缶
缶(かん、旧字体:罐)とは、金属製の容器。材料により、ブリキ缶、スチール缶、アルミ缶などに分かれる。
概念
[編集]一般に水分の多い食品を金属缶に詰めた上で密封・加熱・殺菌したものを缶詰という[1](後述の単なる「缶入り」とは区別される[1])。金属の高い密封性を生かして、酸素、水分、微生物などから遮断し、密封後に加熱殺菌などをすることで、高い保存性が得られる。缶詰には肉類(コンビーフや焼き鳥、ウズラの卵など)、魚介類(マグロやカツオ、サバなど青魚、イカなど)、野菜類(トマト、トウモロコシ、豆、きのこ、たけのこ、山菜など)、果物(シロップ漬け)、その他加工食品(米飯やパン、練乳、プロセスチーズ、煮物やスープなど)、油脂類(食用油、ラードなど)、調味料(主に業務用の調味料)など様々な製品がある。人間用の食品以外にも、犬や猫などペット用の飼料、特にウエットフードを入れたものがある(いわゆる猫缶など)。
缶に詰めた飲料、特に1人で1回で飲める程度の少量のものは缶飲料と呼ばれ、中身に応じて缶ジュース・缶コーヒー・缶ビールなどと呼ばれる。
乾燥食品などの製品を単に金属缶に詰めて密封したものは「缶入り」として通常は缶詰とは区別される[1]。茶、コーヒー、紅茶、海苔、菓子、プロテイン、粉ミルクなどによく使われ、普通の蓋による開閉になっている。菓子類では飴、煎餅、クッキー、チョコレートなど贈答用のものも多い。茶や海苔など特に乾燥状態を保ちたい食品を入れる缶には中蓋の付属するものがある。
金属缶は食品以外には、石油製品・化学薬品などに使われる。スプレー缶は医薬部外品や殺虫剤などが多い。多くが円柱形であるが、一斗缶のような直方体など、様々な形の缶が作られている。食用油、石油製品など液体用の缶では、ネジなどで再び密閉できる注ぎ口がついているものが多い。
一斗缶やドラム缶は再使用が可能であり、JISなどで形や大きさが規格化されている。再使用不可能でも、250ml缶や350ml缶など、事実上の標準となっているサイズもある。中身が空(から)の缶のうち、中身を詰める前の未使用の缶は空缶(くうかん)、使用済みの缶は空缶(あきかん)と呼ばれる。
なお、ボイラーのことを「汽缶」略して「缶」と呼ぶこともある(清缶剤など)。また、船舶のエンジンも「罐」と呼ばれる。これは20世紀半ば位まで、船舶の機関は蒸気機関が主流であった名残である。これらの意味では音読みの「カン」の他に訓読みで「かま」と読むこともある。建築物やプラントに設置する金属製のタンクも缶と呼ぶことがあるが、これは密閉、開放を問わない。
漢字
[編集]「缶」の旧字体は「罐」である。もともと「罐」は水を入れる広口の甕を意味したが、西欧から金属容器(オランダ語「kan」、英語「can」)が入ってきたときに「カン」の音訳としてこの文字を当てるようになった[2]。英語のCanは、缶詰の手法を考案したピーター・デュランドが金属容器の特許を申請する際にチン・キャニスター(Tin Canister, 「ブリキ筒」)という名称を用いており、これを略した表現に由来する[3]。「罐」は当用漢字表に収録されなかったが、常用漢字制定に先立って行われた1977年の世論調査において「罐」の右部を省略して「缶」と書く人が多数であるという結果が得られたことから、常用漢字では「缶」が新字体として採用された[4]。
なお、「罐」の略字の「缶」とは別に、「缶」という形の文字が既に存在した。この文字は胴体が太く口がすぼまった形の容器を意味し[5]、音読みとして「フ」、訓読みとして「ほとぎ」の読みを持つ。字源としては音を表す部分(元々は枹の形に由来する)と区別のための記号「口」とからなる文字で、容器を意味する単語を表記するのは仮借による[6][7][8]。「罐」という文字はこの「缶」を意符とし、「雚」を声符とする形声文字である[9]。
用途
[編集]飲料缶
[編集]初期の飲料の缶は、缶切りやピックなどで円形の面に2ヶ所穴(注ぎ口、空気穴)を開ける必要があったためあまり広まらなかった。その後1960年代に缶切りを必要としないプルトップ式の蓋が登場し、ガラス瓶からの移行が進んだ[10]。発売当初は、缶そのものが同等容量のガラス瓶より小ぶりであるがために、減量したのではないかという誤解も存在していた[11]。
プルトップ式のプルタブは、現在食品関係で使われるイージーオープンふたの小型版で、缶から切り口の部分が外れるが、プルタブの散乱が問題になったことから、日本では1989年から缶から外れないステイ・オン・タブ(SOT)が採用された[10]。日本国内においては、プルタブ式の缶は1990年代初頭頃にはほとんど製造されなくなり[注釈 1]、現在その方式を採用している缶飲料は流通していない。
飲料用の缶では、加温性や強度あるいは開封済みを見分けるなどの機能性を狙って、缶の一部をへこませたりダイヤ状の模様をつけたりと様々な加工が施されることがある。
食品用
[編集]初期の缶詰は金槌と鑿(のみ)を使って開けていた。缶切りが発明されてからは、これを利用して開封された。食品用の缶詰の場合は、円筒形の缶の円形の面を缶切りで切れ込みを入れてこじ開けた。その後、缶切りを必要としないイージーオープンエンドが1990年頃から食品の缶詰にも普及してきている。
特に飲食物を収める缶には多彩な形や様々な工夫が見られる。コンビーフや水ようかんなどの缶詰が錐台形なのは、充填時に空気が抜けやすいことと、開缶時に中身がきれいに抜けることを狙っている。
その他
[編集]- スプレー缶・ガスボンベ
- 液体・粉末を散布するため中にガスを入れて圧力を高めたものをスプレー缶といい、ガス類そのものの大量保管のため高圧の気体・液体用に作られた金属容器はボンベという。スプレー缶は他の缶とさほど変わらない厚さの金属で作られるが、ボンベは高圧に耐えるため厚い金属が用いられる。スプレー缶は、出口を押すと内容物が吹き出る設計になっており、通常は本体のボタンを押すための器具が取り付けてある。ボンベではバルブが用いられる。またカセットコンロ用の小型ガスボンベは、ボンベと呼ばれるがスプレー缶のような形状であり、コンロ側に押す仕組みがついているため、出口を押す器具は付属しない。
構造
[編集]蓋・胴体・底を別々に作って接合した缶は3ピース缶、胴体と底を一体成形して蓋だけ後から接合した缶は2ピース缶と呼ばれる。蓋や底の接合は、初期ははんだで行っていたが、19世紀末に蓋と胴を重ねて胴の外面へ巻き込み圧着する二重巻締法が発明されてからは、現在でもこの方法が主に使われている。
陰圧缶と陽圧缶
[編集]飲料の缶では、製造過程において、熱いまま缶に入れられるものについてはスチール缶が用いられる(缶コーヒーなど)。これは、冷えると中の圧力が下がり、アルミ缶では強度不足から大気圧によってへこんでしまうためである。このような内圧が低い缶を、陰圧缶という。また、炭酸飲料はその炭酸ガスによって内側から圧力がかかり、へこむ心配がない。そのため、缶の厚みを薄く、軽くできるアルミ缶が使われる。このような内圧が高い缶を、陽圧缶という。しかし、素材によって決まるわけではなく、スチールの陽圧缶などもある。簡単な見分け方としては、底が丸くへこんだドーム状をしているものは陽圧缶、平らなものは陰圧缶と判断できる。陽圧缶がドーム状なのは内圧に耐えるためであり、一体成形となる2ピース缶が多いが、スプレー缶では通常通り接合されているものがある。
タルク缶
[編集]東洋製罐は、CO2と製造時に使用する水の大幅な削減の為、タルク缶(TULC缶:Toyo Ultimate Can)と呼ぶ缶を製造している。通常、2ピース缶ではプレス加工時に潤滑・冷却剤を必要とするが、タルク缶は原料のアルミもしくは鉄にPET樹脂を貼り付けており、これが潤滑油の役割をすることで、その洗浄工程を不要としている。その結果、水の使用量および、その浄化による廃棄物の削減ができた。塗装が不要で、CO2削減につながっている。缶の特徴として、白色の樹脂を使っているため、底面が白い。
ボトル缶
[編集]1996年(平成8年)に小型ペットボトルの使用規制が解禁され、清涼飲料が500mlのペットボトルを中心に販売されるようになった。このため、アルミ缶の製造量の伸びが鈍化・減少する傾向があった。これに対して、アルミ缶製造業者(大和製罐)は、2000年(平成12年)にペットボトルと同型の500mlのアルミ製ボトル缶を開発し、対抗した(市販されたのは450mlビール缶が最初)。さらに、スチール製ボトル缶も開発され、コーヒーやお茶の容器として利用されている。
ボトル缶のメリットとして、蓋を閉めることができるので、中身を一度に消費する必要がないことと、ペットボトルよりも熱伝導率がよく冷えやすい上、不要時はペットボトルのような専用プレス機(プレス→針金・ビニルバンド束ね)ではなく、金属製品用のプレス機(針金束ね無し)でスクラップに出来ることが挙げられる。
ボトル缶は蓋も容器自体と同じ材質であるため、蓋も含めてリサイクル可能であり、缶本体とキャップは分別しない。事実上使い回しが出来るが、メーカーはあくまで使い切り容器なので、「空容器の転用はしないでください」という注意書きがある商品もある。
社会問題
[編集]スズの検出
[編集]1970年、東京都の食品検査で缶入り飲料から基準値を超えるスズが検出される例が相次いだ。これは原料や水に硝酸性イオンが多く含まれていると缶の素材であるスズが溶けやすくなることが原因[12]であり、当時は知見が十分に蓄積されていなかった。缶入り飲料のイメージは低下したが、アルミ缶への移行など技術的な解決が進められた。
ごみ問題
[編集]缶飲料は手軽に買いやすいが、空缶となるため、ごみの問題が顕著化している。よくあるごみの問題に、缶の投げ捨て(ポイ捨て)が該当する。ポイ捨てによって町の景観が損なわれること、また、空缶はリサイクルすることができ、資源の節約にもなることから、自治体やメーカーでは、ポイ捨ての禁止を呼びかけている。実際にはリサイクル率はPETボトルよりも金属缶の方が高い。また、空缶をタバコの灰皿代わりにする者もいるが、幼児などが誤って飲んでしまう事故があり、注意をしなければならない。
缶飲料持参の規制
[編集]近年、スポーツ・コンサート施設やイベント会場では、ごみ問題や、興奮した客が缶を投げ込むといった諸問題を防ぎ、気持ち良くそれらに参加・観覧してもらうようにするため、飲料類(缶・ガラス瓶・ペットボトル)の持参を規制しているところが増えている。特にJリーグでは、全てのスタジアム共通で「缶・ガラス瓶入り飲料は持ち込み禁止」[13][14]となっており、持参者は入場時に紙コップやプラスチック製タンブラー(近年は環境の配慮の名目で、タンブラーを推奨している例が多い)に移し変えるように指導している。
文化
[編集]缶を使った遊び
[編集]使用済みの缶は、子供でも簡単に入手できるため、缶けりや缶下駄などの遊びに使われることがある。
コレクションとして
[編集]使用済みの飲料缶は、缶のデザインや流通数の少ない珍品の缶等を目当てにコレクションする、コレクターが存在する。著名なコレクターとしては、元たまでパーカッショニストの石川浩司と、経済アナリストの森永卓郎がいる。
コレクションとする際、上部のプルトップ部分を空けると見栄えがよくなく、かといって中身を入れたままでは中身の腐敗はもちろん、錆など缶にもダメージを与えることがある。そこで、缶の底面に昔の飲料缶のように2ヶ所穴を開け、中身を取り出して缶を洗浄し保存するという手法が用いられることがある。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c 日本食品保蔵科学会『食品保蔵・流通技術ハンドブック』建帛社 p.38 2006年
- ^ ロバート・バーガー. “Ethernet Marches On”. 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター. 2020年5月20日閲覧。
- ^ “製缶技術の変遷・金属缶の歴史”. 日本製缶協会. 2024年9月4日閲覧。
- ^ 安岡孝一. “人名用漢字の新字旧字 第59回 「缶」と「罐」”. 三省堂WORD-WISE WEB. 2024年4月18日閲覧。
- ^ 漢語大字典編輯委員会 (2010), 漢語大字典, 成都、武漢: 四川辞書出版社、崇文書局, p. 3131, ISBN 9787806825006
- ^ 郭小武 (2001). "古文字考釈五題". 殷都学刊. 2001 (3): 90–1.
- ^ 徐宝貴; 孫臣 (2001). "古文字考釈四則". 考古与文物. 2001 (1): 78–9.
- ^ 謝明文 (2022). "談"宝"論"富"". 文献. 2022 (1): 116.
- ^ 李学勤 (2012), 字源, 天津、瀋陽: 天津古籍出版社、遼寧人民出版社, p. 471, ISBN 978-7-5528-0069-2
- ^ a b 缶のふたの歴史-容器を学ぼう!
- ^ 参考
- ^ カン入りジュース また大量スズ 都、六社に回収指示『朝日新聞』1970年(昭和45年)12月4日朝刊 12版 3面
- ^ "観戦の楽しみ方③▷スタジアムで乾杯!!". 初心者向け サッカー観戦の楽しみ方・観戦ガイド♡2020:Jリーグ.jp. 2020年3月3日. 2020年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年12月26日閲覧。
Jリーグでは、アルコール飲料のスタジアム内への持ち込みは可能ですが、ビン・カンの持ち込みは禁止されています。よって、中身は入場口にて、紙コップに移しての入場が必要になります。
- ^ "試合運営管理規程". 【公式】観戦マナー&ルール:About Jリーグ:Jリーグ公式サイト(J.LEAGUE.jp). 2021年3月25日. 2021年12月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年12月26日閲覧。
第3条(持ち込み禁止物)観客等は、主催者または主管者が特に必要と認めた場合を除き、以下の各号に掲げる物を施設等に持ち込むことはできない。1.花火、爆竹、発煙筒、煙玉、銃刀類・毒劇物等法令に抵触する物、殺虫剤、ドライアイス、エアガン・バネ式鉄砲、ガスホーン、ビン・カン類、(以下略)
関連項目
[編集]- 製缶
- バッジ - 金属製で中が空洞のものを缶バッジという。
- ニコラ・アペール
- 缶詰
- 「缶」で始まるページの一覧
- タイトルに「缶」を含むページの一覧