高田橋 (会津若松市)

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高田橋
高田橋(北会津町側から)
基本情報
日本の旗 日本
所在地 福島県会津若松市
交差物件 阿賀川
座標 北緯37度28分32.9秒
東経139度53分55.4秒
構造諸元
形式 PC橋[1]
全長 511.9m[1]
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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国道401号標識

高田橋(たかだばし)は、福島県会津若松市一級河川阿賀川に架かる橋梁国道401号が経由する。

概要[編集]

東側は会津若松市門田町飯寺付近、西側は同市北会津町東小松付近に位置する。本橋東側は国道118号若松西バイパスとの交差点になっており、周辺にはスーパーマーケットなどの商業施設が立ち並ぶ。本橋西側は水田などが広がる地域になっている。

橋梁のデータ[編集]

片側1車線(上下線合計2車線)、歩道付きで長さは511.9m[1]。形式はPC橋である[1]

旧橋梁[編集]

長さ515mで、幅5.5m、構造はラーメン式で鉄骨鉄筋による桁橋であった[1]

沿革[編集]

現橋梁への架け替えに至るまで[編集]

1901年、最初の固定板橋が架橋される。この橋梁は洪水のたびに架け替えられるなどしていた[1]。その後、1931年にはコンクリート橋に架け替えられる[1]。この橋梁は、昭和50年代においては当時の主要地方道会津若松伊南線の橋梁で、当時の会津若松市と北会津村の間に位置しており、1日の交通量は6000台あまりであった[2]。加えて、昭和50年代には橋の会津若松市側で住宅の増加が見られていた[3]ほか、高田街道と呼ばれた当時の主要地方道会津若松伊奈線と、本郷街道と呼ばれた当時の県道会津若松会津高田線が、橋の北会津村側で分岐していた[4]

現橋梁への架け替え[編集]

1994年から1997年にかけて、現在のPC橋への架け替えが行われる[1]。この現在の橋梁への架け替えに際しては、橋桁押出し工法や無散水による消雪工法などが用いられた[1]。1997年11月27日に当橋梁を含む1,202mの区間が完成供用された。

周辺[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 会津若松建設事務所100周年記念誌
  2. ^ 角川日本地名大辞典 7 福島県 p503, 1981
  3. ^ 角川日本地名大辞典 7 福島県 p913, 1981
  4. ^ 角川日本地名大辞典 7 福島県 p1094, 1981

座標: 北緯37度28分32.9秒 東経139度53分55.4秒