津山洋学資料館

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Japanese Map symbol (Museum) w.svg 津山洋学資料館
TSUYAMA ARCHIVES OF WESTERN LEARNING02n4140.jpg
施設情報
正式名称 津山洋学資料館
専門分野 洋学
収蔵作品数 約9,400点
事業主体 津山市
管理運営 津山市教育委員会
建物設計 鉄筋コンクリート造り平屋建て
延床面積 1,224平方メートル
開館 1978年3月19日
所在地 708-0833
岡山県津山市西新町5
公式サイト 津山洋学資料館
プロジェクト:GLAM
前庭の「津山洋学五峰」の胸像

津山洋学資料館(つやまようがくしりょうかん)は、岡山県津山市城東町並み保存地区にある、洋学を専門とする博物館である。津山市を含む美作地方は、日本の近代化に貢献した優れた洋学者を多数輩出したことから、洋学の研究施設として1978年昭和53年)3月19日に開館し、関係資料や史跡の調査研究を行っている[1]

沿革[編集]

1920年(大正9年)建築の旧館。1973年(昭和48年)まで銀行として使用された後、津山市に譲渡され、津山洋学資料館として2010年(平成22年)に新館が完成するまで使用された。

1975年(昭和50年)、津山出身の洋学者・箕作阮甫の生家である箕作阮甫旧宅が国史跡の指定を受けて復元されたことをきっかけに、津山に縁ある洋学者を顕彰する機運が高まり、旧妹尾銀行林田支店の建物を活用して1978年(昭和53年)に開館した。開館時の収蔵資料は約600点であったが、その後32年間で9,400点と大幅に増加し、収蔵スペースの不足を解消するため、2010年(平成22年)に現在の城東町並み保存地区内に新築・移転された[1][2]

  • 1975年(昭和50年) - 旧中国銀行津山東支店(旧妹尾銀行林田支店)の建物を中国銀行から買収。
  • 1977年(昭和52年) - 2月より工事着手。12月26日津山洋学資料館設置条例制定。
  • 1978年(昭和53年) - 3月9日津山洋学資料館設置条例施行規則制定。3月19日開館式を挙行。
  • 1991年(平成3年) - 博物館法第29条による「博物館相当施設」に指定される。
  • 1992年(平成4年) - 津山市の重要文化財(建築物)に指定される。
  • 2008年(平成20年) - 4月26日、新館(現施設)の建設起工。
  • 2009年(平成21年) - 5月30日、新館竣工。10月に博物館法第12条による「登録博物館」に指定される。
  • 2010年(平成22年) - 3月19日、箕作阮甫旧宅の隣地にリニューアルオープン。

現在の施設概要[編集]

建物は、「津山洋学五峰」と称される(宇田川玄随宇田川玄真宇田川榕菴箕作阮甫津田真道)をモチーフに、五角形のホールと展示室の連なりを基本として設計されている[2]

展示室の壁は、津山藩医・宇田川榕菴が日本で初めて、本格的な西洋の植物学を伝えたことにちなみ、西洋風の植物をモチーフとしたオランダ北部の港町ヒンデローペンの伝統的な絵付け技法で装飾されている[3]

(社)日本建築家協会中国支部開催の中国建築大賞2010において、一般建築部門大賞を受賞している[2]

  • 設計 - 象設計集団
  • 設計者 - 富田玲子
  • 建築面積 - 1,224平方メートル
  • 鉄筋コンクリート造 平屋(外観はレンガ及び木造)
  • 展示室壁画 - kinukoヒンデローペンスタジオ、永江絹子[4]

館内[編集]

2017年以降、展示解説の多言語化を進め、吉備国際大学の協力で英語・中国語(簡体字)・韓国語版のパンフレットを作成、配布している。また、2018年3月から、英語・中国語・韓国語・オランダ語の音声ガイダンスを導入した[5]

  • 常設展示室 - 西洋文明の玄関となった出島を模したプロローグ室や、スポット展示コーナーを間に挟みつつ、「人体に隠された科学への扉」、「世界へと開かれていく眼」、「日本の近代化と津山の洋学者」という3つのテーマをもつ五角形の展示室が連なっている[6]
  • 復元展示室 - 江戸時代末期から明治にかけての、美作地方の医師の薬剤調合の部屋を再現したもの[7]
  • 企画展示室 - 洋学に関係した様々な企画展が行われる。
  • 図書室資料閲覧室 - 洋学に関連する書籍や雑誌の閲覧利用ができる。
  • GENPOホール - 各種講座や講演会を開催するほか、津山洋学を紹介するガイダンスビデオ「素晴らしき津山洋学の足跡」を上映する。[8]

館外[編集]

  • 前庭には、かつては市内に点在して設置されていた洋学者のブロンズ像が集められている。
  • 資料館の建物沿い、旧出雲街道から上之町筋を抜ける小道は「薬草の小径」とよばれ、古今東西の様々なハーブ(薬草)が植えられている。
  • 中庭は、漢方薬の原料となる植物を集めた庭園となっている。館内には、この庭園をピンホールカメラで覘けるコーナーが設けられている。[8]

主な収蔵品[編集]

指定文化財[編集]

  • 宇田川榕菴関係資料 - 収蔵している宇田川榕菴関係資料18件82点が、2015年6月に、津山市指定重要文化財(歴史資料)の指定を受けた。「和蘭王国軍曹図譜」、「和蘭カルタ」など、榕菴の自筆・旧蔵の資料とされる[9]
  • 久原躬弦関係資料 - 収蔵している久原躬弦関係資料10点[注 1]が、2016年、「明治期日本の化学の先駆者・化学会初代会長 久原躬弦関係資料」として化学遺産第35号に認定された[10]

常設展[編集]

第1展示室「人体に隠された科学への扉」
件名 作者 年代 概要
「阿蘭陀(オランダ)流外科免許状」 西玄甫 1677年 久原甫雲に授けたもの。
蔵志 山脇東洋 1759年 日本最初の解剖図録。
解体新書 - 1774年 原本『ターヘル・アナトミア』(復刻版)とともに収蔵。
木造人頭模型(複製) - 1794年頃 原資料は東京大学医学部蔵。
星野木骨(複製) 星野良悦 1790年代 世界初の木造人体模型で、「身幹儀」とよばれる。
『紅毛雑話』 森島中良 1787年 5巻5冊で成る。
蘭学階梯 大槻玄沢 1788年 乾坤2冊で成る。
『西説内科撰要』 宇田川玄随 1793~1810年 ゴルテル『簡明内科書』の翻訳書。
『医範提綱』 宇田川玄真 1805年 現在の医学用語の基となった日本語が多数考案された。
『ネーデルランド草木誌』 ペトルス・ニーランド 1682年 宇田川三代が西洋薬学に着目するきっかけをなった書物。
『和蘭薬鏡』 宇田川玄真 訳・宇田川榕菴 1820年 西洋の薬の製法や効用を紹介。
『遠西医方名物考』 宇田川玄真 著・宇田川榕菴 校補 1822~1825年 全36巻補巻9冊で成る。
『家庭百科事典(縮刷版)』 ショメール 1800~1803年 幕府が命じた江戸時代最大の翻訳事業。
『植学啓原』 宇田川榕菴 1834年 日本初の本格的な西洋植物学解説書。
舎密開宗(セイミかいそう)』 宇田川榕菴 訳 1837~1847年 日本初の本格的な化学書。
『地震預防説』 宇田川興斎 1856年 幕府の要請で翻訳された、地震対策の翻訳書。
眼球模型(複製) - 1823年頃 原資料はシーボルト記念館蔵。
コーヒーカン(再現品) - - 宇田川榕菴の自筆資料「観自在菩薩楼随筆」に描かれた絵から。
「オランダカルタ」 宇田川榕菴 描 - 複製品を資料館で販売。
「張込帖」 宇田川榕菴 蔵 - 榕菴が収集・模写した98種の資料集。
第2展示室「世界へと開かれていく眼」
件名 作者 年代 概要
『泰西名医彙講』 箕作阮甫 1836~1842年 日本初の医学専門雑誌。オランダの医学書や医学雑誌から主要な論文を選出し、翻訳して紹介した。
『和蘭文典』 箕作阮甫 編 1842、1848年 オランダ人モーチノルの著した学習書を和訳したもの。
『八紘通誌』 箕作阮甫 1851~1856年 オランダの体系的な地理書などを参考に、当時最新のヨーロッパの情勢を紹介したもの。
大村斐夫(おおむら あやお)宛箕作阮甫書簡 箕作阮甫 1854年 ロシアとの外交交渉の帰路に記された。ペリーの浦賀来航により帰郷できなくなったことなど、緊迫した外交の情勢を伝えている。
箕作阮甫書幅 箕作阮甫 - 死没の前年である1862年の正月の書初めや、友人の蘭学者・黒川良安の帰郷に際して詠んだ別れの漢詩などの書画。
箕作阮甫着用の裃 - - 阮甫が殿中で着用したものとされる。遠い祖先にあたる近江源氏の佐々木家が用いた「平四つ目」の家紋が染めぬかれている。
「新製輿地全図」 箕作省吾 1844年 当時最新の世界地図。植民地をカタカナで表記して帰属関係を明らかにしており、吉田松陰桂小五郎ら多くの志士に影響を与えたとされる。
『坤輿図識(こんよずしき)』 箕作省吾 本編1845年~、補編1846年~ 数種類のオランダの地理書を参考に、病によって夭折した省吾が血を吐きながら執筆した世界地誌。
黒船来航絵巻 - 1854年頃 絵巻の端にペリー艦隊の乗組員から箕作秋坪が入手した名刺、紙巻きタバコ、蒸気機関車の絵が貼られている。
『格致問答』 箕作秋坪 翻刻 1858年 物理学の基礎を説いたヨハネス・ボイス『物理学教科書』の蘭文を翻刻したもの。
扶氏経験遺訓 緒方洪庵 訳・箕作阮甫 序 1858~1861年 ドイツ人の医師フーフェランドが著した内科医学書を翻訳。西洋内科書の集大成とされる。
第3展示室「日本の近代化と津山の洋学者」
件名 作者 年代 概要
種痘勧誘の引札 津山藩医・野上氏 1850年 津山に牛痘苗が伝わり、種痘が行われることになったとき、種痘の有効性や安全性を説くために出されたもの。
『種痘伝習録』 難波立愿(なんば りゅうげん) 1876年 備前金川[注 2]で牛痘種痘を実施した難波抱節の長男が記した牛痘の様子。
『泰西国法論』 津田真一郎(真道) 1868年 オランダ留学中に学んだフィッセリングの講義の記録を翻訳したもので、憲法や行政法の解説書の先駆とされた。
『仏蘭西法律書 憲法』 箕作麟祥 1873年 日本初のフランスの近代法典を紹介した書籍。「権利」「義務」「不動産」などの日本語はこのとき造られた。
『初等幾何学教科書 立体幾何学』 菊池大麓 1895年(3版) 明治時代から大正にかけて広く使用された近代数学の教科書。「菊池の幾何学」の名声を高めた。
『普通教育動物学教科書註釈』 箕作佳吉 1901年 自身の著した教科書に解説を加え、動物学を教える際の心構えなどを記した教員のための注釈書。
『立体化学要論』 久原躬弦 1907年 化合物の立体構造や現象についてまとめた、日本初の立体化学書。本書を含む久原躬弦関係資料は、化学遺産に認定されている。
『箙梅日記(えびらうめにっき)』 箕作元八 1899~1901年 2度目のヨーロッパ留学中の日記で、フランス革命についての思いなどを綴った自筆資料。
『世界大戦史』 箕作元八 1919年 第一次世界大戦についてまとめる。著者代表作のひとつ。
和英語林集成 J.C.ヘボン 初版1867年(再版) 日本で初めての本格的な和英辞典で、第3版で「ヘボン式ローマ字」が初めて採用された。
精錡水(せいきすい)の看板・薬瓶 - 1867年~ 岸田吟香の販売した目薬。薬液を点眼する目薬としては日本初。
書簡など - - 小林令助宛杉田玄白(1805年)ほか、久原洪哉(くはら こうさい)、原村元貞(はらむら げんてい)、仁木永祐(にき えいすけ)、山田純造、芳村杏斎(よしむら きょうさい)ら美作地方の郷土の医師に関する資料。

以上、常設展示室より[11]。一部、展示替えもある。

スポット展示では、オランダ総領事から2016年に贈られたヒンデローペンの装飾缶(高さ75センチメートル)などを展示する[4]

友の会[編集]

1981年(昭和56年)結成。研修旅行や史跡見学会などを行っている。2015年度に、「和蘭カルタ」を復元再版した[12]。これは、洋学資料館のミュージアムショップで購入することができる。創立35周年を迎えた2016年には、津山国際ホテルで記念祝賀会が行われた。ここでは、森島中良著の『紅毛雑話』から大槻玄沢が長崎で食したオランダ料理を8品再現して提供された[12]

ワークショップ[編集]

新館移転後、一般向けに夏休みに様々なワークショップを開催し、地域の親子連れ等に好評を博している[4]

絵付け体験教室[編集]

オランダの伝統的な装飾技法であるヒンデローペン[注 3]スタップホスト[注 4]の講習会を行っている。夏休み教室の恒例行事として定着しており、毎年参加する人も多い[13][4]

  • 2015年7月25日 - スタップホストの技法で、小物入れの蓋に釘や虫ピンを用いて装飾を施した[13]
  • 2015年7月26日 - ヒンデローペンの技法で、眼鏡ケースやワインの空きボトルに装飾を施した[13]
  • 2016年7月30日 - ヒンデローペンの技法で、トレイやボールペンに装飾を施した[4]
  • 2017年7月29・30日 - ヒンデローペンの技法で、キャンディトレイやミニティッシュボックスに装飾を施した[14]

化学実験[編集]

2012年(平成24年)から津山工業高等専門学校の廣木一亮准教授[注 5]らの指導により、江戸時代の化学書『舎密開宗』からの再現実験を行っている。講習は、津山高校科学部等が講師を務め、小学生を対象に開催している[15]

  • 2015年8月9日 - 銀樹を作成する「ギンギラギンの銀の世界!」と、「植物の成分~エキス、糖、油とその性質」の実験を行う。
  • 2016年8月16日 - 「ものの正体-『物質』ってなに?」と「温泉水を分析してみよう!榕菴先生と長寿の水?」の実験を行う。
  • 2017年8月5日 - 「火薬で花火で炎色反応で~真夏に行う炎の実験~」と「ものの分離と分析~近代化学の出発点~」の実験を行う[14]

これらの実験の詳細は、洋学資料館のホームページ等で公開されている[14]

その他[編集]

  • 2017年8月26日 - 「自分だけの『解体新書』を作ろう」を行う。川崎医科大学現代医学教育博物館の協力ではじめて開催された[16]
  • 有識者を招いての文化講演会や、資料館職員の研究報告会であるオムニバス講演会を、一般聴衆を対象に、不定期で開催している[14]

利用情報[編集]

  • 開館時間 - 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
  • 休館日 - 月曜日(祝祭日の場合はその翌日)、祝祭日の翌日、12月29日~1月3日
  • 入館料 - 一般:300円、高校・大学生:200円、中学生以下:無料、30人以上の団体は2割引となる。

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 東京大学第一回卒業証書、東京大学理学士学位記、理学博士学位記、東京大学卒業生写真、有機化学講義録4冊、実験録、欧州の大学視察日記・視察メモ、著書『立体化学要論』(自筆校正入り)、著書『女子教育 化学と鉱物』(自筆校正入り)等が認定された。
  2. ^ 現在の、岡山市北区御津金川。
  3. ^ オランダ北部の港町「Hindeloopen ヒンデローペン」発祥の、家具や木工製品への伝統的な絵付け技法。花、鳥、つる性植物などの自然のモチーフでデザインされ、このモチーフの形と色に特色がある[1]
  4. ^ アムステルダム北東部に位置するスタップホスト・ラウフェーン村の伝統の装飾技法で、「スタップホスト・スティップウェルク」(Staphorster Stipwerk)と称され、少なくとも16世紀以降今日まで女性の衣装などに用いられる。今では布小物のほか、木製品や陶器などにも応用されている[2]
  5. ^ 2016年、「『舎密開宗』の再現実験を通じた津山洋学の普及・啓蒙活動」で、一般社団法人日本化学連合の顕彰する「化学コミュニケーション賞」を受賞。

出典[編集]

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  1. ^ a b 『津山洋学資料館常設展示図録 資料が語る津山の洋学』津山洋学資料館、2010年、2頁。
  2. ^ a b c 津山洋学資料館 館の概要”. 2018年5月21日閲覧。
  3. ^ 津山洋学資料館「洋学資料館№18」2016年9月、4頁
  4. ^ a b c d e 津山洋学資料館「洋学資料館№18」2016年9月、4頁。
  5. ^ 津山洋学資料館「洋学資料館№21」2018年2月、4頁。
  6. ^ 『津山洋学資料館常設展示図録 資料が語る津山の洋学』津山洋学資料館、2010年、8頁。
  7. ^ 『津山洋学資料館常設展示図録 資料が語る津山の洋学』津山洋学資料館、2010年、52頁。
  8. ^ a b 『津山洋学資料館常設展示図録 資料が語る津山の洋学』津山洋学資料館、2010年、4-5頁。
  9. ^ 津山洋学資料館「洋学資料館№16」2015年9月、5頁。
  10. ^ 津山洋学資料館「洋学資料館№16」2016年9月、7頁。
  11. ^ 『津山洋学資料館常設展示図録 資料が語る津山の洋学』津山洋学資料館、2010年。
  12. ^ a b 津山洋学資料館「洋学資料館№19」2017年2月、4-5頁。
  13. ^ a b c 津山洋学資料館「洋学資料館№16」2015年9月、6頁。
  14. ^ a b c d 津山洋学資料館「洋学資料館№20」2017年9月、4頁。
  15. ^ 津山洋学資料館「洋学資料館№18」2016年9月、5頁。
  16. ^ 津山洋学資料館「洋学資料館№20」2017年9月、5頁。

関連項目[編集]


外部リンク[編集]