福島孝徳

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ふくしま たかのり
福島 孝徳
生誕 (1942-10-15) 1942年10月15日(75歳)
東京都
出身校 東京大学
職業 医師
配偶者 福島法子
子供 福島徳仁、福島梨沙

福島 孝徳(ふくしま たかのり、1942年10月15日[1] - )は、アメリカ合衆国在住の日本人医師である。専門は脳神経外科であり、脳腫瘍に対する「鍵穴手術」の考案者として知られる。東京大学医学部卒業。カロライナ脳神経研究所、デューク大学ウェストバージニア大学、カロリンスカ研究所マルセイユ大学、フランクフルト大学教授を兼任。

略歴[編集]

亡父はかつて明治神宮神官宮司であった。東京大学病院内科医師である叔父に憧れ東大医学部に入学。東京大学病院研修医の時に世界で初めて内視鏡を使った脳の病気の診断を行い、様々な症状の原因を解明。東京警察病院に勤務後ドイツ留学、そこで脳外科の限界を思い知らされる。

1978年に帰国し三井記念病院脳神経外科部長に就任。頭部を大きく切開することなく、数センチメートルほどの小さな穴から顕微鏡を使い巧みに脳腫瘍を切除・縫合する鍵穴手術(キーホール・オペレーション)の確立に着手。現在200点にも及ぶ、鍵穴手術に必要な脳外科手術用の顕微鏡や器具の開発を医療器メーカーと共同で行いつつ、更なる臨床経験を積むため全国の病院を回り、多い時で一日11人年間900件にも及ぶ手術を手掛けていく。

1985年に鍵穴手術を確立するも、臨床が重視されず、論文の数と人脈が医師の評価基準とされる日本の医学界に疑問を持つようになる。48歳の時南カリフォルニア大学医療センターより脳神経外科教授のオファーを受け渡米。臨床実績が評価される土壌で、鍵穴手術を用いて多くの難手術を成功させる手腕から「神の手を持つ男」「ゴッドハンド」や海外では「侍ドクター」と呼ばれるようになる。いくつかの大学病院を回った後ノースカロライナ州へ場を移し、脳外科症例数全米1位のデューク大学へ脳神経外科教授として就任する。

現在[いつ?]はデューク大学教授の傍ら、世界中を回り難易度の高い脳腫瘍手術、診察を行っている。また、全国の脳外科医を集めたセミナーの自費主催、設備水準の低い病院の医療機器購入を援助するなど、後進育成と高度な医療を受けられる環境作りに熱心である。またアメリカのみならず日本やヨーロッパなど自分の力が必要と言われれば世界中の病院に足を運び、脳腫瘍だけでなく脳動脈瘤三叉神経痛などの手術も行いこれまでに20,000人以上の命を救ってきた。

クリッピング手術の権威上山博康とは若い時から互いに意識し合うライバル関係にあったが、福島が脳腫瘍手術の権威、上山が脳動脈瘤手術の権威となった現在は、互いに認め合い、共同でセミナーを開催し若い医師の教育を行っていた[2]。 最近[いつ?]は若い医師の育成に熱心であり年に2回アメリカで脳外科医のための解剖・手術に関わるセミナーを開いており、日本から学びに来る医師の留学費用の援助までしている。同じくクリッピング手術の権威である佐野公俊は高校時代の後輩であり、現在は東京脳神経センター病院の「福島孝徳脳神経センター」で、佐野が脳動脈瘤手術センターをそれぞれ開設している[3]

2006年10月に開院した東京クリニックを日本での拠点の一つとする。2007年には自身の生い立ちが「神の手を持つ男」として漫画化。取材や講演会では一人称を「福島先生」としている。

2007年に千葉県に塩田病院附属福島孝徳記念クリニックが開院。2009年7月に47床への増床(102床までの許可)により福島孝徳記念病院に改称し、2009年には年間手術件数が500を超え、良性脳腫瘍については日本で最多となる。

2012年5月2日に経営母体の医療法人SHIODAとの間で運営方針をめぐり相違があったことを理由に千葉県の塩田病院附属福島孝徳記念病院の運営から離脱し、福島孝徳脳神経センターは、東京都江戸川区の森山記念病院[4] と神奈川県川崎市の新百合ヶ丘総合病院[5]に移転した(千葉県の福島孝徳記念病院は、塩田記念病院に名称変更となった)。

さらに東京クリニック[6]総合南東北病院[7]総合東京病院[8]にも福島孝徳 脳神経センターを開設した。現在は,東京脳神経センター病院を日本国内の拠点とし[9]、各地の病院で活動しており、福島が国内手術等活動を行う日本全国の14病院の一部には、福島孝徳 脳神経センター[10]が、 社会医療法人孝仁会 北海道大野記念病院 福島孝徳脳腫瘍・頭蓋底センター(北海道札幌市)[11]、社会医療法人社団森山医会 東京脳神経センター病院付属 福島孝徳神経センター[12]、南東北病院グループ 医療法人社団 三成会 新百合ケ丘総合病院 脳神経外科 福島記念 脳腫瘍・頭蓋底センター(神奈川県川崎市)[13]、 南東北病院グループ 医療法人財団 健貢会 総合東京病院 脳神経外科 福島孝徳 脳腫瘍センター(東京都中野区)[14]に設置されている。

人物像[編集]

若い頃からドラムを演奏している。

ハーバード大学教授の荻野周史が、アルゲーニ総合病院英語版にて研修中、同病院脳神経外科教授であった福島孝徳に出会い、多大な影響を受けたと述べている。

年表[編集]

  • 1961年 - 東京都立戸山高等学校卒業
  • 1968年 - 東京大学医学部卒業
  • 1968年 - 東京大学医学部附属病院 脳神経外科臨床・研究助手
  • 1973年 - ベルリン自由大学 Steglitzクリニック脳神経外科研究フェロー
  • 1975年 - メイヨー・クリニック脳神経外科臨床・研究フェロー
  • 1978年 - 東京大学医学部附属病院脳神経外科
  • 1980年 - 三井記念病院脳神経外科部長 頭蓋底の鍵穴手術(キーホール・オペレーション)を確立
  • 1991年 - 南カリフォルニア大学医療センター 脳神経外科教授
  • 1994年 - ペンシルベニア医科大学アルゲーニ総合病院 脳神経外科教授、アルゲーニ脳神経研究所頭蓋底手術センター部長
  • 1998年 - カロライナ頭蓋底手術センター所長 カロライナ脳神経研究所所長 カロライナ耳研究所共同所長
  • 2006年 - 東京大手町東京クリニックの運営に参画・指導開始
  • 2007年 - 千葉県に塩田病院附属福島孝徳記念クリニックが開院
  • 2009年 - 増床により塩田病院附属福島孝徳記念病院に改称
  • 2012年 - 塩田病院附属福島孝徳記念病院の運営から離脱した。福島孝徳脳神経センターは、東京都江戸川区の森山記念病院及び 神奈川県川崎市の新百合ヶ丘総合病院に移転した。
  • 2016年 - 森山記念病院から東京脳神経センター病院へ「福島孝徳脳神経センター」を移転させ、8月1日より脳神経外科手術患者を受け入れ、日本国内の拠点としている。
  • 2017年 - 日本全国の14病院にある福島孝徳 脳神経センターでは、2年間の初期研修(スーパーローテーション)を終了した若手医師を対象に、脳神経外科最新技術を学ぶための、専門を絞った4年間の後期研修医(レジデント)募集[15]

著書[編集]

出演番組[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.382
  2. ^ 主治医が見つかる診療所
  3. ^ 東京脳神経センター病院
  4. ^ 福島孝徳脳神経センター(森山記念病院)
  5. ^ 福島 脳神経センターと福島 サイバーナイフセンター(新百合ヶ丘総合病院)
  6. ^ 福島孝徳 脳神経センター(東京クリニック)
  7. ^ 福島 脳神経センター(総合南東北病院)
  8. ^ 福島 脳神経センター(総合東京病院)
  9. ^ 東京脳神経センター病院
  10. ^ 福島が手術を行う病院
  11. ^ 福島孝徳脳腫瘍・頭蓋底センター
  12. ^ 福島孝徳脳神経センター
  13. ^ 福島記念 脳腫瘍・頭蓋底センターのご案内
  14. ^ 福島孝徳 脳腫瘍センター
  15. ^ 【告知】福島孝徳脳神経センター 後期研修医(レジデント)募集!!

外部リンク[編集]