ダイオウイカ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Ifyoulife (会話 | 投稿記録) による 2021年2月14日 (日) 12:58個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

ダイオウイカ
図説(1879/1880年[注 1]
保全状況評価[1]
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 動物界 Animalia
: 軟体動物門 Mollusca
: 頭足綱 Cephalopoda
: 開眼目 Oegopsida
: ダイオウイカ科 Architeuthidae
: ダイオウイカ属 Architeuthis
: ダイオウイカ A. dux
学名
Architeuthis dux Steenstrup, 1857[1]
シノニム[1]

Architeuthis hartingii Verrill, 1875
Architeuthis kirkii Robson, 1887
Architeuthis japonica Pfeffer, 1912
Architeuthis martensi
Architeuthis physeteris
Architeuthis sanctipauli
Architeuthis stockii

ダイオウイカによって刻み付けられた吸盤の傷痕が残るマッコウクジラの皮膚

ダイオウイカ (大王烏賊Architeuthis dux) は、開眼目ダイオウイカ科に分類されるイカ。ダイオウイカ属には複数種があるとする説もあったが、遺伝子的にきわめて均一な同一種だと判明した[2]

ヨーロッパに伝わる巨大な頭足類の伝説クラーケン」はダイオウイカをモデルにしているとも考えられている[注 2]

ダイオウホウズキイカとともに、世界最大級の無脊椎動物(同時に、頭足類)として知られている。体長はダイオウホウズキイカよりずっと長いが、体重はダイオウホウズキイカと比べるとかなり軽い。

属名Architeuthis」は、古代ギリシア語: τευθίς ( teuthis ) 「イカ」に、「最高位の、最たる」を意味する接頭辞 archi-[注 3] を添えたもの。和名「ダイオウイカ」の「ダイオウ」は「大王」のこと。

生物的特徴

生物標本(触腕を含め体長約3.15m、触腕を広げたとき全長約7m。2002年1月3日にヘブリディーズ諸島から約160km離れた海域で捕獲された。イギリスのプリマス国立海洋水族館英語版所蔵。)
生物標本(オーストラリアメルボルン水族館英語版所蔵)

形態

非常に大きなイカであり、日本での発見例は外套長1.8m触腕を含めると6.5mにも達する。ヨーロッパで発見された個体群(かつてはタイセイヨウダイオウイカやテイオウイカに分類)になると、特に大きなものは体長18mを超えたともいわれる。ダイオウホウズキイカとともに、世界最大級の無脊椎動物(同時に、最大級の頭足類)として知られている。直径30センチメートルにもなる巨大なを持ち、ダイオウホウズキイカのそれとともに、生物界で最大とされている。これによりごくわずかの光をもとらえ、深海の暗闇においても視力を発揮できる。

触手の長さと胴体の大きさに比べ、胴体先端の遊泳ひれが小さく筋肉中に塩化アンモニウムを大量に含んでいることから遊泳能力はあまりないと考えられてきたが、後述する生きた姿の撮影、特に2013年に公開されたNHKによる小笠原沖での調査映像では、深海を巧みに動く姿が撮影されている。

生態

北アメリカヨーロッパ付近の大西洋ハワイ島付近、日本では小笠原諸島付近の太平洋など広い範囲で発見例があるものの、深海に棲息するため、全体としては発見数が少なく、台風によって浜辺に打ち上げられたり、死骸が漂着するなどの発見例が大半である。

漂着は、日本、ヨーロッパ各国、アフリカ各国、アメリカオーストラリアニュージーランドなどで報告されている[3]。日本では、2013年までは平均して2年に1度程度の頻度で報告されており、1941年から1978年までの37年間には20個体が報告された[3]。ただし、2013/2014年の冬は報告が極端に多く、7件が報告された。この原因としては、2006/2007年の冬と同様の海水温状態が再来したとする説や、単にダイオウイカの知名度が上がったためであり過去にも報告されなかった漂着が多数あったはずだとする説などがある。

生きている個体の目撃例はほとんどなく、その生きている映像は、日本の研究家が2006年(平成18年)12月に小笠原沖650m付近に仕掛けた深海たて縄で捕獲したダイオウイカを船上から撮影したものが世界初とされている。この際の映像での体色は赤褐色だったが、2013年に公開された小笠原沖での深海映像では活発に活動する状態で他のイカと同様に体色も変化する為、光を反射する黄金色の体色であった。なお標本や死んで打ち上げられた個体は、表皮が剥がれ落ち、白く変色する。ダイオウイカについては、まだまだ生態、個体差ともに不明な点が多く、詳細は今後の研究が待たれる状態である。

天敵マッコウクジラであると考えられている。その理由としてマッコウクジラのの内容物から本種の痕跡が多く発見されることと、頭部の皮膚吸盤の跡やその爪により引き裂かれた傷が残っていることが挙げられる。ダイオウイカの吸盤には状の硬い歯が円形をなして備えられており、獲物を捕獲する際にはこれを相手の体に食い込ませることで強く絡みつくと考えられている[注 4]。また、弱った個体や死骸がサメやシャチ等、他の肉食生物の餌にされたり、幼体時の浮遊期にも稚イカが多くの生物の餌になっていると考えられている。なお、ダイオウイカの卵はクリーム色もしくは白色をしており、およそ1mm程度である。

ニュージーランド近海での調査からは、ダイオウイカが捕食する獲物は、オレンジラフィーヒウチダイ科Orange roughy)やホキといった魚や、アカイカ、深海棲のイカなどであることが、胃の内容物などから明らかにされている。[4][注 5]

分類

属のシノニム

種のシノニム

ダイオウイカ (Architeuthis japonica) の液浸標本。1996年12月24日、鳥取県の羽合海岸に打ち上げられたもの。国立科学博物館の展示。

これまでダイオウイカ属には21種が記されてきた[2]。ダイオウイカを単一種とする場合、これらは全てシノニムとなる。従来、これらを8種とする説、1種の3亜種とする説などがあった[2]

オーストラリアスペインアメリカ合衆国フロリダ州ニュージーランド日本の海域で発見された43体のダイオウイカをDNA解析した結果、DNAの特徴の差があまりにも小さかったことから、ダイオウイカ属にはただ1種しか存在しないとの説もある[5]

Architeuthis dux 以外は近縁な別属とする説もあった。

人間との関係

分布が非常に広いこと・人間の影響を受けにくい深海に生息すること・本種を対象とした漁業がないことなどから、生息数は不明なものの2014年の時点では種として絶滅のおそれは低いと考えられている[1]

ダイオウイカを扱った作品

クレーケンなどという名前で文学などで出てくることがある。

ニュース

  • 国立科学博物館窪寺恒己らが史上初めて生きているダイオウイカの写真撮影に成功[6]2005年平成17年)9月27日、学術誌『the Royal Society英語版』のウェブサイトで論文と写真が公開される[6]
  • 2006年(平成18年)12月4日、同じく窪寺とNHKの調査チームにより、生きているダイオウイカが小笠原において捕獲された。その際、漏斗から海水を勢いよく噴き出して強い推進力を得ることが映像によって確認され、「深海をゆっくり移動して生活している」とする従来の説が否定された。
  • 2007年(平成19年)7月10日、タスマニア島西岸の港町ストローン (Strahan Village) 近郊のオーシャンビーチに打ち上げられた。
  • 2008年(平成20年)7月28日、国立科学博物館新宿分室にて、窪寺の監督の下、インターナショナル魚拓香房の山本龍香会長および会員が、ホルマリン保存されていたダイオウイカを水槽から出して間接法によるカラー魚拓を制作した。触腕触手を伸ばした構図で、ダイオウイカが元気に水中を泳いでいる姿を色鮮やかに魚拓として完成させることに成功した。実物大のダイオウイカが生前の体色で詳細に再現された貴重な魚拓である。この魚拓作品は2枚制作され、1枚は科学博物館に教育用資料として活用されるべく贈呈された。制作状況はNHKのテレビ番組『熱中時間』で取材され、2008年10月9日にNHK衛星第2テレビジョン(NHK-BS2)にて放送された。
  • 2010年(平成22年)2月20日、日本の新潟市西区五十嵐一の町の海岸で、腕を含め全長3.4m、体重109.2kgのダイオウイカの死骸が漂着した。
  • 2013年(平成25年)1月6日、窪寺恒己、エディス・ウィダー、スティーブ・オーシェーらが小笠原諸島父島の東沖の深海で生きているダイオウイカの動画の撮影に世界で初めて成功したと発表。同年『NHKスペシャル』1月13日放送分の「世界初撮影!深海の超巨大イカ」[7]にて、この撮影の様子が紹介され、[8]16.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の高視聴率を記録。後に映像が追加されたうえで映画化・DVDソフト化もされた。番組はディスカバリーチャンネルとNHKの共同制作で、2台の潜水艇と自動撮影機が投入され、およそ1000時間の撮影が行われた成果である。撮影に成功したのは、誰もが本命だと思っていたディープローバー(Deep Rover)ではなく、潜水艇トライトン1000/2イタリア語版の方だった[9][10]
  • 窪寺恒己は2013年3月にProceedings of the Royal Societyに調査結果を論文にまとめ、生活環境により外部形態を変える汎存種であると、以前の意見を変え発表した[11]
  • 2013年7月-10月、国立科学博物館が「この夏、伝説の"ダイオウイカ"にあう。」のキャッチコピーで特別展「深海」を開催。 ダイオウイカの巨大標本が展示され、実寸大のダイオウイカぬいぐるみが20万円で販売された。
  • 2014年1月4日、富山県氷見漁港[1]で体長3.5メートルのダイオウイカが水揚げされた。シーズンの寒ブリの網にかかって水揚げされた。
  • 2014年2月25日、兵庫県新温泉町諸寄漁港で体長4メートル13センチの生きたダイオウイカが水揚げされた。生きたまま捕獲されたのは今回が初めて。サザエの素潜り漁をしていた漁師が頭上を泳いでいたダイオウイカを捕獲した。[2]
  • 2015年1月7日、全長約3メートルのダイオウイカの「巨大スルメ」が富山県射水市の観光市場「新湊きっときと市場」に展示された。通常サイズのスルメの約100食分という。前年11月27日、沖合の水深330メートルのシロエビ漁の網に生きた状態でかかった。新湊漁港に水揚げされた当時は、触腕を含めて全長約6.3メートル、重さ約130キログラムだった。魚津水族館が調査用に触腕などを切り取った後、「新鮮なイカなら干物にできるはず」と考えた同市の水産加工会社「浜常食品工業」が譲り受けて加工。重さ約25キログラムの内臓を取り除き、スルメイカの加工で使う乾燥室で約10日間干して完成。乾燥後の重さは約6キログラムになった[12]
  • 2015年2月22日には、「浜常食品工業」がスルメに加工したダイオウイカの世界初の試食会が「新湊きっときと市場」で開かれた。当日は約4000人が訪れ、事前に富山県食品研究所で有害成分が無いことを確認した3匹のダイオウイカのスルメを火であぶり、小さく小分けして約2000人に振舞われた[13]
  • 2015年5月6日、神奈川県横須賀市の大津漁港内水面にて漁業関係者が全長1.2メートルのダイオウイカを網で掬い捕獲、冷凍された。同年6月29日、国立科学博物館・筑波研究施設にて生後一年未満の若い個体と判明した。アクリル包埋標本として同年11月29日から京急油壺マリンパークにて展示された[14]
  • 2015年12月24日、富山県富山市水橋辻ケ堂の船溜りにダイオウイカが入り込んでいるのが発見され、地元のダイビングショップのオーナーが潜水して近接動画撮影に成功した[15]。その後、沖に出て見えなくなったという。

食用

ダイオウイカの生物標本(沖縄美ら海水族館に展示されているもの。A. japonica か)

本種やダイオウホウズキイカのような巨大なイカ類の体組織には浮力を得るための塩化アンモニウムが大量に含まれている。そのため、これらのイカの身の味には独特のえぐみや臭みがあり、食用には適さないとされている。

過去の日本のニュース番組では、捕獲したダイオウイカを漁師が刺身にして食べる場面が放映されたこともあるが、食後の感想は「しょっぱくて食えた代物ではない」との否定的なものであった。また、国立科学博物館の窪寺恒己博士の証言によると「食えないことはない。だが、体を浮かせるために、水より比重が軽いアンモニアの入った袋が体内にあるため、アンモニア臭がある」、「イカの味はするものの噛んでいるうちにえぐ味や苦味が出てきて」(美味ではない)とされている[16][17]。 2014年2月25日に水揚げされた際は、ぐるぐるナインティナインのスタッフが日本全国のイカの特集で取材した。この際、地元の漁業長が生のダイオウイカを食したが、味は水っぽいと評した。その後同番組でダイオウイカの足の一部も貰い受け、番組内で岡村隆史(ナインティナイン)、徳井義実(チュートリアル)、宮崎美子がダイオウイカのイカヤキを食べたが、岡村は「口触りは非常に悪く、アンモニア臭がひどい」と苦悩の表情で食した[18]。その後も、2014年4月8日富山湾で発見された個体が富山県射水市新湊漁港で水揚げされ、新湊漁協職員が試食したものの、以前の報告同様「イカ特有の歯応えはなく、また塩辛く、塩の塊を食べているようでおいしくはない」と評している[19]

ただし、本種と同様に塩化アンモニウムを含む魚介類(他の大型イカなど)の加工技術を応用することで食された例もあり、近年では主に南アメリカ諸国が輸出のための本格的な食用化研究を進めている。

画像

脚注

注釈

  1. ^ アメリカ北東部海岸で確保されたダイオウイカと思われる巨大なイカを、アメリカ人動物学者アディソン・エメリー・ヴェリル英語版が描き写したもの。
  2. ^ クラーケンと対比されるところは主として頭足類であるが、おおよそイカ類に限定され始める時期は近代以降である。
  3. ^ 古代ギリシア語: ἀρχός 「主導者、首長」に由来する。英語: archangel大天使」に見られる arch- と同じもの。
  4. ^ しかし、マッコウクジラはこの吸盤をも構わず丸呑みしていると考えられる。
  5. ^ 2013年の映像では大型のソデイカ(1メートル前後)を餌にして誘き寄せた。

出典

  1. ^ a b c d Allcock, L. & Barratt, I. 2014. Architeuthis dux. The IUCN Red List of Threatened Species 2014: e.T163265A991505. https://doi.org/10.2305/IUCN.UK.2014-1.RLTS.T163265A991505.en. Downloaded on 03 January 2021.
  2. ^ a b c Winkelmann, Inger; et al. (2013), “Mitochondrial genome diversity and population structure of the giant squid Architeuthis: genetics sheds new light on one of the most enigmatic marine species”, Proc Roy Soc B 280, http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/280/1759/20130273 
  3. ^ a b 窪寺恒己 『ダイオウイカ、奇跡の遭遇』2013年 新潮社 ISBN 978-4103346913
  4. ^ K. S. BOLSTAD and S. O'SHEA (2004). “Gut contents of a giant squid Architeuthis dux (Cephalopoda: Oegopsida) from New Zealand waters”. New Zealand Journal of Zoology 31 (1). doi:10.1080/03014223.2004.9518354. 
  5. ^ “世界の深海に住む巨大イカ、全て同一種か DNA解析で判明”. AFPBB News. (2013年3月18日). http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2934985/10470240 2013年3月18日閲覧。 
  6. ^ a b [祝!ダイオウイカ動画撮影成功]日本人が世界で初めて撮った「モンスター」─この手に“The First”の称号を〜世界を驚かせる日本人科学者たち”. 技術評論社 (2013年1月16日). 2013年1月18日閲覧。(初出は技術評論社刊『英語野郎 Vol.2』(2005年12月22日発行))
  7. ^ NHKスペシャル 世界初撮影!深海の超巨大イカ - NHK名作選(動画・静止画) NHKアーカイブス
  8. ^ 特集 その時、舞台裏では…潜水カメラマンがとらえた未知の世界(後篇) NHKアーカイブス
  9. ^ 深海プロジェクト 密着!ダイオウイカ取材記”. NHK. 2018年7月26日閲覧。
  10. ^ 深海プロジェクト 奇跡の潜水艇 トライトンがやって来た!1. 3トンの潜水艇を人力で移動する!”. NHK. 2018年7月26日閲覧。
  11. ^ 窪寺 [2013:176-178]
  12. ^ 朝日新聞(2015年1月8日)ほか
  13. ^ 「新湊でダイオウイカ試食会 巨大するめに4000人」北日本新聞 2015年2月23日1面、26面
  14. ^ 東京湾ダイオウイカ~深海からの使者 再発見~|京急油壺マリンパーク
  15. ^ 泳ぐダイオウイカの動画 - YouTube[リンク切れ]
  16. ^ NHK総合テレビ爆笑問題のニッポンの教養』 2008年12月9日放送回より。
  17. ^ 「ダイオウイカ、奇跡の遭遇」ISBN 978-4103346913
  18. ^ 日本テレビぐるぐるナインティナイン』 2014年3月13日放送回より。
  19. ^ ダイオウイカ「まずい」 富山湾で2日連続水揚げ、温暖化で北上の可能性も”. MSN産経ニュース (2014年4月8日). 2014年4月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月10日閲覧。

参考図書

外部リンク