高須武男

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本来の表記は「髙須武男」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

高須 武男(たかす たけお、1945年6月24日 - )は日本の実業家バンダイナムコホールディングス相談役、日本玩具協会会長、経済同友会幹事、KADOKAWA社外取締役。

経歴[編集]

  • 1945年、神奈川県横浜市に生まれる。
  • 1968年栄光学園中学校・高等学校を経て早稲田大学政治経済学部卒業、株式会社三和銀行(現 三菱UFJ銀行)入行。
  • 1986年、同麻布支店長就任。
  • 1988年第二電電株式会社(DDI、現 KDDI)へ出向、営業本部長として勤務。
  • 1992年、三和銀行へ戻り、国際業務部アジア室長就任。
  • 1993年、同ロサンゼルス支店長としてアメリカへ赴任。
  • 1996年、株式会社バンダイ社長(当時)の山科誠から三和銀行に、アメリカで持株会社の経営ができる人材の打診があり、白羽の矢が立つ。山科と面接の末バンダイに転職。経営計画推進室担当部長、BANDAI HOLDING CORP.代表取締役社長就任。
  • 1997年、同常務取締役 管理本部長就任。
  • 1999年、バンダイ業績不振の責任を取り辞任した前社長の茂木隆に代わり、同代表取締役社長就任。
  • 2000年、株式会社トイカード代表取締役副社長就任(現在は取締役)。
  • 2005年、社長職を上野和典(現社長)に譲り、代表取締役会長就任。
    同年9月、株式会社ナムコとの経営統合により株式会社バンダイナムコホールディングスを設立、代表取締役社長就任。
  • 2007年ベスト・ファーザー イエローリボン賞を経済部門として受賞、社団法人日本玩具協会会長就任。
  • 2010年2月2日、代表権のない取締役会長になる。[1]
  • 2012年、取締役会長を退任し相談役就任。[2]

発言[編集]

  • 「おもちゃ作りのことは、何もわからぬ部外者なので」[3]
  • 「(玩具の)対象年齢を上げる時、われわれの最大のライバルは、携帯電話やPHSです」[4]
  • 「玩具会社の価値は人気キャラクターなどヒットコンテンツの有無で決まる。当社は年間100億円程度を通じて30を超えるテレビアニメ番組のスポンサーをしているが、そのうち3割がヒットすればいいほうで、楽なビジネスではない。」[5]

脚注[編集]

  1. ^ ただし、バンダイナムコホールディングスのプレスリリース「バンダイナムコグループ・リスタートプランについて」内の2011年3月期の体制の表には名前がないため、それまでには退任か異動が行われると思われる。
  2. ^ バンダイナムコホールディングス プレスリリース 2012年2月10日 http://www.bandainamco.co.jp/files/E4BABAE4BA8BEFBCA7E5BDB9E593A1E383AAE383AAE383BCE3.pdf
  3. ^ 朝日新聞2003年11月15日朝刊
  4. ^ 朝日新聞2000年9月2日夕刊
  5. ^ 日経5/22朝刊5面、バンダイ社長、高須武男氏インタビューより
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外部リンク[編集]

先代:
(設立)
バンダイナムコホールディングス社長
2005年 - 2009年
次代:
石川祝男
先代:
茂木隆
バンダイ社長
1999年 - 2005年
次代:
上野和典