馮天薇

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馮天薇 Table tennis pictogram.svg
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2008年ワールドカップの馮天薇
基本情報
ラテン語表記 Feng Tianwei
生年月日 (1986-08-31) 1986年8月31日(31歳)
国籍 シンガポールの旗 シンガポール
出身地 中華人民共和国黒龍江省ハルビン市
性別 女性
選手情報
世界ランキング 最高2位
利き腕
グリップ シェークハンド
ラケット 狂飈龍
フォア面ラバー 国狂NEO3ブルースポンジ
バック面ラバー テナジー・64
戦型 ドライブ主戦型
 
獲得メダル
シンガポールの旗 シンガポール
オリンピック
2008 北京 団体
2012 ロンドン シングルス
2012 ロンドン 団体
世界卓球選手権
2008 広州 団体
2010 モスクワ 団体
2012 ドルトムント 団体
2013 パリ 女子ダブルス
2014 東京 女子団体
2015 蘇州 女子ダブルス
2017 デュッセルドルフ 女子ダブルス
ワールドカップ
2009 広州 女子団体
2010 クアラルンプール 女子団体
2008 クアラルンプール 女子シングルス
2011 シンガポール 女子団体
2013 神戸市 女子団体
2013 神戸市 女子シングルス
2015 仙台市 女子団体
2015 仙台市 女子シングルス
アジア競技大会
2010 広州 団体
■テンプレート ■プロジェクト:卓球 ■選手一覧

馮天薇簡体字:冯天薇、フェン・ティアンウェイ、Feng Tianwei、1986年8月31日 - )は、シンガポールの女子卓球選手。北京・ロンドンオリンピック卓球競技メダリスト。

経歴[編集]

1986年8月31日、中華人民共和国黒龍江省ハルビン市で、穀物倉で働く父とデパート従業員の母との間に一人娘として生まれた。両親は貧しかったが生活費を切り詰めて彼女に卓球を学ばせた。父は多発性硬化症を患っていて、母はそれを彼女には隠していたが、2002年に亡くなった。その20日後、中国のジュニア全国大会で優勝した[1]

2003年より3年間、中国代表チームに所属したが、心筋炎をわずらいチームを去った。

2005年日本卓球リーグのサンリツでプレーした。

2007年シンガポールForeign Sports Talent Scheme[2]により同国に渡り、シンガポール国籍を得た。

2008年北京オリンピック団体戦で、銀メダルを獲得。シンガポールにとってイギリス領だった1960年ローマオリンピック重量挙げでの銀メダル以来48年ぶり、1965年の独立以降では初のメダルである。この年から中国のリーグの中国スーパーリーグでもプレーした(2013年まで、その後2016年に再び超級でプレー)。

2010年モスクワで行われた第50回世界卓球選手権団体戦決勝では、同大会8連覇中だった中国の、劉詩ウェン(当時世界ランク1位)と丁寧(同4位)を破ってシンガポールを初優勝に導いた[3]

2012年ロンドンオリンピックのシングルス3位決定戦で、日本石川佳純を破り銅メダルを獲得。団体戦でも3位決定戦で、韓国を破り銅メダルを獲得。

2016年リオデジャネイロオリンピックではシングルスと団体に出場、シングルスでは準々決勝で福原愛にストレート負け、団体では準決勝で中国に敗れ、3位決定戦では日本に敗れた。


成績[編集]

※最高成績

女子シングルス[編集]

女子ダブルス[編集]

  • 世界選手権 3位(2013、2015)
  • アジア選手権 3位(2009)
  • ITTFワールドツアー・グランドファイナル 優勝(2012)

女子団体[編集]

  • オリンピック 準優勝(2008)
  • 世界選手権 優勝(2010)
  • ワールドカップ 準優勝(2009、2010)
  • アジア選手権 準優勝(2019、2011)
  • アジア大会 準優勝(2010)

脚注[編集]

  1. ^ 冯天薇赛前0-11败男队员 教练让4年后再找男友人民網轉載聯合早報2012年8月19日閲覧
  2. ^ 外国人のスポーツ選手をスカウトし、シンガポールに帰化させるシステム
  3. ^ <世界卓球>母国・中国に勝利した馮天薇選手「シンガポール人として誇り感じる」―シンガポール華字紙レコードチャイナ2010年6月5日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]