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「海軍予備員」の版間の差分

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* [[山本平弥]]:東京高等商船学校機関科卒業。海軍大尉。[[大阪商船]](現・[[商船三井]])を経て海軍に。[[駆逐艦]][[秋月 (駆逐艦)|秋月]]機関部分隊士、[[海軍砲術学校]]長井分校教官を歴任。戦後、海上保安庁勤務。[[海上保安学校]]長、[[海上保安大学校]]教授、[[海技大学校]]長を歴任。[[海上保安大学校]]名誉教授。[[大阪大学]][[工学博士]]。
* [[梅林孝次]]:[[神戸高等商船学校]]機関科(現・国立[[神戸大学]][[海事科学部]])卒業。海軍予備員から現役に転官。海軍航空隊飛行士。[[日中戦争]]で戦死。[[海軍大尉]]。
* [[隈部五夫]]:神戸高等商船学校航海科卒業。大阪商船、[[東亜海運]]を経て海軍に。第154号[[海防艦]]長。海軍大尉。『機雷掃海戦-第154号海防艦長奮戦記』(光人社NF文庫)ISBN978)ISBN 978-4-7698-2572-2 の著者。
* [[石井利雄]]:神戸高等商船学校機関科首席。海軍予備生徒機関科51期。海軍中尉。[[三井物産]]船舶部(現・商船三井)を経て海軍造船技師に。[[海防艦]]建造技師として、戦時中、43隻の海防艦を竣工させた。戦後、[[日本鋼管]]造船本部(現・[[JFEエンジニアリング]]、[[ユニバーサル造船]])勤務を経て、[[日本ブラストマシン]](現・[[JFEプラントエンジ]])専務取締役。
* [[野瀬清次]]:神戸高等商船学校機関科卒業。海軍少尉。[[大阪府]]庁を経て、[[神戸製鋼所]]にて[[潜水艦]]の建造に従事。戦後、[[石川島播磨重工業]](現・[[IHI]])に移り、相生工場長をつとめた。90歳を超えて[[人間総合科学大学]]に入学したことで話題を呼んだ<ref>[http://www3.ocn.ne.jp/~nose/ 野瀬清次ホームページ]</ref>。
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