西郷糸子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
さいごう いとこ
西郷 糸子
Saigō Itoko.jpg
生誕 天保14年(1843年[注釈 1]
Japanese Crest maru ni jyuji.svg 薩摩国
死没 大正11年(1922年6月11日
墓地 青山霊園
国籍 日本の旗 日本
別名 西郷糸、西郷イト
配偶者 海老原某
西郷隆盛(1865- )
子供 寅太郎・牛次郎・酉三
養子:菊次郎・菊
岩山八郎太直温

西郷 糸子(さいごう いとこ、天保14年(1843年[注釈 1] - 大正11年(1922年6月11日)は、薩摩藩士・陸軍大将であった西郷隆盛の妻。西郷糸、西郷イトとも。

概要[編集]

薩摩藩家老座書役を勤めた岩山八郎太直温の次女として生まれる[2]

元治2年(1865年)、西郷隆盛と結婚する。隆盛は3回目、糸子は再婚。

隆盛との間に寅太郎・午次郎・酉三の子どもを産む。また、隆盛の奄美大島における島妻である愛加那(愛子)との子である菊次郎・菊(菊子)を引き取り養育した。

墓地は青山霊園

人物[編集]

エピソード[編集]

坂本龍馬の能力を有望視した西郷隆盛が龍馬を薩摩へ招いた際のこと、着た物を破けるまで着続ける癖が多く、困っていた龍馬に気付いた糸子は夫のお古のを探してお裾分けしたこと[3]や、自宅が雨漏りしてるとき、隣室で休んでいた龍馬に、糸子は「お客様が来られると面目が立ちません。雨漏りしないように屋根を修理してほしい」と雨漏りの原因である屋根の修理の手伝いをさせようという発言に対して、激怒することがあまりなく普段は優しい隆盛(吉之助)が珍しく憤怒して、糸子が夫に叱られてしまい[注 1]、隆盛の人格性にそれを見た龍馬自身が感心するエピソードがある。

上野公園の西郷隆盛像除幕式で、像を見た糸子は、夫に似ていないと何回もつぶやき、同席していた義弟の従道を困惑させた。

登場作品[編集]

小説
テレビドラマ

関連項目[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ a b 平成新修旧華族家系大成[1]によると天保9年(1838年)4月5日生まれとされ、その場合、享年84歳。
  1. ^ 西郷隆盛の欄に参照。

出典[編集]

  1. ^ 『平成新修旧華族家系大成』 霞会館華族家系大成編輯委員会 (編纂)、吉川弘文館 (発売)、霞会館、1996年NCID BN15217497
  2. ^ 資料名:西郷イト”. かごしまデジタルミュージアム. 鹿児島市. 2015年8月26日閲覧。
  3. ^ 山村竜也・著の『世界一よくわかる坂本龍馬』ISBN 978-4-396-61621-2