警察無線

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警察無線(けいさつむせん)とは、警察が使用する業務無線の総称。警察活動において情報伝達という重要な役割を担っており、活動現場と警察本部などとの通信を可能にしているものである。ただし、警察無線はすべての国で独立したシステムとなっているわけではなく消防無線等と共用になっている国もある。

日本の警察無線[編集]

戦後の歴史[編集]

無線の活用は第二次世界大戦前から行われていた。ここでは終戦直後から数年の経緯について、文献からの引用を主に記載する。引用にあたっては原典の旧仮名遣い、旧字体などは適宜変更した。また、長文にあっては適宜分割して引用した。

  • 「終戦の翌月、海軍艦政本部の石原大佐が通信院電波局の綱島企画課長を訪れ、海軍が解体されるにあたり日本の復興に役立つことをしたいとの申し入れにより打ち合わせの結果、「国内における混乱とそれによる惨禍を未然に防ぐためには、軍隊のないあとは、警察力による治安維持を強化する以外に方法はない。しかし連絡上必要な警察通信網はほとんど寸断されており、復旧の見通しもつかないので、海軍の無線施設を警察に移して急速な通信網を作りこれに対処すること」という結論に達した。この基本方針に基づいて協議の上、 1. 旧海軍の機械をもって全国の警察部に無線を設置する。 2. 周波数は電波局が考え、工事は通信院工務局及び各地の逓信局が担当する。 3. 通信士は海軍が供給し、1週間をめどに完成させる。 ことを申し合わせ、直ちに設置に着手した。 このようないきさつから海軍の無線が警察に移され、危機に直面した国内治安の維持に貢献することとなった。(日本電電公社中央電気通信学院高等部長鈴木清高、昭和31年警察通信36号終戦秘話による。)[1]」このことは以下の記録と符合する。「昭和20年9月28日 短波無線通信により九州各県無線局と連絡設定」[2]、「昭和20年10月15日 東京内務省無線局から全国警察無線宛一斉放送開始」[2]、「開設時からしばらくの間は、内務省関係電報の全部を取り扱ったが、逓信省通信網が整備されてきた(昭和)21年末頃からは、警察関係電報のみを取り扱うことになった。」[2]。当時の通信は電信のみであり音声通話ではなかったが、「終戦直後の半身不随の有線電話の代行施設として拙速的に施設され」[2]たことにより、戦後の復興に大きく貢献した。音声通話による無線通信の実用化は昭和25年までなく、電信のみによる通信および一斉放送が続いた。一斉放送時に使用された相手先呼び出し識別符号は「ウミ」であった (昭和26 (1951) 年6月15日指定)[3]。機材と人員を旧日本海軍から受け入れたことにより警察無線は直接、間接的にその影響を受けることとなった。
  • 「警察に通信課が設けられたのは昭和21年12月27日で、それまでは内務省警保局警務課の通信係であった」[4]。「終戦時においては警察通信のみならず、国内のすべての通信施設が大いなる破損、損傷を受け、残存施設といえども長期にわたる戦時保全の不完備から、殆んどその用を弁ぜず、その復旧に要する資金、資材、要員などの調達は容易ではなく、急の間に合わなかった。一面、終戦直後の異常なる国内治安を安定せしめねばならぬ絶対要望におかれた警察としては、この通信連絡の復旧、整備は愁眉の急に迫られたのである」[5]
  • 「国家地方警察無線は、終戦海軍の放出機材を転用し、急速に発達したもので、昭和21年3月には、大体、中短波の周波数を使用する全国的な無線電信網が一応構成されたのであるが、その後警察法の施行に伴う警察機構の整備と戦後の混乱した社会情勢に対応する警察活動の活発化に伴って、通信施設の整備拡充が警察内部のみならず連合軍総司令部関係方面よりも強く要請せられた」[6]。「米国の占領政策の重大案件として特高警察の廃止と民主警察制度への改革が強力に推進れられ、この新警察制度の体制に合致するように警察通信も切り替えねばならぬ附帯条件が加味された」[5]。「昭和24年7月には、各警察管区本部、各府県本部及び各方面本部相互間の固定連絡設備が、また同年9月には、各都道府県内の応急用設備(陸上移動局)が質的に、非常に改善され、さらに同25年には、前記各無線電信網の普及していない山間へき地あるいは離島の小警察署及び駐在所との連絡を確保するための5W又は8Wの小電力中短波無線電話が、全国95箇所に開設され、ここに警察機構の末端までの無線通信網が整備された」[6]
    • 上記引用中にある「小電力中短波無線電話」とは、「中短波簡易無線電話機」であり、「昭和25年5月頃、中短波簡易無線電話機のI型とII型とが実用化された。この機器は離島・山間僻地の駐在所又は警備艇などの、有線電話のない箇所に固定用として設置されたものであるが、一面移動的にも使える無線電話機である。その後、昭和28年6月頃III型ができ、昭和32年3月頃IV型ができて次第に小型の可搬型となってきている。(中略) 最近は主としてハンデーなどの親局として機動的に使用されている。通話はプレストーク方式である。この機器で行う通話は、一般ラジオに入る危険性があるので、秘密保持上特に注意をしなければならない。[7]」とある。警察電話回線が普及するにつれて利用が減り、転用されたものと思われる。「昭和25年10月、当時有線電話未架設であった北海郡保土島駐在所と北海部地区署に本機一組を設置し貢献したが、翌年5月警察電話開通に伴い撤去された。[2]」。「昭和42年6月 中短波無線電話局の廃止並びに短波通信系の再編を計画[8]」が行われ廃止された。
    • 上記引用中にある「同年9月には、各都道府県内の応急用設備(陸上移動局)が質的に、非常に改善され」とは、「可搬型応急無線機」のことを指すと思われる。「昭和24年8月頃、旧軍用であった可搬型応急無線機をそのまま警察に受け入れて、応急出動用として使用したのが、第一線用移動通信機のはじめである。この機器は、トンツー式の短波電信機であって、専門の通信職員が操作するもので、到達距離は大きいが警察官が独立で扱えない不便があった。しかし、当時移動用として唯一のものであったから、相当大きな役目を果たしていたのである。昭和29年6月現在の警察可搬型応急無線電信電話機(PR-20型)ができて、旧軍用機と取り替えられた。[9]」。
  • 「占領後の安治安定化に当たった連合軍司令部は、昭和21年米国の著名専門家よりなる2組の警察調査団を招聘し、詳細に実地について調査研究せしめ、その報告基づき具体的な措置、勧告、指導援助を積極的に実施したのである」[5]。警察通信の画期的変革が行われる動機となったものは、昭和23年6月内務省警保局編の「警察制度に関する司令部側調査団報告」の中にあるごとく、昭和21年に来日したニューヨーク警視総監ヴァレンタイン氏とミシガン州警察長のオランダー氏の勧告によるもの[6]。勧告内容(抜粋)は以下の通り。
    • 「無線電気通信施設: 警察事務用無線通信施設は無線電信法(近く改正予定)に基づき、逓信省の承認を受け、警察側が計画し、建設、保守及び運用にあたる」[5]。「右の無線通信施設は、差向き警察側で現に運用中の無線電気通信施設を以て構成されるものとする。もっとも、警察の下部機構においては、優先通信が途絶した場合、公安保持上特に無線電話施設を必要と認められるが、来られの整備については、中短波及び短波用の周波数は今後利用できないので、管区本部以下の現存無線電信網は、これを超短波無線電話施設に取り替え、強化する計画を樹立するものとする」。[5]
    • 「措置: 有線施設の補助として適当な超短波無線施設の整備拡充を促進する必要な措置を講ずることとする」[5]。 固定通信の不如意なわが国の実状に対処する手段として、起動通信を警察に採用することは、絶対的急務なりとする建前から、まず米国製超短波周波数変調方式(FM式)無線電話機30台を無償貸与の上、その実地試験を具体的に指導した[5]
  • 「具体的な動きは(昭和)22年9月、総司令部の民間通信部(CCS)に来任したセコム氏が警察無線を担当して活動を始めてからである」[4]。セコム氏は「警察無線に関する覚書」昭和24年5月4日付、通称、「スキャッピン2000」を残して帰国する[4]。「昭和24年5月4日付GHQ命令2000号をもって「警察無線局は技術上国際電気通信条約に違反しており、要員の技術的能力も低劣である。したがって予算の許す範囲内で無線局の技術的整備と要員の充実をはかること、および無線局数を非常事態下における治安活動に支障ない限度に整備すること」を指令された」[2]。「特にFM超短波の実験については、セコム氏の異常な熱意による指導で、九州の国東半島を一端とする瀬戸内海航行船舶との移動通信実験、鹿野山を中心とする関東各県との通信実験、新宿伊勢丹からの都内移動通信実験、金剛山を中心とする大阪管区12県間の通信実用化試験などがほとんど全国的に行われ、ついには北陸の白山頂上に超短波中継局を設置する実験まで発展した。当時の乏しい警察通信技術者が食料や資材の窮屈な中で、血の滲むような努力を続けたことは、今でも記憶に新たな人が多い筈である」[4]。超短波通信は県間通信での利用をセコム氏は考えていたが小野氏は移動無線に適していると考え、総司令部幕僚公安課のマンロー氏を説得した。「昭和25年8月東京都内の27局の開設を皮切りに、大阪、福岡、山口、神奈川及び広島の各府県に逐次実用局の開設を見、その数すでに200局に達し(1952年当時)、これら無線局に充当せられる国産機の大量生産と相まって近き将来、さらに急速な拡充が予定されている」[6]。「昭和25年8月18日東京都、9月1日には大阪府の施設が開局。続いて福岡県と山口県の施設も完成した」[4]。その後、超短波施設五カ年計画により他府県も整備が進んだ[8]
    • 昭和26年6月5日 福島、神奈川、新潟、茨城、愛知、兵庫、広島、島根、岡山、山口、長崎に超短波無線電話施設を設置。
    • 昭和27年 札幌、旭川、釧路、北見、函館、宮城、青森、埼玉、千葉、静岡、長野、京都、石川、熊本、鹿児島に超短波無線電話施設を設置。
    • 昭和28年 秋田、群馬、滋賀、三重、岐阜、香川、愛媛、大分に超短波無線電話施設を設置。
    • 昭和29年 皇宮、岩手、山形、栃木、山梨、奈良、和歌山、福井、富山、島根、徳島、高知、宮崎に超短波無線電話施設を設置。
    • 昭和30年 奄美大島及び佐賀に超短波無線電話施設を設置。超短波施設五カ年計画完了
  • 国家警察本部とは別に第二次世界大戦後の一時期に自治体警察が存在した。「昭和23年3月発足をみた自治体警察は、その管轄区域が比較的狭小で、かつ、一般公衆通信網の普及度も高い関係上、無線を利用する分野は規模において国家地方警察に比し小さいものではあるが、いわゆる「パトロール」制度の採用による移動通信は、国家地方警察以上に必要である」[6]。「自治体警察としては前述の通り国家地方警察の超短波移動用無線電話の実用化試験の結果、国産機による移動無線局の可能性が立証されたので、昭和24年末から、全国主要都市自治体警察消防運営委員会において、各自治体警察の超短波自動車無線が計画され、昭和25年10月大阪市公安委員会の無線局が免許されたのをこう矢として、横浜、東京、名古屋、神戸及び京都の各都市公安委員会の30Mc帯による無線局が相次いで免許された。もっとも、この30Mc帯は、周波数の経済的割り当て上150Mc帯の電話が実用の域に達するまでの暫定的手段として認めたもので、昭和26年6月大阪市公安委員会の無線局が、この周波数帯による実用化試験の局として免許され、次いで宇都宮、甲府、長野、尼崎、札幌、広島、横浜、小樽の各都市の公安委員会の実用化試験曲がすでに免許され川崎、名古屋、岸和田の各都市公安委員会無線局も予備免許されている。以上のように、自治体警察における超短波移動用無線電話網は急速に整備されつつあって、全国的な整備も間近いことと思われる」[6]。その後、1954年に警察法の改正により府県警察に一本化された。
  • 一般的に、警察による超短波無線の活用は戦後とされているが、昭和11年以来新潟、佐渡間で利用された例外的事例が存在する。「昭和11年ごろの新潟・佐渡間の通信施設は、寺泊・赤泊間海底電線三回線しかなく((昭和)23年12月まで同様)内1回線は電信専用のため、2回線ですべての通話を取り扱ったので非常に輻輳し、普通通話の場合朝申し込んで夕方ようやく通じ、至急通話でも3、4時間を要するありさまで、定期船が両津を出航後間もなく出した手配が、船が新潟港へ入港後しばらくたってから着いたというようなことがしばしばあった。このため、海底線で警察電話回線を新設する計画もあったが、多額の経費を要するため到底実現の見込みはなかった。(中略) たまたま、同年東北帝大教授宇田新太郎博士が学生をつれて来県し、同博士が研究中の超短波無線電話の実験を新潟・佐渡間で行った結果、十分実用にたえるものであった。この無線は機器のほか建物など一切を含めて5万円でできると言われ、「海底線の5分の1でできるなら」ということで計画は具体化し、予算折衝に入った。しかし、当時警察電話の修繕費は年間わずか1万円という少額であって県費の支出は予定できないため、産金政策の影響で景気の良かった三菱鉱業佐渡鉱山から3万円、電気協会その他から若干の寄付金を得て小田技師(昭和12,6,地方警察技師)の設計で実施に取り掛かった。当時電波は、軍と逓信省でがっちり押さえており他にはほとんど許可しない方針であったが、波長10メートル以下の超短波はまだ実用の段階に入っていなかったのでたやすく許可され、基地2局、移動2局の免許を得て昭和13年起工、県庁屋上と佐渡白瀬の丘陵上に基地局を建設して14年5月開局の運びとなり、佐渡との警察通信に一時代を画した。当時の宇田式超短波無線電話は「AM振幅変調方式」で、現在のFM周波数変調方式より雑音は多かったが通話には十分であった。超短波の警察通信は、全国でこの回線が初めてで、警察通信史上大きな意義を持つものである。なお、せっかく免許を取った移動2局は予算の関係もあって直ちに実用化することができず、わずかに漁業監視船弥彦丸に取り付け、防空監視通信に使用されたのみで、直接警察用務に使用されなかったのはまことに惜しいことであった。[10]」。なお、「超短波の警察通信は、全国でこの回線が初めて」については反証事例もあるので注意が必要である。
  • 昭和20年代、30年代は電話普及率および交換台を経由しての通話など概して電話事情が悪かった。そのため自営通信回線を整備することが重要な課題であった。「昭和29年10月1日 東京、大阪間超短波(80MHz)多重式市外電話6回線開通。交換手ダイヤルによって運用開始[8]」により無線回線を使った長距離電話通話が、交換台経由ながら利用可能となった[11]。その後、「昭和30年 大阪、福岡間超短波(80MHz)多重式市外電話の設置に着手[8]」された。しかし、その後この周波数帯はFM放送で使用されることとなり (1957年(昭和32年)にNHK-FM放送の実験局、1960年(昭和35年)に東海大学超短波放送実用化試験局が開局、1970年(昭和45年)に本放送開始)、比較的短期間の利用に留まり、SHF帯のマイクロ多重無線に引き継がれることとなる。「警察電話は、一級線系のマイクロ多重自動即自化は(昭和)40年(1965年)度をもって完成した[12]」 (一級線とは本庁と管区警察局間を結ぶ回線)。「昭和41年10月 四国及び北海道の一級線多重通信回線が開通し、警察庁と全国各都道府県(方面)本部との間に、直通データ伝送回線が完成[8]」という記述もあり、若干の時間的差異がみられる。施設完成と実利用開始の差異と思われる。さらに、「二級線は36年(1961年)度に着手。これまでに22区間が完成[13]」(二級線とは管区警察局と配下の都府県および方面本部を結ぶ回線)し、「2級線マイクロ多重新設3か年計画」により昭和41(1966)年度も四国及び九州にて拡充されたとある[13]。こうして敷設された多重通信網は電話のみならず、それまで短波帯を使っていた伝送模写(いわゆるファックス)などでも利用されることとなった。前掲の「昭和42年6月 中短波無線電話局の廃止並びに短波通信系の再編を計画[8]」の短波通信系の再編は、このマイクロ多重回線の全国展開完了と関係していると思われる。以後、短波通信回線は非常時などの予備通信経路としての位置づけとなっていく。

概要[編集]

日本の警察無線の主要なものとして、車載通信系、携帯通信系、署活系、WIDE通信システムの4種類がある。これ以外にもヘリテレ連絡波などもある。いずれも暗号化された信号をデジタル変調方式で送受しているため、第三者が聴取することは困難である。使用している周波数については、犯罪の予防等・取り締まり等に関わる無線局であることを理由に公開されていない。

車載通信系[編集]

日本の警察無線の中の車載通信系の通信機は、パトカー白バイなどの警察車両、航空機、船舶に搭載されている他、警察署や警察本部およびその配下の各部隊に配備されている。車載通信系の通信を受信することのみが可能な受令機もある。携帯型の通信機もあり、車両から離れた場所であっても通信が可能である。最も広範囲の警察官をカバーできる通信系であり、警察活動における指揮、伝達において重要なものである。110番で入電した通報はこの通信系を通じて通信指令本部から速やかに各警察署や第一線の警察官にその対応を指令される。

あらゆる場所での事件や災害の発生の可能性に備えて、車載通信系は各都道府県内を島嶼や海上も含めくまなくカバーする必要性がある。そのため見晴らしのよい山上や高層ビルなどに設置した中継所を介したシステムとして設計されている。送信された電波は一旦、中継所で受信され別の周波数で再送信される仕組みになっているため、送信者からの遠近にかかわらず、広範囲に存在する無線局との相互の交信や他局の通信内容の傍受が可能になっている。つまり、同一チャンネルで通信している限りにおいて、他局の通信を傍受することができるため、ある局の通信内容をその他の局に伝言するよな中継の作業が不要であり通話効率が高い。また、主な地下街やトンネルやターミナル駅など電波が届かない、あるいは届きにくい場所についても中継装置を設け、活動中の警察官が通信を傍受ないしは送受ができるように整備されている。このように車載通信系は日本全域を高い覆域率でカバーする移動体通信システムである。車載系の歴史は1950年頃から始まっており移動体通信の先駆的存在である。

車載通信系は1950年(昭和25年)頃から30MHz帯(FM変調)を使って開始された。車載移動局と基地局(警察署や警察本部)の送信周波数差は概ね2MHz程度あった。移動局の出力は25W、基地局、固定局は50Wで免許を交付されていた。当時の写真には、後部バンパーに長いホイップアンテナや、警察署や警察本部屋上に設置されたスリーブやブラウン型と思われるアンテナが記録されている。昭和30年代(1955-1964)の写真からは、有人の山上中継所に30MHz帯や150MHz帯の空中線が整備されていることが確認できるが、どのような中継設計や運用がされているかは不明である。

30MHz帯の利用と平行して、1950年頃から150MHz帯の実用化試験局(車載移動局)を用いた研究が行われた。当時は真空管を用いた通信機であり実用化に至るまでには相当な時間を要した。技術の進歩により、昭和40年代(1965-1974)に都道府県単位で段階的に150MHz帯(FM変調)に移行した。150MHz帯と比較して30MHz帯はエンジンなどが発するノイズによる通信品質への影響が大きく、この移行に伴い通信品質は大幅に向上した。また、150MHz帯では山上中継所を介したシステムとなり、前述の通り広い範囲に存在する移動局間の相互通話や通信の傍受が可能となった。山上中継所は、送信する電波を広範囲に届けられる一方で、広範囲に散在する移動局の電波も好条件で受信することができる。送信出力が比較的小さく、通常ならば数百メートルから数キロ程度しか交信できない携帯型の通信機などであっても、本部などの固定局や遠く数十キロ離れた移動局とも安定した通信が行えるようになった。150MHz帯への周波数帯の変更に伴い不感地帯の影響が顕著になり、既存山上中継所の他に補助無線中継所が整備された。30MHz帯と比較して150MHz帯は直進性が強く、地形の影響を受けやすいためである。またこの時代、山間部の僻地やトンネルを通る高速道路が整備されてきたこともあり中継所の整備が強化された。

車載通信系は大ゾーン方式の移動体通信システム設計が基本的に採用されている。条件にもよるが比較的標高のある山頂からの見通しで30-50km程度をカバーする。携帯電話など小ゾーン方式が多い公衆向け通信システムと異なり、この方式は局数が限定されること、設置局数を抑えられることや簡素な設計で済むことによる設置コストや運用コストが低減できること、海上や山間部など広範囲をカバーする必要性などを勘案した上で設計されたものと推察される。ただし、一つの通信チャネルに多数の無線局が開局するため通話が一時的に輻輳することがある。また、時代の変遷に伴い通話量が増加する傾向がある。そのため、複数の通信チャネルを設定しておき、目的に応じて切り替えて利用している。車載通信系は地域ごとに分割した複数の方面系や県内系などの他に、警察の規模によっては交通や捜査などの専門の周波数が割り当てられている。また多府県にまたがる広域共通の周波数や高速道路専用の周波数も割り当てられている。さらに、災害時の増波に備えて臨時使用の周波数も周波数割り当て計画に盛り込まれている。

この時代、車載通信系はその周波数帯と変調方式が一般的なものであり傍受が容易であることから長らく傍受の対象とされてきた。そのため、通信はそのことを前提として行わざるを得ず、機密事項やプライバシーに関わる内容については有線電話(携帯電話など公衆無線通信は当時なかった)を併用した。また、音声を周波数処理して送信する方法などもとられたが、抜本的な対策とはならなかった。昭和50年代(1975-1984)に入るとデジタル技術の移動体音声通信への応用に向けた研究が進み、昭和58年(1983年)から順次、デジタル化された車載通信系の導入が開始された。車載通信系は大規模かつ24時間365日稼働するシステムであることから、既存システムとを併用しながら機器の入れ替えを進め、完全に移行するには5年以上を要した。開発期間中から導入時期頃にかけては車載通信系への妨害事件が多発した他、グリコ・森永事件で被疑者が警察無線を受信した証拠物件が発見され、警察の動向を把握しながら犯行を行っていることが明らかになるなどしたため、開発、導入が進んだとされる。デジタル化に伴い音声以外のデータ通信にも車載通信系が利用された。マイクロ多重回線を活用したモニター機能もこの時代に整備され、遠隔地で行われる通信を管区警察局や警察庁でモニターできるようになった。

1998年、革マル派アジトで車載通信系を録音したテープや受信装置が押収されたことから、革マル派がデジタル無線の復号に成功していたことが明らかになった。また、無線雑誌ラジオライフの読者も、革マル派とは異なる独自の回路とソフトウェアを使い復調と復号に成功していた。一般的に暗号強度は、コンピューターの処理能力の増大に伴い、脆弱性を増す。機器全般の老朽化も進んでいたことから新たな車載通信系システムの開発が進められ、2003年、従来のデジタル警察無線形式(MPR)に代わり新型であるAPR(Advanced Police Radio)へと移行した。APRの特長は以下の通り。

  • データ通信の通信スロットが音声スロットから独立しているためデータ通信が音声通話を阻害しない。
  • 複数中継所から同一周波数で同期された同時送信を行っており、MPRシステムで問題となった干渉問題が大幅に軽減されている。その結果、不感地帯が減少させることができる。また、これまで干渉問題で利用できなかった中継所を活用できるようになったことも不感地帯減少に寄与している。
  • 暗号強度の強化
  • 隣接する都道府県の通信系との接続性向上
  • パトカーに搭載した車載通信機を一時的に中継モードにすることで、他の移動体と中継所との間を中継することができる。不感地帯で事件、事故が発生した場合に機動的に対応することができる。

2011年3月11日に発生した東日本大震災においては、山上無線中継所を介した車載系は大きな力を発揮した。有線・無線の一般電話網は、地震発生直後から津波や地震の被害により、大きく損なわれた。被害を受けなかった通信網も、通話の輻輳や通信統制によりその利用が大きく制限された。その一方で、山上無線中継所は非常用発動発電機を備えており、商用電源の停電による即時機能停止を免れた。また津波の被害を受けなかったこともあり、発動発電機の燃料を補給することで継続的かつ安定的に車載系無線の中継機能を提供することができた。

携帯通信系[編集]

日本の警察無線の中の携帯通信系は、部隊活動用に用いられる通信システムで、中継所を介さない単信通信である。比較的狭い範囲で用いられ、捜査、機動隊の活動、雑踏警備で用いられることが多い。

署活系 (署外活動系)[編集]

日本の警察無線の中の署活系は、警察署と署外活動中の警察官あるいは警察官同士で通信するために整備されたものである。350MHz帯の周波数が警察署単位で割り当てられてられており、暗号化された信号をデジタル変調方式で送受している。

初代の署活系は昭和49年(1974年)度から整備され昭和50年(1975年)から運用を開始し、昭和56年(1981年)度まで展開され873警察署基地局と携帯無線機約2万台の整備が完了した。この時の携帯型無線機はSW-1(松下通信工業製、出力は1W、電波形式はFM変調(F3)、単信通信)であった。移動局側の出力が1Wであり空中線はホイップ型アンテナであったために必ずしも常に良好な通信状況が確保できず、通信が困難な場合も発生した。

昭和57年(1982年)度には、警察署において警察電話と接続して照会センターと直接通信して、盗難車などの手配照会ができるシステムも開始された。

昭和58年(1983年)度からは、広い地域を管轄する郡部の警察署が用いる広域署活系の整備が開始され同年度には117署の整備が完了した。前進基地と呼ばれる無線中継所を見晴らしの良い場所に設置することで、警察署との直接交信が困難な地域でも良好な通信状況を確保できるようになった。この頃、帯域の狭帯域化のために大幅な周波数変更を伴う移行が一度行われた。SW-2と呼ばれる狭帯域化対応の携帯型無線機が導入された。

アナログ方式の通信機器の老朽化と、マニアによる傍受および情報の漏洩を回避する理由から、昭和62年(1987年)頃からデジタル変調方式への移行が始まり、数年をかけて移行を完了した。この時用いられた携帯型無線機はSW-101。

署活系は警察署単位の通信系であるが、警察署の通信担当者の操作により車載通信系の通信内容を送信することができた。

署活系無線システム(SWシリーズ)が老朽化したため、2011年に地域警察デジタル無線システム(PSWとPSD)が本格導入された。PSWは350MHz帯の無線通信であり、PSDは公衆携帯電話システムを利用したものである。PSWは従来からある音声通信に加えて、GPSを使った位置情報の送信が行われる。これにより警察署や警察本部通信司令室では警察官のより適切かつ迅速な配置の指示が行えるようになった。また、従来の通信機より小型軽量化と長時間連続運用が実現されている。PSDはGPSとカメラを備え、現場から写真を送ったり受信することが可能である。また、110番通報に関する情報配信を受信することができ、音声一斉同報通信に比べてより確実に正確な情報の伝達が可能となっている。ただし、警視庁では「ピーフォン(Pフォン、ポリスフォン)[14]」および「ポリスモード(ピーモード、Pモード)[15][16]」、岡山県警察では「PIT(Police Integrated information Tool)システム(警察統合情報システム)[17][18]」という独自のデータ端末とデーター通信システムを整備・使用している[19][20]

PSWの通信システムは、警察署を基地局としたものから多地点に基地局を設ける多セル方式へと変化した。従来からの警察署の基地局の他に、派出所などにも基地局を設置して各基地局が連係することにより警察署管轄内を広くカバーしている。これにより、従来よりも安定した通信状態を確保できるようになっている。

これまでは警察署管内で閉じていた通信系は、この地域警察デジタル無線システムの導入により、通信指令室、警察署、警察官が緊密に連携できる通信系に大きく変化し、効果的な警察活動を支援している。

WIDE通信システム[編集]

日本の警察無線の中のWIDE通信システムは、Wire-less Integrated Digital Equipmentの略であり、1990年代前半に整備が開始された。使用周波数帯は350MHz帯。車載型通信機と携帯型通信機がある。車載通信系がPTT(プッシュツートーク)であったのに対して、警察電話やWIDEシステムは電話と同じ同時双方向通話が可能である。WIDE通信機同士のほか、警察電話や一般公衆回線に接続できる。受話器を上げるだけでダイヤルすることなく特定の端末に接続できるホットライン機能や、輻輳時に他の通話を切断して優先的に回線を利用できる機能や、一斉指令機能などを搭載している。捜査をはじめ幹部系車両を中心に搭載され、単一および複数都道府県の通信で利用されている。山上中継所などを用いた大ゾーン方式とビル屋上などに設置された中継所の中ゾーン方式を主に併用している。地下街、空港、ターミナル駅など局所的な場所をカバーするための小ゾーン用中継所も存在する。前身は移動警察電話システム(移動警電)でありFM変調方式であった。自動車電話サービスの出現以前にこのシステムを実現した先進的な取り組みであったが、傍受の問題などもありWIDEシステムに代替された。

当該システムは整備完了後、約20年が経過しており、IPRシステムへ統合されるため、IPRシステムの整備に伴い、平成28年9月に四国管区警察局管内にて運用を停止した[21]

IPR形移動無線通信システム[編集]

警察庁は、老朽化等の問題が顕在化している現行のAPR形警察移動通信システム、パトカー照会指令システム(PAT)、WIDE通信システムを、「IPR形移動無線通信システム(Integrated Police Radio Mobile Communication System)」および「IPR形IP移動通信システム(Integrated Police Radio Internet Protocol Mobile Communication System)」として統合・更新する[22][23]。IPR形移動無線通信システムの納入期限は平成30年3月19日であり、IPR形IP移動通信システムの納入期限は平成29年3月10日である[23]。大規模災害等による一部機能喪失時における通信の維持のほか、暗号の活用及び閉域網の構築によるセキュリティの確保などを推進する[22]

その他の通信系[編集]

日本の警察無線には、移動体通信でないものも含まれるが、警察無線と関連する通信系が上記の他に複数存在する。下記にその例を示す。

  • マイクロ多重
    警察業務を行う上での情報通信ネットワーク網は自営および民間企業の専用線により構成されている。このうち自営のネットワークはマイクロ多重回線で構築されており、主に警察庁と管区警察局・方面本部・警察本部・市警部・主要空港、中継所などの間を結んでいる。このネットワークは警察電話や警察無線やヘリテレ中継の役割のほか一般的なIP通信ネットワークとして利用されている(ヘリテレ映像は別途小型の専用機器とマイクロ回線で伝送してる場合もある)。マイクロ波の特質上、山頂などの高所に中継局や反射板などの無給電中継所を設けている。災害や機器故障などによる通信の途絶を防止するためにループ状の回線設計がなされている。車載通信系やWIDEシステムなどの通信は、そのほとんどをこのマイクロ多重回線を通じて本部や機械室との間で中継されている。昭和30年代から整備が開始され当初は管区警察局を結ぶ幹線整備から始まった。その後、各都道府県本部への拡張、2ルート化、ハブ方式からループ方式への変更、デジタル化、大容量化、IP化など何度かの大幅な増強を繰り返してきた。マイクロ多重回線はその目的や重要度などから第一級から第三級までの種別がある。
  • 補助中継回線 (リンク回線)
    警察本部と無線中継所及び無線中継所相互間を結ぶための回線。有線で接続される場合もあるが、ここでは無線のみについて取り扱う。車載通信系が150MHz帯のFM変調の時には一般的に350MHzのFM変調が用いられていたが、遠距離の場合などには例外的にVHF帯が用いられている場合もあった。車載通信系がMPRへ移行すると450MHz帯へ移行しデジタル変調に変更された。APRへの移行に伴い7.5GHz帯マイクロ多重へ変更されたが、地理的な理由などでマイクロ多重回線が設定できない場合には一部でUHF帯が使用されている。
  • 鉄道警察隊専用波
    システム上は署活系とほぼ同一。鉄道警察隊の分駐所等と隊員の交信に使用。前身の国鉄鉄道公安職員時代から使用されている無線。
  • ヘリテレ連絡波
    警察ヘリコプターからの空撮映像を伝送するシステムに付随するもので、地上のヘリテレ操作卓などと機上との間で連絡をとるもの。2000年代初頭までアナログFM変調で運用されていたが、既にデジタル化している。
  • ヘリコプター運航管理用無線(カンパニー波)
    警察ヘリコプターの運航管理に利用されるもので、平成7年より無線局運用規則に基づく告示[24]に規定する周波数の内、135.95MHzが全国共通で用いられている。航空無線の一種であり位置情報、着陸時間等の航空機の運航のための通信に利用されるが、ごく稀に出動事案等が受信できる場合もある。
  • 短波無線電話
    電波法の施行(1950年6月1日)以降の官報によると、1950年後半から 2.6Mcから2.9Mc前後を利用した近距離用電話無線局免許が国家公安委員会に対して承認されている。実際の無線局は全国的に散在し、出力は数W程度でAM変調を用い単信通話方式であった。許可された空中線は逆L字型であり、当時の警察署の写真によく見られる鉄塔(主に三角鉄塔)はこの逆L字型空中線と思われる。通信の相手方は1、2局に定められ、警察署と主要拠点間における固定局間の通信に用いられたと推察される。いつ頃廃止されたかは不明である。当時は電話通信事情がよくない時代であった。この通信系の整備は、そのことが影響しているのかも知れない。一例を以下に示す。周波数の単位、住所地名は記載のママ。
  • 2695kc 「北松」(長崎県北松浦郡江迎町)と「福島」(長崎県北松浦郡福島村)
  • 2900kc 「馬渡島」(佐賀県東松浦郡呼子町)と「呼子」(佐賀県東松浦郡名護屋村)
  • 2695kc 「浦河」(北海道浦河郡浦河町)と「幌泉」(北海道幌泉郡幌泉村)
  • 2695kc 「江差」(北海道檜山郡江差町)と「奥尻」(北海道奥尻郡奥尻村)
  • 2900kc 「宝珠山」(福岡県朝倉郡宝珠山村)と「朝倉」(福岡県朝倉郡天城町)

そのほか、スピード取り締まりで使用される周波数(Xバンド レーダー波・違反車両連絡用)以外は、ほぼ全てデジタル変調の通信である。部隊活動系の一部(大規模警備等)には特定小電力無線やアナログ無線、業務無線が使われる事があるが、これは予算上の都合とデジタル無線機の管理上台数を増やさないための処置である(警察は無線機の紛失・盗難には非常に敏感である)。

歴史[編集]

  • 1948年:30MHz帯アナログFMで開始[25]。無線機は米国[26]、局数は約1000局であった。
  • 1949年:国産無線機「PR-1」(29〜44MHz)を開発導入
  • 1950年:昭和25年(1950年)6月1日に施行された電波法に基づく国家公安委員会の無線局免許(警視庁用)が、8月17日に交付される。周波数 33.5MHz、電波形式 F3にて呼出名称は「都本部」、「都本部移動」のほか「青梅」、「青梅移動」、「町田」、「町田移動」、「五日市」、「五日市移動」、「八王子」、「八王子移動」、「田無」、「田無移動」、「立川」、「立川移動」。いずれも固定局と基地局は空中線電力 50W、移動局は25W。[27]
  • 1950年:8月29日、国家公安委員会の無線局免許(大阪府用)が交付される。周波数 34.5MHz、電波形式 F3にて呼出名称は「府本部」など。[28]
  • 1950年:10月5日、国家公安委員会の無線局免許(大阪府用)が交付される。周波数 43.5MHz、電波形式 F3にて呼出名称は「大阪本部」、「大阪一号」から「大阪十号」まで。[29]
  • 1958年:受令機を開発導入
  • 1959年150MHz帯を使用開始
  • 1963年:携帯無線機を開発導入
  • 1969年:150MHz帯携帯無線機「UW-10」を開発導入
  • 1974年:400MHz帯携帯無線機を開発導入
  • 1979年:タバコサイズの小型携帯無線機「UWS-1」を開発導入
  • 1982年:電波技術審議会の一部答申を受けてデジタル方式携帯無線機の整備を開始[30]
  • 1983年:無線中継を使った車載無線システムのデジタル化を開始[31]
  • 1990年:1986年改正の無線設備規則(送信速度8kbps以下、チャネル間隔12.5kHz以下)に対応した8kbps狭帯域ディジタル携帯無線機を開発導入
  • 1994年:WIDE(Wireless Integrated Digital Equipment―統合デジタル無線機器)システム導入
  • 2003年:新型デジタル無線 APR(Advanced Police Radio type police mobile communication system)シリーズ導入開始
  • 2011年:地域警察デジタル無線システム(新型署外活動系無線)「PSW(Police Station Walkie talkie)形無線機(製造会社:パナソニックシステムネットワークス株式会社 - 販売会社:パナソニックシステムソリューションズジャパン株式会社) および PSD(Police Station Data terminal)形データ端末(販売会社:KDDI - 機種名:E05SH/E06SH)」の本格運用開始

使用する周波数[編集]

  • 150MHz帯、300MHz帯、800MHz帯(トンネル内通信用)の使用が公表されているが、正確な周波数は公開されていない。一部雑誌に掲載されている場合もあるが、出所は各個人もしくは編集者による調査のみであり、正確性は不明である。

無線機[編集]

APR-ML1
  • 県内系デジタル無線:パトカー用のMPR-100形、白バイ用のオートバイ100形、ヘリコプター用のヘリ100形、携帯用のUW-110形(高出力)、UW-105形、UW-101形、受令機のUR-100形がある[32]
  • APR形無線機:大きく分けて車載型のAPR-ML1(別名:FM-719A、製造:三菱電機株式会社)、白バイ車載型のAPR-AU1、携帯トランシーバ型のAPR-WT1(別名:EK-22110A、製造:パナソニック株式会社、送信出力:10W)とAPR-WTB1(別名:MT-782A、製造:パナソニック株式会社、送信出力:5W)、受令機(受信専用小型機)であるAPR-WR1(APR-WR1-AとAPR-WR1-B)がある。携帯トランシーバ型のAPR-WTB1の色は灰色よりほんの少し明るい色で塗装されており、正面に液晶画面がある。

ちなみにこれらは全て警察庁内部での呼称で、メーカー側における正式な型名は不明。例えばアナログ時代の携帯型「SW-1」、可搬型「UW-1」は製造元の松下通信工業ではそれぞれ「EK-3110ECT」、「EK-3226」(民生品)となる。

アンテナ[編集]

  • パトカー用:150MHz帯のλ/4ホイップアンテナを、ルーフ中央部に直接取り付けて使用している。「RT-VH形ホイップアンテナ」と呼ばれる物が一般的で、メーカは電気興業である。

イギリスの警察無線[編集]

イギリスでは、システムの統合による歳出削減、緊急時の相互通信、電波の有効利用のため、内務省が主導して1993年に警察や消防などの無線通信システムの共用化が図られた[33]

イギリスでは警察向けの情報通信技術の調達や契約管理などのため非政府の公的機関である警察情報技術局(PITO)が設立されている[33]

2000年にはPFI方式で新たな警察向け無線サービスが導入された[33]。しかし、消防部門は暗号化技術による高コスト化からこのシステムの共用には消極的とされる一方、保健省管轄の救急部門は警察と消防の相互運用が重要とシステムの置換えに前向きである[33]

補足[編集]

  • 米国では、警察無線を合法的に聴くことが可能である[34]

脚注[編集]

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  1. ^ 「新潟県警察史」、新潟県警察史編さん委員会、1959、P1034、「警察無線の創設とその発展」
  2. ^ a b c d e f 「大分県警察史」、大分県警察本部教養課、1963、P687、「第6章 警察通信」
  3. ^ 「官報」第7378号、1951年08月13日、大蔵省印刷局 [編]、P243、「告示 / 電波監理委員会 / 第1114号 / 国家公安委員会齊報通信系の識別符号指定」 [1]
  4. ^ a b c d e 「小野さんの生涯」、故小野孝君記念刊行会、1955、P54 「国家地方警察時代」 小野孝氏は元国家地方警察通信部長。
  5. ^ a b c d e f g 「警察学論集」、警察大学校、立花書房、1954/6、P54 「新警察通信の基礎的考察」、小野孝 (元国警本部通信部長)
  6. ^ a b c d e f 「電気通信事業要覧」、1952年版、電気通信協会、1952、P80 「警察通信」
  7. ^ 「第一線活動と警察通信」、警察庁通信局編、警察図書出版、1959、P12、「中短波簡易無線電話機」
  8. ^ a b c d e f 「岩手県警察史」 第2巻、1979年6月、岩手県警察本部
  9. ^ 「第一線活動と警察通信」、警察庁通信局編、警察図書出版、1959、P12、「可搬型応急無線機」
  10. ^ 「新潟県警察史」、新潟県警察史編さん委員会、1959、P625、「新潟・佐渡超短波無線電話の創設」
  11. ^ 「NEC日本電気技報」、日本電気、1954-12、京極晃、P14、「警察庁80MC回線用搬送装置」
  12. ^ 「警察学論集」、警察大学校、立花書房、1966年4月
  13. ^ a b 「警察資料年鑑」、1967年版、警察資料通信社、1967、P349
  14. ^ 新語時事用語辞典 Weblio辞書 - ピーフォンとは
  15. ^ マルチメディア/インターネット事典 - Pモード・システム
  16. ^ The PRIDE 平成27年度 警視庁採用サイト
  17. ^ 岡山県警察 - PITシステム
  18. ^ MCPC award 2010 - 岡山県警察本部
  19. ^ 平成25年度警察白書 - 第4項 事件・事故への即応
  20. ^ 平成26年度警察白書 - 2 事件・事故への即応
  21. ^ 警察情報通信部門の活動状況(平成28年) - 警察庁情報通信局
  22. ^ a b ポリスチャンネル - 移動無線通信システムを統合・更新
  23. ^ a b 警察庁 - 入札公告
  24. ^ 平成7年郵政省告示第559号 無線局運用規則第152条の規定による航空移動業務に使用する電波の型式及び周波数の使用区別第2項(14)災害発生時に救援活動等を行うための臨時の離発着場周辺において、航空局と航空機局との間で飛行援助に関する通信若しくは航空機局相互間で救援活動等に関する連携のための通信を行う場合又はそれらの訓練に関する通信を行う場合 総務省電波関係法令集(総務省電波利用ホームページ)
  25. ^ 移動通信-理論と設計- 1ページ
  26. ^ 電子情報通信学会誌 Vol.68 No.11 pp.1192
  27. ^ 官報 昭和25年10月3日 第7119号から第7125号
  28. ^ 官報 昭和25年10月3日 第7128号
  29. ^ 官報 昭和25年10月3日 第7128号から第7140号
  30. ^ 電子情報通信学会誌 Vol.68 No.11 pp.1194
  31. ^ 電子情報通信学会誌 Vol.68 No.11 pp.1194
  32. ^ 参考文献:警察官のための警察通信読本 72ページ
  33. ^ a b c d 海外における政府用周波数の開放政策 -米・英を中心に-”. 内閣府規制改革推進会議. 2017年9月7日閲覧。
  34. ^ Actual 9-1-1 Calls - Los Angels Police Department(2016年11月12日閲覧)

関連項目[編集]

外部ページ[編集]