證誠寺 (鯖江市)

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證誠寺 (鯖江市)
Shoujyouji temple(Sabae).jpg
證誠寺 (鯖江市)
所在地 福井県鯖江市横越町第13号43番地
位置 北緯35度56分45.1秒
東経136度12分13.1秒
座標: 北緯35度56分45.1秒 東経136度12分13.1秒
山号 山元山
宗旨 真宗
宗派 山元派
創建年 1385年
開基 道性
別称 護念院
地図
證誠寺 (鯖江市)の位置(福井県内)
證誠寺 (鯖江市)
法人番号 5210005008137
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證誠寺(しょうじょうじ)は、福井県鯖江市にある寺院真宗山元派本山。山号は山元山。護念院とも称する。

沿革[編集]

至徳2年(1385年)に親鸞の長男善鸞の系統で真宗三門徒派の開祖である如道の門人道性越前国山本荘(現在の鯖江市内)に創建したとされている。ところが師の没後、後継者である次男が浄土宗に改宗したために内紛(大町・横越引分)が勃発し、これを機に独立した。

文明7年(1475年)に現在地に移転。だが、弱小宗派寺院であり、毫摂寺真宗出雲路派)の傘下に入り、毫摂寺住持が證誠寺の住持を兼ねる期間が長く続いた。

證誠寺の住持善智は、本願寺一族の善栄(本願寺第5世綽如の子である周覚の子)を養子とし、やがて住持を善栄に譲った。しかし、しばらくして善栄は突如として本願寺派に宗旨替えし、名を玄秀と改めて寺を出て行く事件が起きた。さらに後には毫摂寺第8世善鎮が毫摂寺の門末の他、證誠寺の門末をも引き連れて本願寺第8世蓮如に帰依して京都山科本願寺に合流する事件も起き、證誠寺自体も本願寺の傘下に入った。

さらに江戸時代には天台宗聖護院の末寺となり、本山としての体裁も失ったため、浄土真宗各派中最小宗派に転落した。

明治時代に一時浄土真宗本願寺派に統合されたが、明治11年(1878年)に山元派として再独立した。

昭和23年(1948年)で火災で焼失したが、その後再建されて現在に至る。

外部リンク[編集]