軽減税率

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軽減税率(けいげんぜいりつ、VAT relief)は、政府により定義された「生活に最低限必要なもの」に対し税を軽減するもの。

日本では主に、2019(令和元)年10月以後実施予定の消費税の複数税率における軽減税率を呼んでいる。他にも、マイホームを売ったときの所得税の軽減税率(軽課)、子や孫などが直系尊属から贈与を受けたときの贈与税の軽減税率(特例)、中小企業向けの法人税の軽減税率などがあるが、ここでは割愛する。

軽減税率導入に向けた課題[編集]

課題や懸念として、納税コストや煩雑さ、軽減税率による税収減[1]や、逆に低所得への分配が減らされるなど高所得の消費者ほど得をする制度という指摘があり、欧州でも廃止の動きがある[2]

高所得者ほど恩恵をより大きく受ける[編集]

軽減税率は「低所得者の負担の軽減」という名目で政策導入が検討されているが、実際には「高所得者ほど軽減税率の恩恵をより大きく受ける」ことになり、低所得者対策として有効でないことなどから、多くの経済学者は軽減税率の導入に反対している[3]

これは「すべての国民に一律で軽減措置を行うことで、高所得者も軽減措置を受ける」ためで、食品などの生活必需品とされる品物においても、高所得者は低所得者に比べ多くの金額を支出していることから、より多くのVAT軽減措置を受け、より大きく恩恵を受けることになるためだ[4]。またその結果として本来国が得る税収を減らすことにもなる。

OECDは食料やエネルギー製品などの品目へ軽減税率を適用することは、これによって最も恩恵を得るのは高所得家計であるため「低所得家計への支援策として劣った手段である」と勧告し、さらに欠点として、不正機会の発生や、行政コスト・法順守コストの高さを挙げている[4]

制度の複雑化による様々な負担[編集]

軽減税率により消費税を複雑化することにより、税額控除、事務負担、税務執行による様々な仕事が増え多くの運用コストが発生することになるという指摘もある[4]。導入時において具体的な仕組み作りや税率可変できるシステムの導入が課題とされている。また、事業者による仕入れ業務も変化を求められており、複数税率に対応するため「インボイス方式」(適格請求書等保存法式)が2023(令和5)年10月以後導入される予定になっている[5]

対象となる生活必需品の選定[編集]

対象範囲となる生活必需品は「食料品のみ」とされているため、その他一般的な消費財に対する選定基準を設ける必要があるという指摘もある。仮に軽減税率を食料品に適用する場合、飲食サービスの区分をどうするのかという問題が生じる。このように「生活必需品」と「贅沢品」を区分する、客観的な基準の設定が難しい案件も多数存在することを踏まえ、家計データ、関係するビッグデータなどの客観的データに基づいて選定基準を設けることが課題とされている[要出典]

財政悪化の懸念[編集]

日本の内閣府が2014年に示した中長期財政試算では、消費税の軽減税率導入に伴う代替財源が確保されていないことが影響し赤字額が増える見込みとなっている。消費税率10%への引き上げ時に導入する軽減税率では1兆円規模の減税となる見通しで、このうち6,000億円程度は財源のメドが立っていないため2020年度の赤字額が増える見込みとなり、軽減税率導入による財政悪化が懸念されている[6]

各国の軽減税率の区分と問題[編集]

欧州諸国では多くの国で消費税に軽減税率が導入されている。しかし、運用コストの高さ、逆累進性問題、癒着など問題点が多かったため、その反省から現在では単一税率へ向け見直しの機運が高まっている。税制の専門家などでは欧州諸国の軽減税率は失敗の経験として、軽減税率導入は否定的に捉えられている[4][7]

欧州諸国における軽減税率は、経済困窮者への配慮などといった福祉政策的な観点によって作られた制度ではない[8]。1960年頃の欧州では分野により税制が大きく異なるものが多数あり、それらの統一を図ろうとしたものの各所からの抵抗や反発の結果、政治的妥協として消費税に複数の税率が適応される事態となったことがその経緯だ。

2015年、EU加盟国28カ国中21カ国で軽減税率が適用されている。区分けや税率は各国で違いがある[9]。例えば、カナダでは「ドーナツ5個以内」は「外食」とみなし消費税6%を課税し、「ドーナツ6個以上」は「その場では食べられない」とみなされ「食料品」となり、消費税は非課税となる(2013年1月時点)[10]ドイツではハンバーガーを食べる場所により変わり、店内で食べると「外食」とみなし消費税19%を課税し、「テイクアウト」にすると「食料品」とみなし、消費税を7%に減税している(2013年1月時点)[10]

欧米諸国では各業界団体が軽減税率の適用を求める問題や軽減税率導入によって税収が減り、社会保障費を賄うためには予算不足なために将来的な基本消費税率が高くなっている[11]

日本では、軽減税率制度の導入に向けて国税庁が個別の対応事例を作成している。[12]それによれば、例えば、「アルコール1%以上のみりん」は酒税法で規定する「酒類」に該当するので軽減税率の対象外であるが、アルコール1%未満の「"みりん風"調味料」は飲食料品になるため、軽減税率が適用される。

軽減税率とC効率性[編集]

日本[編集]

軽減税率のない国であるために消費税の優れた課税ベースの広いという性質を活かしてC効率性[13] は世界5位を誇っている。しかし、軽減税率の導入で将来的には標準税率は軽減税率の不足分増されていく予定なので、軽減税率と標準税率の差拡大の度のC効率性の順位下落が確実視されている[14]

ニュージーランド[編集]

広い免税範囲・7種類の従価税率7と12種類の特別税率という複雑な税率構造であること、サービス業へは非課税であること、製造業者から直接購入できる大規模小売業者に有利であることなど、従来の卸売売上税の歪みや歳入における個人所得税への極端な依存を是正し、社会保障給付の増加と保護主義的な経済政策で拡大した財政赤字の削減などのために消費税が1968年に10%で導入された。1989年に12.5%へ消費増税されたことで、1994年からGDP比の財政収支が黒字に転じた。経済に対して最も中立的な付加価値税の制度を設けているので世界2位のC効率性を誇っている。1999年にニュージーランド政府は最小のコストで安定した税収を得るためには、課税ベースの拡大と単一かつ定率の消費税だとの方針を示している。1986年の軽減税率無しの10%の消費税導入に日本のような国民の反発はなかった。背景として、ニュージーランドでは社会保障費の制度を中負担中福祉にすること、低所得者には消費税による軽減税率を行わないことにより増えた税収から、後で多く再分配する方が、小売店や役所の負担軽減と軽減税率計算処理による納税コスト軽減や格差是正には効率的との政府の方針を国民が受け入れたためとされている。また、2006年に付加価値税収の総税収に占める割合は24.4%となっている[15][14]

デンマーク[編集]

1967年に福祉国家建設のための予算不足のために広く安定した課税ベースを確立することを目的にデンマーク社会民主党によって軽減税率無しの10%で導入された。1970年代に20.25%台にまで引き上げられた後に、1992年から現行の25%になった。軽減税率は、歳入減少の財政負担や徴収の効率化、また適用対象品目の区別などが困難であること、逆進性への対処として、一律25%の消費税による税収を後で社会保障給付によって再分配を行う方が効率的として導入しなかった。2006年の対総税収比では、個人所得税負担の割合が51.3%と突出しており、付加価値税の割合は21.3%となっている。デンマークは、自国企業の国際競争力や外資誘致のために法定実行税率も低く、高負担高国家として国民の手厚い社会保障の財源は基本的に高い所得税と消費税で7割以上も賄われている。これは、同じ北欧で25%の消費税で6%の軽減税率があるスウェーデンを上回るC効率性となっている。スウェーデンの付加価値税がデンマークよりもC効率性は低い理由には、軽減税率を導入していること、消費者を顧客とする小売・サービス業で発生しやすい脱税や、現金を用いない電子商取引の発達、税率の低い隣国での国境を越えた買い物による租税回避が挙げられている。軽減税率を導入せずに消費税の税率が全て一律なため、デンマークは世界で最も課税ベースが広い国であるとされている[15] [14]

日本の軽減税率導入をめぐる指摘や課題[編集]

公明党が唯一の軽減税率推進政党[編集]

2015年現在、日本では公明党が唯一の積極的軽減税率推進政党となっている。自公与党間で軽減税率の合意はあるものの、公明党からの軽減税率の合意なしには選挙協力ができないとの条件闘争からの結果、自民党は軽減税率を合意したとされている[16][17]自公連立政権の発足後、公明党の衆議院議員兼軽減税率制度調査委員長の上田勇の強い要望と自民党への交渉により、「平成26年度税制改正大綱」における消費税率を8%から10%に増税時に軽減税率を導入することが与党内で合意された。しかし、与党内合意の一方で自民党は導入時期に関してはやや慎重な姿勢だ。また、財務省は軽減税率による毎年一兆円の税収減を懸念し、経済界は事務処理の負担増を懸念して反対してる[17]。多くの経済学者は、軽減税率制度より給付措置の方が、低所得者対策としてより有効であると主張している。しかし、昨年末、当時の大手紙の世論調査で軽減税率制度に多くの賛意が寄せられたなどを背景に、自民党と公明党は軽減税率制度の導入を決めた[18]

飲食料品への適用[編集]

軽減税率が適用される飲食料品は、「食品表示法に規定する食品」(酒税法に規定する酒類を除く)と、厳密に定義されている。飲食料品の定義は問題にならなかったが、「外食」は従来通りの標準税率と決めたため、その線引きが問題となった。これは、元をたどると、軽減税率導入を検討する過程で、「高級料亭での飲食も軽減税率が適用されては、低所得者対策にならない」として公明党が「外食」を適用から除外するよう要求して合意したことに起因する[18]

軽減税率を適用しない外食を定義する必要性が生じたため、検討の結果、軽減税率が適用されない外食を食品衛生法上の「飲食店営業などで、テーブル、いす等を設けて飲食させるための設備を置いた場所で、食事を提供する」ことを定義した。すなわち飲食を提供する場所を指定して飲食すれば適用対象とはならない。ただし、学校給食老人ホームでの食事は、生活を営む場で他の形態で食事をとることが困難なため、軽減税率の対象となったとされている[18]

新聞への適用[編集]

堀江貴文は「5時に夢中!」(東京メトロポリタンテレビジョン)の番組内で、公明党が自民党に対し執拗に新聞を対象として含ませようとしてきた原因は、公明党の支持母体である創価学会が発行する「聖教新聞消費税が8%から10%になったら、(購読者が)激減する可能性が高く、聖教新聞を守るためだ」と主張している[19]

10月15日、朝日新聞と読売新聞、毎日新聞など日本全国の新聞会社や通信、放送各社の代表らが参加した「第68回新聞大会」が日本新聞協会主催で開かれ、消費増税に伴う新聞への軽減税率適用を求める特別決議が3年連続で採択された。日本新聞協会会長で読売新聞東京本社社長の白石興二郎が、ヨーロッパを始めOECD加盟国のほとんどが、社会政策として新聞に対しゼロ税率か軽減税率を適用しているとして、「新聞の軽減税は世界ではある程度一般的」「読者の負担を減らすことで情報、知識へのアクセスが容易となり、結果的に減税措置は社会に還元される」と軽減税率適用の意義を訴え、新聞への軽減税率適用を求める特別決議を採択した[20][21]

その他の指摘[編集]

古賀茂明は、「軽減税率は財務省が特定の品目を軽減対象として認める代わりに、その関連業界の団体・企業に天下りをさせ、族議員ら企業や団体からの政治献金・選挙協力という見返りを得るため」と主張している[22]。しかし、財務省は軽減税率のために必要な財源が毎年約1兆円になることから制度には反対している[17]

2014年6月11日の第9回税制調査会において、特別委員が軽減税率に対する賛否を表明している。伊藤元重大竹文雄土居丈朗などが反対の立場を表明した。会長の中里実は「お二人を除いてかなり強い反対があったと理解しています」「一部の方を除くと、相当強い、全面否定に近いような意見が多くの方から出ました。」と総括している[23]

夏野剛は2018年1月11日に、消費税増税時に日本のキャッシュレス化を進めるために電子決済だと消費税8%に据え置いて、現金決済だと10%に増税ることを提言している。理由として、金銭的インセンティブによって現金をよく好んで使う高齢者と女性が一気に電子決済するようになって日本のキャッシュレス化が進むからだと述べている[24]

日本の軽減税率の実例[編集]

脚注・出典[編集]

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  1. ^ 日本の場合毎年一兆円の税収減が予測されている
  2. ^ サラリーマン増税の「真犯人」は消費税軽減税率だ 週刊diamond
  3. ^ 軽減税率はなぜ人気なのか?
  4. ^ a b c d OECD Economic Surveys: Japan 2015, OECD, (2015-04), Assesment and recommendations, doi:10.1787/eco_surveys-jpn-2015-en, ISBN 9789264232389 
  5. ^ 株式会社エクス コラム 「インボイス方式導入による影響」 2017年11月24日閲覧
  6. ^ 日本経済新聞「基礎的財政赤字、6兆円台半ばに拡大 軽減税率で」
  7. ^ 軽減税率を導入すべきか - みずほ総合研究所
  8. ^ 「軽減税率は先進国の常識」の大ウソ!欧州の「失敗」を繰り返さないために…
  9. ^ 主要国の付加価値税の概要 財務省
  10. ^ a b 経済・マネー 【金融スクープ】消費増税各国が苦心する軽減税率の“珍”線引き zakzak 2013年1月16日(2013年1月13日時点のインターネットアーカイブ
  11. ^ 日本型軽減税率制度 - みずほ総合研究所
  12. ^ 消費税の軽減税率制度に関するQ&A(個別事例編)|国税庁” (日本語). www.nta.go.jp. 2018年11月10日閲覧。
  13. ^ すべての国内消費に標準税率で課税された場合に得られる仮定での税収に対する実際の税収の比率
  14. ^ a b c 消費税の軽減税率とC 効率性 - みずほ総合研究所
  15. ^ a b 『諸外国の付加価値税 : 2008年版』,鎌倉治子,2008年
  16. ^ 軽減税率・自民と公明「大モメ」の全真相!`
  17. ^ a b c “政治裁定:軽減税率/上(その2止) 財務省、重ねた誤算 - 毎日新聞” (日本語). 毎日新聞. https://mainichi.jp/articles/20151213/ddm/003/010/062000c 2018年10月4日閲覧。 
  18. ^ a b c まるで「クイズ」のような軽減税率の線引き”. 東洋経済ONLINE. 東洋経済新報社 (2016年2月22日). 2019年3月17日閲覧。
  19. ^ 堀江貴文氏、軽減税率をめぐる公明党の狙いを指摘「聖教新聞守るため」”. livedoorNews. livedoor (2015年12月19日). 2016年10月21日閲覧。
  20. ^ “新聞に軽減税率を適用する必要はない” (日本語). HuffPost Japan. (2015年10月16日). https://m.huffingtonpost.jp/hajime-yamada/newspaper_b_8309212.html 2018年10月4日閲覧。 
  21. ^ “消費増税と新聞の軽減税率 朝日社説の変節ぶり(THE PAGE) - Yahoo!ニュース” (日本語). Yahoo!ニュース. https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160519-00000006-wordleaf-soci 2018年10月4日閲覧。 
  22. ^ 問題だらけの軽減税率 ~天下り先確保、野放しの脱税、そして増税…得をするのは金持ちだけ
  23. ^ 税制調査会 2014年度 - 内閣府” (日本語). 内閣府ホームページ. 2019年3月22日閲覧。
  24. ^ 日本のキャッシュレス化に向けた課題-日本のキャッシュレス化について考える(3):研究員の眼 夏野剛公式twitterアカウント 2018年1月11日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]