積極的平和主義

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積極的平和主義(せっきょくてきへいわしゅぎ、: proactive pacifism)とは、自国のみならず国際社会の平和と安全の実現のために、能動的・積極的に行動を起こすことに価値を求める思想である[1]

歴史[編集]

1970年代[編集]

積極的平和主義」という言葉は、防衛官僚の久保卓也1977年に用いた[注 1]。久保は次のように提唱したという。

戦後日本の「平和主義は、憲法上の解釈、そこから由来する非武装中立論、非核三原則、不可侵条約の提案等にみられるように、わが国は何々をしない、という受動的、消極的な平和主義」といえ、「国際の安定と平和の創出のために何かするという、能動的、積極的平和主義への転換が必要」と語った。(p.93)

日本の国際貢献が本格的に議論されるのは湾岸戦争がきっかけであるが、久保は1970年代から積極的平和主義への転換を指摘していた。なお、この久保は1980年12月に死去している。

1990年代[編集]

湾岸戦争後、国際政治学者で、シンクタンク日本国際フォーラム理事長の伊藤憲一1991年11月に上梓した『「二つの衝撃」と日本』(PHP研究所刊)の一節「消極的平和主義と積極的平和主義」(pp.117-120)で使用した。この著作で伊藤は次のように述べている。

わたくしは、憲法は日本の積極的な国際的貢献を禁じているどころか、むしろそれを求めていると考える。憲法はその第九条で「加害者にならない」ための禁欲的自己規制(すなわち消極的平和主義)を打ち出す一方で、前文のなかで「貢献者となる」ための利他的自己犠牲(すなわち積極的平和主義)を宣言している。憲法解釈のあるべき姿は、この両者の均衡と調和のなかにこそ求められるべきであろう。(p.118)

この伊藤の「積極的平和主義」構想は、2007年の著書『新・戦争論:積極的平和主義への提言』(新潮新書)で本格的に展開されるに至った[注 2]

伊藤による『「二つの衝撃」と日本』刊行の翌年、1992年6月自由民主党の「国際社会における日本の役割に関する特別調査会」(会長が小沢一郎だったため「小沢調査会」の別名がある[2])の提言において、「積極的平和主義」との言葉が用いられた。当時、日本は湾岸戦争への対応を巡り、多額の金額を拠出したものの、戦後処理を除いて戦時中には自衛隊を派遣しなかったために国際的に批判される事態となっていた。提言の中では、「日本さえ平和であれば良い」という一国平和主義に加え、「日本が軍事的活動を行わない事が国際平和に寄与する」とした考えを「消極的平和主義」と位置づけた。その上でこれらを否定し、日本国憲法前文の「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」に代表される理念を前提に、人道支援はもとより、場合によっては国連平和維持活動に代表される自衛隊海外派遣などの軍事的オプションを含む国際支援があってこそ世界平和が近づくという考えを「積極的平和主義」とした。

2000年代[編集]

総合研究開発機構(NIRA)は2001年3月に「積極的平和主義を目指して - 「核の傘」問題を含めて考える」と題した報告書を提出した。この報告書はNIRA委嘱の研究委員会によって作成されたものだが、上述の伊藤憲一はこの委員会にコア研究会委員として参加し、その起草および取りまとめに寄与した。また、伊藤が理事長を務める日本国際フォーラムに設置されている政策委員会は、2004年4月に「新しい世界秩序と日米同盟の将来」[3]と題する政策提言を発表したが、その中で、「消極的平和主義」と「積極的平和主義」を次のように対比したうえで、「『不戦共同体』の拡大と深化を日本の国家目標にせよ」、「憲法第9条を改正し積極的平和主義に転換せよ」、「集団的自衛権を認め、『安全保障・国際協力基本法』を制定せよ」などの提言を行った。

消極的平和主義とは第二次大戦直後の日本の平和主義である。贖罪を最大の目的とし、二度と同じ過ちを犯さないことを誓うことによって完結する平和主義である。しかし、21世紀初頭の日本の平和主義は、世界の不正と悲惨を直視し、不安と恐怖を理解し、その除去のために積極的に貢献しようとする積極的平和主義でなければならない。

この日本国際フォーラム政策委員会は、その後も、2009年に、「積極的平和主義と日米同盟のあり方」と題する政策提言[4]を発表し、「『非核三原則』などの『防衛政策の基本』を再検討せよ」、「東アジア地域における対話と協力の主導権を握れ」、「『国際平和協力一般法』を制定し、グローバルな『集団安全保障』に貢献せよ」などの提言を行った他、直近では2014年に、「積極的平和主義と日本の針路」と題する政策提言[5]を発表し、「国連の集団的安全保障措置には、軍事的措置を伴うものも含めて、参加せよ」、「G7諸国とともに、ロシアの『力による一方的領土拡大』を拒否し、その不承認政策を貫徹せよ」、「日本は『地球規模の諸問題』についてもリーダーシップを発揮せよ」などの提言を行うなど、「積極的平和主義」に基づく日本の外交政策について積極的に価値発信を行っている。なお、これらの政策提言はいずれも時の内閣総理大臣に提出されている。

2010年代[編集]

この間、野田政権下の国家戦略室フロンティア分科会による報告書[6]が提出されたが、この中では、同様の意味を持つ言葉として、「能動的な平和主義」が用いられている。

このような中、2013年12月4日国家安全保障会議設置法が改正され、外交防衛を中心とした安全保障の司令塔である国家安全保障会議が設置された。会議の運営方針として審議されたのが「国家安全保障戦略」であり、「積極的平和主義」はこの戦略における基本理念と明示され、一躍注目を浴びることになった。国家安全保障戦略は、同年12月17日に、第二次世界大戦後初めてとなる国家戦略大戦略)として、国家安全保障会議及び第2次安倍内閣閣議で決定された。

解説[編集]

第2次安倍内閣で用いられる「積極的平和主義」とは何かは、『国家安全保障戦略』の第3頁に明示されている。

他方、現在、我が国を取り巻く安全保障環境が一層厳しさを増していることや、我が国が複雑かつ重大な国家安全保障上の課題に直面していることに鑑みれば、国際協調主義の観点からも、より積極的な対応が不可欠となっている。我が国の平和と安全は我が国一国では確保できず、国際社会もまた、我が国がその国力にふさわしい形で、国際社会の平和と安定のため一層積極的な役割を果たすことを期待している。

これらを踏まえ、我が国は、今後の安全保障環境の下で、平和国家としての歩みを引き続き堅持し、また、国際政治経済の主要プレーヤーとして、国際協調主義に基づく積極的平和主義の立場から、我が国の安全 及びアジア太平洋地域の平和と安定を実現しつつ、国際社会の平和と安定及び繁栄の確保にこれまで以上に積極的に寄与していく。このことこそが、我が国が掲げるべき国家安全保障の基本理念である。

— 国家安全保障戦略 、第II章1節

諸外国の国家戦略(国家安全保障戦略)を観察すると策定の手順は概ね以下となっている[7]

  1. 基本理念の設定
  2. 国益の明確化
  3. 国家目標の明確化
  4. 国家政策の制定
  5. 国家戦略の策定

この国家戦略策定プロセスにおいて極めて重要な第一フェーズに当たるのが、「基本理念の設定」である。その理念のスローガンが積極的平和主義であり、国家がその維持と発展を続けるうえで理想としている社会、国家、世界観が定められた。『国家安全保障戦略』の第II章に記された内容は、以下の通りである。

理想とする社会
理想とする海洋
理想とする国家

積極的平和主義は、上記のように専守防衛非核三原則軍縮大量破壊兵器不拡散、国際平和協力活動などの平和国家の理想を引き続き追求する。同時に、国家、アジア太平洋地域及び国際社会の平和・安定・繁栄を脅かす脅威に対し、国際協調主義に基づいて、外交防衛を中心に金融管理、通商管理、出入国管理検疫医療防災警察食料資源エネルギーなど関係当局を総合して体系的な政策を立案し対処しようとする複合的理念である。『国家安全保障戦略』において、「積極的平和主義」の理念は「国際協調主義に基づく」という文言と必ずペアで用いられる概念であり、これにより一国行動主義的な運用の排除を行っている。

以上を踏まえて国益国家目標国家政策が決定され、それらを包括する国家安全保障戦略が決定された。その第IV章で日本がとるべき戦略的アプローチ(具体的国家政策)が明示されている。要旨は「国際協調主義に基づく積極的平和主義」の立場から、日米同盟を基本としつつ、その他の各国とも協力関係を拡大・進化させ、外交政策及び防衛政策を中心とした戦略的アプローチ(具体的国家政策)を提示している。他に関連する各政府機関を調整し体系的に指揮監督する戦略的アプローチ(具体的国家政策)も提示している。例えば、海洋宇宙サイバー空間等の国際公共財政府開発援助、エネルギー、食料等の国家安全保障に関連する分野である。

その内の防衛政策に関しては本戦略を踏まえ、新たな防衛計画の大綱と新たな中期防衛力整備計画が2013年12月17日に国家安全保障会議及び閣議で策定された。今後、装備を最新なものに更新すると共に、新たな脅威に適切に対処できる組織改編を実施し、防衛力の質的向上への努力を行うとしている。

課題と論点[編集]

「国家安全保障戦略」では「日米同盟を基本としつつ、その他の各国とも協力関係を拡大・進化させる」としているが、これについて、日米同盟の偏務性(非対称な同盟関係)の問題や、将来的に米国以外の国との関係の深化をどの程度まで進めるべきか、2国間協定と多国間協定のどちらを選択するのか、それらが日本国憲法が認める自衛権の範囲を逸脱するのか否かなどが、法曹界、一部の政党、メディアから課題や問題点として指摘され論点となっている[8][9][10][11][12][13][14]

立憲デモクラシーの会において、千葉眞は積極的平和の曲解であり(ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に描かれる)「戦争は平和である」式のダブル・シンク(二重思考)、あるいはダブル・トーク(二重語法)ではないかと批判した[15]。また、平和学の権威で積極的平和を提唱した提唱者ヨハン・ガルトゥング博士は 「私が1958年に考えだした『積極的平和(ポジティブピース)』の盗用で、本来の意味とは真逆だ」と主張している[16]

英語表記では、ガルトゥングの積極的平和は「Positive Peace」なのに対し、積極的平和主義は「Proactive Contribution to Peace」で用いられている単語が異なり、日本語表記でも「主義」が付くか否かの違いがあるが、2015年(平成27年)9月4日の参議院特別委員会において岸田文雄外務大臣は、安倍政権の積極的平和主義について「貧困や搾取に対処すべきであるという観点では、ガルトゥング博士の積極的平和と重なる部分は多い」と答弁している[17]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 真田尚剛「防衛官僚・久保卓也とその安全保障構想――その先見性と背景」河野康子渡邉昭夫編『安全保障政策と戦後日本 1972~1994――記憶と記録の中の日米安保』(千倉書房、2016年)(pp.93)。
  2. ^ この本の帯には、佐藤優の「積極的平和主義――安倍総理のこのフレーズは、もともと本書からきています。これを読めば、その真意がわかります」との推薦のことばが載せられている。

出典[編集]

  1. ^ 積極的平和主義 新語時事用語辞典
  2. ^ 小沢調査会』 - コトバンク
  3. ^ 第24政策提言 新しい世界秩序と日米同盟の将来 -「不戦共同体」の構築に向けて― 日本国際フォーラム
  4. ^ 第32政策提言積極的平和主義と日米同盟のあり方 日本国際フォーラム
  5. ^ 第37政策提言積極的平和主義と日本の針路 日本国際フォーラム
  6. ^ <フロンティア分科会報告書>あらゆる力を発露し創造的結合で新たな価値を生み出す「共創の国」づくり 内閣官房
  7. ^ 諸外国における国家安全保障戦略”. 外務省. 2013年12月26日閲覧。
  8. ^ 集団的自衛権の行使容認に反対する決議”. 日本弁護士連合会 (2013年5月31日). 2013年12月28日閲覧。
  9. ^ 国家安保戦略 日本守り抜く体制を構築せよ(12月18日付・読売社説)”. 読売新聞 (2013年12月18日). 2013年12月26日閲覧。
  10. ^ 武器輸出の新原則策定へ 安倍内閣が初の国家安保戦略”. 朝日新聞 (2013年12月17日). 2013年12月26日閲覧。
  11. ^ 安保戦略:積極的平和主義を理念に 中国対応重視”. 毎日新聞 (2013年12月17日). 2013年12月26日閲覧。
  12. ^ 首相「国際社会の平和と安定に貢献」初の国家安保戦略を決定”. 日本経済新聞 (2013年12月17日). 2013年12月26日閲覧。
  13. ^ 初の安保戦略、大綱決定 脅威排除へ防衛力強化”. 中日新聞 (2013年12月17日). 2013年12月26日閲覧。
  14. ^ 国家安全保障戦略 詳報 統合的な防衛力強化”. 産経新聞 (2013年12月18日). 2013年12月26日閲覧。
  15. ^ 立憲デモクラシーの会、7月4日の記者会見 (内田樹の研究室)”. 内田樹 (2014年7月15日). 2014年7月15日閲覧。
  16. ^ 「積極的平和主義」は概念の盗用 提唱者ガルトゥング博士が緊急来日”. 関根健次 (2015年6月25日). 2015年6月25日閲覧。
  17. ^ 朝日新聞朝刊2015年9月5日付4面「注目安保国会 積極的平和主義」

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]