辻村邦夫, 小出幸夫, 「結核菌抗原認識とT細胞免疫」『結核』 85巻 6号 p.509-514, 2010-06-15, NAID 10030262954
  3. ^ a b c d Fine PE et al. "Issues relating to the use of BCG in immunization programmes." WHO documentation (1999)
  4. ^ Colditz GA et al. "Efficacy of BCG vaccine in the prevention of tuberculosis. Meta-analysis of the published literature." JAMA 271, 698-702 (1994) PMID 8309034
  5. ^ a b c 瀧井猛将, 林大介, 山本三郎, 「結核ワクチンの新しい展開」『ファルマシア』 2013年 49巻 3号 p.206-210, doi:10.14894/faruawpsj.49.3_206
  6. ^ a b c 橋本達一郎, 「BCGによる結核予防接種」『結核』 1982年 57巻 6号 p.329-334, 日本結核病学会, doi:10.11400/kekkaku1923.57.329
  7. ^ a b c d e f g h i j k 戸井田一郎, 「BCGの歴史:過去の研究から何を学ぶべきか (PDF) 」『呼吸器疾患 結核資料と展望』No.48 p.15-40. 2004年, NAID 10029298336, (財団法人結核予防会結核研究所)2020年4月2日閲覧
  8. ^ 日本ビーシージー製造株式会社 Japan BCG Laboratory 結核とBCGの歩み 2020年3月30日閲覧
  9. ^ 内田豊昭、小林健一、本田直康 ほか、「膀胱腫瘍に対するBCG注入療法」『泌尿器科紀要』 31巻 10号 1985年, hdl:433/118639
  10. ^ a b 戸井田一郎、中田志津子、「日本におけるBCG接種による重大な有害事象」『結核』 82巻 11号 2007年 p.809-824, doi:10.11400/kekkaku1923.82.809
  11. ^ a b BCG 骨髄炎 27 例の検討 (PDF) 日本小児感染症学会
  12. ^ 川谷圭司、笠井正志, 樋口司、「骨掻爬術後,無投薬経過観察中に再燃したBCG 骨髄炎の1例」『信州医学会 信州医学雑誌』 62巻 3号p.173-178, 2014年, doi:10.11441/shinshumedj.62.173
  13. ^ 豪 BCGワクチン 新型コロナウイルスに有効か臨床試験へ NHKオンライン 2020年3月27日 22時56分

外部リンク